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  作者: 柴原 椿
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第27話:イヴ

 「おい、ガーネット。騒ぐでない」

 「ちょっと!!無理無理無理!?いったい!痛いって!!!」

 私は今まさに、パーシィバルから受けた左腕の骨折を太公望に治療してもらっている真っ最中だった。

 まぁ、治療と言っても、添え木して包帯で巻いてもらうだけなのだが…。

 「あんた下手くそにも程があるでしょ!?ちょ、マジでヤバいよ!痛いよ!」

 「怪我した御主が悪いんじゃろが。子供じゃないだから、静かにせい」

 「子供だったら卒倒ものよ!!イヤーー!痛い痛い痛い!!あんた、包帯絞めすぎよ!」

 痛みに苦しむ私には、コイツは悪魔に見えるわ。

 「そうじゃ、なぞなぞを出してやろう」

 「今更、気を逸らそうったって遅いわ!!第一、この痛みじゃ意味ないわよ」

 「まぁ聞け。頭は猿、身体は狸、手足は虎、尾は蛇でトラツグミの鳴き声の動物は何じゃ?」

 「そんなの居るか!!……あっ!そんなの居るかで、答えはイルカだ」

 「ハズレじゃ。正解はぬえじゃ」

 知るか!!てか、なんであんたが日本の妖怪を知ってるのよ!

