架空十字軍4-59 ファーティマの洗礼2
会話に敬語とタメ語が混在する。ここに第三者がいるならば、ポーラとクートン枢機卿のやりとりは大変な違和感を以て迎えられるに違いない。
それは二人の微妙な関係を暗示しているからだ。
が、ここにはほかの人影は存在しない。よって双方ともにそんなことに貴重な意識を浪費する必要はないはずだ。
それでも他者の視線が完全にゼロというわけにはいかない。影が常に見張っている。それでもこの建物の支配者は影の重鎮たる枢機卿なのだ。見張っているとすれば聖界において彼に相反する立場の人間だろう。連中のことはポーラはよく知らないし、そうしたいとも思わない。それはラケルのお気に入りだという意識が強かったせいもある。しかし奪還軍にあっては天使さまのご-*助力は得られない。が、このクートンがその代わりを務められるとも考えていない。つまりは聖界を甘く見ていた。簡単に化け物に洗礼を受けさせようなどと、自らの侍女にしようなどと考えたところに現れている。
クートンすら見張る影がいることでさすがにポーラも危惧を憶えはじめた。
影、聖界はファーティマの洗礼を本当に容認するのか。少女の申し出を支持するならばクートンには独自の目論見があるに違いない。
うまいこと唾が出ずに口腔内が乾燥するが何とか舌を動かそうと試みる。
口を動かしながらもそれについて何とか思考を進める。
ファーティマの身柄を確保したいというがその目的は何か?
「それは洗礼の期日が決まってから、というわけに参りませんか?」
クートンは建物の外を気にしている。明らかに影を意識しているのだ。
「すぐにでも話をしてみたい・・・」
彼の答えは少女を納得させるものではない。たががファーティマを手放す。ただそれだけのことにどうしてこれほどまでに抵抗感が芽生えるのか。
いまいち会話に集中できないのは、言うまでもなく影の監視が消えようとしないからだ。視線が針の用に突き刺さる。瘴気から読むに、連中は自分たちの存在をことさら示威している。相手が坊主だからといって、どうして遠慮する必要がある?
いくら聖界の一員だからといって剣を繰りだしてくるならば、こちらは杖を用意するまでだ。それは相手がナント王でなくても関係がない。
叔父にというよりはむしろ連中に聴かせるためのセリフを用意する。
「叔父上、焚火をしたいのですが、この建物を燃やしても構いませんか?」
何とも語彙力がないことか。まさかそれほどまで貧弱とは我ながら情けない。我ながらと突拍子がないし、不自然だと思わざるをえないが、影への示威という役割を言葉たちは果たしてくれるだろう。
はじめて枢機卿は枢機卿の顔になった。背後の影が発する瘴気もまた色をかえた。彼らは、さすがに彼女が猊下と呼ばなければならない相手はいないようだが・・・・坊主どもを少女は微笑することが可能になった。
この建物の所有者の許可を得ずに魔法を発動する。
おそらく監視者からすれば、何の前触れもなく炎が姿を現しそれは瞬く間に壁となった・・・ように映るにちがいない。そしてほぼ同時に少女と老人は連中の視界から消え去ったのだ。
何も焼き殺すことが目的ではない。さて、邪魔ものはいなくなったとばかりに少女は少しばかり言葉に湿度と温度を加味する。
「やっと本来の猊下になっていただけましたね。そうでなければまじめに話ができないでしょう?」
一方でロベスピエール公爵という要人が影、正しくは叔父に相反する立場だが・・・・連中に一言あるのだと主張していることにはなりそうだ。それは自分の立場を賭けているともいえる。そういう覚悟でファーティマに洗礼を施そうと言うのだ。それを彼に伝えたかった。
「あなたの覚悟はわかった・・・。拙僧も含めてだが・・・聖界は今回の勝利に踊っている。その余勢をかって大きな計画を立てた。それはルバイヤートたちを殲滅しようというのだ」
叔父の言葉に反応している自分に少女は驚いた。彼はどうなのだろう。彼もまたそのことにポーラのように感じているのだろうか。
「聖地奪還を恒久的なものにするため、ですか?しかしながらすでに事が成ったような浮かれようですね、まだニネベを占領したばかりだというのに・・・・・それも完全に成ったとは言えない状況です。まだエイラートまでの道は険しく、奥に何があるのかわかっていないのです。そもそも、我々は世界の外に魔法源泉があるなどと、ほとんどが知らなかったではありませんか?」
叔父は関係ないことを言った。
「さすがですね、建物への延焼はいっさい見られない。見事な魔法制御というよりほかにない。それをご自分の精神の陶冶につながっていけばいいのだが」
「ならば精神を完全に制御なさっている猊下は、ルバイヤートをどう思っておられるのですか?洗礼を受けるに値すると考えておられるのですか」
「閣下は、ファーティマと何を話された?ヒズボラについては?最後の審判については?」
どうして全く関係ない2つの単語が並ぶのか少女は理解できない。文法が突如として崩壊したのか?
