【掌編】ある日の食卓
「うむ! 美味い! やはり兄貴殿の作る食事は最高じゃな!」
今日もエノシマはお兄ちゃんの手料理を食べて絶賛する。
私もお兄ちゃんのご飯は好きだけど、なんであそこまで嬉しそうに食べるんだろう?
「エノシマ、しょうのごはんすきなの?」
テオがエビフライを頬張りながらそう訊ねると、エノシマは深く頷いた。そして付け合せのサラダを頬張り、飲み込んだ後で幸せそうに言う。
「当然じゃ。10の頃から、兄貴殿が家を出るまで、儂は兄貴殿の食事で育ったようなものじゃからな。云わば兄貴殿の味はおふくろの味という奴じゃ。しかも150年以上ぶりじゃぞ? こんな幸せ、二度と味わえないと思っておった」
それを聞いて、胸がずきんと痛んだ。
そうか、エノシマの時空では、湘兄ちゃんも、茅姉ちゃんも、早くに死んでしまったんだ。
二度と食べることが出来ないと思っていた味。
自分の体にも染み付いている、思い出の味。
エノシマは150年以上、それを思い出しながら、自分で再現しようとして、でもきっと私のことだから上手く再現出来ずに、日本が滅んでまともな食事ができなくなった後は合成食品で飢えを凌いて、生きてきたんだ。
「……エノシマ、私のエビフライ、ひとつあげる」
そう言って私の皿からエノシマの皿にエビフライをひとつ移すと、エノシマは首を傾げて不満げに言った。
「いかんぞ、由比。儂のエーテルはもう回復することもないが、御主はまだまだこれから伸びるんじゃ。御主がより、たくさん食わねば」
「エノシマは私よりも年上かも知れないけど、体はこれからが育ち盛りでしょ? だから食べて!」
「いかん! 由比が食べろ!」
「エノシマ、思い出の味なんでしょ! 遠慮しちゃ駄目だよ!」
「儂はこれから先もたらふく食えるからいいんじゃ! 由比が食え!」
1尾の大きなエビフライが私の皿とエノシマの皿を行ったり来たりする。それを見ながら、ご飯を食べ終わったお兄ちゃんが茶碗を置いて苦笑する。
「エノシマさん、由比も。俺の飯で喧嘩しないでくれよ。足りないなら今度からもっと作るからさ.。食べ物がふたつの皿を行ったり来たりするの見てるの、気持ちいいものじゃないし」
「しょう、どうしたの? こまってるの? うれしいの?」
テオがエビフライの尻尾まで食べて飲み込み、そう湘兄ちゃんに訊ねると「両方かなー」と答えて水を一口飲み込んだ。
「ほらほら、ふたりとも。喧嘩するくらいならお姉ちゃんが取っちゃうわよ」
そう言って茅姉ちゃんがエノシマさんの皿のエビフライを狙う。私とエノシマは同時に茅姉ちゃんを見て、叫んだ。
「お姉ちゃんはもう全部食べたでしょ!」
「姉御殿、昨日のダイエットの誓いはどこにいったんじゃ。タルタルソースたっぷりのエビフライはカロリーが高いぞ! そもそもこれは由比から儂が貰ったんじゃ!」
そう言ってエノシマはお兄ちゃんの手作りタルタルソースのたっぷりついたそれをぱくりと食べる。
「うむ、やはり美味いな! 兄貴殿のタルタルソースは玉ねぎが少し大きめで、しゃきしゃきしておる!」
「お粗末様です、エノシマさん」
「ふふ……」
私たちのやりとりを見ながら笑ったのは弟切さんだ。
自分の目の前にあったフルーツ盛りはもう食べて、皆が食べ終わるのを静かに待っていた。
それなのに、今は袖で顔を隠し、くすくすと笑っている。
「なによ、弟切。何かおかしい?」
お姉ちゃんがそう訊ねると、弟切さんは首を横に振り、目尻に滲んだ涙を拭いながら答えた。
「いえ、私は果物しか食べられないので、恥ずかしながら、姉様たちの、湘様が作られた食べ物の奪い合いが少しうらやましいと思いました」
そう言ってはにかむ弟切さんに、私とエノシマは顔を見合わせる。
雄の蚊の式神である弟切さんは、果物や花の蜜を吸って生きている。こんな下らない諍いに関心なんてないと思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。
エノシマと私は顔を見合わせてにやりと笑うと、箸を空になった弟切さんの器に向ける。
「それじゃあ、明日は弟切さんの器から果物を取って食べちゃうぞー! 私果物好きなんだよねぇー。明日は何かな? 夏みかんかな?」
「そうじゃ、そうじゃ。夕飯しか参加せんとはいえ、弟切だけいつも特別メニューではないか。ずるいぞ!」
「ええっ、そんな! 由比様、エノシマ様、後生ですから、それだけは!」
器を手で隠しながら狼狽える弟切さんを見て、私たちは声を上げて笑った。
皆が揃った和やかな食卓。
それは幸せの原風景。
些細なことで言い合いになったり、和解したりを繰り返し、私たちは家族なのだと実感する。
異世界から来たワーウルフも、エーテルが意志を持ち、蚊に宿った式神も、未来から来たはぐれ子も、そして現代に普通に生きる私たちも、皆が同じ食卓を囲む。
そして食べ終われば、皆で声を揃えてこう言うのだ。
「ご馳走様でした!」と。