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架空十字軍  作者: 明宏訊
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出航2

 理性ではわかる。

 世界がまず存在する。そしてその外の何処かに聖地エイラートがある。ならば、その間に何もないということはありえない。だが、それが難なく「滝」を乗り越えられるという保証にはなりえない。竜を収用できるほどに巨大な船であろうとも、聖伝の記述が言うところの「滝」を目の前にしていかなる手段も功を奏しないだろう。幼いころから叩き込まれた知識はすべてにおいて最優先されてしまう。それはポーラやマリーにあっても例外ではありえない。

 とはいえ、略奪関係者は無事に渡海しているのだ。恐ろしい「滝」の報告例などただの一度もない。ただ、先代から引き継いだこの行為において少女が注目していたのは、あくまでも戦費として贖えるだけの金子にすぎなかった。彼女の知的な営みのすべてはほぼナント王とモンタニアールの打倒という最優先事項に使われてしまい、略奪にかんする詳細などは興味の外にあったと言っても過言ではない。

 天使さまのご出御以来、少女は略奪の関係者を招集したが、その顔、顔は、公式の場所で彼女に謁見できる身分のものはほとんどいなかった。連中から迸った言葉の数々は少女の好奇心を刺激するのに十分すぎる熱量を含んでいたのである。

 当然のことながら奪還軍に連中には特等席を船に用意した。革命的な出来事は、身分が低い人物が重要な役割を担うことを許容している。しかしそれは当時の人々にとってはあまりにも急進的でついていけなかったのかもしれない。

 それを補佐するどころか、むしろ対ルバイヤート情報収集の要になってしまったのがドリアーヌということができるだろう。彼女は肉体と魂が分離できるのだから、もとより、「滝」にかんしていえばそれほど留意する必要はない。

 いや、本当に心配はまったくないのか?疑問が鎌首をもたげるが、それに意識を向かう暇を「滝」が奪っている。

  家臣たちは幾度となく目的を達成している。

 だが、いざ自分が潜り抜けるとなれば話は別である。若いながらに幾多の戦場を体験してきたというのに、いざその段に至ってここまで動揺すると思わなかった。

 ナント王はいつもの通りに不敵な微笑を保っている。彼の顔を思い浮かべることで自分をイラつかせ難局を乗り切ることにした。

 昼間のことが気にかかる。何も彼が「滝」という単語を口にしたから気に病んでいるわけでもない。そのはずなのだが、羅針盤を見つめているうちに不安になる。

 水が入った容器に金属片が浮かんでいる。容器には各方向が表記されている。ただ、それだけ、だ。全く瘴気の検出はない。ゆえに魔法が何らかの働きを与えているはずがない。

たしかに動いているが、それは水の動きに呼応しているわけでもなさそうだ。さて、それほどのものだろう。

 隣では巫女が祈っている。彼女の手のひらは天に向けられて光っている。その光具合をみて、正しい方向に正しい距離で向かっているのか。それを船員たちは判断する。

 しかしその一族は道具と感覚で行っていると豪語する。

 ポーラは略奪関係者を登用した勢いで連中を乗船させた。どうやら技術集団と名乗っているらしい。

 わざわざ巫女の部屋を使わせたのは、なにも気位の高い巫女たちへの当て付けというわけではない。

 信頼している彼女らと比較しようなどと、よもや考えたこともない。が、少しは技術という新しい概念に期待した側面もないと言ったらウソになる。魔法による何らかの方法を技法と呼ぶが、技術とはそれから独立してでっち上げた、いわば造語である。

魔法を使わずにことを為せるのならば、それはそれで色々な方面において有用だろう。なにせ、瘴気を抑えられるのは、王や公爵レベルでなければ無理な相談というわけだ。

 どのような魔法にも瘴気はつきものである。攻撃をしながら「われはここにあり」と言っているのだから、それを抑えられないのならば、「殺してください」と主張しているようなものである。

 ポーラならば、相手を選らばなければ可能である。だが、それを家臣たちに要求するのは無理というものだ。相手、というならば、例えばナント王が好例だ。彼は、ポーラが自ら魔法を打ち消そうとして生じた微量な瘴気を見過ごしはしない。それは逆もまた真なりである。

