薔薇園の記憶
俺が初めて天使と会ったのは、5歳の頃・・・初夏の薔薇が美しい季節だった。
色とりどりの薔薇が咲き乱れるその庭は、むせ返る程の薔薇の香りに包まれていた。
案内されて、俺が連れて行かれたのは、その庭の一角にある、小さな東屋。
そこにいたのは、小さな天使のお姫様と小さな天使の王子様。
一対のお人形の様に美しい姿をした2人が、そこでのんびりとお茶を飲んでいた。
小さな天使のお姫様は、ユリア・ロジスティック。
小さな天使の王子様は、リチャード・ワイブル。
2人は、俺よりも格上の侯爵家のご令嬢と、ご令息であった。
俺の名前は、エリオス・スチューデント。
伯爵家の俺が今日、ここに呼ばれたのは、このリチャード様の、友人になれとの命を受けて、だ。・・・父上によると、リチャード様は少し、変わっているらしい。
それは、何をしても満たされない、そんな俺の興味を引いた。
「はじめまして、エリオス。僕がリチャード、そっちにいる可愛らしい女の子が、ユリアだよ。来てくれてありがとう。」
美しい金髪に、サファイヤの様な青い目をした、美しい少年はそう言うと、嬉しそうに微笑んだ。
「はじめまして、エリオス様。ユリアです。・・・私、退屈してましたの。来て下さって、本当に嬉しいですわ。」
向かい合って座っていた、淡い金髪に、アクアマリンを思わせる目の可憐な少女も、嬉しそうに言った。
「お初にお目にかかります、リチャード様、ユリア様。」
俺は、丁寧に挨拶をした。
「ねぇ、エリオス、キミはさー、僕の友達になる様に言われてきたんでしょ?ならさ、僕の事、リチャードって呼んで。僕たち、歳も同じなんだしさ。」
「私も、ユリアで結構ですわ。」
2人は、ニコニコと笑いながら、俺にそう言った。
「いや、それは・・・。」
「え?なーに?エリオスは、僕のウワベの友達になりに来たの?そーゆーの面倒くさいから、僕は嫌なんだよね?・・・ね、友達になってよ?僕たち、すんごーく暇なんだ。毎日毎日、ここでユリアとお茶をさせられてるんだよ。話す事なんか無いしさ・・・お陰でユリアなんは、退屈で死にそうになってるんだよ。」
「それは、リチャードがいつも寝てばかりいるからですわ!・・・ヒドイんですのよ、エリオス様。リチャードったら、いつもその椅子で眠ってますの!私、1人でずーっとここでお花を見ているしかないんですわ!」
ユリア様はそう言うと、リチャード様の横にある、安楽椅子を指差して、拗ねる様に言う。
ユリア様は・・・なんて、可愛い子なんだろう。
プーっと膨らました白い頬が、眩しい。
・・・こんな可愛い女の子といて、寝てばかりいるなんて、リチャード様は、やっぱり少し変わっているのかも知れない。
「だって、ユリアといても、そんなに楽しくないし。」
「ね、エリオス様、酷いでしょ?この方。」
ユリアは、そう言いながらも、あまり怒っている様には見えなかった。
「とにかく、僕はね、こんな馬鹿みたいな作戦は嫌いなんだ!・・・エリオス、聞いてよ?こうして、毎日毎日、俺とユリアを合わせて、僕たちの両親は将来、ユリアと僕を結婚させる気なんだ。・・・僕はね、もう誰とも結婚したくないって言うのに!」
どうやら、お互いの侯爵家は、2人を結びつけたいらしい。
「ね、ヒドイでしょう?それを私に言ってしまうなんて、リチャードはとても失礼なのよ!・・・でも、寝てばかりの人と結婚するのなんか、私も嫌だわ。」
リチャードもユリアは、酷い事を言い合いながらも、なんだか仲は悪くなさそうに、二人はクスクスと笑い合っている。
「だからね、僕たちは、誰かが来てくれるのを、ずーっと待っていたんだ。・・・エリオスも、この退屈なお茶会の仲間になってよ。」
リチャード様は、笑いながら俺に手を差し出した。
俺は、その手を取った。
それが、俺と天使達との始まりだった。
◇◇◇
薔薇園の「退屈なお茶会」は、何年も続いた。
その間に、ユリアは刺繍を嗜む様になったり、俺が剣を持つ様になったりと、変化はあったが、リチャードは相変わらずに、安楽椅子で眠ってばかりいた。
ユリアは刺繍をし、俺がそれを褒める。
俺が剣の稽古をし、ユリアがそれを褒める。
そして、その合間に俺たち2人は、薔薇園を散策し、会話とお茶を楽しむ。
その様子をリチャードは静かに見つめ、安楽椅子で微睡んでいる。
「ねぇ、エリオス、いずれ私と結婚するのは、貴方なのかしら?・・・なんだか私、リチャードに会いに来ているのか、エリオスに会いに来ているのか分からなくなるわ。」
ユリアは面白そうにいつも言う。
俺も、全くその通りだと思う。
「俺も、リチャードに会いに来ているのか、ユリアに会いに来ているのか分からなくなるよ。ここは君の家なのに、不思議な気分だ。」
俺たちが何を言っても、リチャードは微睡の中だ。
たまに、「ユリアとエリオスが結婚したらいい。そしたらいつか、僕を2人の子供にしてね。」なんて言って、俺たちを揶揄う。
・・・そう、俺とユリアが共に過ごす内に、惹かれ合っていくのを、リチャードは知っているのだ。
そして、それを嬉しそうに眺めるのだ。
やがて、幼少の頃は過ぎ、お互いに貴族としての教育が始まると、お茶会の回数は減って行った。
貴族の子供が学ぶ学園に入学する頃には、俺はユリアともリチャードともたまにしか会えなくなっていた。
ユリアとリチャードが会っているのかは分からないが、手紙をくれるユリアによると、そんな感じでもない様だった。
多分、あの天使は、未だにあの薔薇園の安楽椅子で微睡でいるのだろう。あのむせ返る程の薔薇の香りの中で・・・。