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魔術学科の体育祭

 9月も終わりに近付こうとしていたある土曜日の朝、私は制服に袖を通して身支度を整えていた。

 それをテオが不思議そうに見上げてくる。


「ゆい、きょうは『どようび』なんでしょう? どうしてがっこうにいくしたくをしているの?」

「今日は体育祭なんだよ」

「たいくさい?」

「うーんと……。学生が運動神経を競う大会なの。普通科は6月にやるんだけど、魔術学科は9月にやるんだ」

「しょうみたいなことをするの?」

「そういう競技もあるけど、ちょっと違うかなぁ……。テオは呼ばれるまで家にいてね」

「……? わかった」


 座り込むテオの鼻先を撫でてやり、私は学校指定のナップサックに体育着を詰めて、お兄ちゃんの作ったお弁当を持つ。


「由比、本当に見に行かなくていいのか?」

「高校生にもなって保護者が見学に来るなんて恥ずかしいからいいよ」

「それもそうだな。まぁ、適当に頑張れ」

「……う、うん」


 私はお兄ちゃんとテオに見送られながら学校へ向かう。自分の出る競技は予め決められていた。

 光弾射撃、肉体強化持久走、いろいろあったけど、私が選ぶならこれしかないと思った。


 日差しのまだ強いグラウンドに体育座りでぼんやりと待つ。時々佳苗が話しかけてきてくれるが、私の内心は心臓が早鐘を打つようだった。


 やがて、放送部のアナウンスが鳴り響く。


「次は、召喚獣とペアを組んで行う、障害物競走です。出場する生徒の方は、召喚獣を呼び寄せお待ち下さい」


 私はよし、と気合を入れて立ち上がる。佳苗は私を見てにんまりと笑った。


「由比、テオくんと出るんだね。頑張って」

「う、うん。頑張るよ……」


 そう言って手にエーテルを投射させ、「テオ!」と声を上げる。しばらくして、テオがグラウンドに走ってきた。


「よばれにしたがい、さんじょうした! ゆい、テオをよんだ?」

「呼んだよー! テオ、来てくれてありがとう!」


 かがむテオの首筋に顔をうずめ、頭をわしわしと撫でる。テオは目を細めて嬉しそうにしていた。


「ゆい、テオはなにをすればいい?」

「私の指示に従って、あのグラウンド……ロープで丸く区切ってるところね。そこを全速力で走ってくれたらいいんだよ」


 グラウンドには体育祭運営委員によって平均台や、行く手を遮るネット、それにぶらさがったパンなどが設置されている。


「ぜんそくりょくではしっていいの!?」


 テオは嬉しそうに尻尾を振る。


「ただね、あの障害を全部くぐらないとゴールって認められないの。だから、地上を走る召喚獣も、空を飛ぶ召喚獣も、みんな同じ。決められたコースから外れたらルール違反でアウトなの。わかる?」

「わかった。ええと、まず、あのぼうをわたって、あみをくぐって、パンをたべて、はしる?」

「そう。できそう?」

「あみをくぐるのはたいへんそうだけど、ほかはへいき。ぼうは、ジャンプでとびこえてもだいじょうぶ?」

「大丈夫だけど……。できるの?」

「フェンリルのすがたになれば、だいじょうぶ。ゆいはせなかにのっててくれたらいいよ」

「きょ、巨大化はしちゃダメだよ!?」

「あれはゆいのエーテルがないとできない。でも、よんそくほこうのすがたになら、いつでもなれるよ」


 そう言って、テオは身を屈めると、ざわざわと毛並みを立て始める。体はみるみる普通の狼の姿に変貌する。


「すごい、テオ! そんなこともできたんだ!」

「すこしつかれるけど、できるよ! ゆい、テオへのようじはこれだけなんでしょう?」

「う、うん。つまんない事で呼んでごめんね?」

「テオ、ゆいのめいれいならなんでもきくよ! テオはゆいのじゅうしゃだから!」


 そう言う狼の姿になったテオは嬉しそうに尻尾を振る。私はテオを連れて運営委員に参加手続きを済ませ、列に並んだ。そこには、風鳥を方に乗せた上本くんや、美しい姿のシルフを従えた尾口くんもいる。