 ポーラは、技術集団とやらに興味を抱いた。

それだけでなく巫女の船室に招じ入れたのだ。それはかつてならばありえない高待遇である。

両者を競わせようなどというつもりはなかった。だが、巫女たちは主君に対していい顔をしない。彼女らには彼女らの自尊心というものがある。魔法源泉からの距離や武将たちの瘴気から、位置を割り出してきたのは彼女たちの働きがあってこそである。だが、海上となれば慣れないこともあろう。相手がルバイヤートでなくても未踏の領域なのだ。

 簡単に想定できたことだが、賤民の技だといって、彼女らは技術集団を毛嫌いしている。貴族の血が泣くというのだ。しかしながら、彼女らは彼女らで聖界という敵を抱え込んでいるので表立った動きは見せない。

 少なくとも同室を受け入れたのは、ポーラが命令したからに他ならない。それでも無言で抵抗する。それができるのは少なくとも主君は仰ぐに相応しい人物だと認めている。

それに形ばかりと主君が据えた責任者は信用できる人物だった。

 クレマンソー従子爵は遠くドゴール伯爵家と縁を同じくする。だが、この作戦の主幹は別人なのだ。この老人は自分の存在価値を受け入れたうえでここにいてくれる。本当に心強いばかりだ。

 主幹なるアベル・ブルボンなる少年は貴族ですらない。が、瘴気の強さを買われてポーラにスカウトされた経緯がある。王や公爵レベルとは言わないものの、ポーラの下で戦場において眼を見張る勲功を示した。しかしそこに横やりが入った。太后が口を出してきたのだ。彼女は偽善的な理由から下々の者たちと交流がある。その関係でブルボンの母親から懇願されたらしい。彼は戦場行きを熱望したが、結果として断念せざるを得なくなった。そんなところで羅針盤の話が持ち上がったのである。

ポーラは、技術集団の主張する道具を凝視する。間違いない。金属片は巫女が示す方向をなぞっている。

「良いぞ、アベル、これは奇跡だ」

巫女は不快感を瘴気というかたちで顕にした。

それにポーラは言葉で返す。マリーは無言のままで事態の推移を見守っている。

「モーパッサンは遠くなる。源泉からの距離は限界点を迎えるだろう」

竜騎士にしろ、魔法の使い手にしろ、源泉からの距離がその能力を左右する。

ポーラでさえ、戦うのに滞る距離だ。王や公爵レベルならば源泉の力を体内にため込む術を弁えているためにいくらかは戦闘が可能だが、いずれ不能になるのは必至だ。そうなれば王も公爵も下級貴族も、そして平民もくべつがなくなってしまう。

 だが、世界には隈なく源泉が存在するために、どのような土地に戦場を設定しようともそのような状況に陥ることはない。

 だが、これからポーラたちが向かうのは世界の外なのだ。

 ドリアーヌによれば、どうやら源泉はそこにもある、らしい。

 これもまた知識としては、彼女に備わっている。ドリアーヌの報告によればニネベなる源泉があるらしい。が、それはあくまでも情報であってこの目でみたものではない。信頼性は高いがもしも虚偽であればどうなるか。

 そうなれば航行さえ不能になってしまう。風任せでしかなくなるのだ。

ポーラの不安を察したのか、背後からマリーが言葉をかけてきた。

「ポーラ、ドリアーヌを信用するしかないでしょう、ここまできたからには」

「彼女を信用しないわけがない。しかし、だ、あえて言おう、言わねばならぬ、もしもニネベが源泉でなければ・・・我らは何年経過してもルバイヤートには到着しないことになる」

 こんなことが言えるのは、ここに聖職者がいないからだ。主の教えに反することを言うなどと、陰険な連中を無意味に利させるだけだ。公爵家の船にもクートン枢機卿の部下が手配されているのだ。常に世俗権力は監視されているのだ。それが軽くなるゆえに少女は戦場の方により心地のよさを求めたともいえる。

「まだ、在戦場という感覚が気薄なのだ、だから坊主たちは居丈高にもなる。いっそのことルバイヤートが襲ってくればよいのだ」

「ポーラ、言葉には気を付けないと・・・」

 マリーはしかし、何処に耳があるのか心配だった。

 ポーラはそれを無視するように不遜な疑問を畳みかける。

「この先、世界の外に罷り出るわけだが、そこに源泉がないと仮定しよう。魔法で動いているこの船は航行が不能だ。陛下たちはそれにどう反論するのだ?」

 彼女も完全に自己を制御していたわけではなかった。

「姉上さま、きっとこうお答えになることでしょう、主の福音がすべてである、と・・・・・・姉上さまは了解のうえで、あえて質問なさらなかったのだと妹としては思っていましたが?」

