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架空十字軍  作者: 明宏訊
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 ニネベの攻防12



 こげ茶色の肌が目に付く。いや、それを肌だと認めることはこいつらを人と見なすことになる。あくまでも外皮だ。

ポーラは真っ先に「化け物!!」と罵る心づもりであった。

 それを阻んだのはなにか?

 本人の気づかないうちに小麦色の頬を人間の顔だと認めていたからだ。それはマリーも同様だった。先ほどまではポーラが傷つくことを危惧していたが、いまや、それとは別の感情から治療属性ながら瘴気に刃物を含ませようとしている。

 それでもポーラは激高してたのである。ようやく母国語であるナント語を使っていることに気づいた。慌ててケントゥリア語に戻す。

それと同時に恐ろしいことが起こった。この逃亡者はポーラに対して炎魔法を仕掛けてきたのだ。しかし予想と違って相当に手の込んだ方法を選んだ。

表面に炎を仕掛けるのではなくして、人体の中央に炎を灯そうとしたのだ。その特殊な術に関してポーラが知らないはずはない。炎魔法においてかなり高度な部類にカテゴライズされることから、意表を突かれた。もしもポーラでなければ、生命を奪うまではいかなくても戦闘不能に追い込むことは可能だったであろう。頭に浮かんだのはクララだが、彼女レベルであればどの程度まで戦えるが、ぜひとも観てみたいような気もする。

もうひとつ、化け物の搦め手に気づいたのはポーラ自身の能力からだけではない。

ドリアーヌの声が聴こえた。

「姉上さま、ファーティマを甘く見てはいけません!!」

 ファーティマとは固有名詞であり、目の前の物体を特別に指す。どうしてそんなことが一瞬にポーラの中で理解されたのか。それよりもドリアーヌはこの子を知っているかのような口ぶりだ。

 彼女がファーティマなる人物の攻撃を妨げたのか。そういう兆候は見られなかった。

 従妹に対する気遣いはある。しかしそれよりも少女に舌舐め釣りさせる理由が転がりこんでできた。

 戦争が何よりも大好きなポーラである。早くもこの状況を楽しみ始めていたわけだ。汗が筋肉の動きを滑らかにするように、臓腑の一部が焦げたことによって戦いの本能が目覚めた。

ファーティマの立場からすれば、とんでもない悪魔を目覚めさせてしまったのである。優れた素質ゆえに、自分がしでかしてしまったことの意味を即行で理解してしまった。白い肌の悪魔が微笑を浮かべている。あれは人間ではない。人間があんなに白い肌をしているわけがない。そして、目がエメラルドのような色であるはずもない。宝石は宝石として手に乗っているからこそ美しいのだ。あんなところにはまりこんでいたら、それはぎらぎらした殺し屋の目でしかない。 

 ポーラは、今、自分が取って食おうとしている対象が、自分と真逆のことを考えているとは夢想だにしていなかった。ちなみにファーティマの黒い目に関して言えば、いくらでも人間の内にも存在するので何ともおもっていない。


 腹の中に熱源たる球が発生した。このままではたちまち臓腑は焼き尽くされてしまうだろう。

対応策としては自らの体内にある瘴気の密度を濃くするよりほかにない。そもそも人間の体内というところは瘴気の根源ゆえに密度が高い。そんなところに自らの杖を転移させるだから、そもそも侮れない相手であることは言うまでもない。

 魔法の使い手にとって杖とは、瘴気を発生させる根源というほどの意味をもつ、いわば慣用表現に当たる。

これほど高度な技術を会得していながら、まだまだ青過ぎる、これは実戦経験が足りないということか。幼いころにポーラもよく言われたものだ。

ポーラは化け物の首根っこを抑えると、自らの体内から化け物を追い出す、それだけでなくその身体を逆に食ってやろうと躍り出る。


しかし化け物は、負けじと、再び少女の身体の内奥に炎を灯そうとする。白い悪魔がとんでもない存在だとは気づいているが、我が生命が危ういとなれば理性よりも別の部分が勝手に働いて自身を守りにかかる。それにポーラ以上の使い手を彼女は知っているのだ。


