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架空十字軍  作者: 明宏訊
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架空十字軍4-58 ファーティマの洗礼1





 魔法源泉ニネベの占領は完遂し、聖地エイラート奪還の橋頭保はすでに確保された。そういう認識が奪還軍全体に行きわたり、士気はうなぎのぼりと言っても過言ではないほどだ。やむを得ないことだと言える。ほとんどの者はアーイシャの存在を関知していないのだから、連中を非難するに値しない。しかしあまりにも簡単に終わったことに誰もが不思議を感じないのはどうしたことか。

 ポーラは連中の態度に危機感を覚えないわけにはいかない。普段ならば、ナント王を相手にしているならば常に前のめりになってマリーに諫められる。戦場では日常茶飯事だった。

 これは、自分が先頭を走っていないことからくる焦りなのか。じっさいの戦闘ではまず先に斬りこんだ彼女がそんなことを思う。戦いというこの世で最も重大な出来事に向かう姿勢ができていない。そのことを自覚しないわけにはいかないからだ。

 アーイシャとの戦闘において重症を負ったことは関係がない。戦傷を恐れていたら、剣や杖を携えることができるはずもない。さすがにここまでの傷をナント王との戦いにおいて体験したことはないが、もしも加害者が彼であればなおのこと奮起していたであろう。もちろん、アーイシャ個人への思いが募らないはずがない。あくまでもルバイヤートという相手にするにはあまりにも曖昧な概念に対して抱いているイメージにすぎない。

 ルバイヤートとは何か?今回の戦いにおいてその謎はさらに深まった。

 ちらほら集まってくる情報の多くはそれを肯定するものばかりだ。連中は人間ではないにも関わらず瘴気を発するし流血もする。血が青いなどと人間以外にはありえないことだ。

 竜ならば、確かに青い。そうなのだが、あれは特別で聖職者の中でも意見が分かれている。難しい神学や哲学上の議論は、ルバイヤートに当てはまるはずがない。なんといっても連中が竜であるはずがなかろう。

 加療中のせいでポーラは見ることができなかったが、美しい青い湖が現出したらしい。報告者がマリーでなければその場で口を封じていただろう。それは流血の暗喩だが、戦争のレトリックでもある。人間に纏わる限りもっとも高貴な行いのことだ。たしかに世界であれば少女も懐疑しない、するわけがない。ところがここは世界ではなくルバイヤートなのだ。わけのわからない化け物が跋扈する異世界でしかない。

 異世界か。

 少女は自分の発明した言葉を使っている。そのことに気づくと思わず微笑をこぼす。クートン枢機卿に見透かされても問題はない。この言葉を広めてもよさそうだ。

 戦いが終わって、幾多の情報に触れて少女は思った。

「化け物たちはまじめに戦う気があったのか?」

 それを枢機卿の前で口にすべきではない。

 彼は浮かれている。彼までもと言うべきか。

 ファーティマ洗礼の許可を得るためにポーラはクートン枢機卿を尋ねている。

 全世界の人間が笑ったところで、彼は最後まで陰気な顔を崩さないに決まっている。少女は幼いときからずっとそう考えてきた、いま、こうやって微笑を浮かべている枢機卿と顔を合わすまでは。

 いざ目の当たりにしてみると、もはや疑う余地はないと結論付けざるをえない。

 この建物をルバイヤートが何の用途で使っていたのかわからない。とりあえず、急ごしらえの教会にするつもりらしい。そのための無心が枢機卿から公爵のもとにあった。

 彼の面差しを眺めているうちに気分が悪くなってきた。

 こうやってみるとさすがはロベスピエール公爵家の血筋、父親に似ていないこともない。

 

 柔らかい布の固まりに攻撃しているような感覚を否定できない。仕入れた情報が彼女を納得させない。化け物たちはまじめに戦争をするつもりがあったのか。

 聖地エイラートまでこれが続くとはとうてい思えない。このまま浮かれた調子で突き進んでいいのか。

 末端が喜びを謳歌しているはよい。身分ある者もそれなりならば許されるだろう。しかしそれは世俗にあるものだけに許される贅沢ではないか。

 影、つまり聖職者たちは今すぐにでも目的が達成されたかのような喜び方を露骨に見せている。坊主に感情というものがあったのかとポーラはナント王と目を合わせる。僧侶たちは出家したときに人の心は家に置いていくのではなかったのか。

