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架空十字軍  作者: 明宏訊
27/61

モーパッサン公会議1



 しかし本当に欲するものはすぐに手に入らない。しかもそれは目の前にあるというのに、思う通りにならないのだ。

 マリーはポーラの私室の前で待っていた。傍らにはルイ・ド・モンタニアールがいる。すぐにルイをこの場から追放したかった。しかしそれはマリーが認めないだろう。そして誰よりポーラ自身が自分にそんな決断を許さない。事態は動いている。彼女には時勢に乗り遅れまいとする本能が備わっている。しかしそれは精神的なストレスの理由にもなりかねない。

マリーとルイは大変に真剣なまなざしを向けてくる。それらもこの場の厳粛な傾向をより高めるのに一役買っている。ドリアーヌは太后が離そうとしないのだろう。

ポーラが魔法の杖で床を叩くと、畏まった二人の侍従が扉を開いた。

「マリー、友人たちから連絡は来ていないのか?」

「アラスのことだけで頭がいっぱいだと思いましたが、さすがに姉上さまです」

「余計なことはいい、ハイドリヒ伯から催促が来ているのだろう、すぐに・・巫女の間に行かねばならぬ」

 ルイが割り込んできた。

「閣下の古くからのご友人で、いちはやく閣下に連絡を取りたいという者が参っています。私の身体をお使いください」

ここで友人とは誰ぞと質問するには、あまりにも時間的にも精神的にも余裕というものがなさ過ぎる。

二人の態度から事態が切迫しているということはすぐに共有できる。しかしながらマリーの細い首や締まったウエストにほっそりとした手首やよく伸びてしなやかな指をみていれば、いやでも食欲が増してしまうことは如何ともしがたい。それを必死に抑制する。もはや自分にはそんな余力はないのだと自分に言い聞かせる。

魔法を使って遠隔地と連絡を取る方法は二つある。高位聖職者か巫女の能力に従う方法だ。前者には情報を送受信する能力が備わっている。一方、こちらは違法なのだが巫女には霊媒としての能力がある。が、それを利用するためには送信側、意識を受信者に憑依する側の能力が問われる。


 ルイの魔法能力を考えれば巫女の役割も果たせるはずだった。そのことを忘れていた。しかしそのことに思い至る前にナント王の瘴気を感じて少女はルイを睨みつけていた。気先を制されて「幼女」と罵られることだけは避けたかったのだ。

「陛下でいらっしゃいますか?何処にいらっしゃるのでしょう?まさかナルヴォンヌではありますまい」

「まさか、不可能ではないが、命を投げ打つ覚悟がなければ不可能だ。ここはコンビエーヌだ」

「ほう、我が領土にこの上なく高貴な陛下をお迎えできるとは望外の至り…」

「幼女、大人の真似事はいい。第1、我々にそんなことをしている余裕は我々にはないのだ。そなたにだってわかっていることだろう」

このセッションの目的は、ポーラとやりとりすることではなく、天使さまの御意志を世間にわからせるためだ。ロベスピエール公爵家とモンタニアール王家といういわば仇敵同志が交信しているのである。誰もが現実を認めざるを得ない。新しい何かが始まろうとしていると実感せざるを得ないだろう。しかしそれも内容次第だ。いつもの通りというわけにもいくまい。できるだけわざとらしくなく誼を結んだように第三者には演出しなければならない。かといってこれまで配下に名を連ねた連中を幻滅させるわけにもいかない。そこら辺の匙加減が難しい。

 ポーラは言葉を慎重に選んで王へのメッセージとする。

「陛下と公爵家は今までのようにはいかないと愚考します」

 ルイという壁の向こうで王が笑っているのが目に見えるようだ。

「確かにもはやこれまでのようにはいかないだろう、もちろん、そなたが望めば、という条件だろうが」

 話を合わせることは重要だが、それでいて重要事項はちゃんと踏まねばならない。

「天使さまはご出御なされたのでしょうね、美しいナルヴォンヌをさらに輝かせたでしょうね、陛下・・・・」

モルデカイさまと天使さまの実名を挙げなかったのは、濫りに天使さまの御名を口にしないののは当然のことだが、それ以上に王へのせめてもの配慮である。瘴気で嫌味をこれ見よがしに示したかったが、それでは元の木阿弥となってしまう。

