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架空十字軍  作者: 明宏訊
18/61

 ブリュメールのミサ3



 ドリアーヌは差し当たって憑依できる対象が太后しか見当たらないと言う。

 その事実はポーラに相当のショックを与えないわけにはいかない。思わず呻いた。

「どうしてわかるのだ?それ以前にどうして今までわからなかった?」

「閣下、私はこれまでアラス城に足を踏み入れたことがありません」

 ドリアーヌの魂がメッセージを送り終える前に、果たして太妃こと大魔術師が姿を見せた。

 彼女は、何事もなかったのように言葉を弄ぶ。

「ミサまでまだ時間がありそうですね、殿さま、意味のない指摘だと思いますが、まさかとも思いますがその恰好で出席なさるおつもりですか?それはロベスピエール公爵として、ありえないと愚考します」

 愚か者の思考ならばしない方がいい。誰かがそんなことを言っていたような気がする。

 ポーラは言葉に毒を忍ばせることを慎んだ。ここは大人になろうと決め込んだのである。

「私の友人が参っております。そのことでお話があると承りましたが?太后さま」

 おおよそ、返答に毒がたんまりと仕込んでいないということはありえない、と踏んだのか、太后は階段を踏み違えたような顔をした。

 しかしすぐに調子を取り戻した。

「私を必要としている人がやってきたのです、殿さま」

 ドリアーヌがびくつく。

 ポーラはメッセージを送った。

「母上はそなたを認識できるのか?」

「わかりませんが、雰囲気は察しておられるようです。我が主君でさえが難しいのですが・・・」

 ドリアーヌは震えていた。

「何を恐れる?」

「あのような高貴なお方は眩しすぎます。私のような化け物には眩しいのです、閣下以上に太陽であられます」

太陽だと?誰が?妖しく輝く凶星の間違えだろう?

 ポーラは密に舌を出していた。娘ひとり愛せない心の狭い年増女がか?

 太后はおもむろに本題に入った。

「マリーは妹と話をしたがっている。私の身体を使うとよい」

 何ということか、母上は事実に辿り着いていた。もしかしたら、ではなくかなり高確率でポーラが知っていること以上のことを摑んでいる。なんとなればマリーの母親は太妃の妹なのだ。

 ドリアーヌは泣いていた。光る少女が再び見えた。

 太后が近づいてくる。彼女が見えるのか。

 なんて優しい顔をするのか?ポーラの記憶に、少なくとも自分に向けられた中では、そんな顔はなかった。マリーにはいつも向けている。いささかそれとも何処かで違うかもしれない。どうして懐かしく思うのかわからない。体験したことのないものをそう思うのは単なる妄想か願望に過ぎないだろう。

 ドリアーヌの声が響く。

「お、畏れおおくございます…」

最初に出会ったときはこうではなかった。それとも誰かの身体に憑依していると、感じ方が違うのか。あいにくとポーラはその魔法を会得していなかった。もっともそうしたいとも思わない。魂と肉体が分離するのは死んだ後で十分だ。生きている間はこの身体で現世という汚泥を好んで泳ぎまわりたい。

そう思いつつ彼我の身体の差というものに思いを巡らせる。ドリアーヌのように生まれたら、果たして今の自分の気持ちのようになれるだろうか。

太妃は、どうやらドリアーヌの存在を感じ取ることはできるようだが、言葉を交わすことはできないようだ。

「太妃さまを必要としているお方とはどなたですか?」

「わからぬ」

そう言いながら視線ははっきりとドリアーヌの魂を捉えている。もしかして見られても見られないふりをしているのか。なんのために?決まっている。ポーラへの当てつけのためだ。何とも大人気ない人か。ややあってマリーが口を開いた。

「母上さま、ドリアーヌが参っているのです」

まったく顔色を変えていない。何かやり過ごしている感じた。やはりすでにほとんどのことを摑んでいる。何と人の悪い。大人でいることを止めようと思ったが、それでは母親と同じ轍を踏むことになる。最低限の礼儀は示さねばならない。

