雹装線第三十二区 その一
南側にある小さな楽園が、楽園らしい姿になったのはほんの千年前の話らしい。
世界人口の一割も人が住んでいないそこは、緑豊かで文明も発達しており、色々なものが豊富だ。食料。周囲の環境。水に鳥。……ついでにパンケーキ。私も好きなモノがたくさんあり、人々は何時に平和に暮らしている。名称が長ったらしい学校を出た学者が言うには、この楽園を取り巻く気候は地帯と呼ばれており、かき氷のように冷たい結晶が埋もれる其処と比較して、”春”と呼称されている。
もともとはその楽園も今の姿ではないらしいのだけれども、そんな話は興味がないので、かれが嬉しそうに聞いているラジオを止めて、私は先ほど回収したタグをジャラジャラとうるさいその中の一つに収めた。不満の声を漏らす彼に、私は寝ている。と目を閉じてマフラーを顔に当てることで伝える。
北へ行くほどに天候は荒れて、様相は”冬”と呼ばれる地帯へと変化をしていく。”冬”。と”春”には境界線があり、そこへ出ると周囲は雪にまみれて何もなくなる。花々や草木が生い茂る楽園とは違い、こちらの様相は寂しいの一言に限る。……あゝ、もちろん。こんな世界だからってなにもないわけじゃあない。暖かい気候になれない連中やら。奇抜な科学者やら。…いろんな人が冬に集まり、”ハチの巣”を作った。
ハニービーと言われる小中クラスのコミュニケーション集落。とでも言ったらいいだろうか?…まあいわゆる、楽園から追い出された者たちが作った”楽園”なのだが。
その楽園は線を越え二千はあると言われており。正直、一割も満たない楽園は、多大にある楽園の一つの形と言われてしょうがないほど、この世界では、”別れきって主要ではなくなった”。
最初は確かに、追われたものが作ったよせ集めの集落と言ったものだったのだけど、それが根づいて、今ではそんなものになっている。
本物よりも過酷な所。そこには冬があり、ユキがあり、暖かさはない。何より、冬は獣たちが徘徊する危険地帯だ。誰も、そんなところに喜んでいくとは思えないはずだ。……だけども、根付いてそうなった。……だから、私個人としても、この世界の一人としても、それが異質なものとは言えない。
機械の獣が徘徊し、人を食い、機体を襲い。それでも一生懸命に誰もが生きているのだから、この世界はきっと多分幸福だ。そんな、誰かに言われたかもしれない言葉を思い出しながら、短い寝息を立ててみた。
悪い事はあるかもしれないけど。きっとそれは……。
人がいるせいでもなく。
誰のせいでもなく。
この世界が、そういう形であるからだろう。
「”こちら!ジェファニー22!!くっそっ!!マジで運がねぇ!!!!!!!”」
先程のアズキとは違う。
無線越しの、ノイズが入った男性の声。焦っている様子がこちらまで伝わってくるほどに、必死に声を張り上げる。前方に見える巨人は、その様子を物語っているように一生懸命走っている。
後方に迫り来る化け物は俊敏に獲物へと向かう。どうやら広い周囲に流されているオープンチャンネルらしい。唐突にアズキが流したのは、”この相手は目の前のロボットのようだ”と間接的に伝えるためだろう。
こんな場所に来るもの好きはいないし、めぼしい武装が尽きたのか、武装はしているくせに逃げ回っているだけの機体を見れば、関わりたくないのが人の世だ。それに、損失の方が大きい場合もある。
誰も、徳にならない事には関わらない。
私は、ポイントを過ぎようとする彼らにモニターを合わせ、マフラーをまき直して、モニターを注意深く見た。覗きすぎて穴が開きそうだとアズキは言っているけど、いちいち返し文句が浮かぶわけもない。注意深く、流れるモニターにある状況を整理する。
有効射程ギリギリ、もう少し、こちらに来てくれるとありがたい。
「”大尉!……って。いるわけねえがよ!!!っ!クッソ!!!”」
それを分かっているのか、分かっていないのか。
