表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 柴原 椿
24/40

第23話:老子

 「事態は、深刻だ」

 薄暗い照明が付けられた部屋には、黒い円卓と、それを囲む様に五つの椅子が備え付けられている。

 「我々の切札とも言うべき、God. Children が3人共やられた。それも、太公望1人にだ」

 部屋に淡々と響く高山の声は、静寂した空気を震わせる様に、力強くも、ゆっくりと染み渡っていった。

 「故に、我々の計画は大きなずれを生じながら、第二段階に移る事となる」

 高山の声を受けるのは、円卓の上に、椅子と対になる形で置かれた四つのモニター。

 モニターに映るのは、一般庶民ですら知らぬ人は少ないだろう、世界を代表するに足る諸外国の首脳達。

 アメリカ初の女性大統領、シェリー・クロード。イギリスの首相にして、国一の切れ者、ロバート・ヴロワ。中国の産業を急激に発展させた若き天才国家主席、劉耀邦りゅうようほう。フランスの裏社会までも掌握する大統領、ケリー・ヘイレン。

 「第二段階……日本は白澤はくたくを使う」

 「Mr. 高山」

 モニターに映るシェリーが、ブロンドの髪をかき上げながら口を開いた。

 「御言葉ですが、いささか早いのではないのでして?何を焦ってらっしゃるの?」

 シェリーの質問に、高山は無意識に眉間に皺が寄った。もとわと言えば、先走ったアメリカが失敗したのが原因だと、声を荒げて糾弾してやりたいのが高山の本音だった。

 「ししし、まぁ、日本側の気持ちも分かるよ」

 一度聞いたら忘れそうもない引き笑いをしつつ、フランス大統領・ケリーは高山と画面越しに目を合わせた。

 「最強のカードとも言うべきG.Cがやられたんだ。それも3人同時とくれば、焦るのは当然だ。奴等に、こちらの手を晒した上に、失敗したんじゃ、目も当てられないね」

 「口を慎まないか、ケリー大統領。ここに集まったのは、今後の計画を決める為だ。我等、強国同志が争う事が、何を意味するか解らぬ訳ではあるまい?」

 「ヒィ、ヒィ。イギリスはいつから、そんな弱腰になったんだ。違うか?ロバート・ヴロワ首相。言っとくが、あんたにとっても他人事じゃない筈だろ?」

 ケリーは、ヴロワのモニターに向けて、嫌味をふんだんに含んだ笑みを見せた。

 その笑みが何を意味しているのかは、ここに集まった誰もが理解していた。

 「おたくらイギリスが永年に渡って匿っていた、美しきモンストル・シャルマンも、神の孫の1人なんだからな」

 ケリーの青い瞳に、卑しさを含んだ闇が差したのを誰もが感じとっていた。

 「もう、その辺にしませんか?」

 そう言ったのは、ケリーの正面に当たるモニターに映った、劉耀邦だった。

 「そうは言っても、これは事実なのだよ。それに、あんた等だって太公望を永年匿っていたじゃないか?その結果がこれだろうが?」

 「匿っていた、と言うのは語弊だと言えます。彼等は、我々人類が繁栄する、遥か前から住みついていたのですから。後から来た我々に、“出てけ”と言う権利も、それを実行する力もありませんしね」

 「それと……」

 シェリーは剣のある視線をケリーへと向けた。

 「貴方にとっても、他人事でないのは同様ですのよ。貴方達、フランス政府が、神の孫の1人であるガーネットを使って行なってきた愚行を、皆が知らないとお思いか……?違いまして?ケリー・ヘイレン大統領?」

