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  作者: 柴原 椿
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第1話:少年を探して

 青年は炎天下の中を歩いていた。腕時計に目をやると、かれこれ3時間以上歩いていた事に驚きよりも、疲れがどっと押し寄せた。汗ばむワイシャツが不快で堪らない。

 青年は歩道の縁石に腰を下ろし、溜め息をついた。

 青年が今居るのは岩手の中でも田舎中の田舎かと呼ばれる町だ。町名は忘れた、興味も無い。四方を山に囲まれてて、電車すら通っていない。4日前に初めてこの町を訪れた青年は正直驚いた。 『こんな所が日本に有ったのか!?』と言うのが最初の感想だった。

 空気が美味しいのは認めるが、何かと不便な町だ。早く仕事を片付けて東京に帰りたい。

 青年は立ち上がり、再び田舎道を歩き始めた。

 「でも何処に居るんだよ…」

 話は4日前の朝に遡る、青年はある男の部屋に呼び出されていた。

 『この人物を探して来い。早急にだ。』

 その男はそう言って一枚の写真を青年に渡した。 写真に写っていたのは、何処にでも居そうな、今時の少年だった。

 『最後に目撃されたのは岩手県。住所は写真の裏に書いてある。これは国の問題に関わる事だ。5日以内に探して来い』

 男は早口でまくし立てると、『今すぐ行け』とだけ言って自分の仕事に戻った。

 男にそんな大事な仕事を依頼された青年は、自分が認められたと思う喜びと、もし失敗したらと思う不安の相反する気持ちを持って、岩手の地を踏んだ。 そして写真の少年を見つけられないままに4日が経った。青年は焦る気持ちで、疲れた体に鞭を打って歩き続けた。

 ここに来た初日に町を歩く人に写真を見せて聞き込みをしたところ、『似た人を見た』と言う証言を手に入れた。更に詳しく尋ねたら、どうやらこの少年は良く町中を散歩していることが分かった。それからと言うもの、朝から晩まで町中を歩きまくる日々が続いたが一向に見つからない。

 「はぁ…喉、渇いた」 炎天下の中を長時間歩き続けて流石に限界が来た。このままでは熱中症で倒れかねない。

 青年は近くの自販機まで歩き、スポーツ飲料を買い、一気に飲み干した。体の中を冷たい液体が入ってくる感覚が心地良い。もう一本買おうとして財布を開いていた青年の鼻に微かに煙草の香りがした。

 自分は煙草を吸わないのに何故?と疑問を思った瞬間後ろに人の気配を感じた。

 「お前、何者だよ」

 「!!」

 驚いて後ろを振り返った青年の目に写ったのは、自分がこの4日間探し続けた少年だった。

 「お前、4日前から町を彷徨いてるな。観光って訳でもないだろ。俺の町で、何してんだよ?」

 少年は青年を鋭い眼差しで見つめたまま、煙草を勢い良く吸い込み煙をゆっくりと吐いた。

 「えっと……私……は…」

 青年は上手く喋れなかった自分に内心焦った。 自分よりも頭1つ分小さな少年。おそらく170センチ位だろう。少しウェーブがかった黒髪、整った顔立ち、そして睫が長く、綺麗で大きな瞳からは以上なまでの威圧感が出ていた。

 青年は獅子に睨まれた兎の様に身動き1つ出来ずに居た。額や背中を不快な汗が流れる。

 「何をしているのかって聞いてんだよ。答えろよ、小僧…」

 明らかに自分よりも年下の少年に『小僧』呼ばわりされて、ムッとした青年は大きく深呼吸を一度して口を開いた。

 「君が、あおいですか?」

 青年はポケットから写真を取り出し、目の前の少年と見比べた。少年の名前は写真の裏にこの町の住所と共に書かれていた。

 少年は短くなった煙草を手から落とし、足で踏み消した。

 「そうだけど、だから何なのさ?」

 煙と共に言葉を吐いた少年・蒼は、青年から目を離さず答えた。

 「そ、総理、高山総理が、貴方をお呼びです」 蒼の目から来る威圧感から逃れたくて、焦って喋るが上手く言えなかった。

 蒼は青年から視線を逸らし、暫し思案した後に何も言わずに歩き始めた。

 「ちょ、ちょっと君!!」

 蒼の威圧感がなくなり、ホっとしていた青年は慌てて蒼を呼び止めた。

 「断る!!」

 既に新しい煙草をくわえた蒼は青年を振り返る事もなく、強く言い放った。

 「何故ですか!?この国の総理大臣が直々にお呼びなのですよ!!」

 青年は走り、蒼の前に立つと早口にまくし立てた。 蒼がゆっくりと頭を上げ青年を見た。その瞬間、青年の背筋が凍った。蒼の目から放たれた威圧感は先程の比ではなかった。その気になれば目だけで人を殺せると青年は本気で思った。

 「用件はどうせ政界に戻れとかだろ?俺はもう何十年も前に国の政からはすっぱり足を洗った。もう二度と政には関わらん!」

 青年には蒼の言う事がさっぱりだったが、今はそれどころではない。押し潰されそうな威圧感と恐怖心に耐えるので精一杯だった。もはや汗すら出ない。

 蒼は歩き、青年の横に並んだ。

 「高山に伝えろ。俺に本気で政界に戻って来てほしければ、こんなガキじゃなくてテメェで来いってな」

 蒼は青年の脇をゆっくりと通り過ぎて行った。

 暫くして青年はその場にへたり込み、何度も息を吸い込んだ。まるで全力でマラソンをした後の様に肺が苦しく、体中から汗が一気に吹き出した。

    一体何者だよ。あいつは……


 青年の心中は疑問でいっぱいだった。そんな青年を尻目にアブラゼミのけたたましい鳴き声が響く。

 長い夏が始まった。 

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