第16話:God.children's(2)
「テメェ等、無事か?」
俺は、瓦礫と化した我が家の中央で、身を寄せ合っている皆に声を掛けた。
柊が太公望を持ち上げて盾にして、皆はその影に隠れ、なんとか大事は免れた様だ。
俺も、空気の渦で衝撃波を防いだが、驚くべきは太公望の安眠スーツだ。耐衝撃云々とは言っていたが、あれ程の攻撃で付いた傷が、ヘルメットのヒビだけと言うのが凄い。しかも、奴はまだ寝てるみたいだし……
「蒼、太公望を起こして逃げましょう。私の時間停止は封じられましたし、ガーネットもこれでは勝てるか、どうか…」
ガーネットは、先程の事態で目は覚めた様だが、既に二日酔いの兆候が出たらしく、頭を押さえてうずくまっているのを、時雨が介抱しているところだった。
「恐らく太公望は無理だろう。さっきの衝撃で起きねぇんだ…俺等が何したって起きねぇよ」
「ですが!!」
「それに、もう遅い。来やがったぜ…」
俺は、夜空に浮いた満月を見上げた。
アリスもそれに気付いた様だ。
月を背にして、人が3人下りて来るのが、肉眼でも確認出来た。
「月が綺麗な晩だっつぅのによ…」
そして、招かれざる来訪者達は、地に下り立った。
「どんな奴かと思えば、まだガキじゃねぇか」
相手が年端も行かぬ子供だった事に、俺は少々面食らった。真ん中に白髪の男、両脇に銀髪の男と女が並び、男2人は白のスーツ姿で、女は綺麗な刺繍と、フリルをまんべんなくあしらった白いドレスを着ていた。
「ほぅ、あれをくらって無傷か…少々驚いたぞ」
「誰に向かってもの言ってんだよ?ガキが」
どうやら、大気操作をやったのは、この白髪頭だな。あとの2人は、恐らくアリスと同じく時を操る奴と、さっきまで浮いてた事から察するに、空中浮遊の能力と言ったところか…
「テメェ等か?俺様の家をこんなにしてくれたのは?」
「いかにも、我々だ」
「そうか。ところでお前等、人間か?」
逃げれないと分かった以上、策が思い付くまで、ここは取れるだけ情報収集するのが得策だろう。
「これから死ぬのに、そんな事聞いてどうなる?」
「質問を質問で返すな。聞いてんのは、俺だ」
俺は、奴の青い瞳を見据えた。ガキのくせに、俺の威圧にも屈しないなんて、相当肝の座った奴だな…俺がこいつに抱いた最初の印象は、それだった。
「聞くだけ無駄だと…」
「まぁまぁ、良いじゃないの?ね」
口を開いたのは、銀髪の女だった。
「初めましてね、Mr. 蒼。私達が人間か?と言う質問でしたわね?答えはNoですわ。私達は、神の子よ」
「おい、ノア」
少女・ノアは、片手で男の発言を制した。
「……生物兵器にも、名前はあるんだな」
「そうよ。私はG.C-003・ノアよ。髪の白い彼は、シルフ。銀髪はメトシェラと言うの、宜しくね」
「随分、豪気な名だなぁ」
俺は、いつもの癖で、ポケットから煙草を取り出そうとしたが、どうやら落としたらしく、何処にも見当たらなかった。
「探し物は、これ?」
メトシェラと呼ばれていた銀髪の男が、右手を前にかざすと、瓦礫の中から煙草とライターだけが、浮いて出てきた。そして、それらはゆっくりと、俺に向かって行き、50センチ程の手前で動きを止めた。
「警戒しなくて良いですよ。手で取って下さい」
俺は言われるままに、ゆっくりと、宙に浮いた煙草とライターを手に取った。手中に収めた瞬間、能力が解除された様で、それらは微かな重みを掌に感じさせた。
「変わった能力だな…何をしたんだ?」
煙草に火を付けながら、俺はメトシェラに問い掛けた。
「僕の能力は、貴方達の誰とも違う…重力制御です」
「おい、メトシェラ。お前まで…」
「大丈夫だよ、シルフ。君は少々心配性だね。どの道、殺すんだから、喋っても問題ないよ」
メトシェラの発言に、俺は溜め息混じりに煙を吐いた。どうにも、鼻っ柱の強い連中で参った。しかし、この状況はマズいな…どうやって切り抜けるか…
俺が思考を張り巡らしていると、アリスがいつの間にか隣に並んで来ていた。