 途端に、ケリーの顔から余裕が失せていくのが目に取れた。その顔が徐々に苦虫を噛んだ様に歪むのが、シェリーには愉快でならない。

 「諸君、それくらいにしたまえ……」

 折りを伺っていた高山は、声のトーンを一段上げて、全員に語りかけた。

 「先程も言った通り、日本は白澤を使う。諸君等は如何する?」

 「無論。我等、イギリスも、ワーグナーを出そう」

 「同じく…フランスが誇るG.C、パーシィバルも出すよ」

 2人の答えを聞いた高山は、続いて中国側に視線を動かす。

 中国国家主席、劉耀邦の顔は曇っていた。

 それもやむ無き事である。他国に比べ、中国は今だ発展途上の国。

増え続ける国民に、広がる一方の格差、それに不景気が重なり、いくら劉国家主席が産業を発展させたとは言え、国としては現状の維持が精一杯だった。

 それに輪を掛け、無理に予算を出して造ったG.Cが、仮に失敗にでも終わったらと思うと、踏み出す一歩は重い。

 「まさか…G.Cを出さないなんて、言わねぇよな?」

 ケリーの、いや、皆の射る様な視線に、劉は思わず身構えた。

 そう…出せないとは言えない…

 仮に自分達、中国だけがG.Cを使わないとなると、こちら側までが、危険視されてしまう。

 恐らく、各国は今回の戦争に全力を出すだろう。神の孫も各国も無事では済むまい。

 そんな中、中国だけが無傷となると、各国に狙われるのは目に見えた結果だ。

 莫大な予算を投じて、G.Cを造ったのも、来る戦争で国が死なない為に、各国との揺るがない信頼を得るためだった。

 最早、選択の余地は無い。

 「勿論、我々も…我々中国も、G.C・老子ろうしを出そう」

 場に張り詰めていた空気が緩んでいくのを感じ、劉は少し安堵した。

 「だが、Mr.高山。彼等をいかにして殲滅するつもりか?今や神の孫は合流し5人となった。我等の全戦力を投入しても勝てるか、どうか……」

 眉尻を下げたヴロワを見て高山は、一つ頷いた。

 「私に考えがある。しかし、これは皆にも協力して頂く…」

 場の全員が誰ともなく、顔を見合せて、首を傾げた。

 「考えと言うのは、各国の力を駆使しての各個撃破だ」

 「!!?」

 「ちょっと待てよ!それって、まさか…」

 高山は、深く息を吸うと、若干の威圧感を含んで皆を見据えた。

 「自分達のホームに奴等を連れ込んで、全戦力で叩き潰す」

 「何言ってっか、分かってんのか!?奴等と自分達の国で戦ったら、どれだけの被害になると思ってんだ!国家遺産諸々、全部消しとんじまうぞ!!」

 「なら、他に案が有るのか?それとも我が国内で戦争を起こして、日本を消す気か?」

 場に重い空気がのし掛かる。 反論が無いのを確認し、高山は話を続けた。

 「アメリカ以外の国が所有するG.Cは一体。故に一国につき、神の孫1人を相手にして頂く」

 その発言にシェリーの眉間に僅かに皺が寄ったのを高山は見た。

 「御言葉ですが、貴方は、我々アメリカに3人同時に相手にしろと、仰るのですか?」

 「いや、狙いはあくまで各個撃破だ。アメリカには、1人をアメリカ本国に置き、残りは待機してもらう。皆も承知の通り、ジョーカーの居所が今だ掴めない。用心するにこした事はない」