 「え~と、待てよ。もう少しで終わるからの」

 「まだ終わってなかったの!!」

 それから四苦八苦すること20分(かかり過ぎだっつぅの)なんとか私の腕は応急処置された。

 「あんたさぁ、怪我とかした事ないの?」

 「ない」

 きっぱりとはっきりと言われた。

 それもそうか。こいつの能力で怪我する訳ないか。

 「まぁ、良いわ。あんたも戻って来た事だし、いつまでも後手に回ってらんないわ。次はこっちから攻めましょ」

 「賛成じゃ。して、何処から向かう?」

 「さっきの話だと、場所が確定しているのはファウストだけよね?だったら、ロンドンに行くしかないでしょ」

 「そうじゃの。ファウストが居れば、他の連中の所にも行けるしの」

 「じゃ早速よろしく」

 太公望の肩に手を添えると、私の身体が宙に浮く様な感覚が起こり、次の瞬きの瞬間には移動は終わっていた。

 辺りは夜で(恐らく夜中0時過ぎ)、私が居たパリと同じく目映い照明が広い広場を囲う様に配置されていた。

 しかし、土地勘のない私には、回りにどんな建造物があるかは把握出来ない。

 「久々に体験したけど、あんたの能力って凄いわね」

 「ガーネット、そんな悠長な会話をしとる暇はなさそうじゃぞ」

 「え?」

 太公望はさっと広場を指差し、私は指の先を目で追う。

 「何、これ?」

 その広場は辺り一面、バケツの水を撒いた様な、血の海だった。

 そして、その中央に、返り血を有らん限り受けたであろう、見知った人が立っていた。

 「ファウスト…?何があったんじゃ?」

 恐る恐る伺う様な太公望の声に、顔の大半を赤に染めたファウストは振り返り、そして笑った。

 「おぉ、おぉ。久しいじゃねぇか?ガーネット、それにルイン。息災だったか?」

 「!!」

 いつもの穏やかなファウストじゃない。

 それに、太公望を本名であるルインって呼ぶなんて…。

 まさか…。

 「んん?どしたよ?折角再会出来たんだ。もっと喜べよ」

 「これ、あんたがやったの?」

 「まぁな。ゼロスみてぇな能力のガキだったが、俺の相手じゃなかったぜ」

 ファウストはせせら笑った。

 いや、ファウストではない。

 私はこいつを知っている。

 「さっきから何を言っておるんじゃ?儂やジョーカーを昔の名で呼んだり…。一体どうしたと言うんじゃ?ファウスト」

 「ん?ファウスト?……あぁ、エルティガの事か。なんだお前等、名前変えたのか?そうか、そうか。安心しろ、エルティガなら寝てるぜ」

 そう言って奴は、自分の頭を軽く小突く。

 もう間違いない。

 「太公望は知らなかったわね。私は、久しぶりと言っておこうかしら?」

 「どういう事じゃ?奴は誰なんじゃ?」

 「名前なんてないわよ。あいつは、ファウストの裏の人格よ」

 「裏…?」

 「ファウストの能力、世界監視は脳に想像を絶する負担がかかるの。当然と言えば当然ね。能力は神でも、身体は人と大差ないんだから。そして、ファウストの負担は精神面に来る。自らの能力で自分が壊れない様に、奴は存在するのよ。言ってみれば、ファウストと奴で負担を分担している、って感じかしら」

 にしても、ファウストとは真逆の性格だってのは分かってたけど、いくらなんでもやり過ぎだ…。

 あいつの足下、血の海の中央にはG.Cだったであろう死体が転がっている。それに、少し離れた所にも死体があるが、こちらはスーツを着ている様だし、恐らくイギリスの首相だろう。

