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異世界の三人男  作者: 谷中英男
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苦い経験

 あの事件は僕の欲望にまみれた一言で始まった。


「酒飲みたい」


 毎日なんの変化もない生活を強いられ、むさ苦しい男どもと一匹のよくわからん生物と過ごしている日々。誰だって嫌になる。だから、これはしょうがない一言だったんだ。


「アドミ、この世界に酒ってないの?」


 僕の言葉にストレスを感じ取ったのか、それとも川合も同じ気持ちだったのか、僕の気持ちを代弁するように川合が聞いてくれた。


「あるよ」


 いつものやつだ。説明不足。


「マジで!?」


「なんで言ってくれないんだよ!」


 僕は吠えた。僕が吠えるなんて珍しい。それだけ限界に近づいているってことだ。


「だって、君たちは聞かなかっただろ?」


 アドミの言葉を聞いて、頭に上っていた血が下がってきた。


「そうだっけ?」


 僕としたことが、聞いていなかったのか?


「確かに聞いてないかも」


 松田が腕を組みながら呟く。松田が言うなら本当なのかもしれない。どうでもいいことは覚えているやつだから。


「てか、どこで手に入るの?」


 確かにそうだ。川合の言う通り。今までそれらしきものは見たことがない。ほとんどアドミに買い物を任せていたせいもあるけど。


「どこでも売ってるよ」


「じゃあ、飲みたい!」


 僕と川合は声を合わせて言った。僕らは酒に目がないからね。そこだけは確実に意見が一致する。ちなみに松田はあまり飲めないから、そこまで乗り気じゃない。


「そう言うと思って買っておいたよ」


 アドミが荷物をひっかきまわして、酒瓶を取り出す。


「いつの間に!」


 またしても、僕と川合は声を合わせて言った。しょうがないよね、酒が好きなんだもん。


「最初に買い物した時だよ」


「随分、前なんですけど!」


 僕らが旅を始めてから一か月くらい前じゃないか――あくまで僕の主観だけど。


「早く言ってくれよ!」


 興奮を抑えきれないのか、川合が語気荒くアドミの持つ酒瓶を奪い取る。運転していなければ、僕もそうしたいところだ。


「君たちが言わないから……」


 僕らの勢いに押され、珍しくアドミがしょげている。ここまで僕と川合が酒に執着しているとは思わないからね、しょうがない。


「いいよ、そんなことは。むしろありがとう」


 そんなアドミの姿に僕は心苦しくなって、心からのお礼を言った。正直、ここまで心のこもった言葉を言ったことはないかもしれない。簡素な文章だけどね。


「そうだよ、アドミ。ありがとう。じゃあ今日はここまでにして、飲もう」


 川合も僕と同じだ。瞳を潤わせている。


「もうキャンプするってこと?」


 松田は乗り気じゃないみたいだ。確かに僕らがこの世界に来た時の惨状を考えれば、しょうがないかもしれないけど。今はそんなこと考えている場合じゃない。


「そりゃそうだろ! 飲めるんだぞ!」


 僕のテンションはこの世界に来てから一番になっている。自分を抑えるので精一杯だ。


「そうだな、今日はここで終わりにしよう。みんな疲れてることだしな」


 幾分、冷静な川合がアドミに許可を取る。


「君たちがそれでいいなら構わないよ」


 アドミに許可を得た僕と川合はさっさと車を適当なところに停めて、今までにないほどスピーディーにテントを建てた。松田は僕らの勢いについてこれず、見ているだけだった。


「かんぱーい!」


 さっさと夕飯をすませた僕たちは、日頃溜まった些細なストレスの集合体を打ち砕くために飲み続けた。アドミがなにか言っているのも聞かずに。どうせ些細なことだと思った。飲み過ぎるなだとかそんな小言だと思った。でも、今なら言える。ちゃんと話を聞いておけばよかったって。なぜなら、僕は今、荒野のど真ん中で上半身裸の状態で一人だから。


「ここどこ!? だれかー!」


 僕の声がなにもない荒野に広がり、虚しく霧消する。嘘だろ? 僕一人? みんないないの? どうすればいいの? ここがどこかもわからないし、誰もいないし、いたとしても、ここの世界の言葉わからないし。