 ポーラは怒りにまかせて自分の口にセリフを任せることにした。

「まさかその年齢で会得しているとは、余とて、11歳でやっとできるようになったのだ」

 めったに余という一人称を彼女が使うことはない。そんなところにも精神の動揺が見られるとマリーは解釈する。それにあの化け物をすでに人間と見なしている。そのことの方がマリーにとっては気掛かりだ。それは彼女のことを「姉上さま」と呼称するよりもはるかに危険なことなのだ。誰に対して?言うまでもなく、戦いの専門家でもないのについてきた僧侶どもだ。

 

 ポーラの抗し得ぬ魔力に組し抱かれると、化け物の幼体は、わけのわからないうめき声をあげた。マリーはわけのわからない不快感をおぽえた。これは一体何だろう?

 それが嫉妬であると気付くのにしばらく時間を要した。

 最初は人語ではない。化け物に特有の言語があることはマリーにしてみれば意外だったが、どうやらじっさいにあるようだ。

 言葉らしきものが周囲に伝わらないことに気づいたようだ。何処で覚えたのか人語を使いだした。ケントゥリア語に他ならない。

「許して・・・からだを焼きつくすことだけは・・・・・」

 人間がそれを恐れる理由はわかる。来る最後の審判までに身体を保てないからに他ならないが、化け物の分際で何を言うか?姉上さまも最大魔力で焼き尽くしてやればよい。 

 そんなことをしたら、この城そのものが巨大な光の球に呑み込まれることになる。

 ポーラはマリーのような穿った解釈からは免れていた。

 アーイシャとは比較にならないが、何とかケントゥリア語だ。周囲の人間たちは、別の意味で言葉の使い方に違和感を覚えたが、少し考えばポーラなればそう疑問に思うはずもないと思い直した。

ポーラが揺れ動いていたのは、常識と新知識の間である。

おかしなことだ。どうして化け物が世界の共通語を知っているのだ?何か、自身の内でもっとも重要な一部を侵害されたような不快感が臓腑の下部あたりを行ったり来たりする。

 目の前というよりは目の下で怯えて震えている物体を凝視する。

少女?いや、化け物の幼生の間違えだ。ポーラの足下に走り寄ってきたそれは、小さな手で顔を覆っている、いや、両腕の具合からそれだけでなく全身を外界から押し隠したいという意思が見え隠れする。

ルバイヤートにおいては女性は戦争に参加しないのか。それにもかかわらずなかなか高等な魔法を使う。火力はそれほどでもないが、火元を自由に転移出来る術は並みの使い手がよくするものではない。

使い手だと?それは化け物を分別するための言葉ではない。人間の、人間による、人間のための言葉だ。

無意識のうちに化物を人間扱いしている。その事実にようやくポーラも気付き始めた。

「そなたは何者か?」

ポーラの疑問に答えかねている。

ふいに脳裏をよぎった固有名詞を口にしてみた。

「そなたはアーイシャを知っているか?」

少女の瘴気が全開になった。

「・・・・・??アーイシャ様をどうして??」

再び、殺意が暗色の瞳に走る。

「すでに私がそなたよりも上手であることはわかっているはずだが?無謀は勇気とは違う、それは匹夫の勇というのだ。自殺行為だ」

いくらか単語に不認識があったとみえる。しかしニュアンスは伝わったらしい。

「じ、自殺?!そ、そんなことは…」

どうしたというのだ?自殺をタブー視しているのか。化物のくせにあたかも人間のようなことを言うものだ。

じりじりと身体を動かしている。どうやらラインハルトの視線を気にしているようだ。しかし彼は気を利かせて背中を向けている。彼はある程度、この事態について何か思うところがあるのではないのか?