ちと気が進まないが、奪還軍という同じ旗を仰いで以来、今まではあり得なかった共通了解が増えつつある。

 彼らの喜びに水をかけてやろうとポーラは企んだのである。手近に高位僧侶がいる。クートン枢機卿だ。だからファーティマの洗礼にかんしてはよい結果は期待しなかった。ほぼ百パーセント反対するものばかりと考えていた

しかし予想は180度違っった。驚くべきことに、クートン枢機卿はファーティマの洗礼のゴーサインを出したことには、少女は二の句が告げなかった。

「げ、猊下本当によろしいのですか?ほかの影たちは・・」

 精神的な混乱はすぐに言葉に出てしまう。クートンの前で影などと思わず漏らしてしまった。発言には注意するように彼に叱られてしまった。それが坊主特有の嫌味ではなく、心からの衷心に思えたのはアカラサマな瘴気の具合ではなく、「公爵家出身として・・そうしあいわけには参りません」などという殊勝な言質を得てしまったことからもわかる。

 そのとき、彼の浮かれ騒ぎぶりが演技にすぎないことが今更ながらに理解できた。思わず、不覚だと舌打ちしそうになった。他の影たちも同様なのだろうか。

 しかし自ら発案しながら疑問もある。そもそも賛成されるとは思っていなかった。どんなリアクションが戻ってくるのか、それを確かめることで影の実体を知りたいと思っただけだ。

 洗礼とはそもそも生まれた直後に聖職者によって施されるものである。それを大人とは言わないが、すでに少女になった彼女が受けられるものか。世界に生まれた貴族はすべからく教皇庁に出生届を出さねばならず、その期限は生後三か月となったいる。それは聖伝に書かれている。が、ことが洗礼となるとあまりにも直後にやることが当たり前となっているので、誰も期限とか考えることはしない。

 もっとも重要なことは、改めて何度も自分に対して確認しなければならない。ファーティマは人間ではない。ルバイヤートなのだ。仔馬が生まれたからといって誰が洗礼を施そうとするだろうか。この戦いの目的は何か。正確にはその言はおかしい。戦いとは人間同士が真剣勝負をすることである。人間と動物のそれは正しくは駆除と言わねばならない。聖地エイラートから化け物を排除せねばならない。

 だが、そんなお題目とはべつにポーラの理性は、アーイシャやファーティマを化け物と呼ぶことを憚っている。しかしそんなことは常識が許さない。主がお許しにならぬ。

 それに言及するとクートンは笑った。

「化け物なのか、人間なのか、確かめるために主のご意思を賜わる。それでよいことでありませんか?聖伝にはルバイヤートのRの文字すら表記がありません」

「げ、猊下?!」

 いくら相手がロベスピエール公爵家の総帥だからといって、聖職者がそれを口にする。よほどの覚悟があるにちがいない。それともここに天使さまがおられないことをいいことに増長しているのだろうか。畏れ多くも主をお試しするなどと人間として許されることなのだろうか。

 反動なのか、思わずポーラにしては保守的すぎる発言をしていた。

「ルバイヤートは化け物です。それに反する考えは異端です」

「ふふふ、まるで立場が逆になってしまいましたな、公爵閣下」

 急ごしらえの教会内部にも魚をあしらったレリーフが掲げられている。それはクートンが手ずから木を相手に格闘したものだ。僧侶になるための修行としてこのことは義務付けられている。彫刻がやりたければ幼いポーラもそれに倣えばよかった。しかしながらそれでは太后が嫌がらない。それでは意味がないというものだ。結果として、伝説の竜騎士や竜など荒々しいものばかりが作品のモティーフになった。