 マリーは二回目でやっと自己の失言に気づいた。

「どうやら、私も滝が怖いようです」

 ポーラはわざと強がって笑ってみせた。

「は?私も、とは?そうか、マリー、そなたも恐ろしいのか?いや・・・・」

「恐ろしいものを恐ろしいとはっきり言えることは武将として恥ずべきでもなんでもありませんよ、ポーラ」

「いかにもナント王が言いそうな・・・不快極まりない」

 水平線すら見えない夜の海とはどんなものだろう。想像するだけで生きた心地がしないに違いない。これまで大地に守られてきたことを今更ながらに思い出す。揺らぐことのない足下があることは当たり前のことだった。そうしたところで少女は魔法の杖をふるってきたのだ。

 いかに干戈を交えていた相手がナント王であっても恐れる必要はなかった。

 しかし船は揺れる。どれほど巨大であっても海を相手にすれば枯葉と運命的にそれほど変わるところはない。

 王に暗に指摘されたが、少女は船というものがあまり好きではない。

 しかし、王都ナルヴォンヌは水の都である。巨大なフォンテーヌブロー川に囲まれている。いわゆる中洲と呼ばれる場所にある。

かつて炎の魔法が今ほど発達していなかった当時は不落の城塞と世界中に喧伝されていたものだ。古い文庫を漁っていたポーラとマリーはナルヴォンヌは恐ろしい水の魔法によって守られているという文献を目にしたことがある。そのとき、何かピンときたものがあるのだが、予知の素質があるわけでもない彼女が気にするべきことでもなかった。その時のことを母親に話したら、烈火のごとく叱られたものだがその理由ははっきりと覚えていない。

 予知という言葉に敏感だったような気はする。頼りない記憶の中において、別の場面でもその単語が母親をイラつかせたように思われるからだ。

 「予知か、そんな能力があったら大変なことになるな、マリー」

 マリーはしばらく黙っていたが、やがて意を決したように口を開いた。

「ポーラ、話したことはないのですが、かつて私にそれがあると城中が大変な騒動になったことがあるのです」

「私は、そんなことは聴いていないが?」

「アラス城に参る前のことですから・・・教皇庁から枢機卿がやってきたそうですよ、私は覚えていませんが・・・」

 予知能力は、数ある魔法の使い手の素質においても異質とされる。それだけでなく能力の内容から畏怖の対象とされ、教皇庁の管轄となっている。幼少時から家族から引き離されて厳しい修養の日々を送ることになる。

 ポーラは微笑を浮かべた。

「もしも私にそんな能力が見つかれば、きっと母上は心からお喜びになったことだろう」

 本当にそんなことが正しいとお思いですか?ナポレオン法典を強引に通そうとなさったのは、単なる嫌がらせではないでしょう。

 マリーはそう言い出しそうになって、思わず唇の端を噛んだ。今回の件でもそうだがどうして姉上さまがドリアーヌに関して怒りを禁じれないのか、一番、自分が知っているはずだった、あるいは知っていなければならない。

 いま、彼女ができることは、ここが多数の目があることを弁えたうえで姉上さまの背中に自分の顔を埋めることだった。

「マリー、何をしているか?こそばゆい!」

 皆の目が集まることなぞ気にしない。または姉上さまの主張など完全に無視する。脊髄の中に我が顔を埋め込むつもりで進んでいく。そしてそっと舌を這わせる、こればマリーの回答とばかりに・・・・。

 ポーラは、魔法を使ってでも背中に迫ってくるものを跳ね除けたかった。このままだとそれに依存しそうな自分が怖かったからだ。

 だが、背中に温かみを楽しみながらも仕事ができることに気づいた。

 頭は回転する。

「アベル、距離は、モーパッサンからどれほど離れたのか、それは羅針盤ではわからないのか?」

 申し訳なさそうな少年の声が戻ってくる。

「はい、公爵閣下、今はまだ無理です」

 巫女からの非難が飛んでくる前にポーラは口を開かねばならなかった。

「現状はそれでよい、いまはただルバイヤートに辿り着けさえすればなんとかなる、その方向さえわかればな・・」

 最後の一言は、巫女向けである。

「・・・・源泉なしでもな」


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