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  作者: 柴原 椿
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第36話:G.C.W(ルイン)

 地震、大変なことになりました。

 かく言う私も、岩手が地元です。

 沿岸部は酷い有り様です。私の実家は内陸でしたから、難を逃れましたが、ガソリンや食料品等の物資が不足しているのが現状です。

 とは言っても、沿岸部とは比べ物にならないくらい充実していると思います。

 地震の被害にあった方々には、心よりお見舞い申し上げます。

 早く元通りの生活に戻ることを切に願います。

 柴原 椿でした。


 「なん…で?」

 「驚く必要はねぇ。なにせ、俺様は神なんだからよ」

 電柱、車、倒壊したビルや、その他諸々が積み重なって出来た山の頂上で、ジョーカーは悠然と煙草をくゆらせていた。

 「そんな馬鹿な!!いったい何をしたんだ!?」

 依然として空中に浮いていたメトシェラは狼狽し叫び、ジョーカーはそれを見てくつくつと笑った。

 「何、って、俺の能力の応用で、こいつらの動きを抑えただけだぞ。そう言えば、最近はこれしかやってなかったから、お前達が俺の能力を『磁力操作』と勘違いしたのも頷けるな」

 短くなった煙草を指で弾くと、肺に溜め込んだ紫煙を一気に吐き出した。

 「最近は良い世の中になったぜ。どこに行っても金属だらけだ。お陰で、命拾い出来たってもんよ。さて…」

 ジョーカーの双眸が妖しく光る。

 「次は俺のターンだ」

 場の空気の変化を察知したメトシェラが身構えるより先に、ジョーカーの足下から大小様々な金属が手となり、襲いかかった。

 「ぐっ!!」

 迫る金属を、メトシェラは重力制御で潰し、落とし、時に弾くが、その勢いは止まることを知らない。

 四方八方から、執拗に伸びる金属の手。何本打ち払い、潰そうとも、その数は減らず、寧ろ増える一方にすら感じる。

 しかし、何十本目かの手を潰した時、メトシェラはふと思った。

 『果たして、これは自分相手に有効な戦法なのか?』と。

 ジョーカーの先程の眼は、確かに自分を殺そうとする者のそれだった。

 なのに、こんな小手先だけの戦い方で自分を倒せないのは、ジョーカーだって分かっている筈だ。

 ジョーカーの狙いはどこにある。ジョーカーは…。

 ジョーカー?

 「なっ!?」

 そこでメトシェラは気付いた。

 鉄屑の山の上に、ジョーカーが居ないことに。

 いや、正確に言えば、そこにはジョーカーの背丈に似た鉄屑が、さも彼が居る様に立てられてはいたのだ。

 「何処に行った!?」

 辺りを見回すが姿はない。

 メトシェラは銀髪を掻きむしった。

 何故もっと早く気付かなかったのか?

 あの金属の手は、全て目眩ましだったのだ。

 ならば、今ジョーカーは何処に?

 いや、今更考えても遅い。遅過ぎる。

 この遅れは致命的だ。

 メトシェラは苦虫を噛んだ様に顔を歪めると、忌々しげに爪を噛んだ。

 ………やるしかない。


      *


 「おっ!気付いたか?意外と早かったな」

 ジョーカーは眼下、ちょうど真下にいるメトシェラを見ていた。

 足場にしているのは、鉄屑の山から見つけたマンホールの蓋だ。

 「さてと、あいつが動く前に、チェックメイトといくか」

 ジョーカーはおもむろに、左手をメトシェラに向けて伸ばし、右手はそれと垂直に交わる様に肘を折って構えた。弓を構える時と同じ姿勢だ。

 「俺の思い違いじゃなきゃ、当たる筈だ」

 右手の指先から左手に向けて、一本の雷の矢が作られた。

 ジョーカーがメトシェラ対策に考えたのはこうだ。

 メトシェラは自分の前に、防御の為の重力場を発生させていると、彼は仮定した。

 重力場について説明するなら、一般相対性理論によれば、時空に質量やエネルギーや運動量が存在すると、時空が歪む。

 そして、歪んだ時空中では、物体の軌跡や光線が曲がる。これは質量やエネルギーや運動量のつくる重力によって、軌跡や光線が曲げられたとみなされ、よって時空の歪み=重力場と解釈できるのだ。

 つまり、メトシェラがジョーカーの稲妻を、より強力な重力場を発生させる事によって反らしていた為、彼にその攻撃が当たる事がなかったと言う事になる。

 だが…。

 「恐らくテメェの重力場は前の一点だけだ。くまなく周辺に発生させたら、テメェの重力場の圧力でテメェが潰れかねねぇ。何より、テメェは俺とやり合ってる間、一度も正面以外を見せてねぇ。ま、勘だがな」