 魚を見つめるポーラの背中にクートンの声がかけられる。

「閣下のようには参りません、頭を丸めてから何十年と彫刻刀を手にしてまいりましたが・・」

「孫娘のような私に負けることは忸怩たる思いがあられますか?猊下・・・」

 魚を見ているうちにポーラには突如として思いついたことがあった。

「どうなされたか?公爵殿?」

「いえ、魚を見ていて思ったのですが、奪還軍を象徴するにはこれでは少し弱すぎると思うのです、ファーティマの洗礼を機会に考慮してみたいと思っています」

 どうしてそんな言葉が脳裏をよぎったのだろう。不思議でたまらない。だが、木魚 nの鱗の部分をみているうちにある図形が光となって少女の脳髄を貫いた。

 クートンが畳みかけてきたためにすぐに雲散霧消してしまった。後で思い出せばよい。

「今までの拙僧の態度から信じられ無いかもしれませんが、私はロベスピエール公爵家の人間です。身体を巡る血の色は代えられません」

 急に殊勝になったどういうわけだ。しかし不自然な様子は態度からも瘴気からも滲んでいない。この人は明らかに枢機卿本人だ。強いてポーラを騙そうとしているわけでもなさそうだ。

 「ならばどうして・・・少しは、私が、大人になったと認められたのでしょうか?」

「ええ、やっと襁褓むつきが取れました、伯爵殿と陛下のおかげでしょう」

 なんだと?襁褓と来たか、それは何処かの誰かの言いようを彷彿とさせる。

「ちょっとお待ちを・・・・マリーのことはいざ知らず、陛下などとそれは聞き逃すわけには参りませんな・・・」

 そう返しながら否定できない自分に気づいた。

 陛下、ナント王が自分に影響を与えたなどと・・・本当のことを言えばマリーにだってい追われたくない。この世で自分だけがそれを指摘する権利を有している。

 それをクートンに指摘されたことは予想しないことであったし、耐えがたいこともである、一方で大事なことを再確認させてもらったとも言えよう。思わぬ人の一言だった。

 そのために重要なことを失念してしまった。いったい、何のためにはるばるここまでやってきたのだ。

 クートンがそれを逆に教えてくれた。

「ファーティマと申す化け物は何処におるのですか?」

 もしかして逆に捕縛してポーラを窮地に追い詰める気か?しかしいくらなんでもそこまでするだろうか。同血族だ。事ここに至ってもそれに頼る自分がいる。それは滑稽だった。この男に期待するところがまだ自分に残っていたのだ。それもクートンに、だ。


「すでに侍女として働いてもらっております、彼我では侍女の立ち位置が違うようで、それほど抵抗はないようですね」と言いつつそれが間違いであることは少女も自覚しはじめている。アーイシャに仕えていることをあの子は非常に誇りに感じていたようだ。ポーラに膝を屈する気になったのも、洗礼を受け入れたのもすべてニネベ太守の第一夫人が命じた故なのだ。

 自分に置き換えてみる。もしもこの世でもっとも慕っている人間が命じたらルバイヤートが主だと語っている対象を奉ずるだろうか。

 人・・か、人でないのならば天使さま、ラケルさまがご命じになったら・・・なんということだ。こともあろうに卑しい人と天使さまを同列に扱うなどとそれだけで万死に値する。

 人というならばマリーか。しかし彼女は・・・・、だが、しかし・・・何?そんなことが.

ここで信じられ無い人間たちの顔が脳裏を駆け巡ったことに少女は思わず魔法を使う衝動に駆られた。

 ここで誘惑に負けてしまっては、それこそクートンに笑われることになる。

 何とか理性を保つことに成功した。

 妄想のなかで、ナント王と母親が並んで立っていたのだ。どういうことかわからないが、ポーラを迎える情景だった。いったい、どんな事情があればそのような出来事が発生するのか、少女はこの急ごしらえの教会を焼いてしまいたくなった。わざと感情をわからせるために瘴気を隠さなかった。

「公爵どの、ついあなたをポーラと呼んでしまうところでした。何があったのかは、わかりかねますが・・」

「よいでしょう、そのことはもう。本題に入りましょう。ファーティマにもはや異存はないようです」 

 クートンは言った。

「閣下におかれては、ファーティマをこの教会につれてきてもらいたい」


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