【掌編】レヴィアタンの微睡み
深い深い眠りから、一瞬呼び起こされた。
自分の中に満ちるのは自分を呼び起こした人物の強い嫉妬の心。それが心地よく、そして不快でもあった。
せっかく目覚めたのだ、暴れてやろう。そう思い周囲を見渡すと、憎い神獣の血を引く生き物が目に入った。
しかし、血は随分薄れているようだ。あれなら自分でも十分に捻り殺せる。
そう思っていたのに、膨大な量のエーテルを持つ女がそれに力を与え、それは憎いあの神獣の姿そのものになった。
力が足りない。妬みの力が足りない。
だが、自分を呼び寄せた男は、最早嫉妬を起こす気にもならなくなっていた。
胃が熱い。きりきりと痛む。神獣によって鱗は剥がされ、そこを重点的に狙われる。痛みに悶えるうちに、自分の体がエーテルに帰っていき、再び自分の世界に引き戻される。
……海を統べる自分と、陸を統べるあれはかつては親友と呼べる存在だったと思う。だが、一人の人間の女がそれを変えてしまった。
心を支配するのは、その女を自分のものにしたいという欲。
それに駆られ、神狼と血で血を洗う戦いを幾度も繰り返した。
だが、特別な力など無いその女は、獣を選んだ。
神獣は人の姿を真似、女と子を成した。最初のワーウルフは男女の双子だった。
二人の子……ワーウルフが地を満たす頃、神獣は新たな種族を生み出した責を問われ、人の術者に地下深くに封印された。
それから、そいつを見たことはない。
やがて、自分の力をも恐れた人間は自分も封印した。
それから、自分も海中深くで、長い長い眠りについた。
海龍はぼんやりとした頭で周囲を見渡す。
辺りは相変わらず暗く、水は冷たい。
……微睡む中で、鮮烈な夢を見た気がする。
矮小な人間たちが、自分を倒そうとする夢だ。
あれは夢だったのだろうか。現実だったのだろうか。
どちらにせよ、神である自分は死ぬことはない。
例えば、何者かに召喚され、そこで死を迎えたとしても、再びこのシオドミアンの海中深くに戻り、眠りにつくだけだ。
あくびを噛み殺し、再び目を閉じる。
夢の中で、あいつによく似た姿の人狼が、微笑む先にいた女は、彼女にどこか面差しが似ていたような気がするが、所詮は夢の中の事。
ひとりのただの女を巡り、親友と争ったあれはもう、何千年も前の出来事なのだから。
シオドミアンの神の使いは、深い深い海の底で、また微睡みに沈んでいく。
夢の続きはもう、見ないだろう。