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  作者: 柴原 椿
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第24話:パーシィバル

 ガーネットと言えば、一般的には石榴石ざくろいしの英名だ。

 しかし、私は石でも、ましてや鉱物でもない。かと言って人間でもないのだが…

 それでも、身体があり、考える頭脳を持ち、息もすれば、酒もたしなむ、立派な生物だ。

 人々は私を、私達を神の孫と呼ぶが、残念ながら私にそんな自覚は皆無である。

 私は、私だ。

 ただ、自由に、風の吹くまま気儘に生きる女。それが私、ガーネットだ。

 因みに、ガーネットと言う名前を私に与えたのが、アダムなのかイヴなのかは、私も知らない。

 気が付いたらエデンに居て、気が付いたらそう呼ばれていた。

 しかし、今思えば、私の名前と石榴石は全く関係ない筈だ。あの頃、アダム達が石榴石と言う鉱物を知っていたとは思えないし、何より、あの頃に英語はないのだから。

 なら何語を使っていたのか?、と聞かれると答えに困る。あれは何語と言えば良いのやら?ニュアンス的には、確かに英語に近いのだが…

 ファウストなら上手い具合に説明出来るのだろうが、私の頭ではそうは出来ない。

 言い訳ではないが、私は神の孫の中でも、もっぱら戦闘が専門だ。頭脳よりも身体。知識よりも力。理性よりも本能で生きてきた為、頭を使うのは苦手だ。

 そう言えば、頭の良し悪しでくくりを作ってしまうと、蒼も私側と言えた事を思い出した。

 残念な事に過去形である。

 昔は私と引っくるめて馬鹿にされる事が多かったが、あいつはプライドが高かった。以上に高かった。

 他人に下に見られる事を何よりも嫌い、常に自分が他人より上でないと気がすまない、天上天下唯我独尊を絵に書いた様な奴だった。

 そのせいで、昔は、同じくプライドが高かったジョーカーとよく争っていたなぁ。

 懐かしい…。

 しかし、懐かしさとは裏腹に、今や神の孫で馬鹿のくくりに入れられているのが自分だけと言う事実に気付き、少し泣けてきた。

 あぁ、切ない。お酒飲みたい…

 ってゆうか、なんでこんな昔の事ばかり考えねばならんのだ。昔を懐かしんでばかりいては、太公望みたく心が老いぼれになってしまうではないか。

 私はいつまでも、アリスちゃんみたいなお姫様、もとい、乙女の心を失いたくないのよね。流石に、あんなフリルだらけの格好は出来ないが…

 それにしても暇だわ。

 「それもこれも」

 私の気分を察した様に、目の前に置かれた40インチ程のモニターに明かりが灯った。

 「あんたの所為だよ、ケリー・ヘイレン!」

 「な、なんだよ、テメー!開口一番…まだ何も言ってねぇよ」

 私が今居る所が何処かは定かではない。

 床も壁も天上も真っ白い、染み一つない二十畳程の部屋。

 老子に飛ばされたのが、この部屋だった。

 「行き先がフランスって時点で、全部あんたの所為に決まってんのよ。こ~んな何も無いとこに押し込んでくれちゃってさ。まぁ、多少は我慢するけど、お酒くらい用意しなさいよ」

 「お前、自分の立場分かってんのかよ!捕らわれてる奴を、なんでもてなさなきゃなんねぇんだよ!!」

 「庶民の義務よ」

 「女王様かよ!」

 「いいえ、神よ」

 「もっとひでぇ!?」

 そこで、私は溜め息を一つもらす。

 「まぁ、戯言は兎も角として」

 「お前が言い始めたんだろ」 中々どうして、こいつはよくツッコミをするもんだと感心した。仮にも大統領だろうに…

 「で、いつまで此処に居れば良いのよ?もう飽きちゃったんだけど」

 飽きたと言うか、もう疲れた。

 かれこれこの部屋に、少なく見積もっても10時間以上は居るだろう。

 ここは今ケリーが映っているモニター以外、本当に何も無い部屋なもんだから暇で暇でしょうがない。因みに扉もない。まるで巨大な箱に入れられた様なものだ。

 最初は壁やら天上やらを壊しての脱出を試みたのだが、そもそも、何故か能力が発動しない。

 能力が使えなければ、私とて只の女にすぎない。いくら神の孫と言っても、基本的な身体能力は人間と大差はないのだ。

 「もう理解しているだろうが、この部屋では、お前の能力は一切使えない。そうしてもらったんでな」

 ケリーは気味の悪い笑みを浮かべて、そう言った。

 「分かってるわよ。母さん…イヴが、そうしたんでしょ?信じたくはなかったけど……」

 それは分かっていた。太公望の話だって信じてなかった訳じゃない。信じたくなかったのだ。あの人は、いつだって私達の味方だったから…。でも、真実は往々にして残酷だ。イヴは、私達じゃなくて、人間の味方についた。敵…なんて言いたくないけど、でも、いつまでも甘い事は言ってられない。

