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  作者: 柴原 椿
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第2話:町の神

 すっかり陽も傾き、辺りの山々を夕日が朱に染め上げて、田舎の風景を一層美しくした。

 青年は悲鳴を上げる足腰を無理矢理に動かし、町外れの丘の上にある小さな民宿に向かった。

 民宿に着くと、入口でこの民宿の娘さんが花壇に水をまいている所だった。

 「おかえりなさい」と元気な声で迎えられて、青年の体の疲れが少し癒やされた。

 娘さんの年齢は24歳と青年とも近く、元々人見知りもしない性格の様で、今ではすっかり打ち解ける事が出来た。

 青年としても、気を遣う事もない為、それは有り難かった。

 娘さんは青年に

「今から夕食の支度をします」と言ったが、青年は疲れから謝罪とともに、それを断った。

 娘さんは少々がっかりした様子だったが、

「分かりました」と又いつもの元気な笑顔を見せてくれた。

 その後は、他愛もない話を二人でした。と言っても青年は疲れ切っていた為、娘さんが一方的に質問し、青年がそれに答える形となったが。

 娘さんと話をしていて、彼女の元気な笑顔や、笑った時に揺れるポニーテールに青年は暫し見とれていた。

 元来シャイな性格な為、

「可愛いね」なんて気の利いた台詞は言えず。しかし、青年の頭の中では、

「この娘と結婚して、民宿を継ぐのも良いな」なんて妄想が一人歩きしていた。

 娘さんが唐突に

「そう言えば…」と言ってきたので、妄想の中に浸っていた青年は焦った。変な顔してなかっただろうか…

 「お探しの人は見つかりました?」

 娘さんに問われて、青年は今日の事を思い出して、また体が疲れてきた。

 「いや、会えた事には会えたんですが、凄い変わった奴でして…蒼って言うんですが、知ってます?」

 それを聞いて娘さんの目が大きく見開かれた。あれ、なんか変な事聞いたか?と少し心配になった。

 「探してたのって蒼だったんですか?」

 「あれ?もしかして知り合いでした?」

 娘さんは微笑みながら答えた。

 「知ってるも何も、この町で彼を知らない人は居ませんよ」

 「え!そうなんですか!?」

 青年は驚いた。蒼は有名人だったのか?

 「殆どの人は彼の家も知ってますよ。言ってくれれば教えましたのに」 それでは俺のこの4日間は一体…青年はどうしようもない脱力感に襲われた。

 「でも、初日に聞き込みをした時は、写真を見せても町の人達はそんな事教えてくれなかったですよ」

 「まぁ、そうでしょうね。貴方みたいに蒼を探しに来た人には、皆は警戒しますもん」

 警戒と言う単語に引っかかって、青年は訳を尋ねた。

 「蒼はですね。この町の人達にとっては神と同じなんですよ」

 『神』と聞いて、またしても疑問が浮上した。この町の人達が入ってる宗教の教祖とかなのか?分からない事だらけで、青年は眉間に皺が寄りっぱなしだった。

 「なんたって蒼は、もう50年くらい前から、この町に住んでますし」 「50年って…どう見たって高校生くらいにしか見えませんよ?」

 なんだか馬鹿馬鹿しい話になってきた。この娘さんは、俺をからかっているのか?

 「ええ、ですから50年間。あの姿のままです。だから神と同じなんですよ」

 「……いやいや、いくらなんでもそれは無いでしょう」

 青年は手をヒラヒラさせて、笑って答えた。  すると娘さんは少し頬を膨らませて、青年を上目づかいに見てきた。これはこれで、結構可愛かった。

 「もぅ、分かりましたよ。信じるか、信じないかは貴方次第ですからね。私はちょっと買い物に行きますから、ゆっくり休んで下さい」

 それだけ言うと、娘さんは青年が通って来た道を歩いて行った。

 怒らせてしまったかな?と青年は思うも、自分にはどうも出来そうになかったので、部屋へと向かった。

 青年の部屋は、二階の一番奥にある十畳程の和室で、窓を開けると丘の上だけあって町が一望出来た。

 青年は部屋に入って窓辺の椅子に腰掛け、一息ついた。

 そして、ポケットから携帯を取り出し、電話を掛けた。相手は総理大臣の高山だ。

 3コール程で高山は電話にでた。

 「お疲れ様です。(ひいらぎ)です。今、宜しいですか?」

 『ああ、構わんよ』高山の威厳に満ちた声が耳に響く。

 「蒼に会う事は出来ました。しかし、蒼は私ではなく、総理に直々に来いと…」声が段々尻すぼみになる。

 電話越しの高山は深い溜め息をつき、暫し沈黙した。

 『…致し方ないか。分かった。なんとかスケジュールを組んで、明日の昼にはそっちに向かおう』

 青年・柊はホッと胸を撫で下ろした。お前1人で何とかしろ、なんて言われたらと思うと気が気でなかった。

 『では、私は仕事に戻る』

 「はい、失礼します」 電話を切って、柊は畳に寝転んだ。なんだかやっとリラックス出来そうだ。

 「ふぅ…よし風呂に入って寝よう」

  柊は立ち上がり、風呂場へと向かう。階段を下りた所で、ちょうど帰って来た娘さんに会った。娘さんはスーパーの袋に入った大きな西瓜を1つ持っていた。

 「これ、さっき近所の人から頂きました。後で部屋にお持ちしますから、一緒に食べましょ?」 一緒にって所に、思わず顔がニヤけそうになった。

 柊は顔がニヤけない様に、意識しながら了承した。

 娘さんは微笑んで、台所へと歩いて行った。

 柊はその後、ニヤニヤしながら風呂に入り、1人思った。

 民宿を継ぐのも良いな、と。

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