 やはり、この競技は空を飛べる召喚獣を持つ人間が集まっていた。

 私はテオに跨ると、被毛をぎゅっと握りしめる。


「テオ、痛くない?」

「へいき。もっとつよくにぎっていいよ。ゆいがおっこちたらたいへんだ」

「わ、解った」


 テオの『全速力』がどの程度なのか解らない私は、言われるままにさらに深く、強く握りしめる。被毛の下の皮はよく伸びて、テオは痛みを感じていないようだった。


「第三走者、定位置について下さい。2年A組、斉藤くん、ラージャペア、3年B組、山口くん、アリスペア、1年B組、東條さん、テオペア」


 放送部のアナウンスで、スタートラインに立つ。敵は3年生に2年生。どちらも鋼のように鋭い爪を持つ鷹の召喚獣や、淡いグリーンのドレスを纏った風精を従えている。けれど、平均台やパン食いはともかく、網くぐりはしないといけないのだから、大した差はつかないだろう。


 私が呼吸を整えていると、テオが声をかけてくる。


「あのピストルがなったらはしっていいんでしょ?」

「うん、テオ、よろしくね」

「まかせて!」


 急かすような音楽に合わせて、テオが地面を掻く。やがて、「位置について」という声の後にぱん、とピストルが軽い音を立てた。


 テオはぐん、と加速をつけ、早くも最初のコーナーへと差し掛かる。私は身をかがめて、テオにしがみつくのに必死だった。高校の長距離トラックだから結構な長さがあるのに、風景がどんどん後方へ流れていく。


「ひゃ、あ!? 速……!」

「ゆい、あまりしゃべらないで。したをかむよ」


 そして弾みをつけると軽々と平均台を飛び越え、次のコーナーへと向かって地面を蹴った。

 私達の予想外の速さに、先輩も呆然としているようだが、そこは流石に先輩方。みるみるうちに差は詰められる。


「テオ、網! 私が持ち上げるから、テオはすべりこんで!」

「わかった!」


 私は地面すれすれに手を置き、網を大きく持ち上げる。テオは勢いに任せたまま、網をすべりこんだ。それを追うのは風精を連れた3年の先輩だ。


「アリス、透明化(インビジブル)!」

「はい」


 アリスと呼ばれた風精がふっと姿を消した。そして、先輩は私が持ち上げた網の後ろを、魔力で増加させた筋肉を使い、這うように走ってくる。


「先輩、そんなのアリですかぁ!?」

「魔術学科の体育祭は、魔術ならなんでも使っていいんだよ、1年!」


 先輩は私より先に網をくぐり抜けると、再び風精の姿を現せ、風精に抱かれて空を飛ぶ。

 しかし、網をくぐり抜けたテオは再び地面を強く蹴り、猛スピードで先輩を追う。

 そしてあっという間に先輩を抜き去る。最後のコーナーで時に先輩が軽く舌打ちするのが聞こえた。

 最後のパン食いはテオが軽くジャンプしてビニール袋に入ったあんぱんを咥え、地面を再び蹴ってそのままゴールにたどり着く。私とテオは、見事1着でゴールした。

 2年の先輩はまだ網くぐりでじたばたしている。羽根が網にからんでしまっているようだったので、体育委員が助けに入っていた。


「すごい、すごいよ、テオ! すごく速かった! カッコいい!」


 人狼の姿に戻ったテオに私が抱きつくと、テオは嬉しそうに尻尾を振る。


「このパン、テオがもらっていいの?」

「テオのお手柄だもん、遠慮せずに食べて!」

「うん!」


 テオはビニールをちぎり、一口でパンを噛み砕く。あんこの甘さに目を細め、嬉しそうに笑って帰っていった。


 総合順位は私の所属する1年白組は第3位だった。だいたい、上位は3年生争いになる中でこれは立派な成績と言える。

 それに私とテオがどれだけ貢献できているのかは解らなかったけど、クラスメイトたちは皆喜んでいる。

 私は家に帰ったら、存分にテオを褒めてあげようと心に誓うのだった。

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