 この先にあるのは、戦争なんだから。

 下手したら、私達は死ぬかも知れないから。

 今は目の前の事に集中しよう。

 そして、イヴに会えたら、訳を聞かなくちゃならない。

 きっと何か訳があるに違いない。伊達に、あの人と永年暮らしてたんじゃないんだから。イヴが優しい人だって事は知っている。そこは今でも信じれる。

 「で?あんたが連絡してきたって事は、そろそろ出してもらえるのかしら?」

 「ま、そう言うこった」

 「そもそも、なんでこんなに待たせるのよ?こっちに来た時に、すぐにでも…」

 「それじゃ駄目なんだ!!」

 なんでかケリーは、怒った様に、いや、辛そうに、吐き捨てる様に声を荒げた。

 「お前達を殺すのは、確かにこちら側に送られて来た時点で可能だった。だが、却下された」

 「却下?」

 「お前達との戦闘は、公開しなければならないとのお達しなのだ」

 さっきからなんなのよ?こいつらは自分達の意思で、私達に宣戦布告してきたんじゃないの?

 これじゃまるで…

 「あんた達の裏に黒幕が居るみたいじゃない?誰なのよ?もしかして、イヴ…」

 「イヴではない。だが、お前達には言えない」

 「なんでよ!?」

 ケリーは眉尻を下げた。本当に辛そうに見えた。

 「許せ、神の孫よ。人類の為なのだ」

 「ちょっと!ケリー」

 「時間だ」

 その時、ケリーの映っていたモニターの奥、私から見て正面の壁が金属の擦る音と共にゆっくりと開いた。いや、外側に倒れたと言うべきだろう。

 そこから見えたのはおびただしい照明に照らされた、街。

 私は恐る恐る外へと足を踏み出す。

 「え…ここって……」

 私は、驚愕のあまり固まってしまった。

 口を不様に開けた私を、皆はきっと馬鹿にするだろう。自分が見ても、恐らくそうだ。

 でも……

 「凱旋門……!それに、エッフェル塔……」

 ここは、知らぬ人は居ないだろう花の都。

 「もろパリじゃないの!!」

 「そう言うこった」

 声の方を向くと、何処からか現れた黒塗りのセダンから、ケリーが降りたところだった。

 「どういう事よ…。それに人が」

 人が、1人も居ない。

 先程ケリーを送り届けたセダンも走り去り、ここには私とケリーの2人だけが残された。

 「俺にとっても不本意ではあるが、ここを指定されてな……断る事は出来なかった。お前を待たせていたのも、民の避難と、こちらの準備を調える為だ。にしても、ルーブルを含む、全ての美術館の物を移動させるのには思いの他、時間がかかってしまったな」

 何を悠長な事を言っているんだ、と叱責してやりたかったが、出来なかった。

 ケリーの表情が、痛みに耐える様に歪んでいたからだ。

 「お前の言いたい事は分かる。ここで争ったら、もしかしたら凱旋門も、向こうに見えるエッフェル塔も、無くなるかもしれん」

 「だったら…」

 「俺如きに拒否権はねぇんだよ。ただ、幸いな事に、ぶっ壊れた物はイヴが直すとさ。しかし…」

 そこでケリーはうつむき、言葉を探している様だ。

 「しかし、俺は生粋の愛国者だ。例え直ったとしても…直すっつぅ事は、一度壊すっつぅ事だ。俺には、それが耐え難い」

 「ケリー…」

 私の顔色を見たケリーは、ひっひと引き笑いをして、いつもの気味の悪い笑みになった。

 「同情なんかするんじゃねぇ。これは俺が選んだ結果だ。さて…よた話は終りだ。いよいよ、開戦ってこった」

 そして、突風と共に、その少年は現れた。

 年の頃、10才程の小さな、華奢な少年だった。

 耳にかかる程度のウェーブのかかった銀髪は、周りの照明の光を鮮やかに反射させ、輝いていた。

 首から下は、肌に密着したレザースーツで覆われ、その華奢な身体を更に印象付けている。

 「ケリー、話は終わったの?」

 少年の無邪気な声が、静まった街に響く。

 「あぁ、終わったよ。パーシィバル、あのお姉ちゃんが、お前の相手だ」

 そう言われ、振り返ったパーシィバルは、にっと白い歯を見せて笑った。

 「初めまして。G.C‐005・パーシィバルです。でも、驚いたなぁ」

 パーシィバルはわざとらしく、顎に手を添えて、小首を傾げた。

 「神の孫で一番の戦闘能力を持つ人だって聞いてたから、どんなゴリラが来るのかと思ってたけど、こんなに綺麗な人だったなんて…。いやぁ、ホント」

 パーシィバルは目を細め微笑んだ。だが、それは先程の様な子供らしい笑みではない。まるで蛇の様だった。

 「ホント、殺すのが惜しいよ」

 うぅむ。この手の輩は、まぁ慣れてるが、しかし子供かぁ。嫌だなぁ。って言うか

 「あんた何処から来たの?」

 さっきからそれが疑問だった。突風が吹いたと思ったら、いつの間にかそこに居た。太公望と同じ能力?