 シェリーはわざとらしく溜め息をつくと、それっきり彫像の様に黙り込んだ。

 「しかし、彼等をどうやって各地に移動させるのだ?」

 ヴロワは皆のモニターに順に目を向ける。

 「それは我々の役目ですね」

 意を決した様に発言した劉の表情は、若干強ばっていた。

 そして、高山は内心でほくそ笑んでいた。

 自身の計画通りのシナリオに…



       *



 満天の星空にたゆたう月は、今や遥か天高くへと昇りきっていた。

 そして、その月の下、3人の男女の声が蛙の鳴き声をかき消す様に谺していた。

 「柊は兎も角、何故お主が気付かんのじゃ!!そんなんじゃから、誰もお主を頼らんのじゃよ!!」

 「アンタに言われたくないわよ!!いっつも寝てばっかのくせに、こんな時だけ偉そうにしないでよ」

 「ちょっと!2人とも止めて下さい!」

 「例え普段は寝てても、今はこうして役に立っとるんじゃから良いじゃろうが!どっかの酔っ払いとは違うんじゃよ」

 「酔っ払いで悪かったわね!!このクソジジイが!何さ、中身はまだしも、喋り方までジジイなんてバッカじゃないの!?」

 「これは日本語を教えてくれたのが、村の爺さんじゃったから致し方なかろう!そもそも、そんなの今は関係ないではないか!!」

 止まらない言い争いに、柊はいい加減に辟易した。

 無意識に溜め息が、そっと口から漏れる。

 止めるのを諦めた柊は、頭上の満月に顔を上げた。

 美しい月。

 まるで別世界の物とも思える美しさだ。それを見ているだけで、心に溜まったモヤモヤとした感情が少しずつ溶けて、地面に染み込んでいく様な錯覚を柊は感じた。

 そう、錯覚である。

 現実は顔を戻すと元通り。世界を揺るがす神々が争っている。しかも、小学生の様な他愛もない口喧嘩で。

 柊は再び、現実逃避の為に美しい月へと向き直った。

 その時、顔を上げる一瞬、柊の目に人影が映った。

 見間違いかとも思いながらも、視線を戻した。月が煌々と照らしているとは言え、そこは夜。その辺の木ですら、人影に見えなくもないのも事実だ。しかし、彼は確かに両の眼で見てしまった。

