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  作者: 柴原 椿
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第29話:疾風怒濤

 人は空気について、どのような認識をしているだろう?

 生きるために必要なモノ。ただ、そこにあるモノ。有って当たり前のモノ。

 人は長きに渡る繁栄の中で、空気に慣れ過ぎてしまった。

 空気とは人の為に、ましてや生物の為に存在しているモノでは決してない。

 その証拠に空気は時として、その姿を禍々しく変貌させ、いとも容易く命を奪う。

 人はそれを、度々自分達に与えられた罰と表現するが、それも違う。

 空気に意思などない。もしあるとするならば、それは神の所業なのだ。

 「うぉぉぉ!!」

 怒号と共に、蒼が放った竜巻は瞬く間に建造物を削り、その脅威を増して行く。

 風速にして、80mを軽く超えた風に乗った瓦礫は、易々と壁や車を突き破り、その通過した道筋に爪痕を残していった。

 対する白澤は鎧を纏っているとは言え、その華奢な身体は、この竜巻の前には紙切れに等しかった。

 彼は能力によって造り出した壁や石柱を駆使し、蒼の身に大剣の刃を突き立てる隙を虎視眈々と伺っていた。

 だが、蒼も白澤の狙いは読めていた。

 蒼の意思に応じて、先程まで縦の螺旋を描いていた竜巻は横倒しになり、白澤へと矛先が迫る。

 急遽向きを変えた竜巻に、白澤は二重三重と壁を張り、更に左腕に備わっていた盾を構えて防御姿勢に移る。

 「守ってばっかで俺に勝てると思うな!!テメェの本気も見せてみろよ!!」

 蒼は身体に風の鎧を纏わせ、横向きになった竜巻の中を滑る様に移動した。

 その右手には圧縮空気の塊を構え、白澤の壁に0距離で攻撃を当てる。

 「死に晒せ!!小僧が!」

 圧縮空気の爆風が白澤の壁を瓦解させ、その身をあらわにする。

 しかし、それは同時に白澤にとっても絶好の好機だった。

 至近距離の衝撃波を何とか盾で防ぎ、右手に構えていた大剣を蒼へと突き放つ。

 蒼は不敵に笑うと蹴りを放ち鎌鼬を白澤の剣に当て、弾く。

 その力は想像以上に強く、弾かれた剣に引かれる様に、白澤の身体が宙に浮いた。

 「じゃあな、小僧」

 そのまま、白澤は成す統べなく竜巻の暴風に巻き込まれ、依然として衰えを知らぬ竜巻は進行方向にそびえる国会議事堂に激突し、その姿を消し去った。

 今まで何十年とこの国の歴史を見てきた国会議事堂は、あっと言う間に半壊し、瓦礫の山と化した。

 「ハッ!たいした事ねぇなぁ。God.children」

 蒼は煙草に火を灯すと、国会議事堂に背を向け、柊達の下に歩を進めた。

 「お~い、テメェ等。終わったから帰っぞ。飯にしようぜ」

 「蒼」

 声を掛けられ視線を向けると、高山が腕を組んで、蒼を見つめていた。

 「まだ居たのかよ。見逃してやっから、とっとと消えろ」

 蒼の鋭い睨みを、高山は至って普通に、平然と受け流した。

 白澤は未だ瓦礫の下だと言うのに、彼は冷静だった。

 「随分と余裕だな。まさか、勝った気でいるのか?」

 「あ?お前見てなかったのかよ?いくらあのガキが鎧を着けてるっつっても、あの威力の竜巻とトドメに瓦礫の雨だぞ?あの華奢な身体で…」

 「それは、神の傲りだ」

 高山の目が細められる。

 「結果を受け入れられねぇのは分かるがよ…」

 「蒼!!後ろ!!!」

 緊迫した、怒声にも取れる柊の叫びに、蒼は慌てて後ろを振り返る。

 瓦礫の山からいつの間にか生還した白澤が、筒状の物を構えているのが遠目にも窺えた。

 それを確認した次の瞬間には、その筒は火を吹き、何かが発射された。

 「逃げて下さい!!R.P.Gです!!」

 時雨がありったけの声で叫ぶ。

 R.P.G[Rocket-Propelled Grenade]。

 日本語における正式名称は、携帯式対戦車擲弾発射機グレネードランチャー

 かつてソ連が開発した事でも知られるこれは、安価であり、また簡便である事から、世界中の紛争では必ずあるとされる程に、ポピュラーな兵器である。先のイラク戦争、ベトナム戦争などでも多く使われていた物だ。