「私からも質問がありますわ。貴女、ノアと言いましたね。私の時を解除したのは、貴女ですか?」
いつものアリスと違い、声に怒気が混じっているのを、俺は感じた。どうやらさっきのが、うちの女王のプライドを傷付けたらしい。
対するノアは、アリスを嘲笑う様に、その表情に余裕の笑みを浮かべていた。
「そうよ。私も、貴女と同じく、時を操れますのよ。貴女は知らないみたいですが、時を操れる者同士は、例えどちらかが時を止めても、能力の影響を受けないんですよ」
「でも、さっき時を止めたのは私ですわ。何故、それを貴女に解除出来ますの?」
「そうね…例えるなら、長い廊下に備え付けられた照明があるとしますね。その照明のスイッチは、廊下の両端に付いていて、それが私達。お分かり?仮に貴女がスイッチをONにしても、私がOFFにする事も出来るし、逆もまた然り…」
アリスは、ノアの説明を聞き終えると、普段の冷静な自分に戻す様に、一度深呼吸をした。
「ご高説、感謝致しますわ。これで、確信しましたわ」
いつもの微笑みを浮かべたアリスを、ノアは怪訝な表情で見つめた。
「何を、確信したんですの?」
「貴女達の正体ですわ。
ヒントは、私達と同じ能力と言う事です。
人類の科学技術如きで、我々、神の孫の様な能力を持った者を造るなんて、未来永劫出来る訳がありませんわ。
しかし、現に私達の目の前に、その者達は居ますわ。それは何故?可能性は二つです。一つは、アダムに造らせる。でも、これは違いますわ。何故なら、人類はアダムの能力を理解していないからですわ。その証拠に、人類は私達がアダムとイヴの子だと思っていますし、アダムの心は蒼が持っていますもの。そして、二つ目の可能性…」
アリスは少し間をあけて、3人を見据えた。
アリスが答えを喋るのを、俺は固唾を飲んで見守った。俺が思うに、アリスは聰明な女だ。こいつは、イギリス王室に昔から住み込み、あらゆる書物を読みあさっては、その英知を貪り続けてきた。そんなアリスを古来より、王室の関係者達は、美しき怪物と呼んでいると聞いた事がある。
やがてアリスは、その小さな口を開き、鈴の鳴る様な声で語った。
「恐らく、貴方達は我々、神の孫のクローンですわね。違います?」
アリスは、リーダー格のシルフの目を見つめて言った。対するシルフは、腕を組むと、軽く頷いて見せた。
「続けろ…」
「私の予想が正しければ、シルフは蒼のクローンで、ノアは私のクローン。
メトシェラについては能力が異質ですから断定は出来ませんが、大方…ホワイトハウスに長らく住んでいたジョーカーの遺伝子を使ったのでしょう。そして、目的は私達の抹殺と、アダムの心の回収ではありませんか?ジョーカーの息子に、アダムの心臓を移植しても、肝心の心が無ければ無意味ですもの。でも、人類の兵器では、我々に太刀打ち出来ない…そこで、毒を持って毒を制す、ですわ」
アリスが話し終えると、シルフが一歩前に出て来た。
「見事、正解だ。Ms. アリス。だが、これ以上喋らせる訳にはいかない。我々の会話は全て、ファウストに聞かれているのだろ?奴の能力について詳しい情報は無いが、世界監視を侮って失敗するのは避けねばならん。
この手でお前達を消したいが、俺の力では蒼に相殺されてしまうから、メトシェラ、お前に任せる」
シルフの呼び掛けに、メトシェラは、その黄金の瞳で俺達を見据えると、両手を広げた。
「1万倍の重力に潰れ死ね、旧式!」
万事休す…。意外にも、俺は冷静だった。この状況を回避する策は、まるで思い付かないし、皆には悪いが、残ったファウストとジョーカーに任せるしかないのかも知れないと思った。恐らくアリスも、同じ考えだろう。
それに…いざとなったら、彼女も表舞台に出てくるだろうしな……
だが、俺の考えは杞憂に終わった。
いつまで経っても、攻撃を仕掛けて来ないメトシェラと、俺達の背後を指差して固まっているシルフを見て疑問に感じ、俺とアリスも後ろを振り返って見て、2人同時に、それに気付いた。
「お前…」