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  作者: 柴原 椿
23/40

第22話:グラスホッパー

大分、久々の更新になってしまいました…

読んでくれていた方々には申し訳ない気持ちでいっぱいです。

今後も更新が遅くなる事もあるかも知れませんが、どうか温かい目で見て頂きたいです。


それでは、久々の『蒼』を、どうぞ。


 「そもそも、我々6人は何故造られたか。お主はどう思う?柊よ」

 太公望は隣を歩く柊に唐突に質問を投げ掛けた。

 柊達は永遠に続くのではないかとも思える広大な田園を民宿に向かっていた。

 歩道の片隅に、疎らに付けられた外灯には蛾等の虫達が群がり、付近を通った際に顔や服にぶつかる事以外は快適な夜道だった。

 蛙の鳴き声も、相変わらず辺りに響いている。

 「……アダム達、家族を守る為、じゃないですか?」

 柊の答えを聞いた太公望は、若干勝ち誇った様な笑みになった。

 柊が三番目に会った神の孫にして、空間転移テレポートの能力を持つ長身ながら線の細い印象を覚える男、太公望。

 話によると、数千年前から中国の山奥に隠り、世捨て人ならぬ、世捨て神として暮らしていたらしい。だが、10年程前に、住んでいた山が開拓されたため、致し方なく付近の村に引っ越したそうだ。

 こう聞くと、人間に住み処を奪われた野生動物と同じに思えてくるが、本人はあまり気にしていないようだ。

 「おしいのう。じゃが、外れと言う訳でもない。アダム達を守る目的で生まれたのは、そこにおるガーネットだけじゃ」

 そう言って太公望は、柊の隣を歩く女性を指差した。

 蒼達と同じく、神の孫の1人、ガーネット。

 初めて会った時の彼女は酷く酔っていて、あまり良い印象は受けなかったものの、今改めて見ると、髪を雑に束ねていることと、よれよれのTシャツにジーンズと言う出で立ちを除けば、長身であり、顔立ちも整っていて、スタイルにも非の打ち所の無い、モデルの様な美人であると言える。

