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架空十字軍  作者: 明宏訊
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 ニネベの攻防7



 ニネベ魔法源泉。

 後世の人間にとってみればそれは当たり前の地名だが、1028年の段階では必ずしもそうではない。いや、ほとんどの人にとって絶対に違う。世界の外=ルバイヤート=人間にとって福音の宝庫、というわけのわからない計算式が絶対的多数にとって成立していた。

 ロベスピエール公爵ポーラ三世。

東王アンリ。

ナント王ピエール二世。

 いくら世界の外に出たからといって無条件に主の福音をほしいままにできるはずがない。向かうところ敵なしなどと、完全なる夢想だろう。三人はその点で完全に一致している。

 が、いわば公式を認めない。それは異端視を招く。

 三人を頂点とする貴族たちは、自らが聡明だと認識していたとしても、それを素直に喜ぶわけにはいかなかった。どうせ滅亡するならば、夢の中で滅んた方がむしろ幸福ではないか。そういう思いを頭に過らせながら、それぞれが自らの家臣たちを指揮していた。

 三人はどういう心持で近づく砂浜を目の当たりにしたのだろうか?

 まるで白い巨大な竜が挑戦的に自分たちを迎えているようだった。のちに一人がそのように述懐している。

そして同時に同胞の多くに対して不審の感情をも吐露している。

味方の多くは、あれがきっと単なる宝石にしか見えないにちがいない。抵抗しないから手を出せば無条件に懐に入れられる。

 そしてただ、ただがむしゃらに我が勲功のみを求めて、竜騎士と魔法の使い手が真っ白な大地へと攻め込んでいく。が、攻め込まれる方にとってみれば、けっしてそうは見えななかったのである。

 魔法源泉の恩恵をもっとも得られる上級貴族がまず戦いの先駆けと為す。

 これは戦いの原則に他ならない。その後を中小の戦い人たちが続く。すなわち、騎士、歩兵たちが駆け抜ける。先駆けたちは、いかに家臣たちが続く橋頭保を確保するか、それに専念する。

 あらゆる兵科の中で竜が最も早く空間を移動できる。ゆえに誰が先頭を切るのか、当時の事情を知らない未来人にあっても容易に理解できることだろう。

 攻め込まれる側にあっては、戦っているうちにおかしなことに気づいた。

最初は侵入者が完全に戦いのセオリーに従っているように見えた。しかし瘴気が無制限に増加していく。いったい、どのくらいの数が攻め入ってきたのか。方向からしてエウロペに違いない。

何ということだろう。彼らは、自分たちと似た世界が領域外にあることを認めていた。

そのことはポーラにとって重要な意味を持つわけだが、それはまだまだ後のことだ。

とはいえ、彼らにとって、交易以外において自分たちと何ら共有するものがない。ゆえにどうして攻め入ってきたのか全く理由がわからない。エイラートという町はそもそも存在しない。そもそも何を求めてのことなのか、見当がつかないのである。

彼らにとって戦いとは宗教に対する自分たちの考え方を貫くこと、そいて経済的理由、この二つに大別されていた。仰ぐ宗教がそもそも根本的に異なるエウロペにどうして攻め込んでくる理由があるのか?経済的理由についても、彼我の距離と軍隊の規模を考えても、エウロペが自分たちを恒常的に支配・・・・たとえ一時的に勝利できたとしても、それが可能だとはおもえなかったのである。

ルバイヤートが、宗教という概念を持っていたことは驚きである。この点においてもはるかにポーラたちを凌ぐ。それを認識しているということは、自分たちと違う神を仰ぐ人々が存在する。それを認めていることと同義だ。ポーラたちには完全にありえないことだ。

加えて人間という概念も不完全ながら成立していた。

だから、ニネベ太守の妻、アーイシャはポーラを人間だと見なしていたのでる。

このように、攻め込まれた方は侵入者よりもはるかに大人だった。何も化け物が襲ってきたなどと思っていない。少なくとも身体に青い血を巡らせる支配階級はそのように認識している。

侵略者が想像を絶する大軍だと気付いたとき、賢い太守の武将たちはほくそ笑んだ。この戦いは楽に勝てる。

 いくら大軍であろうとも、指揮命令系統が存在していない軍隊などは烏合の集にすぎない。こちらはニネベ魔法源泉を完全に知り尽くしている。源泉に育てられたといっても過言ではない。地の利を得て、これを誰よりも効率的につかえる自分たちが敗北するはずがないではないか。