 こちらにゆっくりと、だが着実に近付く人影。木であってくれと、内なる神に願った。現実の神は、今の彼には酷く頼りなく映っていたからだろう。

 そして、肉眼でもはっきりと、その人物を視認出来る距離まで来て、向こうは足を止めた。

 距離は3m程離れていたが、月明かりのおかげで相手の表情までくっきりと分かった。

 柔和な笑みを浮かべた、メイドだった。

 家電製品の店が軒を連なる秋葉原ならいざ知らず、この田舎道では彼女の姿はあまりにも浮いた存在、異分子と言っても過言ではない。

 「太公望さん、ガーネットさん……」

 柊は2人を軽く肘で小突いてみた。

 「言わせておけば図に乗りおって、このへべれけババアが!!」

 「誰がババアだ!!耄碌もうろくジジイが!!」

 「聞けや!老いぼれ共が!!」

 柊の見事な張り手が太公望とガーネットの後頭部を直撃しようとした瞬間、殺気を感じた2人からのカウンターを顔面に喰らい、柊は為すすべなく地面に倒れた。

 「えっ!?あっ!ごめ~ん、大丈夫?」

 「なんじゃ?柊か。すまん、つい手が出てしもうた」

 心配そうに自分を見る2人に、柊は軽く手を上げて無事を示した。

 「ふふ…大丈夫ですか?柊様」

 メイドのやんわりとした声の喋りに、太公望とガーネットは初めて、その存在に身構えた。

 「向こうから来てくれるとはな……それにしても、なんともけったいな格好じゃのう」

 「メイド服って言うのよ、お爺ちゃん」

 「おい、ガーネット。蒸し返すでない」

 太公望の鋭い睨みを横目で受けて、ガーネットは短く息を吐く。

 「はいはい、では一時休戦と言う事で」

 視線を前に戻したガーネットに、メイドが一歩踏み出したのが見て取れた。構えた手と足に自然に力が入る。

 「そう殺気立たないで下さい。怪しい者ですが、どうか落ち着いて頂きたいです。少々、お話がしたく、こうして姿を現しました所存ですので」

 「話……とは?」

 構えは解かずに、太公望は問い返した。自分から怪しい者だと言う奴に、毛程の隙も与えるつもりはなかった。

 「てかアンタ、柊君とは知り合いなの?」

 「はい、一度御会い致しました。お久しぶりですね、柊様」 深々と礼をしたメイドに、柊も吊られて頭を下げた。

 「お久しぶりです……カラーさん」

 メイド・カラーはにっこりと微笑んで見せた。だが、空気が緩むことはない。

 「高山の手の者か?」

 「それに対する答えは、Noです。私の主は、飛場 天源 竜王、ただ1人に御座います」

 カラーの答えに嘘は感じられなかったが、一つ疑問が生じた。

 「竜王の部下なら、蒼の部下も一緒。何故、儂等をつけていた?」

 「それが今回の私の仕事だからですわ」

 「答えになっておらんぞ」

 「太公望様、貴方は一つ、勘違いをしていらっしゃる」

 カラーは目を細めた。まるで内側に潜む何かを隠す様だと、柊には感じられた。

 「我が主、竜王は、蒼様の部下ではありません。あの方はフリーの情報屋。誰の下にもつかぬ、まさしく孤高の竜なのです」

 カラーは、まるで竜がそこに居る事をイメージさせる様に、両手を広げた。

 「故に、主の客人は蒼様だけではないのです。この国の総理大臣も、その1人です」

 「やはり、高山の差し金ではないか」

 「クライアントはそうであっても、主は竜王だけですので…悪しからず」

 「て言うか、そんな簡単に喋って良いの?そういうのは信用が第一なんじゃないの?」

 ガーネットの発言に、カラーは眉一つ動かさず、涼しげに咲く花の如くたたずんでいた。

 「今回は特に規制は有りませんので、問題はないと判断します。それに、いずれ解る事ですので…」

 その時、携帯の着信音が響いた。

 「……でても、宜しいですか?」

 彼女と目を合わせた太公望は、軽く頷いた。即座に動く大勢は出来ていたからだ。

 「では。……もしもし、カラーです。……はい、変わりなく……はい。承知致しました」

 通話を切ったカラーは、3人に向けて、静かに微笑んだ。

 「それでは、皆様。私の仕事は終了致しましたので、帰還させていただきます」

 突然の発言に呆気に取られた3人をよそに、カラーはくるっと向きを変えて歩き始めた。

 「待て!みすみす逃がすか!!」

 一瞬遅れ、太公望とガーネットが駆ける。

 「後は、彼に任せますわ」

