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チェスの記憶

俺がリチャードの前で泣いて以来、リチャードは俺やユリアの側に居てくれる事が増えた。


「ねぇ、ユリア、君はエリオスと二人っきりになりたいんじゃない?僕ってお邪魔だよね。」

「ふふふ・・・リチャードは邪魔なんかじゃありませんわ。・・・何故か分かりませんけど、全くそう思えないんですのよ。不思議ですわね。」


ユリアもリチャードと居たがった。

あの噂を聞いた時、俺以上にユリアは心を痛めていた。

だからまた3人で過ごす様になった事を、すごく喜んだ。


俺は・・・嫉妬深い男だ。

ユリアが他の男と居るのが許せない。そんな狭量な男なのだ。


・・・だけど、ユリアがリチャードと居るのは、嫌ではない。俺は二人を眺める時、あの薔薇園で見たお茶会をする美しい一対の天使を思う。・・・そして、共に過ごした優しくて不思議な時間を思う。


・・・その気持ちは・・・憧れだ。


俺が焦がれているのは・・・ユリアか・・・リチャードか・・・両方なのかも・・・知れない。


◇◇◇


俺は、リチャードに纏わりついていた奴らや、浮名を流した女達を、片付けた。


そうすると、リチャードは俺たちといない時は、一人で過ごす様になった。・・・一人でいると、リチャードは、いつも手元に何かを書きつけていた。


そんな時のリチャードは、なぜか少しだけ楽しそうに見えた。あの微睡むリチャードではなく、生きているリチャードを見た気がした。・・・だからこそ、俺は不用意に近付いたりはしなかった。


ある日、寮のサロンで一人、チェス盤に向かい、駒を動かすリチャードを見かけた。

その横顔は、今まで見た事の無い真剣なものだった。


だから、俺は声をかけてしまった。


「リチャード、お前、チェスなんかするのか?」

「・・・あ、エリオス。」


リチャードは、慌てた様に駒をグチャグチャにした。

片手には、メモが握られていた。


この時、すでにリチャードはおかしかったのだが、俺は真剣なリチャードを見られた事が嬉しくて、それに気付けなかった・・・。


「なあ、一局どうだ?俺、かなり強いんだ。」


俺がそう言うと、リチャードは物凄く悲しい顔になった。

そして、言った。


「エリオス、僕には勝てないよ。」


その顔は、悲痛に歪んでいたが、俺はリチャードとチェスが打ちたくて、そんな事を気にしなかった。


「な、いいだろ?打とう?・・・思えは俺、リチャードど何かして遊んだ事、無かったろ?本当に強いんだ。」


俺は本当に嬉しかった。

昔から、リチャードは俺とユリアと居てはくれても、一緒に遊んだりはしなかった。ただただ、俺たちを眺めて、嬉しそうに笑い、そして微睡む。


興奮気味の俺に、リチャードは、儚く笑い、駒を並べた。


・・・勝負は直ぐに付いた。

勝ったのは、リチャード。

俺は手も足も出なかった。


そして、俺に勝ったリチャードは、悲しげに「もう、チェスはしない・・・。」そう言って、サロンを出て行った。


俺は、そんなリチャードの背中をただ見つめていた。


◇◇◇


俺がリチャードとチェスをしてから、リチャードは明らかに俺たちを避ける様になった。いや、俺たちだけでなく、すべての人を遠ざける様になった。


そして、一人で何かを楽しそうに書いている様子を見かける事も無くなった。


彼はただ一人、サロンのソファーや中庭のベンチや図書館の片隅で微睡む様になった。

そして、穏やかに笑っている事が多かったのに、人形の様に表情が無くなり、ただボンヤリと過ごしているのだ。


まるで死んでしまったかの様だ・・・。


俺は何度もリチャードに近づこうとしたが、人形の様なリチャードは、壮絶な美しさを放ち、まるで人間味がなく、近づくのを躊躇う程だった。


俺が欲しかったのは、こんな美しい人形ではない。・・・あの薔薇園にいた、穏やかに笑う優しい天使だ。


・・・欲しいのは、人形ではない。生きたリチャードだ。


俺はとうとうその事に、気がついてしまった。


俺が欲しかったのは、焦がれたのは、やはりユリアだけでは無かったのだ。薔薇園でお茶会をする一対の天使を手に入れたかったのだ。


・・・なんて、俺は強欲な人間なのだろう。


それに気づいた時・・・可笑しくて堪らなかった。

強欲な人間は、あの天使達が欲しい。


ただそれだけ、なのだと。


俺の仄暗い欲望は、天使を穢す。

だから、あの薔薇園には、もう戻れない。・・・戻さない。


天国に、人間を招き入れたのが間違いなのだ。


分かってしまえば簡単な事だ。

・・・天使なんてものは、羽を折ってしまえばいい。


そうしたら、俺はずっと満たされる。


◇◇◇


「ねぇ、エリオス、リチャードはどうしてしまったの?」

あまりの、リチャードの変化に、ユリアが俺に聞いてきた。

「分からない・・・チェスに誘って・・・俺が負けたら、ああなってしまったんだ。」

だから、あった事をユリアに伝えた。


ユリアも、それがどうして、リチャードをあんな風にしてしまったのか、理解できないようだった。


「ねぇ、エリオス。私にも分からないのだけど、・・・もしかしたら、エリオスがチェスで強くなれば、リチャードはまた戻ってくれるかも知れないと思うの。」

ユリアはそう言うと、励ます様に笑った。


それから、俺はチェスの特訓を始めた。


今までは嗜む程度とは言え、それなりには強かった。

武人を多く輩出してきた我が家では、チェスは戦略と結びつき、嗜む事を良しとしていた。だから、周りにもチェスが強い者が多く、その中で俺は決して弱い方ではなかった。


・・・しかし、リチャードの強さは、そんなレベルでは無い事は明らかだ。


あの時・・・気がついたら勝負は決まっていた。

俺のキングは、何処にも逃げられ無くなっていた。


・・・強くなりたい。


俺は、天使を逃がさない。




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