第X話:ある日の3人
どうも、柴原 椿です。いつも読んで頂き、有り難うございます。
今回は、気分を変えまして、本編とは関係ない、3人の話を書きました。
本編に関しては、次回から書きますので、何卒、ご容赦下さい。
それでは、どうぞ。
それは、夏が始まる少し前の、それぞれの日常…
柊
今日は久しぶりの休み。とは言っても、別段する事もないので、俺は当てもなく外出した。
別にぼ〜っとしてた訳ではないけど、いつしか神保町まで来ていた。
「結構遠くまで来たなぁ。そろそろ、飯でも食うか」
ついつい独り言を喋ってしまう自分にガッカリした。俺って寂しい奴なのかなぁ…そうだよなぁ、彼女もいねぇしな…
まぁ、悩んでもしょうがない。気をとり直して、まずは飯だ。
「確か、こっちにランチの美味い店、がっ!」
角を曲がった所で、何かにぶつかって、俺はバランスを崩しそうになったが、何とか態勢を立て直した。
「いでぇ…何だよ、一体」
俺が前を見ると、そこには頭を両手で押さえている、小学校高学年程の少年が居た。
「あぁ、ごめん。君、大丈夫?」
俺の問いかけに少年が顔を上げた。
少年は、中性的な容姿の、綺麗な顔立ちをしていた。サラサラと風に踊るブロンドの髪に、くっきりと大きな目は、まるで空を映した様に澄んだ青だった。
(この子、ハーフかな?)
少年は何の反応もしなかったので、俺はもう一度話しかけた。
「あの…」
「大丈夫じゃないよ!」
少年が突然、声を張り上げるもんだから、俺は驚いた。
「ちょっと、お兄さん!どうしてくれんのさ!」
「えっ…どっか怪我でもした?」
「違うよ。それ!」
少年が俺の足元を指差し、俺も指の先を目で追った。
すると、俺の右足が何かを踏んでいる事に気付いた。
「え!何これ!?」
「それ、僕の今川焼だよ。お兄さん、何も踏むことないじゃん」
足を上げて確認すると、皮から飛び出た餡子が靴にも付いていた。
(この靴、買ったばっかなのに…てか、小学生が今川焼って、渋いな)
「お兄さん、どうしてくれんの?それ、僕の御昼ご飯だったのにさ」
「いや、本当にごめん。新しいの買ってあげるよ」
「それ、最後の一個だよ。もう売り切れだってば!」
少年は腕を組んで、俺を見据えた。
「えっと、じゃぁ…」
「お兄さん!」
「は、はい!」
急に鋭い口調で言われて、思わず返事をしてしまった。
「御昼ご飯、奢ってよ」
曖昧に頷く、俺。そして、俺は失敗した…
*
「お兄さん、ありがとう。ごちそうさま」
「あ、あぁ…」
少年と俺は、ファミレスの前で手を振って別れた。
(そりゃ奢るよ、昼飯くらい…でも何で、何で俺の財布がすっからかんに成る程食うのさ!!)
身体中の力が抜けて、今にも倒れそうだ。
(あいつの買った今川焼、推定120円。それの代わりとしての奢りだろ…なんでファミレスで万単位も食えるんだ?大食いチャンピオンかよ…)
俺は今一度、財布の中を見てみた。
「…………ま、電車代だけ残ったのが、せめてもの救いだな。はぁ…」
明日から、どうやって生活しよ…
時雨
「あの、御父様?これは一体…」
今、私の目の前には紙屑が部屋中に散乱した、異様な光景が広がっていました。
「はぁ、はぁ…はぁ……」
そして、部屋の中央では、車椅子に乗った父が、日本刀片手に、息を荒げていました。
「……あら?これは…」
私は部屋に散乱した紙を、一枚手に取って見た。
紙には、スーツを着た実業家らしい男性が写っていました。違うのを見ると、今度は髪型がオールバックの、いかにもキャリアと言った風の方が写っています。
「御父様?これ、もしかしてお見合い写真ですか?」
「はぁ…そうだ。でも、いざとなると無性に腹が立ってしょうがないのだ」
「はい?」
私が首を傾げていると、父は怒っている様な、悲しんでいる様な複雑な顔をした。
「こんな、こんな可愛い娘を…何処の蛆虫とも知れねぇ野郎共に、おいそれとあげられるか!!」
「ちょっと、御父様!」
日本刀を振り回そうとする父を宥めながら、私は内心溜め息をついた。
(まただ……)
父は私の事になると、いつもこうなる。以前、父がまだ歩けた頃…私の事を好いてくれた方が、我が家に来て、父に私との交際の許可を貰いに来た事がありました。
私もその方に少し気があり、父が許してくれないかと、内心思ったものです。
しかし、最初は礼儀正しかった父が激昂。あの時は、薙刀を振り回し、父の豹変ぶりに恐怖したあの方は、泣きながら土下座をしていました。
あれ以来、彼とは音信不通…きっとトラウマになったのでしょうね。
「時雨〜!お前は一生、この家に居てくれよぉ!嫁になんて行かないでくれ!」
