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  作者: 柴原 椿
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第18話:満月の下、彼女の影

 ありとあらゆる電子機材が並ぶその部屋は、実際のところ、人の香りを一切感じない、無機質な部屋だった。

 その昔、この部屋を造った男は、盗聴・盗撮をする為に、この部屋をそれらの機材で埋めた。

 だが、けして己の色欲の為ではない。彼がそこまでして欲しかった物、それは政界のスキャンダルだった。

 富と名声を求め、我が身を高めようとした1人の男。彼は当時、この国の絶対権力者たる蒼の名を使い、ありもしない発注書を偽造し、誰にも知られぬ内に、密かに国会内部に、己の城を築いた。

 それから30年後、彼がその部屋を訪れる事は無くなった。彼の行方を知る者は居ない。それもその筈、彼は今1人、東京湾の水底で、静かに眠っているからだ。

 男の死後数年経ったある日、この部屋は1人の女性議員に発見されたが、数時間後、その女性も行方不明となった。彼女から部屋の事を聞き齧っていた議員達も、その部屋に案内される前に彼女の行方が分からなくなってしまい、半ば都市伝説の如く、後々まで語られる事となった部屋。

 そして、今その部屋で、ヘッドホンを装着し、薄暗い中で煌々と光を放つモニターを凝視する男が居た。

 「やはり失敗したか…本当に態度だけ大きくて、役に立たん連中だ」

 男・高山総理大臣は、誰も居ない部屋で大袈裟に溜め息をついた。

 部屋のモニターには、アメリカの衛星から送られた蒼達の様子がはっきりと映し出されていた。また、太公望のスーツに発信器とセットで取り付けた盗聴機のクリアな音声も届いている。

 「奴等G.Cを3人造るだけで、莫大な予算が掛かったと言うのに…。致し方ない、我々も動くか」

 ヘッドホンを外した高山は、蒼達が映っているモニターから、少し離れた位置にある別のモニターに目を向けた。

 「アメリカは量産する事ばかり考えているから、あんな劣化品が出来るのだ。我々、日本は違う。たった一つの、完璧な物を造れば、あとは必要ない」

 モニターには、拘束衣によって両手を縛られた少年が映っていた。

 散髪をした事がないかの様に、長く伸びた黒髪。

 口と鼻を、硬化プラスチックのマスクで覆っているが、その唇の薄さは儚い印象を覚える。

 拘束衣の上からでも分かる程に華奢な体は、革のベルトによって、垂直に立てられたストレッチャーに縛り付けられている。

 瞼を閉じ、身動き一つしない彼は、美しい死体の様にすら見えた。

 「さて、お前の力を見せる時が来たぞ。白澤はくたく

 その瞬間、少年・白澤は高山の声に応える様に、静かに瞼を開けた。



       *



 「つぅか、俺の家がぁぁ…」

 夜の闇を眩く照らす満月の下、瓦礫と化した自分の家を改めて意識した蒼は、1人悲痛な声を上げていた。

 「家だったら、また建てれば良いじゃありませんか?そんなに落ち込まなくても…」

 項垂れる蒼に、優しく声を掛けた時雨だったが、蒼の心は一層沈んでいった。

 「家を建てる金が無い……」

 「え?でも、国家予算並みの財産があるとかって言ってませんでした?」

 「あったよ、ここに……」

 力無く瓦礫を指差した蒼に、時雨は目を丸くして驚いた。

 「ここ……って、え?えぇ!?銀行に預けてないんですか!?」

 「近くにないと不安で…」

 「やれやれですわね。日本の主が無一文なんて、民草に示しがつきませんわよ」

 「うるせぇよ。そういや、柊達はどした?」

 辺りを見回しても、柊・太公望・ガーネットの姿が見当たらない。

 「貴方がうちひしがれてる内に、みんしゅく?に行くとか言っていましたわ。みんしゅくって何ですの?」

 「あぁ、奈穂の所か。民宿っつぅのは、小さい宿みてぇなもんだ」

 「あら、宿があるのね」

 恐らく年がら年中、ホテルの高級スイートで生活しているアリスの想像とは違うだろうと蒼は思ったが、敢えて口にはしなかった。

 「私達も行きましょう?お金は後で回収出来るかも知れませんし」

 「そうだな………。ん?」

 蒼は、この家へと続く並木道の闇に目を凝らした。

 「……まさか、新手ですか?」

 「いや、懐かしい奴だ…」

 並木道を抜け、月光に淡く輝く銀髪を風になびかせて、仕立ての良い黒のスーツに身を包んだ少年の姿が、時雨とアリスにもはっきりと見えた。

 「あら、本当に懐かしいわね。直接会うのは、何百年振りかしら」

 「誰ですか?」

 少年は無言のまま、蒼達の前で歩みを止めた。

 「こいつが手紙の主だ。えらい久しぶりだな、銀狼・ファウスト」

 少年・ファウストは、眉尻を下げて、酷く落ち込んだ様子だった。

 「蒼、アリス……すまなかった。それに、時雨さんも。私が、彼等の襲撃を予知出来なかったばかりに、君達を危険に晒してしまった。本当にすまない…」

 ファウストは彼等に向けて、深く頭を下げた。

 「相変わらず真面目だなぁ。気にすんなよ、何とかなったんだしよ」

 「それは結果論だよ。もし、あの時太公望が眼を覚まさなかったら…」

 「過ぎた事は良いではありませんか。それよりも、何故、今回の一件が貴方に分からなかったのですか?そちらの方が問題ですわ」

 「その事なんだが……」

 ファウストは語尾を濁し、沈痛な面持ちをした。

 「何だよ?心当たりがあんのか?」

 「私の能力が妨害されている。恐らく…彼女の能力だろう」

 ファウストの発言に、蒼とアリスが同時に怪訝な表情になった。

 「あり得ませんわね。彼女は私達の味方ですわよ。これから先、未来永劫ね」

 「同感だな。彼女と俺達は、親子同然だろ?裏切るなんて、それこそあり得ねぇ」

 「だが、こんな事が出来るのは彼女くらいだ」

 これには、蒼とアリスも黙り込んでしまい、辺りは重い静寂に包まれた。

 「あの、蒼?彼女って誰ですか?」

 静寂に堪えかねたのか、時雨が恐る恐ると言った様子で問い掛けて来た。

 「ん〜、それは…」

 「全部話しなよ。時雨さんとは、これからも長い付き合いになるからね」

 蒼は煙草をくわえると、天に輝く美しい月を仰ぎ見た。遠い過去を、一つ一つ思い出す様な眼で。

 「つっても、いつから話せば良いんだ?あれは何千年前だ?」

 「2558年前だよ…」

 「もう、そんなに経つか。俺達が、まだエデンに住んでた頃か…」

 そして蒼は、静かに語り始めた。満点の星空と、満月だけが、彼等を見守る中で。


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