 「僕は、あそこから来たよ」

 そう言ってパーシィバルが指差したのは、エッフェル塔だった。

 「あんた、テレポーターなの?」

 「いや、違う」

 ケリーはパーシィバルの肩に手を乗せ、私に諭す様に語った。

 「パーシィバルは、音速の壁を越えられるんだよ」

 「はぁ?」

 怪訝な顔の私に、ケリーは口元を歪めて見せた。

 「ま、後は自分の目で確かめな。やれ、パーシィバル」

 は~い、と呑気に手を上げて答えたパーシィバルの姿は消え、先程までパーシィバルの立って居た地面が音を立てて抉れた。

 「こっちだよ」

 背後からの声に、私は振り向きながら飛び退く。だが、飛び退いた私の隣に、既にパーシィバルは立って居た。

 「ちょっ!?何、こいつ!」

 「そう言う言い方はないじゃん?酷いなぁ…。お姉ちゃんが遅すぎるのが悪いんだよ」

 私が、遅い?

 まさか、音速の壁を越えられるって、そう言う事!?

 「さっきケリーが言ってたじゃん?僕の能力は、単純だよ。音速で走れる、それだけだよ」

 いやいや…。そんな簡単に言われても…。

 非常にマズイ。音速で走れる、つまり目にも止まらないと言うのは、私の能力との相性最悪だわ。

 私はゆっくりとパーシィバルとの距離をとる。

 「ね?ね?お姉ちゃんの能力も見せてよ」

 パーシィバルの好奇心に駆り立てられた目に、私は若干引いてしまった。

 こいつ、遊びじゃないんだから。

 「ね?良いでしょ?」

 「はいはい、分かったわよ。はぁ…後悔しないでよね」

 私は右手をパーシィバルへと向けた。

 ちょっと卑怯だけど、このまま殺り合ったら分が悪いのは事実である。

 かざした右手に意識を集中すると、硝子玉程の黒い球体が浮かび上がってきた。

 久々にしては上出来だ。

私は唇を一舐めし、更に力を球体に注ぐ。

 さっきまで硝子玉程だった球体は、あっと言う間にバスケットボール大へと成長した。

 私はそれを、

 「あらよっと!!」

 ぶん殴った。パーシィバル目掛けて。

 放たれた球体は速度を増してパーシィバルに迫る。

 奴は避ける気配も見せずに、球体を眺めていた。

 勝ったわね。

 「パチン、とな」

 私は右手の指を鳴らし、上機嫌に微笑んだ。

 そして、球体は破裂した。とは言っても、音も、地面が砕けた土煙も出ない。何故なら、私の能力は破壊ではない。

 「我はあまねく万物を無に帰す、静かなる破滅の権化なり…、な~んてな」

 球体の破裂した所は一見すると何の変化も無いが、地面に目を向けると異常に気付く筈だ。

 地面にはスプーンですくった様に直径2m程の窪みが出来上がっていた。

 「は、初めて見た。あれがガーネットの能力…空間を喰いやがった」

 空間を喰う黒き力。能力の効果範囲内に有る物質を、大気を、水分を、温度を、光を、根こそぎ無に帰す。

 アダムが、自分とイヴと息子のカインを守る為に生み出した最初の神の孫。

 単純な戦闘に関しては、唯一無二の最強の力、それが私の能力、『無』だ。

 「呆気ないわね。まぁ、私にかかればこんなもんよ」

 私は高らかに、声に出して笑った。若干、卑怯な事をしたと言うのは忘れよう。うん、結果オーライ。

 「ったく…」

 だが、私は浅はかだった。

 「酷いなぁ」

 背筋がぞくりとした。

 「本気で走ったら、髪がちょっと焦げちゃったよ。あ~あ…」

 ゆっくりと振り返った私を、パーシィバルはきつく睨んでいた。

 「この責任は高いよ。でも、お姉ちゃんの能力も見れたから、それでチャラで良いや」

 「嘘、なんで…?」

 「う~ん、ちょっとびっくりしたけど、本気出せば問題ないよ。お姉ちゃん、気付かなかった?僕が手抜いてたの。いや、僕の場合足かな?」

 気付くもなにも、見えないっつぅの!

 「普段は亜音速で走ってたんだよ」

 亜音速がどの位か知らないけど、それでも髪は焦げそうなものだが…。

 「さて、お互いの能力も見せ合ったし、始めましょうか。構えた方が良いよ、フィユ(お嬢ちゃん)」

 私は身を構え、拳を握る。

 「御手柔らかに、お願いね」

 …………大ピンチです!!


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