閑話休題 ルバイヤートについて
ポーラたち、奪還軍が向かおうとしていた、いや、すでに達した世界の外とは、いったいどういう場所だったのだろうか。
当時の人間ならばともかく、後世の人間からすれば確かにそこにも世界があり、というより陸、否、海続きであり、だれが何を言おうとルバイヤートという世界が存在した。そう断言するにちがいない。
だが、少女は、自分たちが攻め込む先について何も知らなかった。
その土地から来訪したらしい奴は、こんなことを言った。
自分はニネベの太守の妻であって、ルバイヤートとは何の関係もない、と。
そもそもルバイヤートとは、世界側が外部を呼んだ、いわば通称にすぎない。「略奪」を行っていた人間が当地においてよく耳にした単語の発音にすぎないのだ。所説があるが、貨幣という意味のリヴァイヤーという単語がなまったものだという説が有力だ。
けれども、そんなことは、攻めこもうとしているポーラにもルバイヤートにも関係ない。
さて、エウロペ人たちは、当時の彼らはそもそもそういう自己認識すらなかった・・・・・・そのような連中よりも後世の人間からすれば認識においていくらか進んでいたのである。
自分たちと違う世界が存在し、そこには別の人間が生きている。そういう認識は少なくともあったからだ。
エウロペ以上に、太守といわれる、エウロペにおける諸侯が自己の権利を主張していた。だから、たとえ絶対神ヒズボラを信仰していようとも、隣の太守が経済的に敵対しているならは、はるか海の向こうにあるナント王やロベスピエール公爵と同様に異邦人でしかない。逆にポーラたちが利益をもたらすならば友邦である。彼の領土に住むとすれば、税金さえ払えば信仰は不問に付した。
利益といえば、あたかも連中が守銭奴のように受け取られるが、この場合の利益とは文化から哲学、などあらゆる学問を含む。ポーラたちが言うところの福音に近い。彼女たちが言うところの主のみが与えられる利益を、彼女たちからすればモンスターが与える。こんな論法を簡単に彼女たちが受け入れられるわけがない。
ゆえに、ポーラたちはルバイヤートに至って混乱の極みに陥れられてしまう。
ポーラたちよりもよほどエウロペの文化に通じていたからだ。
彼女やナント王は、ごく一部のルバイヤートが自分たちが評価の範囲外にあることを知って瞠目させられる。
略奪と銘打った、事実上の交易についてエウロペ社会の上層は信仰上の理由からそれほど深く関われなかった。そのくせ、利益は腐るほどポーラもナント王も得ていたのだから、二枚舌にも程があるといえばそうなのかもしれない。
自己欺瞞だと後世から謗られようとも、ポーラやナント王は意識としては、ルバイヤートと係らなかった。そもそも相手を人間と認めていなかった。人間ではない相手に文化などあるはずもない。
彼らの方では全く真逆の認識をナント王やポーラに向けていた。
ソフォクレス、アリストファネス、ペイシストラトス、言わずと知れた西洋哲学の三大巨人だが、彼らを世界で最初に理解し、体系化し、記述したのは他ならない。西欧の精神の中心をなしているのが異世界人の仕事などと、ポーラやナント王ですら知らなかった。
だが、そこまでエウロペについて知悉しておきながら、ごく一部の例外を除いてまさか攻め込んでくるとは夢想だにしなかったのである。
自らの聖地は共有していたというのに、連中は一致団結ができなかった。
その理由は彼らの信仰の創始から話を始めなければならない。
エウロペ暦645年、(いつの時代からかこの年がルバイヤート歴一年ということになている。エウロペを真似たものだという説が有力。)オマル・ハイヤームは彼の信仰を敵視したときの権力者に睨まれた結果、祖国、メッカからマディーナに逃亡する。これを西遷と呼ぶが、これをもってルバイヤートが創始された、とされる。
オマルは、マディーナにおいて信仰を正式に始めるが、彼は自らの死に際して後継者を選ぶ。息子がいたにも拘わらず世襲を選択しなかった理由は、初期ミラノ帝国の知識があってそれを流用したとする説がある。
その真偽はともかく、彼は後継者にサダム・フセインを選んだ。その後、2代、ムアンマル・アル・カッザーフィー、3代、ウサーマ・ビン・ラーディン。
ここまでは、みなが信仰の下に団結し続けていた。なんとなれば、みながサラフ・ウッディンを認めていたからだ。それには創始者のやり方を踏襲したことが挙げられるだろう。けっして、血縁者は選ばれなかった。ところが、ウサーマは自分の長男アイマン・ザワーヒリーを選んだ。しかも親友の養子にした後に指名した。姑息な手段に決死の反発は必至だった。
反乱の首魁はムジャーヒディーンこそが後継者に相応しいと主張した。生前のウサーマは彼を選んだという書付けがあると喧伝した。
結果として、アイマン派とムジャー派に分かれて骨肉の戦いを繰り広げることになった。
前者はサラフ(後継者)は世襲するものだという思想こそが正しいと喧伝した。反対に後者にはそもそもサラフは存在しない。
しかし両派ともに一枚岩というわけにはいかなかった。
前者においてはサラフが乱立し、我こそが正しいと主張した。瘴気からわかりそうなものだが、その瘴気がそもそも正統な後継なのか、誰も同定できなくなっていたのである。
瘴気がIDになることはポーラたちと変わらない。何と言っても連中もまた人間なのだから、身体に青い血が流れていて、かつ、固有の瘴気を発する、この条件に変りはない。
さて、サラフを認めないムジャー派もまた細切れになって血みどろの闘争を繰り広げた。
ここまでルバイヤートの歴史を概観した。
エウロペと全く違う歴史を歩んできたように見えることだろう。
しかし最も重要な点において両者は同じ道を歩んでいるのだ。それは天使の実在である。
天使は、オマル・ハイヤームに西遷を命令したとされる。
彼らもまたポーラたちと同様に「天使さま」と呼んで崇めている。ならば、どうしてウサーマの死後に血みどろの展開が待ち受けていたのだろう。
天使さまは何故か、明確な答えをどの局面においても出されなかった。
「それは、ヒズボラさまからあなた方への試練です。私たち天使は残念ながら援助できない」
彼らはエウロペの文化を認めたほどだ。それほど思考が自由な彼らが、正しい道を示してくれない天使さまを崇め奉り続けたのか?
それは歴史の謎というよりほかにない。
エウロペ以上の流血が大地を潤したわけだが、それを憂える人々というか、概念がなかったわけではない。だから、第一回十字軍が起こった1028年にエウロペとルバイヤートという構図がなかったというと嘘になる。その概念を奉じる人々は、ポーラたちがルバイヤートと呼ぶ土地をこう呼んで憂えた。
血みどろの大地。
オマル歴380年、エウロペ歴1028年、血みどろの大地にエイラート奪還軍が攻め込んでくる。
ポーラたちは自分たちができないことをいとも簡単に実現した。奪還軍が創始される直前まで、ポーラとナント王は死力を尽くして殺しあっていたのだ。それが一致団結して襲い掛かってくる。
ポーラたちがルバイヤートを化け物と呼ぶが、連中からすればそれ以上に恐ろしい地獄の悪鬼にしかみえなくななっていた
あれほど友好を交わし合い、互いに利益を得ていたというのに、どうして魔法の杖を向けてくるのか?
だが、気づいていなかった。無意識のうちにルバイヤートという概念が連中の中で醸成しはじめていたのである。
他者の視線がなければ、自己すら確定できない。人間とは何とも哀れな生き物なのだろう。