 しかしこの男はポーラの心遣いなど目に入らないとばかりに続ける。

「ナルヴォンヌはただでさえ世界の中心なのだ」

 しかし彼も自分の立場を心憎いことにわきまえている。踏むべき点はちゃんと弁えている。

「不幸にも多くの人々が天使さまのご尊顔を拝したことがなかった」

 モルデカイさまは畏れ多いことにポーラに名乗られた。

 ピエール二世とルイを育てた天使さまだ。白い髪と髭で顔のほとんどが覆われていたが、全身から知性と霊性が醸し出されていた。後者はともかく前者は天使さまから何も学びとらなかったらしい。ポーラに御名を教えてくださったことがショックな出来事であった。が、少女よりも王とルイの方がはるかに受けた衝撃は大きかったのである。天使が人間に名乗るのは希少なことだ。

 ナント王は高慢な表情をいっさい改めようとしない。 

こちらの配慮など何処吹く風という高慢な態度が気に障った。あとでそのことでルイに一言い含めてやる。

 王に腹を立てながらも、少しづつだが共通了解が増えていくことにポーラは気づいている。認めたくはないが、エイラート奪還軍において認識を共有できそうで、かつ強力な人材にポーラは心当たりがなかった。しかしながら共同戦線でも手を組むわけでもなく、あくまでも利用するのだ。そう思え、彼が悪の代表者であろうとも同じ空を仰ぐことが可能だろう。

 

 天使さまの威令を下々に徹底させるには、高位聖職者の役割が不可欠なようだ。

「枢機卿猊下が天使さまに従っておられた」

 ナルヴォンヌに詰めておられる枢機卿については知識がない。枢機卿はミラノに常駐してなければならないという法律は有名無実化して久しい、

「相当に足がお長い枢機卿猊下であられますな、ミラノから足が届くなどと・・・」

 王の魂を迎えたルイが片方の口角をひん曲げて微笑した。高位聖職者は天使さまのお世話という重要な仕事がある。あまり地上の心配はしないでほしい、というのが王とポーラの共通認識である。

アラスと同じ悩みが幅を利かせているらしい。考えることは同じなのだろう。

ルイに目配せして通信範囲を限定させる。

「いずれにせよ、このやりとりを傍受したものたちは、天と地がひっくり返った事実を知ることでしょう。ルバイヤートのことを含めて大半はなにもわかっていません」

「ほう、モンスターをどう認識しているのか?」

ルイは、陛下に知らせていないのか。そのことに想いを巡らせながら、半ば信じ、半ば懐疑してルイのものでありながら現況ではナント王のものとなっている双眸を睨みつける。

「つい数秒前に知ったのですが、彼奴らには瘴気があり、身体には青い血が巡っております。それだけでなく世界と同じように魔法源泉が確認できております」

「そなたは周囲が優秀なことを感謝しなければならんぞ。幼女でも国が動かせるとはいかにこれまでの公爵閣下が優れていたのか、その証拠だな・・・」

 たとえ三文芝居であってもポーラの代名詞として幼女という言葉はあの男の口から消えることはどうやらないらしい。

「国を動かす幼女など世界が始まっていらいのこと愚考します。陛下にあっては宝石のように大事にしていただきたいですね」

 不快な思いはしかし清潔な気持ちと置換が可能だった。

 ルイはやはり信頼できる。

 ポーラは直感した。そうできるほど王の真意を摑めたという確信があるのだ。

「重要な話をしよう。モーパッサンに騎士や歩兵たちを集めるのに誰もが苦慮しているが、兵站に不足はないか?サンドニに我が領土があるそこで提供しようと思う」

 もう一か月を切った。刻限までに諸侯がモーパッサンに集結できると誰も信じないだろう。しかし天使さまのご命令があるのでこれまでみなが戦々恐々たる状態にあったのだ。  


それは今現在も変わるところはないが、すくなくとも天使さまに謁見できる特定の人間だけでなく全世界にまで責任を背負うべき範囲は広げられるのだ。

 

サンドニはモーパッサンに至る重要な幹線道路のひとつだ。空という交通手段を使えない騎士や歩兵を運ぶのには、ただひたすらに大地を移動するよりほかにない。海のように魔法を動力源にするわけにはいかないのだ。が、この大きな道を輸送路として選択できるということは、新しい時代が来ることの証拠でもある。しかしそれを堂々と使えるのは、やはり世界が変容している証拠だろう。かつてのように人間同士がいがみあっていた頃ならば、何処の間抜けがこのようなわかりやすい経路を兵站線として位置付けるものか。物資をもらってくださいと言っているようなものだ。

