プロローグ
____________ここには、何時も雪しかない。
林に積もる雪を見ながら私の好きな鳥を探していると、遠くの場所で地ならしが聞こえた。ノイズに近いもので、すごく小さいモノだけれど、それが地ならしのような音だったのは確か。その後を、何かが走っているようにも聞こえる。……ああ、だけども、大半の音は静寂だ。
雪は音を吸収するらしい。だから、大抵の音はこの下に埋まるものだ。少なくとも私はそう考えており、私の吐いたため息さえ吸収し、無くなっていく事について、何の疑問も持たないのはそのためだった。音はどこからやっていくのかを知っている私は、音がどこに消えていくのかも知っている。
「”そろそろ行こうか?このままでは日が暮れちゃうからねぇ。町まであと三マイル。歩くにしても、突っ切るにしても。早くするのに越したことはない。”」
……鳥をさがしていた。というのは、ただの理由にもならないか。
いつも雪しかないこの場所に、巨大な鉄の塊は転がっていた。生物であり機械的な塊な、巨大な機械の獣と、機体だったものの残骸。仲良く火を吹いて、辺り一面に”それだったモノ”をまき散らしている。私は機体だった残骸に近づいて、鋭い爪で突き刺さったコックピットをどうにか開ける。何時の時代も偉人が残していた技術は敬意を表したい。バールをつかって、てこの原理を活用しながら、そんなくだらないことを半分考える。……それは、この後の光景があまりにも鮮明にわかってしまうから。
グチャグチャニなった様相が見て取れた。
それでも、ドックなタグだけは無事だった。
まだ生臭い、腐臭にさえなり切れない少し濁った血の匂いに、少し顔をしかめて、それでもまだ温かそうな手を取った。まあ、状況からして、もうどうにもできない事は分かっているけど。……だから、脈がない事を再確認して、名も知らない彼を弔うために。その首らしきものにかけてあったタグを取り外す。
タグが落ちて、鉄が響いた音がした。
タグを拾うと、何処かで見たような名前が連なっている。
どこの誰かは知らないくせに、知りあいだった人の顔が浮かんで、どうしてもその人にしか思えなくなる。……この瞬間は一番好きじゃあない。…だけども、誰かに頼まれたことだったので、私はタグを握りしめ。お疲れ様。……そう一言吐いた。
ブドウ色の機体は、小さく吹いた風にあおられ。
細かいユキにまみれていく。
花々の代わりに枝を備えて。私はコックピットを離れ。
その中で、機械の獣から少しばかりのガラクタを拾いながら、彼に背をわせた。
「”おじさん的には、早目に行った方がいいと思うんだけど?”」
ノイズの入った男性の声。
急かす彼に横やりを入れるように。私は、先ほどの音を彼に伝える。
「フタヒトマル。音がする。」
「”おっ。……じゃあ、2キロ。ってところか。用心に越したことはないけど…。ねぇ。……ニイ。どうする気だい?”」
十数メートルの巨人は、機械質な体を丸めて手を差し出す。
どちらにしても、早く乗れとでも言いたげな彼はいつも通りに小言をはさんでやめようとしない。この言い方だって、彼なりのユーモアと心配を含んだものだったら、真摯に答えられるけど、多少の付き合いで、彼が唯々早く町に行きたいだけ。と察している身としては……まあ、何だ。
それでいて、私が何をしようとしている事も、長年と言える付き合いでわかっているようで、私は迷わず手のひらに乗り、彼の示した通り暖かい密室空間へと戻った。
座席に座ると、集めている安物のタグが音を鳴らした。
鉄とオイルを消す消臭剤の匂いが、肺に溜まる。
薄暗い室内をモニターが明るく照らし、先ほどまでいた雪景色を画面の向こうとするかのように、暖かい空気が入り、重厚な機械音が響く。
音が人より良く聞こえる私は、その音が嫌出でうるさいので迷わずヘッドフォンを装着した。
それだけで、ノイズは別世界のように聞こえる。
「どうする?って?」
「”いらぬお節介をかくか。それとも、荷物を増やすか。……ま、おじさんはどれでもいいんだけど。”」
ワタシが何をしようと思っているのか分かっているように、小豆色の機械は答える。
雪山で目立つほどに明るかった機体は、先ほどの吹雪にさらされ、ユキにまみれて凍ったアイスのように白くなっている。それでいてずんぐりとした体形をしているから、私は彼を小豆バーと勝手に命名している。だが、彼はその名称が嫌いだ。…嫌、彼は私が名付けた名前が嫌いだ。
「行く。」
「”やっぱり?”」
林を出て、平地が見える高台を目指す。
ディスプレイに映る地図に点を打ち、その横に移されている選択画面から、”徹甲弾”という項目をタップ。ボルトアクションライフル独特の重々しいコッキング音とともに、彼が動く騒音を聞きながら、私は背を椅子に預けて力を抜いた。
「いらぬお節介をかくにしても。荷物が増えるだけにしても。どうせ行くんでしょ?」
「”それを決めるのは、きみだ。…とおじさんは助言しておこう。”」
「……後で小言を言うくせに。」
「”言わない。言わない。おじさん。女性には優しいからね。”」
ウソつき。
彼は小言が好きである。私に対してのそれは長年付き合っているから一番だ。
ガスを吹かす音。雪をまき散らす振動。それを座席越しに感じながら、私は目をつぶった。振動が止まったのは、そこから数分後の事だった。
「”まあ、その方が君らしいとは助言をするが。……ね。”」
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目を開けると、目指した平地が見える。
一面真っ白な表層をかける、ライオンのような獣を見た。
そんな獣に、追われる巨人も。
眼下に広がるのは、そんな雪景色だった。