 終わった……。僕の命もここまでだ。このままここで野垂れ死ぬか、魔物に殺されるんだ。僕は死を覚悟して、辺りを見回す。幸いなことに、僕に危害を加えそうな連中はいない。いつ出てくるかわからない状況だってことは変わらないけど。

 僕は心が折れそうになりながらも、歩くことにした。もしかしたら、みんなと合流できるかもしれないし、近くの街に辿り着けるかもしれない。

だけど、どれだけ歩いてもなにもない。遥かに広がる荒野しか見えない。どうすればいいの? 喉も乾いてきたし、腹も減った、足も痛い、もう体力の限界だ。

 僕は途方に暮れて倒れこんだ。みんなともっと旅がしたかった。あんなこと言わなければよかった。もっとまじめに生きればよかった。後悔だけが、湯水のように溢れ出る。みんなは僕を探してくれているんだろうか? たぶん、いや、絶対に探してくれてる。いろいろあったけど、僕たちは最高の友達なんだから。僕のために血眼になって探してくれてるんだ。

 僕の身体に力が漲ってきた。まだあきらめるには早すぎる。もう一度みんなに会うために頑張らなきゃ。そして、みんなに会えたら酒はやめる。酒のせいでこんな世界に連れてこられて、一人ぼっちになっちまったんだから。

 僕はしおれた風船に空気を入れるように今一度、体に力を入れた。まだなんとかなる!

一気に身体を起こして、しっかりと地面に足をつけた。なんだか眩暈がするけど大丈夫だ! なんて思ったけど、ダメだった。目の前が真っ白になって、体中から力が抜ける。ここで僕の人生も終わりか。あっけないもんだったけど、楽しかった。最後にあいつらの顔を見たかった……。


「あ、やっと起きた」


 みんなの声が聞こえる。もしかしたら、神様が最後に僕の願いを聞き入れてくれたんだろうか。


「ちゃんとアドミの話聞かないからこうなるんだよ」


 最後の一時にしては随分、味気ない言葉だ。なんだったら、その言葉を発した川合はいつもみたいに僕を馬鹿にした表情だ。


「ホント馬鹿だな」


 呆れ顔で松田が言う。


「私も悪かったよ。ちゃんと話をしていなかったからね」


 小さい悪魔みたいのが申し訳なさそうに言っている。なんだこいつは?


「アドミは悪くないよ」


 なんだか普通な会話だ。何度も繰り返してきたようなやり取り。郷愁の思いに苛まれ、僕は懐かしい記憶に戻るために起き上がろうとした。


「いきなり動いたらヤバいぞ」


「まだ寝てろって」


 川合と松田が口々に僕を心配する。世界が今にも壊れそうなほど揺れている。


「めっちゃ揺れてない?」


 尋常じゃない吐き気が僕を襲う。そんな僕の苦しみもお構いなしに、僕を囲う三人は笑った。


「酔ってるだけだよ」


 耳障りな高笑いとともに、川合が僕の肩を叩く。徐々に状況が飲み込めてきた。


「これを飲めばましになるよ」


 小さな悪魔に見えていたアドミがピンクの飲み物を僕に渡してくれた。いつもは頼りないけど、やっぱり頼りになるガイドだ。僕は吐き気が起こらないようにゆっくりと体を起こして、その液体を飲んだ。体中に染み渡る優しい味だ。ゆっくりと振動が収まってくる。

 いくらか時間がたって、アドミが優しく教えてくれた。


「もう大丈夫だよ。身体から毒素が抜けてきたから」


「毒素?」


 どう言うことだ?


「うん。この飲み物は君たちの言うアルコールに似たものだけど、一気に飲み過ぎると臨死体験をしてしまうんだよ。それなのに君はなにも聞かずに飲み始めるから……」


 どんどん鮮明になる頭のおかげで状況が飲み込めてきた。簡単に言うと僕は飲み過ぎただけみたいだ。


「おい、どうする? まだ飲む?」


 松田が他人事みたいに言う。俺はなにも言葉にできずにゆっくりと首を振った。もうあんなのは御免だ。

 僕はもう酒を辞める――三人の楽しそうな姿を見ながらあの時の孤独を思い返し、そう誓った。何日かたってから、あっさりとそんな誓いは破られたけど。


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