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スクラップ・チェア  作者: 鐘鳴タカカズ
二章 オーランド大陸編
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十三日目 究竟

 数時間後。

 急にテレメラの元気がなくなったと思うと、徐々にその速度を落とし、最後には完全に沈黙した。燃料切れだ。

 月光の下、だだっ広い道路を並んで歩く。周囲には乾いた地面と道路以外に何もない。

 地図で見た限りでは、ここを道なりに行けばサシュールにつくはずだ。といっても、全力でテレメラをかっ飛ばしてあと数時間はかかるだろうが。

 ため息をついて、道路を外れる。

 脇にテレメラを倒して、外部タンクと接続。捕集装置は自分の首につなげた。追っ手が来る可能性は十分にある。少しでも逃げられるようにしておかなければ。

 今しがた自分が走ってきた道を監視しながら、テレメラに背中を預ける。ゴトリ、と鈍い音がして、ベルトに挟めていたものが落ちた。

 月明かりにそれを照らしてみる。男から奪ったハンドガンだ。ざらついた表面には弾種とメーカー名が彫られている。弾丸はまだ中に残っていて、安全装置を外せばいつでも撃てる状態だ。


――次に来た車をこれで脅して……


 はっと気づくと、とんでもない企てをしている自分がいた。ぶんぶんと頭を振って邪念を追い出す。

 あの違法業者にずっと追われているせいで、暴力にまつわることへの抵抗が少なくなってきているのだろう。

 考えてみれば、銃を奪うだの人を盾にするだのと、よくあんな卑怯な手をためらいなく使えたなと思う。協力者も誰もおらず、今のところ一人で全て何とかしなければならないのは本当だ。大変なことだろう。でも、それは他の誰かを傷つける言い訳にはならないし、してはいけないのだ。

 省察と自戒、そして深呼吸を繰り返す。僕が戻る日常に暴力は必要ない。もし家にたどり着く前にそういう行為をするとしても、それは必要な時、必要な場所で使うだけだ。そして少なくとも今は、これが必要な場面じゃない。

 目を瞑って心を落ち着かせる。荒野に吹く風は冷たくて、頭を冷やすにはもってこいだった。

 しばらくして目を開けると、右にあるカメラが明滅する光を捉えた。道路の先を見据えると、トラックのヘッドライトらしきものが、ちかちかと点滅を繰り返しながら走って来ている。


――はた迷惑な車だな……


 見通しがよく、誰も走っていないような道路だ。ふざけて運転したい気持ちはわからなくもないが、事故でも起こしたらどうするつもりなのだろうか。

 その車はこんな道を走っているにしてはずいぶんとスピードが遅く……いや、遅すぎた。惰性に任せて進んでいるだけのようで、車は次第に徐行して僕の前で停車する。

 トラックの後ろにはガラクタが大量に積んであって、いつ倒れてもおかしくないような見た目をしながらも、偶然なのか計算されているのか、微動だにしていない。

 運転席から人が下りてくる。僕はシャツの中にハンドガンを隠して車の主の顔を窺う。

 老人……というのは失礼だろうか。身長は僕よりもはるかに高く、体も筋骨隆々とはいかないものの、顔に見えるしわの数ほど衰えているようには見えない。立派な白髭を蓄えた偉丈夫は、機械油にまみれたツナギを着て、僕を見下ろしている。


「――?」


 やがて、穏やかな声で話しかけられる。僕が魔人だとは気づいていない様子だ。とりあえず喉を叩いてアピールする。

 すると偉丈夫は少し困った顔をしながらも、近くに落ちていた石で地面に文字を書き始めた。別に耳が聞こえないわけではないのだが、何やら勘違いをされているようだ。

 うねうねと曲がりくねった異国の言葉では意味が分からず。シスターに使った時と同じように、こちらからも質問を書いてみる。


『誰?』


 彼は顔のしわをより一層深くした。こちらの言葉がわからないのだろう。

 困ったな、と二人して頭を抱えていると、老人はおもむろにテレメラを指さした。なぜバイクがあるのにこんなところで野宿しているのか、といったところだろうか。

「空なんだ」とテレメラのタンクをコンコンと叩いて見せる。

 偉丈夫は口元に手を当て、次は車の向かっている先を指さして、次に今まで来た道を指さした。


――どっちに向かってたかってことか?


 僕は車の進行方向を指さす。すると偉丈夫は得心がいったように頷き、車に戻った。

 車からなにやらゴソゴソと取り出してきたのは長いベルトだった。テレメラと車を指さして、持ち上げるようなジェスチャーをしている。


――まさか、まさかとは思うがこの偉丈夫……僕を町まで乗っけてくれようとしてるのか!?


 なんという僥倖、なんという幸運。僕は前世でよほどの徳を積んだに違いない。もしかしたら美少女だから助けたとかそんな理由かもしれないけど、善行の前では動機など些細な問題だ。

 僕は偉丈夫に抱き着いて、それからいっぱい頭を下げた。言葉が話せないのはやはり不便だ。

 彼は耳まで真っ赤にしながら、テレメラを車に固定してくれた。僕を助手席に乗るように促し、自らも運転席に乗る。

 やがてトラックはゆっくりと発進した。

 遠くの空が白みはじめているのが見える。

 二人を乗せたトラックは、静かにエンジン音を轟かせながら、朝日を横目に走り続ける。

 僕は膝の上に置かれた外部タンクと捕集装置を抱きしめて、バックミラーに移る自分の顔をぼんやりと眺め続けた。

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