しかし視線を少女から離すわけにはいかない。

「ニネベ太守の妻というのは、それほど地位が高いのか?」

「??!」

微かだがラインハルトも耳を動かしている。どうやら彼が把握していないことをポーラは手中にしているらしい。捕虜というのならば向こう側から転がり込んできてくれた。質問はいくらでも浮かんでくるのでどれからぶつけるべきか悩む。よく考えてみればもう幾らかはぶつけているのだった。

「そなたはアーイシャと同じ生命体なのか?」

「生命体?アーイシャ様に無礼な?!」

みれば、両肩から血が流れている。少女自身の爪が肌に深く食い込んでいるのだ。恐怖心からかガタガタと震えているゆえに余計にはまり込んでしまう。

ポーラは思わず口走った。

「青い…」

「なにを当たり前のことを?!白い悪魔の血はさしずめ白いのか?なにを?!」

無意識のうちに触れていた。たしかに血だった。そして青いのだ。小麦色の肌と全く相入れぬ。前者は人間のそれだが、後者はそうではない。

どうしてこんなことが気にかかるのか。アーイシャの有様から類推する。

「そなたたち肌を露出することを忌避するのか?」

「し、白い悪魔の情けなど…」

少女の反応など無視して、肌着を一枚脱ぐと少女を覆った。アーイシャの名前を出したことが、いくらか彼女の態度を軟化させたようだ。硬い表情は相変わらずだが瘴気にいくらか変化がみられる。

しかしよく見て見ると整ってい。これで肌が人間の色ならば唆られるのだが。どうやら彼女からすれば白い悪魔ということになるらしい。

少女は渡された布で顔までも覆ってしまった。布が足りないのか、かなり身体を 縮こめる必要がある

見ようによっては無理やりに緊縛したかのようだ。

「顔くらい出したらどうだ?ルバイヤートの習慣はわからん」

「??」

 どうしてなのかわからないが、化け物たちの風習が理解できる。その瞬間にアーイシャの声が聴こえたような印象がある。

「肌をすべて覆わねばならないのか?ならばどうして裸で…」

その答えはあちら側からやってきた。複数の瘴気が検出された。布の塊が身構える。瘴気の様子から炎が発動することはわかった。

「よい、私が手を出させぬ」

はたして、二人の若い竜騎士だった。ポーラを伺うなり身を翻した。そのために纏っている甲冑が音を立てたほど。この甲冑の様式には見覚えがある。ラインハルト愛用の者に近い。それにケントゥリア語にドレスデン訛りが見つけられる。どうやら若いというよりは少年と言った方が適当な年齢なのだろう。初陣か?はじめて戦場を知る興奮をおさえる方法を他に見出せなかったのだろう。ポーラならばただひたすらに戦争をすることで昇華させたものだが。

兜を脱ぐとふたりは平身低頭する。銀髪が乾燥した大気に触れてさらに色を失った。

「こ、公爵閣下…お、恐れながら化物をお渡し願います…」

「まずは名乗るのが礼儀であろう…もういいから、往ね。私はこの者に用がある」

ポーラの言いようには、みなが疑問を呈した。誰よりも少女がポーラの意思を計りかねるようだった。

「公爵閣下、者とおっしゃられても、これは化物ですし…」

お前たちとて女扱いしていたのではないか。

いつのまにか、少女はポーラの影に隠れていた。

 彼女は少年たちを無視してハイドリヒ伯爵に言った。

「ここで炎の演習を行いたいと思う、よいか」

「こ、公爵閣下?!」

観念したのか、少年たちは下がっていく。是非とも正しい方向に欲望を昇華してもらいたいものだ。少なくともこの時点でポーラの企図を呼んだのであれば、いくらでも戦争において使いようはあるということだ。

 炎が表現対象であるのに変な言い方だろうが、さぞかし肝を冷やしたことだろう。

彼らの瘴気が消えると、少女はなにかに気づいたかのように身体をポーラから引き離しにかかる。恥じ入っているようすが見て取れる。

「そなたは、あの者たちに虜囚にされたのか?」

「・・・・」

 何かを言わねばならないと思った。癪だがアーイシャの顔を脳裏に思い浮かべてみる。

 彼女は何事かをしゃべっている。ポーラはそれに自分の口を同調させることにした。

「ファーティマとやら、私はアーイシャを知っている・・・な・・・?」

「・・あ、アーイシャさま?!そ、そんな!!」

 人間ならざる肌色の少女に対して、信じられ無いことだがポーラは抱擁を実行していた。それはとても不思議な体験だった。何かが流れてくる。それにポーラは抗しがたい快感を否定できなかった。

 しかし否定しなければならないということだけはわかる。

 だから唇を噛んでいた。それでようやく理性を保っていたのだ。


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