「私がお嫁に行ったら、御父様が東宝院の末代になってしまいますよ。だから…」
「だから?」
「婿を貰います」
その瞬間、父は泣き崩れ、『いやだぁ、いやだぁ』と叫び続けた。
はぁ…私が普通の恋愛が出来るのは、いつになるやら……
蒼
「あぁあああぁぁ…暇だぁ…」
ここ最近、何もする事が無い俺は、退屈な日々を送って居た。
「何か起きねぇかなぁ。煙草吸うしか、やる事ねぇから、超不健康だしよ」
その時、黒電話のけたたましい呼び鈴がなった。
俺は、昔から電話だけは買い換えずに使っている。この黒電話の、何とも言えないレトロ感が、気に入ってるからだ。
「もしもし、蒼だけど」
「あ!もしもし、蒼さんですか?」
「さっき名乗ったっつぅの!んでお前、誰だよ?」
「私、北地区の杉山と言います」
俺は暫し考えた。電話の相手の声は初老の男だな。ん〜と、北地区の杉山……あぁ、警官やってる、あいつか。
「あぁ、杉山ね。んで、何の用だよ?」
「実は、北地区の山で、熊が暴れてましてね。蒼さんに、何とかして頂こうと思いまして…」
「…………それって、警官たる、お前の仕事じゃねぇのか?」
「私共では、手に負えません。力を貸して下さい」
「……しょうがねぇなぁ。今すぐ行くから、待ってろ」
俺は静かに受話器を置いて、一度、深呼吸をした。
「よっしゃ!丁度良い、暇潰しが出来た!」
北地区は、此処からそう遠くはない。俺は、急いで家を飛び出した。
「待ってろょ、熊公が!一撃で、仕留めやっからょ!」
*
「あっ!蒼さん、こっちこっち」
北地区に入ってすぐの山の麓で、草むらに身を隠した杉山が、手招きをしているのが見えた。
「熊は何処だ?」
俺も、声を抑えて、杉山の側に寄った。
「あれですよ、あれ」
杉山の指差す先に、確かに熊は居た。しかし…
「ちょっと待て…あれ、本当に熊か?」
「どう見たって熊ですよ」
しかし、そこに居たのは、体長3メートルはあろう、巨大過ぎる熊だった。
「いや、ここらの熊って、あんなデカくないだろ!?」
「あれは、この辺一帯の主です。熊神と、皆は呼んでいます」
その名前って、有名な日本の、アニメ映画のパクりじゃねぇのか?でも、ツッコまない方が良いか…
「因みに、熊神と言う名ですが、これは、かの有名なジ〇リ映画の…」
「ちょ待てや!!人がせっかく、気使ってツッコまなかったのに、喋んじゃねぇ!」
「分かりましたよ…では、蒼さん。お願いします」
「お願いしますって…まぁ、やってみっか」
俺は、茂みから出て、改めて熊神を見据える。
奴は、農家の畑から取って来たであろう、大量の作物を頬張っていた。
「まぁ、図体はデカいが、所詮は生物。これで良いだろ」
俺は、右手を熊神へとかざし、意識を集中。奴の半径1メートル位を真空にした。
「なぁ、殺しても良いんだろ?」
俺は、杉山に振り返りながら聞いた。
「えぇ…作物の被害も甚大ですし、可哀想ですが、致し方ないでしょう」
「んじゃ、遠慮な、え゛っ!!」
俺が、視線を戻した瞬間、目の前に緑の球体が迫り、見事に顔にヒットした。
「……」
俺は、足元に転がった球体、キャベツを睨み付けた。
(こんの野郎…人が親切に、体を傷付けねぇ様に、殺しやろうとしていれば)
視線を、熊神に戻すと、又しても顔面に、キャベツが当たった。
どうやら、真空状態が解け、完全に臨戦態勢に入った様だ。
しかし。
しかし、俺の堪忍袋はすでに切れていた。
「てんめぇ…熊がキャベツを投げるなんて、ありえねぇだろ…でも、それ以前に…哺乳類如きが!この俺を!俺様を、なめてんじゃねぇっ!!!」
俺は、両手を広げ、意識を最大限に集中。
今、目の前にある空気を、超超圧縮し、それを更に、限界まで小さくする。
熊神は、辺りを取り巻く殺気に、逃走を図るが、時既に遅し。
「この山ごと、消し飛べ!」
俺は、圧縮空気の球体を、ぶん殴り、自分の周りに空気で壁を作り、防御態勢をとる。
放たれた球体は、山の斜面にぶつった衝撃で弾け、爆発が起きた。
広範囲に渡る爆発は、山の木を軽々と薙ぎ倒し、土を天高くまで飛ばした。
そして、俺が冷静さを取り戻したのは、爆発が収まり、山が半分程無くなってからだった。
「しまった。やり過ぎた…」
その後は、警察やら消防やらも駆け付け、町中大騒ぎに。
熊神は恐らく仕留めたと思う。なんせ、死体が見つからなかったから、詳細は不明。
杉山だが、爆発に巻き込まれた事によって、全身に打撲とか、骨折とかの重症で、即入院。まぁ、謝ったら何とか、許してくれた。心の広い奴で助かったわ。
にしても、たかが熊一頭の為に、町中騒がせちゃって、皆、ごめん…