 「ガーネットはアダムが最初に造った神の孫なんじゃよ。つまり儂等からすれば、姉の様なものじゃな。だらしのない姉じゃがな」

 「悪かったわね、だらしない姉ちゃんで。でも、あんただって人の事言えないでしょ?怠けてばっかの横着者だったんだし。あたしは少なくとも、仕事はちゃんとやったわ」

 そこで柊は、ふと怪訝な面持ちとなった。

 「仕事って何です?」

 「儂等、神の孫にはそれぞれ役割があるんじゃ。ガーネットはアダム達の保護及び外敵の駆除。儂は彼等の安全な移動手段、と言う具合じゃな」

 「へぇ。因みに蒼は何なんですか?」

 「蒼はのう…」

 「エアコン」

 ガーネットがボソッと呟いた。

 「え……?」

 「だから、エアコン。蒼の仕事は、アダム達が暑い時に風を吹かせたりとか、そんなもんよ」

 「まぁ後は、大気を使っての周囲の監視と言ったもんじゃろ」

 「へぇ……」

 柊は間の抜けた様な相づちを打った。

 「それでじゃ、アダム達の話に戻るぞ。カインが生まれてから数十年間は平穏じゃったが、ある日事件が起き……」

 「ねぇ?ちょっと待って」

 そう言ったのはガーネットだった。

 「なんじゃ?」

 「さっきから気になってたんだけど、なんであたし達歩いてるの?あんたの能力で移動すりゃ良いじゃない?」

 ガーネットが唇を尖らせて不満気な顔を隠すこともなく言った。

 「…………は?」

 だが、対する太公望は目を細め、まるで珍妙なモノを見るかの様な面持ちで、その場に固まった。

 「な、なによ?急にそんな顔して…」

 これにはガーネットだけでなく、思わず柊もたじろいてしまった。

 太公望は、この反応をどう捉えたのか、明後日の方向を向いて思案顔になり、次に2人に顔を戻し呆れ顔になり、最後は項垂れていった。

 「お主等、まさか気付いてないなどとは言うなよ…」

 恨めしい様にも聞こえる程に暗い声音で、太公望は呟いた。もとい、ぼやいたに近い。

 柊とガーネットは顔を見合わせて、お互い首を傾げた。

 「…………られとる」

 蛙の鳴き声が五月蝿く、太公望の声が聞き取れない。

 柊とガーネットが顔を近づけると、太公望もゆっくりと顔を上げた。

 「儂等、つけられとるんじゃよ。馬鹿者共が!」

 太公望の耳をつんざく様な叫びに、蛙達は再び沈黙に徹した。



       *



 「ん……?」

 ファウストは風に銀髪をなびかせ、遥か後方へと視線を向けた。

 辺りには蛙の鳴き声、青白い月光、そして気持ちの良い夜風以外は五感を刺激するものはない、至って平和な夜だと言えた。

 「どした?」

 ファウストが声の方へと視線を移すと、瓦礫に腰掛けていた蒼は、口から肺一杯に溜め込んだ紫煙を吐いた。

 「珍しく太公望が大声で怒鳴ったのでね、少々驚いただけだよ」

 「あいつが?くくっ…確かに、そりゃ俺でも驚くな」

 愉快げに笑う蒼に、ファウストも肩をすくめたが、その顔はほころんでいる。

 「大丈夫なんですか?向こうで何かあったんじゃ…」

 不安そうに呟いた時雨に、蒼は手をひらひらさせて見せた。

 「ったく、時雨は心配性過ぎだっつぅの。どうせ、柊とガーネットが枝に気付いてなかったんだろ」

 「枝?」

 「おいおい…鍛練が足りねぇなぁ、時雨。あのよ、さっき白いガキ共とやり合った時から、ずっと俺等を見張ってる奴がいたんだよ」

 「え!?本当ですか?」

 「マジだよ。ったく、お前もしっかりしねぇと、間抜け組の仲間入りになっちまうぞ」

 どうやら、柊とガーネットは『間抜け組』と言う不名誉な組分けを余儀なくされたようだ。

 「まぁ、その間抜けさんは、私達の姉と貴方の孫ですけどね。私は別に構いませんが、貴方の場合は血縁ですから、御可哀想に…」

 芝居がかった口調でそう述べたアリスは、言葉とは裏腹に不敵な笑みを浮かべていた。

 「はっ。俺が育ててりゃ、もっとマシな奴になってたさ。それよりファウスト、向こうは大丈夫なんだろ?」

 「今のところはね。太公望が居れば、逃がす事はないだろうしね」

 「因みに蒼、尾行者の正体は分かりましたの?」

 アリスの質問に、蒼は首を横に振り、地面に煙草を押し付けた。

 「女だっつぅのは分かったが、後はさっぱり。会った事もねぇ奴だ」

 「そうですか。ファウストはどうですの?」

 アリスは隣に立つファウストに目を向けたが、彼の顔は曇っていた。

 「残念だが、僕にも調べられなかった。致し方ないから、向こうから仕掛けて来るまで無視していたんだが…」

 「そうだな。こっちに来たら、俺等で捕まえるつもりだったけど、どうやら狙いは向こうにあるらしいな」

 言い終わるやいなや、蒼は立ち上がり皆を一瞥した。

 「よし、話す事は話したし、俺等も行こうぜ。大分はしょったけど、時雨も何となくは分かっただろ?」

 「えぇ、まぁ…ただ、その様な能力を持ったイヴが敵に回っていたら、私達に勝ち目はあるんですか?」

 時雨は先程聞かされたイヴの能力と、かつて彼等が直面した歴史の影とも言える事件の話について、改めて思考を巡らせた。

 蒼の話は、どれも衝撃的だった。しかし、おかげで少しずつ理解できてきた。

 神の孫が世界に散らばっている理由、不老不死の筈のアダムが心臓だけになっている理由、そして……私達、人間がこれ程までに神を崇める理由が…

 「時雨さん」

 ファウストが静かに、説く様な口調で呼び掛けた。

 「それは、誰にも分かりません。ですが、人類はまだ結論を急ぐ必要はありません。貴方達は真実には遠い。でも、物事はパズルと同じなのです。例え、肝心なピースが欠けていようと、全体像は自ずと見えてきます。ですから、焦らずとも貴女にも必ず見えてきますし、その答えも必ず出ます」

 時雨が力強く頷いたのを確認すると、皆は太公望達と合流するべく移動を始めた。

 「蒼、今後はどう致しますの?」

 「先ずは2組に別れる」

 蒼は煙草をくわえ、火を灯す。

 「1組はイヴの捜索。ついでに高山達の情報収集もした方が良いな。んで、もう1組はジョーカーと合流し、その息子の保護ってとこだな」

 「ちょっと待て!!」

 突然、ファウストは明らかに狼狽しきった顔で声を張り上げた。

 「誰の息子を保護するって言った?」

 彼にしては珍しく、声に剣が含まれていた。

 「いや、だからジョーカーの息子をだな…」

 「どういう事だ!?ジョーカーに息子なんて居ないぞ!!」

 「…………は?」

 ファウストの言った意味が瞬時には理解出来ず、蒼はぽかんと口を開けた。

 くわえていた煙草が地面に落ちる音が、やけに大きく聞こえた。



       *



 男はビルの屋上で、色とりどりの星をぶちまけた様な眼下の夜景に目を向けていた。

 男が居るビルは、ここ東京では有名なIT企業の本社だ。不景気と騒がれる御時世にも関わらず、未だに成長を続けるこの企業は、一流大学の学生達が就職したい企業のランキングで圧倒的票数で1位に輝いたとTVでも取り上げられた程だ。