たしかに三人の瘴気は想像よりもはるかに強大だった。しかし彼らだけで戦線が維持できるはずもない・・・だから自分たちが付ける隙は必ず見つかるはずだ。そう楽観視していたのである。

 が、とんでもない大軍はまるで一匹の大蛇のように見事に連動して動いた。そうなってしまえば、ニネベ太守だけではどうにもならない。 

 ありえない状況が目の前に現出していた。

 ルバイヤートたちは、人間にとってあまりにも不自然だった。重力の作用によって顎が外れると思われるほどに髭は長い。いや顔部分の髭がそれを支えているから、差し引きはゼロということか。

 これが戦争なのか?ならば自分たちはこれまで戦争を体験したことがなかったということか。この世で最も美しい人間的な行動こそが戦争である。それに関して自分たちへエウロペに負けていた。そんなことあっていいのか?彼らに自分たちは教わろうとしているのか。戦いに負けたことよりも髭ずらの男たちにとって、哲学的に言い負かされたことの方がショックだったのである。

 敗北とはいえ、戦争は美しい。人と人が関わる事項において戦争以上に美しい様式があろうか。

彼らの視界いっぱいに広がる大地は青く染められた。それは絶望的ではあったが、これまで見たこともないほど美しい光景でもあった。

 ただ、ただ、髭を無駄に伸ばした男たちは、彼らの神、ヒズボラがもたらした光景に言葉を失うばかりだった。

 彼らの信仰からすれば、ヒズボラは絶望すらもたらす、いわば、それはポーラたちにとっての福音と同様なのだ。

 ルバイヤートたちは、その大多数があっという間に戦闘不能に陥り根拠地を捨てて散り散りとなった。

 しかし一軍だけは、あたかもポーラたちの襲撃を予想していたかのように見事な戦いを見せたのである。

 彼女は罠にはまると自覚するより以前に不信感を抱いていた。しかしこれまで感じたことのない戦いを真のあたりにして興奮しすぎていた。ポーラを制御する役割を担うマリーでさえが治療属性にあるまじき戦いへの快感を拭いきれていなかった。冷静に考えてみればそれ自体が何処かおかしい。疑ってかかるべきだ。ここでどうして憎んであまりあるモンタニアール王の顔が浮かぶのか。

 しかしながら、そのとたんにマリーは恋人の耳に囁いた。

「姉上さま、攻め込みすぎです」

 妹の言葉によってさすがにポーラも我に返った。しかしそのときすでに完全に陥穽にはまり込んでいたのである。

 そのとき、人間たちは、緒戦が予想通りにいっていることを自覚していた。化け物どもは意外なほどに脆い。このまま勢いを維持できればエイラートまで攻め上れるのではないか?まさに皇帝陛下の仰っていた通りではないか。ルバイヤート、そのものが主の福音なのだ。

 連中は、殺戮の結果、迸りつつある血の色にまで意識が向かわなかった。確かに傷つければ、人間のように青い血が迸った、そして瘴気を発する。理性が感情に勝利していれば、きっと気づいていたであろう。ルールの下に戦争をしなくてはならないと、剣や魔法の杖の振るい方について考えなければならなくなったであろう。

 しかし福音がもたらす興奮が人間を赤子に戻した。

世界の中におけるような相手に対する礼儀などを守る必要はない。なんといっても相手はルバイヤート、人間ではないのだ!

が、しかしナント王と東王だけは違う感想を抱いていた。

 「あまりにも容易すぎる。しかし予め連中が我々について何も知るはずはない」

 それは信仰の力が働いていたせいである。主を裏切る者を彼らであっても想定できなかったのである。

 すでに勝敗の帰趨は決した。

 この土地に立ち込める瘴気の一切を読み込めば自ずと判明する。

 つまりはニネベ魔法源泉は世界側に占領されつつあった。源泉の中核にまで騎士や歩兵たちが侵入しつつあった。それにもかかわらず、ある軍隊はあたかもポーラだけに目標を縛っているかのような動きで、果敢に戦闘を続けている。

 ただ一人の魔法の使い手、ではない、ルバイヤートの動きがやけに芳しかった。一人で十人規模の仕事をこなしていたと言っても過言ではない。

 少女はついに孤立した。

 ただ、ポーラはマリーが単騎で戦場にあることを許さなかった。正確には逆である。しかし一般的にはそう伝わっている。ポーラをただ、偉丈夫な女性戦い人だと見なしたい連中の歪んだ見立てだろう。