そう愚痴をこぼすブルーベリー。薄い紫色の機体は、私の機体同様にあちらこちらを凍らせていて棒アイスのような色合い。俊敏には動けるようだけど、彼らの距離は縮むばかりだ。背中のバックパックが印象的な機体は、どうやら武装だけではなく吹かせるガスも尽きたよう。
そして、ひとしきりの愚痴をこぼしたところで、彼の機体は勢いよく転んだ。
足元を滑らせたのか、それとも何かにつまずいたのか。とっさに残りのバーニアを吹かす余裕のなかったのか、機体は転がり、ユキの粉をまき散らして静止する。先ほどまでゆっくりとしか縮まらなかった距離が、勢いを増して縮んでいった。
ブルーベリー色の機体が、転んだ表紙に落としたライフルを拾おうと手を伸ばし、諦め。機体を起こそうと踏ん張る。…中途半端な決断だな。そうアズキが評価するのを聞きながら、回線をつなげる。コンソールをいじってもいくらかは出来るが、この場合最も早いのはやはり言葉だ。
アズキに命令を下し、チャンネルにはいる事を告げる。やる気のない返事とともに、男の声に言葉を重ねた。
「ブルーベリー。動くな。」
「”あ?!!”」
「そこのぶどうみたいなブルーベリー。動くな。そのままいろ。」
「”誰だ!!”」
獣は八メートルと言ったところ。
通常サイズを考えれば小型のアイスクリームと言ったところか。装甲は薄い代わりに素早いので、アズキのようなホバー機でなければ逃げる事は難しいだろう。彼の機体は、俊敏そうではあるモノのガスが付きていて、移動手段はその足しかない。その癖、スモークやらのグレネード類を活用していない。切れているのか、それとも素人なのか。……まあ、その辺の話は私から何も言える事はないのだが。
射撃体勢になっているアズキ。銃口は、もうすでに彼らの方を向いている。
ギリギリ。……ではあるが、有効射程範囲内。
「”感度好。風向き共々計算終了。標準準固定。”精密射撃を君に任意””」
「通りすがりの小豆バー。」
標準が重なる。
簡潔に状況だけを言葉にするアズキ。その言葉が終ると同時。引き金に指を当てて、言葉に応える。スティックを動かして。少し左にそらして。…引き金を引いた。
重音を響かせて、弾は空気を切り裂く速度で順当に進んだ。紅い炎をまとった銃身は、周囲の冷気にすぐに冷やされる。”次弾装填。”アズキは冷静にそういった。
弾着観測射撃をするにあたって、観測主は弾の起動と位置を把握しなければならないが、彼はどうやらこの弾が当たると確信しているようだ。画面が多少ゆらいだとしても、銃口を彼から離しているのも。次の獲物が来た場合に備えるため。
大きな薬莢が地面にたたきつけられ、振動を感じた瞬間。
ブレブレな画面の向こう。名前通り。脆い獣が吹き飛んだ。
「一発。」
「”クリティカルだねぇ。…次弾装填済み。標準固定。何時でも。”」
「…パンケーキ何個分?」
「”五個……かなぁ?”」
「……冗談でしょ?」
徹甲弾一発。シャーベット級から取り除いたガラクタもろもろ。損失はパンケーキ五個分に相当だそうだ。機械の獣の一部を売りさばいたとして、差引残高がそれだとしたら。……私のしているこの行為はまったくもって無駄の事。損得勘定にうるさいアズキにとっては……だけどさ。
……人を見捨てて、忘れたことにするくらいなら。…自分としては、五個分は安い程度だ。最近の弾代が高くなったことをぼやきながら。燃料代が高くなったことを思い出しながら。私はそれを胸の内に含みながら。
そんなジョークを含みながら、周りを警戒。………周囲には居なさそう。
どうやらあの一匹で最後らしい。勇敢に戦ってはいたが弾が尽きたので撤退した。そんな感じだろう。彼は私のような運び屋に見えない。先ほどの無線の内容から、知りあいの可能性が頭をよぎる。
「ハニービー?」
ブルーベリーは、何とか立ち。山の上にいるこちらを見る。
「”お前は?”」
「…だから、小豆バーだよ。」
アズキが抗議の声を述べるが、その聲を無視してそう答えた。