 「あぁ、そういやよ。何百年か前にエルティガから名前を貰ったんだった」

 奴は嬉しそうに私達に笑って見せた。

 「メフィスト」

 刻み付ける様に、はっきりと名乗った。

 「俺の名前はメフィストだ」

 「ファウストにメフィストなんて、随分と洒落たものね」

 「まぁな。でも、俺等にぴったりじゃねぇかよ」

 メフィストは得意気に言うと、両手に持ったナイフを器用に指先で回した。

 「話は粗方理解した。して、メフィストよ。御主は儂等の敵なのか?」

 確かに、それが問題だった。

 ファウストとメフィストの能力、世界監視の前では私達の能力はまず効かないと思う。

 相手の考えを知る力と未来を予知する力の前では、例え空間転移で背後を取ろうとも、全てを無に帰す力を使おうとも、当たる訳がないもの。

 蒼の大気操作による超広範囲の力か、アリスちゃんの時間停止なら勝てるんだけど…。

 でも、私の考えは杞憂に終わった。

 「心配御無用。お前達とやり合う訳ねぇだろが。兄弟じゃねぇかよ。確かに、俺はただの人格でしかねぇが、一応仲間のつもりだぜ?」

 ナイフをしまったメフィストに、私は安堵し、不意に溜め息がもれた。

 「なら、ファウストに戻ってくれるかな?やりづらいんだけど」

 「そう言うなって。久々に出て来たんだからよ。もう少しこのまま――」

 話の途中ではあったが、私達の身体は急に固まった。

 突然の事に気が動転する。

 目すら動かせない。

 まるで、まるで身体が石になった様な…。

 「元気そうね」

 聞き覚えのある、優しい声に心臓が跳ねる。

 「何千年振りかしらね?ガーネット、ルイン、エルティガ」

 忘れる訳がない。この声の主は…。

 そして、彼女は私達の視界に現れた。

 「あら?口くらい動かさないと、喋れないわね。動いて良いわよ」

 『イヴ!!』

 3人の声が重なる。

 「久し振り。私の可愛い子供達」

 「イヴ…本物なんじゃな?」

 「勿論よ。それにしても相変わらずだらしない格好ね、ルイン」

 イヴは優しく微笑む。

 「今まで何処行ってたのよ!」

 「ちょっとやる事があってね。それよりガーネット、貴女怪我してるじゃない。また無理してるんじゃないの?」

 彼女は均整の取れた眉を下げて、私の左腕に手を添える。

 「治りなさい」

 イヴの声と共に、左腕に響いていた鈍痛が徐々に小さくなり、消えるのが分かった。

 「ありがとう、母さん」

 「良いのよ。でも、次は気を付けなさいよ」

 イヴは風になびくブロンドの髪を掻き上げると、優しくそう言った。

 「おい、イヴ。感動の再会っぽいとこ悪いけどよ。こりゃどういう事だよ。なんで俺達の動きを止めんだよ?」

 「貴方、エルティガ?随分と口が悪くなったわねぇ」

 「俺は、メフィストだ。エルティガだったら、俺の中で寝てるぜ」

 「ふ~ん。よく解らないけど、エルティガでもあるのね」

 「そう言う事だ。で?これはどのような仕打ちなのですか?御母様」

 「貴方達には悪いけど、暫くそのままよ。邪魔される訳にはいかないの」

 「邪魔とはどういう事じゃ?今は数刻の猶予もないんじゃぞ。早く皆と合流しなくては」

 「駄目よ」

 鋭く言い放つイヴ。

 「どうしても行くと言うなら、私を倒してからにしなさい。出来る?貴方達に」

 「本当に、敵になったのかよ?」

 「敵と言えば敵ね。でも、敵だとか味方だとかは、どうでも良いわ。私は、私の目的を達成するだけよ」

 イヴは口元を押さえて、優美に笑った。でも、その笑顔の裏にあるのは、昔のイヴとは違う様に見えた。

 「もう少しで、アダムが復活するのよ。日本の高山が、上手くやればね」

 そう言って、イヴは手を掲げる。

 「来なさい」

 掲げたイヴの手に、脈打つ心臓が現れた。

 「アダムの心臓!!」

 「イヴ!御主が持っておったのか!?」

 「…そうよ」

 イヴは愛しげに、心臓を撫でた。

 「私の持つ心臓に、セルヴォの持つ心。そして、人類に造らせた肉体。これ等を持ってして、アダムは蘇るの」

 「人類に造らせた?ジョーカーの息子が居るんじゃないのか?」

 「居ないわよ。それはKの目を逸らす為の嘘よ」

 「…なんでも良いけどよ」

 吐き捨てる様なメフィストの声に、イヴは首を傾げた。

 「面倒な事しやがって。あんたの自分勝手な目的の所為で、俺等は人類と争うハメになっちまってよ。自分が何をしたか分かってんのかよ!?」

 「貴方には理解出来ないでしょうね。先の見えない孤独を生きた、私の気持ちなんて…」

 「だからって!」

 「でも」

 鋭い目付きになったイヴに、メフィストは口をつぐむ。

 「でも、私がこうしなければ、Kが世界を手にしてしまうわよ」

 「そうじゃ!御主等が言うKとは誰なんじゃ?イヴは知っておるんじゃろ?」

 「知っているも何も…」

 イヴは私達を一瞥して言った。

 「私の息子よ」

 さらりと言ったイヴの発言に、私達は絶句した。

 「K…つまりカインよ。我が息子ながら、とんでもない事をしてくれたわ。貴方達と人類との争いの火付け役は、彼よ」

 彼…とは随分と他人行儀な言い方だと思った。

 「イヴは、カインの目的も知ってるのか?」

 「カインは、2000年前の続きをするつもりなのよ。ただし、今回は成功させるわよ。各国がG.Cを造ったのも彼の命令よ。彼には貴方達、神の孫は邪魔者でしかないものね。まぁ、人類は彼の計画なんて知る由もないでしょうけどね」

 「Kがカイン…。じゃが、飛蝗狩りをしているのは一体……」

 「飛蝗狩り?それは知らないわね。……いずれにせよ、カインの計画を挫く為にも、私の邪魔はしないでほしいわ。只でさえ、あの人に干渉制限をかけられて動きづらいのだから」

 干渉制限。

 イヴは2000年前の事が原因で、一日の活動時間が決められていると聞いた事がある。

 因みに、『あの人』と言うのは、いわゆる神の事だ。

 神がそれぞれに与えた罰。

 私達、神の孫は人類の監視係。

 アダムは、心臓と心に分けられ永眠。

 イヴは、その絶大な能力の為に干渉制限をかけられ。

 カインは、永久凍土に封印…されてる筈だったのに。

 「知っての通り、カインはシベリアの永久凍土に封印されていたわ。でも、近年の温暖化によって氷山が溶け、人類に見つかった。全く…人類の知的探究心には恐れ入るわね。まさか、自らに災厄をもたらす者とも知らずに、彼を起こすなんて…」