 マリーが恋人の健康を気遣ったのである。

 が、あたかも彼女の意図を読んだかのように敵は動いていた。全体的には敗北を喫しても、ポーラさえ討ち取れればよい、というようにさえ見えたほどだ。迫りくる剣や魔法の苛烈さよりも、むしろ相手に重要視されていることが喜びとなった。いつしか気づかないうちにルバイヤートは対象となりつつあるあった。存在しないはずの世界や人が実在になりかわりつつあった。それは彼女の中で世界が拡大しつつあることを意味する。

 少女は、後世の評価を待つまでもなく歴代公爵の中で他の追随を許さない戦争好きである。自らの生命が危険に瀕することなど忘れはてて、戦いに酔い果てていた。果てはマリーが彼女の背中を守っていないことすら気づいていなかった。

「マ、マリー?!」

「アニエス!!」

 ふいに太后が自分を笑っている声が聴こえた。

 少女を中心として、竜が数体ほど入る球状の空間が炎に包まれている。いうまでもなく、それは彼女が構築した楯である。だが、それよりもはるかに広い面積が魔法の水によって占められ、少女の世界を侵食しつつある。すでにマリーがいないために燃焼について容赦する必要がない。

 愛する人は大丈夫なのか。ポーラが、マリーの瘴気を見逃すはずがない。彼女は無事だ。驚いたことに傍にルイがいる。どうやらポーラを助け出そうとするマリーをとどめているのは、ルイのようだ。彼女が憎んでも憎み足りないモンタニアールの血に助けられている我が意思を阻害されている、きっとそれは忸怩たる思いに違いない。彼女は自分こそが命を賭してポーラを救いたいと考えているにちがいない。

 

感謝する。マリーを頼む。少女は自らの生命の火が文字通りの意味で消えようとしているのに、マリーの心配をしていた。


 もう時間の問題だと悟った。自らの明るい未来を期待するには、あまりにも少女は聡明すぎる。完全に抜かった。源泉の中央部に向かっているつもりでありながら、いつのまにか強大な水によって遠ざけられていた。

 滅びようとしているのは我が身であるにもかかわらず、まるで第三者的にみている。それは達観というようなクールなものではない。

 もしもこれが世界の中の出来事ならば、相手の名前を呼んだことだろう。

 すでに終わりは見えた。顔を明らかにし、名乗るのが戦い人としての礼儀だろう。しかし相手は人間ではなくルバイヤートなのだ。意識の上では連中を対象としてまだ認め切れていない。

 しかし九死に一生を得る可能性すらない状況なのに、心は安定している。それは何よりも好きな戦争の真骨頂をポーラが味わっているせいだろうか。それもある。しかしそれよりもマリーが無事なのだ。この世で最も大切な存在の安全が保障された。

 まさに窒息しそうな状況下にあって、彼女の触覚は恋人の状況を摑むことだけに使われていたと言っても過言ではない。無事なのか?白皙の肌は全く傷ついていないのだろうな。玉に瑕などと許すはずがない。

 しかしそう思う主体は溺死しようとしている。まもなく、この水に炎は打ち消されてしまうだろうう。しかしすばらしい水だ。人間には彼女を圧倒させるような水にはついに出会えなかった。

 たしかにクララの水は素晴らしかったが・・・・幼いころに圧倒させられたことを思い出した。

 が、思い返せば認識不足も甚だしい。まさか海の水を利用できるとは全く想定外だった。海に源泉あるとは思わなかったのだ。目立ちはしないが、ニネベというれっきとした魔法源泉だけでなく、海にも存在する。だからこそあれほどの大船団がここまでやってこられたのだ。

 残りはあの二王に任せて休むとしよう。

 そう思い定めたところで少女は不審を抱いた。水が迫ってこないのだ。

  弄んでいるのか。

  それでも腹は立たない。勝利者は一方を照射に一方を敗者に分かつが、前者は基本的に後者に何をやろうとも自由なのだ。だから侮辱も素直に受け入れようと思った。しかしながら様子がおかしい。ここは冷静を模索しなければならない。仮にここにマリーがいるとする彼女は何を進言するだろう。

 緒戦の段階で戦力差は明らかだった。あたかもニネベを死守するよりもポーラを落とすことだけに連中は力を傾けていた。その愚かさに気づいたのか。いや、しかし戦いの帰趨はもう決定しているだろう。いかにポーラを落としたからといって逆転できるものではない。そのことに気づいたということか。

ルバイヤートの、少なくとも一部分は太守の勝利など視野になかった。ただ自分だけを攻撃することだけに集中していた。


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