 「探したよ」

 柔和な声が聞こえ、男が振り返ると、そこには一流ブランドのシックなスーツを着た青年が立っていた。

 「音も立てずに現れるな、驚くだろうが」

 「全然そうは見えなかったけどね」

 青年はネクタイを緩めながら、愉快げに笑った。

 「まぁ良い。それで、何か用か?」

 「用がなけりゃ、来ちゃ駄目なのかよ?冷てぇ、友達だな」

 「お前と友達になった覚えはない」

 男はキッパリと言い切ったが、青年は意に介さず笑っていた。

 「なんてな、大丈夫。ちゃんと用件はあるよ」

 「なら早く言え」

 青年は大袈裟に咳払いを一つして見せた。

 「報告が2つ。1つは、G.Cがやられたよ」

 「3人共か?」

 「そう、それも太公望1人にね」

 男の、形の整った片眉が一瞬上がったが、すぐに冷静な顔付きに戻った。

 「そうか。もう一つは?」

 「高山が、白澤を使うってさ」

 「ほう。あの狸親父もやっと動く気になったのか」

 「流石のあいつも、自分の国でアメリカに我が物顔されるのに我慢出来なくなったんじゃないの?」

 「だろうな」

 男は指を鳴らしながら、再び眼下へと視線を戻した。

 パチン、パチンと小気味良いリズムが、夜の帳に溶けていくようだった。

 青年が男の隣へと歩み寄った。

 「で、我々はどうしましょう?」

 「無論、動くぞ」

 青年はその言葉を待っていましたとばかりに、満足げに微笑んだ。

 「ところで、彼は協力してくれるのか?」

 「大丈夫、大丈夫。快く承諾してくれたよ」

 「良し」

 パチンと、一際大きな音を鳴らして男は立ち上がった。

 「いよいよ、バッタ共に鉄槌を下す時だ」

 「いつから君の中で人間はバッタになったんだい?」

 「ガキの頃からだ。奴等はバッタと同じだ。何故なら…」

 「聞いたよ。黒くなった群生相のバッタと同じ、だろ?」

 青年はやれやれと言った具合で、肩をすくめた。

 「だが、人間はバッタよりも厄介だ。凶暴になったバッタは、飛んで作物を荒らすが、飛べない人間は世界を荒らす」

 「確かにね」

 「おまけに、自分達の失敗から何一つ学んでいない」

 「それ、あれでしょ?あの、何とかって鳩の事でしょ?」

 「リョコウバトだ」

 青年は手を叩き、やっぱりねと呟いた。

 「あの時は、リョコウバトだけで済んだが、今はこの星が同じ運命を辿ろうとしている」

 「君の話はスケールがデカいよ」

 「だが実際、人間が傲慢だったばかりに、リョコウバトは絶滅した。そして、今はその傲慢な心のせいで、地球温暖化と言う報いを受けている」

 青年は短く息を吐くと、踵を返し、屋上の入口へと歩んで行った。

 「人の話は最後まで聞くのが礼儀だろうに…」

 「その話はもう耳たこっス。それに、最後まで聞いてたら朝になっちゃいそうっスからね」

 「……お前、なんだその喋り方は?」

 怪訝な面持ちの男に、青年は酷くバツの悪そうな顔をして見せた。

 「あちゃ~…なんか癖になっちゃったみたいね。ま、気にしないでちょ」

 青年は白い歯を見せて、笑った。

 「お前は26になっても、見た目も中身も青臭いな」

 「これが普通だよ。君は同い年のくせに落ち着き過ぎ。ま、中身が名前通りの年齢だってんなら納得するけど、ね、千歳ちとせ君」

 「俺の名は気安く呼ばれる程安くはない。そうだろ?天源」

 「お~お、恐や恐や」

 声とは裏腹に青年は嬉々とした様子で屋上を後にした。

 そして男は、何事もなかったかの様に、再び眼下の光を見下ろす。

 一陣の風が、男の髪を撫でて行った。


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