 蒼を目掛けて弾頭が走る。

 もっと早く気が付いていたなら穏便な対処法があった筈だが、今の蒼に選択肢は少なかった。

 少ないどころか、ニ択である。

 一つ、弾道を大気で逸らす。

 しかし、それでは後ろの柊達に当たる可能性がある。

 もう一つは、撃ち落とす。

 だが、外したら…どうする?

 迫り来る弾頭。迷う時間はない。

 「うらぁぁ!」

 蒼の渾身の鎌鼬がロケット弾の信管を射ぬいた。

 一瞬の閃光の後に、耳をつん裂く爆音と、黒煙と炎を含んだ爆発が起きた。

 「くっ!!」

 蒼は腕を交差させ頭を守り、同時に突風で爆煙を払い除ける。

 「はぁ、はぁ…。はっ、マジかよ?」

 見ると、白澤の装備が替わっていた。

 鎧は袖が無くなり、両腕を出した軽装の物になっていた。その腕の先には、彼の身の丈程もあるロケット弾が2基ずつ装填された箱形の射出機が装備されている。

 ヘルムを外した白澤の、長い黒髪が風に踊る。

 その優美さに反し、彼の目は威圧的な感情を含んでいた。

 そこには優しさも慈悲も、歳相応のあどけなさも微塵も感じられない。

 それは言うなれば、修羅の眼と言えよう。

 「くっ、はっはっはははは!!」

 白澤の尋常ならざる様子に、高山は手を叩きながら、高らかに笑い声を上げた。

 「はっはは!完璧だ!実に素晴らしい」

 「高山、テメェ!」

 「どうした、蒼?先程の余裕は何処へ行った?」

 口元を歪め、高山は言った。

 「これぞ白澤の真骨頂!!正しく最強にして最高の存在だ!」

 「高山!!テメェはこいつを使って何をしようとしてんだ!?」

 「なんだと思う?」

 子供をおちょくる様な高山の目に、蒼の怒りが増す。

 「テメェは、最初はアダムの心臓が盗まれたと言って、俺を国会に連れ戻した。その次は、人類の為にアダムを復活させると言い、俺等に宣戦布告してきた。そうこうしてる内に、アメリカやら諸外国やイヴまでが一枚噛んできやがって、おまけにテメェ等の裏に黒幕がいると言いやがる。そして、この現状だ。宣戦布告してきといて、G.Cと一対一の戦闘をしろだなんて、まどろっこしくて訳わかんねぇっつの!!」

