第28話:白澤
時を遡り、日本の首都・東京。
現地時間・AM7:53。
白い巨大な箱の中にて。
「ねぇ、蒼」
「あ?何や?」
俺は肺一杯に溜めた煙を、徐々に吐き出しながら柊に目を向けた。
「この密閉空間で、煙草吸うなよ」
「同感です」
見れば時雨まで、あからさまに嫌そうな顔で俺を見ていた。
「んな事言ったってよ、暇なんだからしょうがねぇじゃん?また物真似歌合戦でもするか?」
「それは蒼が勝つじゃないですか」
と、ジト目で俺をみる時雨。
それと言うのも、数時間前に行なった物真似歌合戦で、俺は余裕綽々で勝利したからだった。
「尻取りでしたら良いですよ」
「俺達が時雨に勝てねぇよ」 時雨は恐ろしく尻取りが強かった。
因みに、尻取りの強さとは語彙の量によると思う。
そして、時雨の語彙は半端ない。頭に広辞苑をインストールしてると言っても納得出来る程だ。
「じゃあさ、記憶力勝負しようよ」
「却下。誰もお前の、円周率一億桁に勝てねぇっつの」
柊は柊で記憶力が半端ない。つぅか、普通円周率を一億も覚える事に意味はねぇ。
「ふぅ…結局なんもねぇじゃねぇか。煙草くらい多目にみろや」
「じゃあ、せめて能力使って煙を一ヶ所に留めてよ」
「いや、さっきからやろうとはしてんだが、能力が使えん」
「どういう事です?」
「俺が聞きたいわ」
まぁ大方、イヴが一枚噛んでると見て間違いねぇだろ。
厄介だな…。てか、太公望じゃねぇけど、めんどくせぇなぁ。
「はぁ~ぁ…」
「蒼?どうかしましたか?」
大の字に寝転がり、染みのない白い天井を仰ぐ。
「どうなるんだろな、俺等…」
別に2人に聞いた訳じゃねぇから、答えは期待してない。ただの独り言だった。
「どうにかなるでしょ」
言ったのは柊だった。
「そうですよ。私達3人居れば、大丈夫です」
時雨も続いて、そう言った。
「根拠はあんのかよ?」
俺の質問に、2人は口を揃えて、「なんとなく」と言った。
「はっ。お前等、いい加減なとこが、俺に似てきたんじゃねぇか?」
「そうかもね」
「ですね」
笑い合うこいつ等を見てたら、考えるのも馬鹿馬鹿しくなってきた。
「うじうじ考えても意味ねぇな。ま、なんとかなるだろ。…なんとかするさ」
そして、俺が上体を起こしたのを見計らった様に、重苦しい金属音を上げて白い壁は開いた。
「やっと御出座しかよ。柊、時雨」
立ち上がり、2人を見下ろす。
「とっとと終わらして、飯でも食いに行くぞ」
『はい』
2人の返事を聞き、俺は開いた扉の先に目を向けた。
予想通りであり、また予想外でもある光景が、そこにはあった。
予想通りだったのは、高山が居た事だ。
そして、予想外だったのは、そこは国会議事堂の前で、高山の隣に見知らぬガキが居た事だ。
俺達は意を決し、外へと足を運んだ。
「こんなに早く会うとはなぁ。俺はお前の面なんて、もう見たくなかったのによ。なぁ?高山」
「ご挨拶だな、蒼。まぁ、私も貴方に会うのは、今日で最後だがな」
「そりゃこっちの台詞だっつの。……そいつは?日本のG.Cか?」
膝下まで伸びた黒髪に、白磁の様な白い肌。服は上下共に紺色のジャージで、靴は動きやすそうなスポーツシューズと言う出で立ちの、女にも男にも見える中性的な奴だった。
「そうだ、紹介しよう。G.C-001・白澤だ」
「God. Childrenの1号機か。それは良いけど、なんで国会議事堂なんだよ?人一人居ねぇし、こりゃなんの真似だ?」
「不本意ながら、これは命令なのだよ」
「は?誰の命令だっつぅんだよ?」
「お前がそれを知る必要はない。もう、時間だ。始めろ、白澤」
そして、獲物を捕らえる獣の様に、白澤と呼ばれたガキは一気に駆け出した。
「なっ!?柊、時雨、下がってろ」
長髪を振り乱し、一心不乱に走る白澤。
能力が分からないと言う事もあり、俺は様子見を兼ねて、小さな圧縮空気の弾を放った。
さぁ、どうでる?