棒アイスのそれに近いほどに難い機体だから。という皮肉も込めているので、私の言っていることは間違いじゃあない。だから抗議を垂れても私がそれを訂正する気は一切ない。向こうは、それを知ってるうえで治してほしいと言っている。だけど、私としても素直じゃあないその性格を直してほしいと常々思っている。……だからお互い様だ。
私と彼が公平であるという証のようなものだ。
「”……。運び屋。”」
「こんなところで何をしているの?」
「”クソみてぇな上司に連れられて、実践訓練をしていたところだよ。くそっ。あの野郎。いつの間にかどっかに行きやがって!!!”」
この近くにあるハニービーと言えば、第三十二地区。私が目指しているそこに違いないし、そこにいる知りあいの顔を思い出して、多分そうだろうと勝手に予測する。遠方からは見えないが、その機体にはエンブレムが付いているのは分かる。彼女がハニービーだと分かったのは、それのおかげだ。ミツバチとともにそのスが架かれている特徴的なエンブレムは、何処の地区を表す数値とともに象徴である。あいにく、ハニービーのエンブレムとしか分からないが、それは些細な問題だ。
「……ブドウ大尉の事?」
「”…やっぱり、小豆か。そういうおまえは、悪名高い小豆色の運び屋だな。若い。とは聞いていたがよ……。声。若すぎねえか?”」
「十四を過ぎると大人。…その大尉は?」
それは知り合いの名前だ。
どうやら予感は的中したようで、先ほどの残骸を少し思い出したけど、息を整えて平然と保った。別に今更なことだけど、もうたくさん経験している事なのだから、しょうがないと割り切るしかない。ブドウ色の機体がどうなったか、先ほど見てわかっている通りだ。
「”中型に見つかってよ。下がれ。……って言われたんだが、引き返したところで小型達に追われた。………ったく、あいつのせいで!!”」
「倒れている獣は、ブルーベリーが?」
「”……お前、本当にフルーツで例えるんだな。……まあ、そうだ。”」
「新入りには見えない。」
「”事情を持った新入りものでね。……まあいい。運び屋。俺はもう撤退するが、お前はどうするんだ?”」
平地には、先ほど追いかけてきた小型以外にも機械の獣の死体があった。…だからこそ、彼は戦闘中で装備の全てが切れた。と判断したわけだけど、新兵にしては出来すぎている。……一番い疑念は、彼の機体が”ヒューマニア”が未だに通信に割り込んでいないところ。
基本的にはヒューマニアはお人好しでおしゃべりであり、それはヒューマニアの性格上。というか、”行動概念が人とともにあること”で、その性質上、無音というのはありえない。
「…ブドウ大尉だったら大丈夫。……そちらを支援しながら、ベースを目指す。……その方が助かるでしょ?」
「”……それは助かるが。……意外だな。”」
以外?
私は比較的こんなことをする。だから、私が有名だったとして、私の行動が意外という言葉で片付けられることはない。人を助けないアズキ色の機体と間違えているのだろうか?いや、ブドウ色の機体という私の言葉に、アズキ色の機体と笑って返すのがブドウ大尉だった。だからこそ、アズキ色の機体という名称は、ワタシに対する言葉。
懐かしい声を思い出しながら、私は聞き返す。
「何?」
「”小豆色の機体は、そういう勘定にうるさいと聞いたんだが?”」
ああ、その話か。
「もちろん。護衛代として弾の費用はもらうから。」
「……噂通りか。…分かった。OKだ。請求書は俺の上司に渡してくれ。あいにく、新入りなもので手持ちがないもんでね。」
「……ついでに燃料代も付け加えてやる。」
燃料代と弾薬題は期待できないことをしみじみと実感しながら、私は先に進むように言った。それに、元々。燃料代うんぬんかんぬんは、ブドウ大尉が勝手に言っていたデマだ。冗談を切り返せなかった昔の話で、全部、過去の話だ。
人を助ける事に理由をつけるのは、私の趣味ではないけれど。ジョークぐらいは吐いてもいいだろう?そう思い、誰かの名前が書いたドックタグを指ではじく。
白色彩る粉吹雪が、深い紫色の機体を彩っていった。