 カラーの声に答える様に、空気が揺れた。

 カラーとの距離1mにして、太公望達は止まるのを余儀なくされた。手を伸ばせば届いた事実に、悔しさから奥歯をきつく噛んだ。

 そして、止まる勢いを殺しきる前に、2人同時に180度向きを変えた。

 尚もカラーの歩みは止まらない。

 そして、太公望達と柊の間に、彼は現れた。

 まず思ったのは、黒い少年。

 髪も、Tシャツも、ジーンズも、靴も、全てが黒く、その他の色を拒絶している様にすら見える。

 だが、それに相反して、露出した肌は陶器の白さにも負けない、鮮やかさと冷たさを持っていた。

 「誰だ!!」

 叫ぶ太公望へと、少年は静かに目を向ける。

 少年の長い髪によって右目は隠れていたが、残った左目からは感情を伺う事は出来ない。

 墨を垂らした様な無機質な黒い瞳は、硝子玉にも見える。

 「誰だ!」

 再び太公望が叫ぶ。

 少年は動じる事なく、ゆっくりと口を開いた。

 「お前が太公望か?」

 変声期を迎えていない少年の高い声が響いた。

 「そして、お前がガーネット。後ろのが新庄 柊か?」

 「お主は誰だと聞いておろうが。質問に答えよ」

 少年は気だるそうに欠伸をすると、太公望を見据えた。

 「あぁ…めんどくせ……。俺は中国のG.C、名は老子だ」

 「G.C……God.Childrenか!しかも、中国と言う事は…」

 「俺はお前のクローンなんだとよ、太公望。つぅか、マジでダリぃ……劉の馬鹿が、こんな夜中に起こしやがって…とっとと片付けて帰ろ」

 次の瞬間、老子の姿は3人の視界から消えた。

 「やはり、儂と同じ能力か!!」

 「そういう事だ…」

 虚を突かれ、太公望の反応がコンマ数秒遅れた隙に、太公望の姿は忽然と消えた。

 「やれやれ…太公望を送れば、後は楽勝だな」

 「アンタ、馬鹿じゃないの?太公望の能力なら…」

 「無理だ」

 老子の声に、ガーネットは背中に氷を入れられた様な悪寒を感じた。

 「奴は中国に送った。向こうには、奴が命より大切にしてるもんがあるんだと…俺達はそれを既に抑えている。現に、奴は戻って来ない。それが証拠だ」

 老子の話に、悔しいがガーネットは納得するしかなかった。あれから一分近く経ったが、太公望が戻って来る気配はない。

 「次はお前だ、ガーネット」

 言い終わるやいなや、老子は再び姿を消す。

 「何度も同じ手」

 「使わねぇよ…馬鹿」

 先制を取るため振り返ったガーネットだったが、老子の方が一枚上手だった。

 「チっ!!」

 逆に後ろを取られたガーネットの反応が間に合う筈はない。

 「お前の行き先はフランスだ。じゃあな」

 ガーネットの振り上げた拳が老子の顔面に当たる事はなかった。

 「さぁてと……新庄 柊。残るは、お前1人だ……」

 柊は身構えた。が、武道の経験も、ましてや戦闘の経験もない彼は見よう見まねである。

 老子は、ゆらりと柊に向き直る。

 柊は足に力が入らず、握った拳には汗が滲んだ。

 「お前1人だ…が、お前は特別だ。故に……」

 老子は三再び空間転移を行う。

 「お前は、蒼と一緒に連れてけとのお達しだ……」

 背後から聞こえた少年の声に、柊の背筋は凍った。

 そして次の瞬間には、目の前に蒼、アリス、ファウスト、時雨が居た。



       *



 「つぅか、はぁ、はぁ…柊達のとこに来た奴は、今ままでのとは違うんだろ?はぁ…はぁ、はぁ」

 息を上げて喋る蒼に、ファウストは普段と変わらぬ冷静さを持って答えた。

 「彼は、今日現れた3人とは段違いと言って良い。能力は……。!?止まれ、蒼!」

 ファウストの叫びにも近い声に、蒼達は同時に足を止めた。

 「な、なんですの?」

 「来る」

 蒼達の目の前で、空気が歪み、大気に波紋が広がる。

 そこから老子と柊が音も立てずに、突如出現した。

 「柊!!」

 「蒼!?皆、逃げて!!」

 「逃がす訳ねぇだろ…」

 老子が身を構えて、一歩踏み出す。

 「こっちだって逃げるつもりはねぇ!アリス、やれ!」

 しかし、アリスからの反応はない。

 「おい、アリス」

 振り返った蒼は、一瞬なにがなんだか理解出来なかった。

 アリスがゆっくりと、その場に倒れるのが目に入った。まるで人形だと、無意味な考えが頭をよぎった。

 「アリス!!」