しかし、次の瞬間に俺は我が目を疑った。
白澤の手に突如、刀が現れ、奴は躊躇うことなく、空気の弾を切り裂いたからだ。
軽い衝撃波が起こるが、奴は止まらなかった。
それどころか、持っていた刀を俺に投げ付けてきやがった。
回転しながら迫る刃を避け、次のモーションに入るが、白澤の方が一手速い。
刀に次いで、いつの間にか両手に構えていた槍を投げ込む。
「んなの、アリかよ!!」
突風を起こし、槍の軌道を逸らす。
だが、白澤は意にかえした様子など見せず、槍を再び右手に構えると、棒高跳びの用量で跳躍した。
高々と舞い、最頂点で身を翻すと、俺と目が合った。
悪寒がして、肌が粟立った。
長髪から覗く奴の眼は深淵の様に暗く、冷たい。 先に会った4人とは一線を期すものを感じた。
コイツは、人の皮を被った化物だ…。
そして、尚も白澤の攻撃は止まらない。
両掌を俺に向けたかと思うと、そこから無数の槍が濁流の様に押し寄せてきた。
「ちっ!うっぜんだよ!!」
俺はその場で一度回転し、その勢いのままに回し蹴りを放つ。
蹴り足は空気を切り、能力の影響を受けたそれは風の刃となって、迫る槍を薙ぎ払った。
「鎌鼬って知ってっか?」
続けざまに二度三度と蹴りを放つと、槍の流れはバラバラに弾けた。
「まだだ!!」
次いで、この辺一帯の大気を集めて大気の槍を作る。
大気の槍は竜巻の様な回転をしながら、散らばっていた白澤の槍を巻き込み、その矛先を白澤へと向ける。
「終わりだ。空中に居るテメェに避ける術はねぇ」
そして槍を撃ち込む。
大気をつんざく轟音に乗って、巨大な槍は確かな手応えを持って白澤に激突した。
一本に束ねられていた槍達は、激突の衝撃と共に再び散らばり、その鋭利な切っ先を地に突き立て、木々の様に辺りを埋め尽くした。
「…………ちょっと卑怯じゃねぇか?テメェ」
しかし、失敗に終わった。
俺の作った風の槍は、巨大な盾によって防がれていた。
「その能力、アダムの創造の力か?」
白澤は地に突き刺さった槍に器用に片足立ち、盾を投げ捨てた。
「…アダム?誰?」
白澤は首を傾げる。
「は?アダムっつったら、一人しか居ねぇじゃねぇか」
「無駄だ。白澤には、戦闘以外の知識は殆ど無い」
そう言ったのは高山だった。
「よく生きてたな?御老体のくせに」
「これでも体は鍛えているのでな」
「そうかよ。んで、コイツは何者だよ?」
「白澤はアダムの心臓から採取した遺伝子で造ったG.Cだが、そうか…これがアダムの能力か」
やはりアダムの能力は知らなかったか。まぁ何千年も前に眠りについた奴の能力なんか、調べようもねぇからな。
「でも、俺等の知っているアダムの能力と違うぞ。あいつのは物体を別の、創造したモノに変える能力だった」
「白澤は想像したモノなら何でも造れる。ただし、命を持ったモノは、その器しか造れん。だが、それで充分だ!」
高山の視線が動く。その先に居た白澤は、槍から飛び降りると、両腕を広げた。
奴の手足の先から徐々に黒い金属が身体を覆っていき、それは瞬く間に細身の鎧に姿を変えた。
次に右手に身の丈程の大剣と、左手に面が長い盾を構え、顔を口元が開いたヘルムで覆うと、その刃の切っ先を俺へと向けた。
「本気で…来なよ。神の、孫…」
「あぁ?」
何言ってんだ?それじゃ、まるで俺が…。
「力…抑えてる、でしょ?」
「…抑えてねぇよ」
「嘘」
即答された。
「風が、哭いてるよ…」
白澤は自らの動きを確認するように大剣を振り回すと、身を構えた。
「風が哭いてるって、どういう意味だ?」
「そよ風じゃ…僕は殺せないよ。見せてよ、君の心に吹く…嵐を……」
一陣の風が、俺の頬を打ち付けた。まるで、白澤の言葉を肯定するかの様に。
俺は拳に力を込め、白澤へとそれを向けた。
「ボロ布になってから、後悔しても遅いぞ」
俺の中ですっかり身を潜めていた闘志は、今再び、猛り狂い、全てを薙ぎ払う嵐となって吹き荒れた。