 ジョーカーの矢が光量を増す。

 「我こそは裁きの体言者。その力は光輝と共に万物を焼き、その声は神鳴りとなり轟く。赦されざる咎人は、その死に際を知る事すら許されない」

 一気に引き絞った矢が、轟音を率いて放たれた。

 「穿うがて、インドラの矢!!」

 発射されたその瞬間に、秒速30万キロの矢は、メトシェラの右肩から胴体を貫き、焼き焦がした。

 同時に、死をもって能力が解除されたメトシェラを嘲笑う様に、地球の重力が彼を地にいざなっていった。

 ジョーカーは静かに十字架を切った。

 「どっかで見てんだろ?神さんよ。もし生まれ変わりなんつぅのがあるなら、あいつを、次はせめて普通のガキにしてやれよ。アーメン、ってか?」

 ジョーカーは煙草をくわえると、当惑した面持ちで頭を掻いた。

 「柄にもねぇことしちまった。やっぱ、ガキ相手は調子が狂うぜ」

 火を灯した煙草を右手に挟むと、ジョーカーは轟音と煙の立ち込める街を振り返った。

 「あいつら、上手くやってりゃ良いがよ…」

 その時のジョーカーは気付いていなかった。メトシェラの、最後の悪足掻きに…。



      *



 白澤の攻撃を防ぎながら、ガーネットは彼に悟られない様に注意をはらいつつ、ある場所へとひた走っていた。

 さも、白澤から逃げる様に、だ。

 戦闘が始まる間際にファウストは言った。

 『…以上の組み合わせで戦ってもらうけど、ガーネットだけは、白澤と戦っているフリをしながら、別の作戦をしてもらうよ』

 『何をすれば良いわけ?』

 『それは…』

 上空に目を向けると、そこでは彼等が交戦しているのが、僅かに窺えた。

 「あそこか。よ~し!」

 ガーネットは走りながら両手を広げ、1メートル程の黒い球体を3つ造り、それを自分の周りに旋回させ始めた。

 そして、脚に力を込めると、速度を一気に加速させた。

 「おりゃあぁっ!」

 進路を遮る障害物を次から次へと球体が喰らっていく。

 車や電柱、信号機、時には店やアパートでさえ、彼女の進行を妨げる事は出来ない。

 ただひたすら、目的地までまっしぐらに走り抜けた。

 彼女の通った道筋にあった建物はことごとく崩れ、それは彼女を追っていた白澤の動きを抑えるのにも、一役かっていた。

 「到着っ!!」

 目的のビルに着くと、ガーネットはそのままの勢いでエントランスを破壊する。

 「よっと」

 ついでにビル全体を支える主軸も残らず破壊し、最後に球体がビル内を虫食い状態にするよう操作すると、ガーネットは転がる様にビルから脱出した。

 直後、背後でビルが瓦解していった。

 舞い上がる粉塵で、追って来た白澤の姿は見えない。

 「上手くお膳立てはしたつもりなんだから、ちゃんとやりなさいよ、太公望」



       *



 ビル崩壊の中、太公望は普段通り気怠げな面持ちでいた。

 「ガーネット…ただの酔っ払いかと思うていたが、やれば出来るもんじゃな。儂も、早よう片付けてしまうかの」

 老子は未だに事態を飲み込めず、その表情には焦燥が色濃く塗られていた。

 そして、今こそが、空間転移の老子を封じる最初で最後の機会だった。

 音も無く、太公望は姿を消す。

 だが、直接老子の所へは行かず、ほんの一瞬だけ隣のビルへ移動し、太公望は老子の背後に現れた。

 崩れ落ちるコンクリートが僅かに太公望の足音を鳴らす。

 その刹那、老子は振り向き様に青竜刀を振るった。

 しかし、空を切っただけの結果となった老子。その視界の端に、太公望の蹴り足が写る。

 視界を通して脳に送られた情報が来ると同時に、脊髄を伝って電気信号が身体を駆け巡った。

 反射神経の赴くままに、老子は能力を発動。

 「ぐぉっ!?」

 出来なかった。

 蹴られた反動で首が仰け反る。

 顔の側面から鼻と口にかけて、今まで感じた事もない程の痛みが走る。

 痛みを堪え、薄目を開いた老子の目に太公望が写った。

 何が起こったか分からない。ただただ驚愕し、思考が回らない。

 そんな老子の考えを知ってか知らずか、太公望は思考に耽る暇すら与えなかった。

 「ッ!!」

 老子の腹部に蹴りを入れ、彼の血まみれの口から声にならない音が漏れたのも束の間、次は背後にまわって背骨を蹴る。

 「御主は気付いておらんかったか」

 老子の、涙に滲んだ眼が訴える。

 『何をだ?』と。

 「さっき、儂の持っていた釣り糸を、御主の足と隣のビルの屋上の柵に結びつけた。見えんか?」

 老子の墨を垂らした様な黒眼が下に移動し、確かにそれを捉えた。

 自分の右足首に結ばれた糸。そして、それは隣のビルへと続いていた。

 「儂等の能力は何もかもを移動出来る訳ではない。それにはやはり限界がある。そして、移動対象は肌に触れたモノじゃ。御主の足、肌に触れた釣り糸は、そのままビルに繋がっとる。要するに、ビルごと移動するのは、御主の限界を超えておるのじゃよ」