 イヴは嘲笑う様に、哀れむ様に口を歪ませた。

 「今から10年前、人類は三枚のカードを持っていた。科学技術・アダムの心臓・眠るカイン。彼等は自らの科学技術を駆使して、不死について研究していたわ。不死は短命な人類の最大の願いですものね。でも、その矢先にカインは目覚めた。カインの力の前に成す術なく、人類は屈したわ。そして、今に至る…。私が介入したのは、それから少ししてからよ。人類と取引したの。アダムを蘇らせたら、生命の実と知恵の実をあげると言ってね」

 「なっ!!」

 「仕方なかったのよ。私が出せるカードはそれくらいだし、急がないとカインにアダムの心まで取られかねなかったしね。もう分かったと思うけど、カインの狙いはアダムの心よ。知ってるでしょ?アダムの心には、彼の全てが入っている事を。勿論、彼の能力も」

 言って、イヴはメフィストに近づく。

 「と言う訳で、エルティガ。貴方の持っているエデンの鍵を渡してちょうだい」

 「断る、と言ったら…」

 「手荒な事はしたくないわ」

 「しかし!それじゃ人類の……………」

 「どうしたの?」

 黙り込んだメフィストの顔が徐々に曇っていった。

 「まずい事になったぞ…」

 「え…?」

 「…フロイヤが殺られた」

 場の空気が凍りつくのを、肌に感じた。

 それとは対称的に、額に汗が浮かぶ。

 「アリス……が?」

 「あぁ、間違いない。死んだ…」

 突然の訃報に、私も太公望も言葉が出なかった。

 「場所は何処です?」

 「何する気だよ?」

 「いいから言いなさい!!」

 声を張上げたイヴからは、身を切る様な殺気が溢れていた。

 「これは私の責任です!私は、G.Cを止められたのに、見逃して、尚且つ貴方達が先日戦った3人を助けたわ。それは、貴方達なら負ける筈のないと言う考えがあったからよ。…でも、甘かったわ。場所を教えなさい、エルティガ!娘を殺されて黙っている程、私は優しくないわ!!」

 もろに殺気に当てられたメフィストは顔を反らしたかった筈だ、私だってそうだもの。

 そして、メフィストは観念した様に、「アメリカ、ホワイトハウス前だ」と、ぽつりと呟いた。

 「分かったわ。貴方達、動きなさい」

 まるで凍った筋肉が溶け出した様に、手足に感覚が戻った。

 「ルイン、私をアメリカに送りなさい」

 「儂等も行くぞ!」

 「駄目よ。その代わり、貴方達はゼロスを探しなさい」

 「なぜじゃ!?」

 「ゼロスは我々の味方じゃないわ。野放しにすれば、何をするか分からない。今、私が世界に掛けた妨害を解いたわ。これでエルティガの力をフルに使えるわ」

 メフィストは目を瞑ると、深く深呼吸を始めた。

 ゆっくりと目を開けて、皆を一瞥する。

 「久し振りだね、イヴ。事情はメフィストに聞いたよ」

 「戻ったの?ファウスト」

 軽く頷いたファウストは、太公望を手招きする。

 「ジョーカーもアメリカに居たから、僕等もイヴと一緒に行こう。早くしないと、取り返しのつかない事になるよ」

 「それって、どういう事よ?」

 「ジョーカーは核を使うつもりだ」

 「か、核!?」

 今は私達だけの戦争で止まっているけど、核なんて撃たれたら全人類を巻き込んだ大戦争、第三次世界対戦に発展しちゃうじゃん!!

 「急ごう。身内を止めれるのは、身内だけだからね」

 各々頷き、私達はアメリカへ飛んだ。


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