突如として巨大な瘴気を感じた。それは外から放たれた巨大な矢のように思われた。
「これ以上はまずい、叛意を疑われる、いくら賢人会議の重鎮であったとしてもだ。いや、」重鎮だからこそ用心せねばならない、それがわからないか」
文字通りの幼児期のような、ちょうど子供を躾けるようなもの言いになった。
「わ、わかりました」
そう言って、自分たちを炎の壁で取り囲む。これで影はこちらを伺うことはできないが、
「だからお子様だとからわれるのだとわかりませんか?殿は?!」
その言い方で彼に呼ばれるのは久方ぶりだった。
どうやら自分はクートン枢機卿という人間に興味を持ち始めているらしい。血族という意味ではなく、純粋に創造主からつくりだされた仲間として、という意味だ。
「猊下は、ルバイヤートについてどのようなご意見をお持ちですか?」
建物をとりまく炎の壁を厚くする。
が、それは彼の歓心を買うに至らなかったようだ。憮然とした顔で答えた。
「世界の外を徘徊する化け物ですよ、閣下」
しかし言い終えた後に、満面の笑顔を見せた。
「げ、猊下・・・・・?!」
絶句するポーラを尻目に枢機卿は逆に質問した。
「ならば、変事について如何・・・・」
戦争を変事と呼んでいるところに枢機卿の配慮が透けて見える。相手が人間ではないことを考慮しているのだろう。それは奪還軍、全体に行きわたっていた空気だ。が、緒戦の勝利は空気を一変させてしまった。
一番、浮かれているのは影ではないか。もはや聖地が入手できてしまったような空気はどうだ。明日にも世界に帰還できるような物言いだ・・・いや違う、連中はエイラートを占領を恒久的にするつもりだった。
それをファーティマの洗礼は矛盾するではないか。
「猊下は、聖界の多数派に相反する考えをお持ちなのですか?」
その考えを口にすることは、いくら叔父とはいえ命取りになりかねない。教皇猊下はもとより公爵家の血筋出身とはいえ頼りにならない。むしり親族重用主義を批判されることを恐れて同種族に冷たく当たるほどだ。仮に奪還軍に参加していたところでこちら側の言い分を通す助家になるとは思えない。
待てよ・・・そもそも自分は聖界の多数派に反旗を翻すつもりなのか?化け物を一斉に駆除するという考えに反対なのか。冷静になってみる。城にネズミが救ったとする。それを全滅させる方法を考えることが人倫に悖るだろうか。
多数派の思想に違和感を覚えるということはどういうことだろう。ポーラはこれ以上、思考を進めることを躊躇せざるえなくなった。生まれてから19年間に構築してきた世界観を否定することにつながるからだ。もはや断定せざるをえない。
聖界の有様を、少女はクートンを通してしか推定できない。直接、彼に確かなところを質問するほど信用しているわけでもない。それは逆もまた真なりと言わねばならない。
今回の会談によって得ることは何か。満足に反論できずにファーティマを連れてこなければならなくなりそうだ。
クートンの物言いを借りるならば、変事の一言に尽きる。いくら合目的であっても、それを利用して小人たちは悪事を働く。美しい目的をこれ見よがしにして、無知な人々をミスリードするのだ。
しかし・・・・・だ。
突如として、ラケルさまの御姿が脳裏に出現した。思わず少女は枢機卿の前で床に額づくところであった。
「どうなされた閣下?」
「猊下、変事と申されますが、今回のことはラケルさま、天使さまが直接、私に命じられたのです」
聖地エイラートを奪還せよ。
あまりにも非現実的な命令だった。魔法源泉コンビエーヌの近隣にそのような地名があっただろうか。そんなことが思い浮かんだ。そのことを今更ながらに思い出している。あと少しでナント王を偽りの王位から永遠に追放できたのだ。
先祖から延々と続くモンタニアール家への恨みつらみが奪還軍を機会に減じるはずもないが、いまのところむしろ公爵家の当主よりもマリーの方が激しいように覆える。
クートンはもう言葉を続けようとはしなかった。
それは、ポーラが拵えた壁を突き抜けてメッセージが送り込まれたからではないだろう。たとえそれがなかったとしても、叔父は無言のままだった違いないと少女は述懐する。