 そこで老子の思考の歯車が噛み合う。

 わざわざビルを壊したのは、自分に一瞬の隙を生じさせる為、そして足に結ばれた糸は、太公望が『友の形見』と言っていた釣り糸。確かにそれは、自分が渡したものだ。

 自分の能力を過信していたつもりはないが、まさか戦う前から策を用意していたのは予想外だった。

 完全に、嵌められた形となった。

 老子は青竜刀を握る右手に力を込める。

 早く糸を切らなければ、やられてしまう。

 だが、太公望がそれを赦す筈などない。

 太公望の細身からは想像も出来ない、重い掌低が老子の顎を強かに打ち付けた。

 脳が揺さぶられ、意識が手元を離れようとする。

 まずい…。

 そう思った老子は、唇を自身の歯で千切れんばかりに噛み、離れかけた意識をなんとか引き戻した。

 次いで、右手の青竜刀を眼前の太公望に振るった。

 今、第二撃をくらっては、完全に意識が途切れてしまう。まずは太公望を自分から遠ざけねばならない。

 しかし、太公望が能力を使って移動することはなかった。

 思惑が外れ、焦る老子を尻目に、太公望の手が老子を掴みにかかった。

 振るわれた青竜刀は太公望の頬をかすめたが、彼はそれを無視し、老子に手をかけるとそのまま背後に周りこんだ。

 背後から太公望は、長い腕で老子の頭をがっちりと絡め捕った。

 「太公…望…」

 「老子よ、御主に恨みなどないが、これもまた運命と言う奴じゃ。呪うなら神を呪うんじゃな。あやつも、そのくらいされて当然じゃ。…では、さらばじゃ、老子。永久とこしえにな!!」

 ゴキッ、と鈍い音が鳴り、老子の頚椎けいついが折られ、支えを失った彼の頭がだらりと垂れた。

 身体中から力が抜け落ち、手にした青竜刀が地に落ちていく。

 太公望は素早く老子の足から糸をはずすと、そのまま隣のビルへ移動した。

 彼はビルの柵に立つと、落ち行く老子に目を向けた。

 「例え儂が避けなかったにせよ、儂の身体に傷を付けたのは御主が初めてじゃ」

 太公望はジーンズのポケットに、釣り糸をしまうと、薄く笑った。

 「感謝するぞ。儂にも、赤い血が流れておった」

  風が太公望の長い髪を、さらさらと踊らせた。

 「なんとも、清々しい気分じゃ」

 上を見上げれば、真夏の太陽が勢いよく照りつけている。

 「今日も暑くなるのう……ん?」

 太公望は右手を額に当て、目に日陰を作ると、目を細め太陽を見た。

 「飛行機…か?」

 燦々と輝く太陽の真ん中に、小さな黒点が見えた。それは徐々にだが、大きさを増しているようだった。

 「何か向かって来ておるのぅ。いったい…」

 その時、ヒュッ、と風鳴りがなった。

 「!!?」

 太公望が気付いた時には、既に彼の左足は締め上げられていた。

 「な、なんじゃ!?」

 左足を締め上げていたのは、茶色の鞭だった。鞭がぐるぐると足に絡み、簡単には外せそうにない。

 長い長い鞭の先には、隣のビルの屋上に立つ白澤の姿があった。

 「儂としたことが、抜かったわ!」

 急ぎ、空間転移を試みる太公望だったが…。

 「い、移動出来ん!?」

 見ると、白澤は屋上の手すりに捕まっていた。

 ビルの下では、未だに土煙がもんもんと立ち込め、ガーネットはこの事態に気付いていない。

 白澤が鞭を引き、バランスを崩した太公望が宙に投げ出された。

 「ちっ!よもや、儂が老子にやっとったのを見ておったのか!?」

 左足に巻き付く鞭に手を伸ばした太公望だったが、空中と言う不安定な態勢と焦燥感から、それを外す事が出来ない。

 「かはっ!!」

 そうこうしている内に、太公望の身体は白澤の居るビルの壁面に背中から叩きつけられた。

 宙吊りになった太公望の視界に、逆さまになって落下する白澤の姿が映った。

 どうやら、鞭は屋上の柵に結びつけたようだ。

 白澤は右手にロケットランチャー、左手にサブマシンガンを太公望に向けて構えていた。

 「はぁ、はぁはぁ…万事休す、か」

 「いや…ただの終わりだよ」

 無慈悲な射出音と、けたたましい銃声が、太公望が最後に聞いた世界の音となった。


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