-ちなみにポーラはすでにほぼ全軍をモーパッサンに集結させつつある。船は買えるだけ搔き集めた。このことは王は指摘しなかったが、竜を使える竜騎士や魔法の使い手はともかく、騎士や歩兵を運搬するために大量の船舶が必要だ。食料や武器といった兵站も同様だが、それができるためには莫大な経済力がものを言う。大小の諸侯から大小の無心の依頼が参っている。それをほくそ笑んで迎えるのは実力者の役得と言える。

「何をおっしゃいます?我々は主を仰ぐ等しく哀れな罪人にございます。互いに手を携えずにどうしますか?」そう言ってポーラにとってみれば祖父や祖母に当たるような貴族に黄金を握らせる。

まるで天使さまに応対するような貴族のハゲ頭を見下ろしながら、この人物はほんとうに信用できるかと値踏みをする。

相手とて自尊心がある。

「公爵家は潤沢で羨ましい限りです」

「すべては主から賜ったものです、潤沢な財産も、そして武将としての決断力も、能力、その他、情勢判断力、それに…」

そこまで言ったところで相手は恐縮して去ろうとする。踵を返したところで釘をさすことを忘れるポーラではない。

「主は外見に騙されるな、と申されます。くれぐれも淑女の爪が剣と同様だということをお忘れなきよう」

王がそれを聴いたときに笑い出したことを忘れない。

「淑女だと?誰が?」

何はともあれ、天使さまのご命令にそくざに応えられる諸侯など数える程度だろう。

それを贖えるポーラやナント王が奪還軍においてものを言える立場に立てることは当然のことである。

王もそのことを知っているのだろう、知っていてあの発言なのだ。本当に食えぬ男だ。 


 これは、ポーラにではなく、全世界に報道しているのだろう。世界に新しい時代が来る。それを宣言するための最後の大仕上げというところか。もちろん、ポーラも応えねばならない。

「陛下、ご助力、感謝の言葉もございませぬ。我が領土は不毛ゆえに極貧をかこつ貧民たちが冬には飢え死にすること多数、とうてい戦などしている余裕はありません」

「それは、それは公爵殿も難儀なことで・・・」

 傍聴している者たちはさぞかし仰天していることだろう。我が耳を疑うという段階ではもうなくなっていることは想像に難くない。しかしどうしてあの王とこんな猿芝居をしなければならないのだろう。ならば、相手がルイならばどうか。彼が王だったらもっと気乗りしただろうか。

 それは考慮する必要すらないことに、少女は気づいている。力量不足という話ではない、もっとレベルが違うところで王とルイには決定的な違いがある。ルイ本人が誰よりもそれを認識しているにちがいない。だからこそ彼は信用に値するのだ。

 ここで世界を二人で運営する相棒がマリーだったどうだろう。心から喜んで与えられた仕事に邁進することはいうまでもない。だが、この場合において手を携えなければならぬ相手は妹ではなく、ナント王以外にはいない。

よりによってどうして、この男でなければならないのか。

他にいるならば、いくらでも手を握る用意はある。

 血の質からいって白羽の矢を立てられるといえば、神聖ミラノ皇帝かリヴァプール王だが、皇帝に関する情報はほとんどない。リヴァプール王も計り知れない、となれば彼以外には協力者を何処にも見出すことができそうにないのだ。

 何とか、自分に言い訳をしてポーラは王と共同歩調を取ろうとする。

「とにかく四月の末日までにモーパッサンに集結させねばならない。詳しい話はそこでしよう、淑女どの」

 いつもまにか幼女から格上げになっていた。どこまでも嫌味で憎ったらしい男だ。その性格通り醜悪な容貌をしていれば納得できるし、あえてそれを材料にして反撃しようとは思わない。むしろ事実は正反対であればこそ腹も立つし、一太刀浴びせたくもなる。その涼しい口から幼女というものは如何なものか、諸侯への対面もある。

 それについて抗議しようとしたが、いつの間にかルイはルイに戻っていた。王はおそらくモーパッサンに戻ったのだろう。

 ポーラはルイの見開かれた青い目を見せつけられて動揺した。想像以上に美しかったのだ。それを隠すためにあえて言葉を現実に合わせた。 

「そなたに霊媒としての能力があることを失念していた・・・・」

 ルイはまだ完全に自分を取り戻していないようだ。しかし兄に性格が似ているところがない。そのことは彼を苦しめるだろう。現に目の当たりにしたことを辛辣に笑い飛ばせるたけの知性は持ち合わせいても品性がそれを許さない。そのことが如実に伝わってくる。


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