 駆け寄って、抱き起こすが、彼女からの反応は以前見られない。細い腕が力なく、地に垂れた。

 「おい!!おい!」

 「落ち着け、蒼。眠っているだけだ…」

 ファウストがおもむろにアリスの肩に触ると、彼女の肩から小さなダーツにも似た針を抜き取った。

 「麻酔弾か……」

 「さぁて…なんか知らねぇが、運は俺に向いてるみてぇだな。めんどくせぇし、とっとと終いにしようぜ…」

 ファウストは懐からナイフを二刀取り出し、両手に構える。

 「落ち着けよ、世界監視。俺は戦う気はねぇ……」

 「何が目的だ」

 「……つい今しがた、各国のお偉いさんが集まって決めたのによると、お前達、神の孫は世話になった国が責任持って排除するんだと」

 「1人ずつ、か」

 「そう言うこった。先に太公望は中国に、ガーネットはフランスに送った」

 「何故、そんな面倒を?全戦力でかかれば…」

 「奴等は卑怯者だ。自国の被害を最小限に抑えてぇんだよ。だが、日本がそれを良しとしなかった。故に、痛みを分ける事にしたんだと……。もう良いか?俺は帰って寝たい」

 その後は一瞬の出来事と言えた。

 最初に柊を送った老子は、息つく暇もなく空間転移をし、次いで蒼とアリスの下へ現れた。

 力任せに2人を引き剥がし、先にアリスを送る。

 反撃に転じた蒼だったが、腕を掴まれ、為すすべなく先の3人の二の舞となった。

 蒼を送ったのも束の間、老子は直ぐ様空間転移を行う。

 だが、ファウストの背後に移動した老子は、目を見張った。月光に光るナイフの切っ先が自分の心臓目掛けて進んで来ることに、驚愕し、後ろに飛び退いた。

 「厄介なもんだな……世界監視っつぅのは」

 「こちらとしても悠長に殺られるのを待つわけにはいかないのでね。時雨さん、僕の後ろに下がっていてください」

 「は、はい」

 時雨がファウストの後ろに回るのを見届けた老子は、首を一度鳴らし、構え直した。

 「はぁ…面倒くせぇな。殺す訳じゃねぇんだから、おとなしくしてろよ」

 「お前達の目的が見えない。先程もアリスを殺す事が出来たのに、お前は何故それをしなかった?」

 ファウストの睨みに、老子は大袈裟に溜め息をつくと、哀れむ様に眉尻を下げて見返した。

 「目的目的、と、お前は言うが、聞いたところで無駄だ。お前達には何も止められない」

 「何故言い切れる」

 「お前達も、俺達も…言うなれば被害者なんだよ」

 老子が何を言っているのか、ファウストは理解しかねた。

 「だが、俺達の方がマシか…。選択肢があるからな」

 「どういう…ことだ?」

 「神の孫もG.Cも、馬鹿な奴等の三つ巴の争いに巻き込まれたのさ…」

 目を見開いて驚いたファウストの隙を、老子は見逃さなかった。

 ファウストと時雨の間に空間転移した老子は、2人の腕を乱暴に掴んだ。

 「あがけ、神の孫よ。そして真実を見てこい」

 2人を送り、そして老子もまた、煙の様に消えたのだった。



       *



 「もしもし、カラーです」


 『やぁやぁ、お疲れさん』


 「全て順調に進みました」


 『それは良かった。千歳君も喜ぶよ』


 「あの方が喜ぶ顔が、私には想像出来ませんが」


 『喜ぶんじゃないかな?多分…。そういや、僕も見たことないや』


 「ふふ…。もし見れたら貴重ですね」


 『貴重も貴重、超貴重だよ。全世界にネット配信したいね。あ!そうだ、カラー。仕事終わったんでしょ?すぐ帰って来てよ』


 「新しい仕事ですか?」


 『まぁね。いよいよ千歳君も本気だからさ。もう水面下ではだいぶ動いてるってさ。でも、それより僕は、君の淹れてくれる紅茶を早く飲みたいんだよね』


 「たまには御自分で淹れてみるのも良いと思いますよ」


 『もう意地悪なんだから。僕はカラーの紅茶が良いの』


 「まったく…困った主ですね。すぐに戻りますので、お待ち下さいね」


 『は~い』


 「それと、一つご報告が」


 『なになに?』


 「麻酔弾、一つ使いましたので、料金に上乗せしていて下さい」


 『はぁい、了解』


 「それでは、失礼致します。…………さて、嵐は目前まで来てますわね。先に狩られるのは、神か飛蝗か…。誰にも予想出来ない戦いの幕開けですわ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