 一気にまくし立てた蒼を見て、高山は、ふっ、と息を漏らした。

 「過程など、どうでも良かったのだ。全ては私の掌の上なのだからな」

 「なんだと!?」

 「私の目的は3つだ。白澤を造り、諸外国と神の孫を消し、最後に世界を統一する事だ」

 「世界を、統一する…?」

 「無益な争いに命を投じるのも、神に畏れを抱くのも無駄な事だ。今こそ人は、その意思を統一した一つの生命体として、世界を動かす時なのだ」

 「その統率を、お前がするってわけかよ?」

 「他に誰が、その器なのだ?」

 さも当然だと言う高山の態度に、蒼は奥歯を噛む。

 「人の身で…なんつぅ事してんだ。テメェは…」

 「蒼。貴様は神の如き力を持っている。そんな貴様には分かるまい。限られた命で、必死にもがく人間の気持ちなど」

 「だからって!!」

 「では、どうする?アダムとイヴを造ったとされる神にでもすがれと?今まで何もしなかったと言うのにか?」

 高山の発言に、顔を俯かせる。

 「あいつは、あいつは世界には干渉しない。あいつは傍観者だから…」

 「そうだろうな。さて、下らないお喋りはやめだ。白澤、こいつ等を片付けろ」

 白澤に向き直った高山は言った。

 「おい!白澤!何をしてる、早くやれ」

 しかし白澤は高山を冷めた眼で見るだけで、一向に動く気配はない。

 「白澤!!」

 「貴方も、その器ではない」

 「何を言ってい、がっ!?」

 高山の短い叫びが、静寂した国会前に谺した。

 驚愕した一同が振り向いた先で、高山は腹部を背後から日本刀で貫かれ、息も絶え絶えとなっていた。

 「そう、彼の言った通り。貴方はその器じゃあないね」

 この場に相応しくない陽気な声が、高山の背後から響く。

 「き、貴様…!!がはぁっ!!」

 勢いよく刀が引き抜かれ、高山は崩れる様に倒れた。

 「竜王!?」

 柊の叫びに、飛場 天源 竜王は長い三編みを尻尾の様に振って、片手を上げた。

 「やぁ、お久しぃ」

 「なんで君が?!」

 「にゃははっ。ちょっと用事があってねぇ。やぁやぁ、お会いするのは初めてだねぇ、蒼の旦那」

 「一難も去らずに、又一難か…。確かに、電話の声は若いと思ったが、まだガキじゃねぇか」

 「失礼な。僕はこれでも、柊さんと同い年ですよ」

 「たいして変わんねぇよ。つぅか、あの語尾に『っス』って付ける、うぜぇ喋り方じゃねぇんだな」

 「あれは皆さん用のキャラですよ。それも、もう必要ありませんしね」

 「あっそ。んで?テメェも相手になるってか?」

 蒼に睨まれ、竜王は大袈裟に首を横に振った。

 「とんでもない。僕の様な人間が蒼の旦那に敵うわけないじゃん」

 「じゃあ、何しに来たんだよ?高山を殺しに来たのか?」

 「それもアリ。って言うか、この人はもう必要ないんでね」

 竜王が高山を足蹴にすると、高山から低い呻き声が発せられた。

 「実は、蒼の旦那にどうしても会いたいって人が居ましてね」

 「俺に会いたい奴?」

 「でも、その前に…」

 その時、一人の少年が音もなく忽然と現れた。

 「なっ!?」

 蒼の目の前に出現した少年は、右手に構えた青竜刀を下から振り上げ、蒼の胴体を斬りつけた。

 「ぐっ!」

 傷口を押さえて、方膝をついた蒼の下に柊と時雨が同時に駆け寄る。

 「蒼!!!」

 「おっと、動くな人間」

 少年は蒼の首筋に青竜刀を向け、柊達が慌てて立ち止まる。

 「安心しろ。まだ殺さねぇからよ」

 「テメェは…はぁ、この間の……」

 「まだ名乗ってなかったな?G.C-007・老子だ。そんでもって…」

 老子は国会側に目を向ける。

 「お前が、蒼か?」

 聞き慣れない声に、一同の視線が動く。

 そこに居たのは、不吉な雰囲気を漂わせる黒いスーツ姿の男だった。彼の後ろには、白澤が家臣の様に付き従っていた。

 「実際に見ると、本当にガキだな。これが神の孫か?」

 男の切れ長の眼が蒼を射ぬく。

 「誰だ…テメェ?」

 「彼こそが、僕等の道標にして、仰ぎ見るに足る主さ」

 竜王が男の側に歩み寄る。

 「彼の名は…」

 「よせと言っただろう、天源。気安く俺の名を口にするな」

 男の重い威圧感を多分に含んだ声が、竜王の言葉を遮る。

 しかし…

 「さ、佐山……千歳…!?」

 震える時雨の声が、静寂を破った。


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