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夢扇蘭  作者: GEN
3/4

ムスカリ

7月1日(金)③


彼女の名前は篠田紫乃と言います。


私と彼女は友達…いや。それ以上の何かでした。

いつだってそばにいたんです、朝も昼も夜も。

私は彼女を心から愛していました。

だから私は耐えられなかった。

きっと、彼女もそうなんだと思います。

そう、思いたいんです。


いつから彼女を見ていたのかは覚えていませんが、少なくとも小学生の頃にははっきりと彼女を認識していました。

さいしょ、私は彼女の3つめの「目」のような存在だったと思います。

空中に浮かぶ「目」です。でも彼女は私の視界を共有していなかったし、私の存在にも気づいていませんでした。


彼女は世間的に見れば内気な子でした。

いつも本を読んでいて、趣味もオカルトなものばかりで…お世辞にも可愛げのある趣向ではなかったと思います。

でも彼女はとびきり綺麗な心を持っていたと思います。私が言うんですから間違いない。

純粋で、水晶のような女の子でした。


私が彼女を「守る」存在だと気づいたのは3年前でした。

彼女が私のことを見たんです。

彼女は私を見るしかなかったんだと、だから私は「守る」存在なんだと。そう思いました。

事実そうだったんですけどね。


彼女はいつも座っていた椅子から、初めて立ち上がって私の方に手を伸ばしました。

あの時の泣き顔と、手の温もりは忘れることはないと思います。


彼女は私を「シノ」と名付けました。

その時、私に命が生まれたんです。

私は、シノとして生き始めたんです。


私は初めて椅子に座りました。


それからは私が椅子に座っていることが多くなりました。とはいってもテレビゲームを一緒にやるように2人で意見し合いながら、楽しく共に生きていたんです。どちらが椅子に座っている時でも。


私は隣で笑う彼女に、紫乃に、次第に暖かい気持ちを抱きました。


ひとりでいることは紫乃の方が、人付き合いは私の方が上手かったので、ひとりでいるとき…私と2人きりの時は紫乃が、それ以外は基本私が椅子に座りました。


私達が本当の意味で1つになったのは2年前です。

その日は晴れた日曜日でした。


家に誰もいなかったので、私達は静かに趣味の読書に興じることができました。

普通の人の読書は1人の世界ですが、私達は2種類の視点から読み取ることができます。

倍楽しかったんです。そして、その感覚のアンテナとなるのに紫乃は長けていました。


その日読んでいた本の一節は、稲妻のような衝撃を孕んだ文でした。


紫乃は恐れていました。触れたことのない世界に恐れていたんです。彼女はアンテナです。たぶん、感覚へのショックが大きかったんだと思います。

でも私は違いました。

自分のきもちにピッタリとはまる感覚だと、そう思いました。


私は椅子に座り震える紫乃の前に立ち、強引にキスをしました。

最初は驚き抵抗していた紫乃でしたが、次第に体のこわばりがほぐれ、震えは止まり、私の中にゆっくりと温もりが入りこみ絡み合うのを感じました。

紫乃は恐怖を、私は欲情を、触れ合うことで埋め合っていく感覚。

紫乃のカラダは白くやわらかで素敵だ。と言うと、紫乃も私に同じことを言いました。

それが、私達の性の目覚め。


ひとつになって愛し合う快楽を知りました。ひとつになって満たされる感覚を知りました。

私達は頻繁に求め合い、慰め合うようになりました。


私達は絶対に離れ離れにならない、私達はひとつだから。そう思っていたのに。


ある日、私は自分が今までにない不自然な状況にあることを自覚しました。


紫乃は私が椅子に座っている時に居眠りをしていることがありました。反面、私は夜にしか寝ることはありません。紫乃が椅子に座っている時でも起きているのがほとんどだったからです。

しかし、私が目覚めたのは明らかに昼ごろでした。


後に知ることになったのですが、どうやら私はこの時一週間眠っていたようです。


起きて一番驚いたことは、紫乃がいなくなっていることでした。

私が生まれてからずっと、紫乃がいなくなるなんてことは無かったからです。

私は泣き喚いて紫乃を呼びましたが、私の気力が持つうちにその行動が身を結ぶことはありませんでした。


同時に、今自分が全く知らない、おそらく病室であろう場所にいることにも気がつきました。


少し時間が経つと、体の違和感も感じ始めます。胃袋を押しつぶされ、食道に拳をねじりこまれる。まさにそんな感覚の吐き気と、全身の異常な倦怠感が徐々に私を襲いました。


紫乃はそれから一週間して、なんとか体が持ち直しだしたころに戻ってきました。

少しふらふらしながら、紫乃は小さな声で言いました。


シノちゃん、私ね。死んじゃった。

でもね…シノちゃんおいていけないから。

幽霊になって戻ってきちゃったよ。


微笑む彼女を見て、私は只々泣きました。

紫乃はもういないんだ。私と生きてきた紫乃はもういないんだ。

そう察してしまったんです。


それから紫乃は常にイヤホンのようなものをつけるようになりました。

私の声は届いていないみたいです。


そして、徐々に奇行が目立つようになりました。でも私は彼女のこころを尊重したかった。

本来、篠田紫乃は私のものじゃないから。

私は紫乃を守るためのシノなんです。紫乃を縛るためにいるんじゃない。

今の「紫乃」が彼女の出した最適解なのだとしたら、私はそれを支えるしかないんです。


イヤホンのせいで、どうしても私がやらなきゃいけないと思った時は紫乃を力ずくでどけないといけなくなってしまいました。


彼女は自分を幽霊だと思っています。

この部屋にモノがないのは紫乃が捨てたからです。幽霊はモノなんか持ってない。って。


私は最低限生きるのに必要なものを残しました。

書類、服、コップ

まだ脱衣所は見てないと思いますが、あそこには歯ブラシが置いてありますし、財布と通帳が隠してあります。これらを隠すときは…心が痛みましたけど、彼女を一旦眠らせる必要がありました。

このことは思い出したくないです。



あなたをなぜここに連れてきたか…ですね。


紫乃は誰かに関心を持ったり、話しかけたりすることをしなくなっていました。

ティッシュ配りのお姉さんに声をかけられても聞こえないフリをしているような、本気で自分を幽霊だと思い込んでいる子なんです。


そんな彼女が、あなたを「自分のことを見ることができる人」として自分の中で設定したんです。

こんなことは今までありえなかった。


そしてふと思ったんです、私が生まれたのは小学生の時。じゃあ、それ以前の篠田紫乃は…?


もしかしたら、紫乃を救えるなにかがあるかもしれない。

私は紫乃を救えませんでした。でもあなたなら救えるかもしれないんです。

お友達になってくれるだけでいいんです。


………。


最後にひとつだけ質問させてください。


紫乃が言った「ハルくん」は、あなたですか?



書きながら紫乃達がガチレズになってビビった…と、言おうと思ったけど…

これガチレズでもなんでもないんですよね。

だから多分篠田紫乃はノンケなんじゃないかな。

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