ここは率直にいくべきだろう。

「すべてをご存知なのですね」

「それよりも血をこの世の何よりも好まれる殿様が、いかようにしてお知りになったのか、説明していただきたいと思います」

太妃は娘が人の魂を見る能力があることを知らない。だから自身が察知している者に対して反応をすることが信じられないのだ。ポーラはそう決めつけた。

「殿さま、これは失礼いたしました。だれか強力な、というより特殊な魔法の使い手が私のところに忍び込んで参ったのです。敵意は感じませんでした」

「太妃さま、いかなる感じでしたか?」

「哀願というのか…」

 はぐらかすのはいい加減にしてもらいたい。

「太后さま、ドリアーヌ・ド・タンヴィルという名前について教えていただきたい。どうしてマリーの妹が、伯爵家の正式な子供である彼女がそのような名前でなければならないのですか?」

太妃は目をしかめた。

「…」

しばらく娘を睨みつけたのちに再び口を開いた。

「ダンヴィルは二百年も前に潰えた家です。サンジュスト伯爵の一氏族。分けあって前伯爵が復活させた経緯があります…」

「そんな細かいことはいいのです。ドリアーヌ本人のことが重要なのです」

ドリアーヌの魂は太妃を避けている。しかしこのままだと埒があかない。

「ここに、ドリアーヌ・ド・ダンヴィルがおります。もうご存知なのでしょう。彼女は人の肉体を必要としています。それがあってこそ能力を発揮できるのです。しかしだれであってもいいわけではありません」

それは天使さまの戒めに反することに思われた。しかし、無理やりにこじ付ければ、天使さまはあくまでも死霊について言及したのであって生霊については何も言っていなかったはずだ。

 その時、ポーラはそのことに気づていなかった。だから、畏れ多くも天使さまに逆らっていることに内心でヒヤヒヤになっていたのである。

 何と言ってもドリアーヌがマリーの妹となれば、すでに他人事ではなくなっている。親の情愛から遠い距離に自分がいると決めつけている少女からすれば、マリーは家族そのものである。

 マリーは、姉上さまが予想外のことを言い出すに当たって全く反応できない状態に陥っていた。しかしようやくことが呑み込めはじめていた。

「姉上さま、それはどういうことでしょう。確かにドリアーヌは参っていますが・・・」

 太后が言った。

「マリー、そなたほどの使い手が本当にわからないのか、そこにドリアーヌがおる」

 しかし太后がどれほど真実を見る力があるのか、ポーラは本当のところを知りたいと思った。

 マリーは姉を睨みつけた。

「姉上さま、いつからドリアーヌが見えるのですか?」

 答え次第では生かしておかないという顔になった。

 こちら側からすれば、ドリアーヌについて何も知らされていないことを問い詰めたいのだが、それには無頓着らしい。ポーラは、無意識のうちにマリーを挑発し始めていた。

「そうだ、ここにドリアーヌがいる。そなたにはそれがわからないのか。彼女はルバイヤートに渡って私たちと戦いたいと言っている。そなたの役に立ちたいと考えているのだ、それすらわからないならば、そなたは私の妹ではない」

 自分でも、いったいどの口がこれほどまでに偉そうなことを言えるものだと呆れる。それでも強がらざるを得ない。それは、この妹をポーラはだれにも代えがたく大事に思っているからだ。

 マリーがドリアーヌの提案を受け入れられるわけがない。そんなことはわかっている。しかし今夜のミサまでに結論を出してしまいたい。それはドリアーヌの痛恨の願いだろう。ここでどうしてナント王の顔が浮かぶのか。

 それは彼女にとって耐えがたいことのはずだった。

 だが冷静だった。上にある立場の人間としてポーラは動かねばならない。ドリアーヌの健康が担保されるならば、いや、それが不可能だったとしても聖なる戦いに参加したいというものを無碍に拒絶できない。それは主に対する裏切りに他ならない。

 マリーがわからないわけがない。それがわかるからこそ姉としては辛い。

 ナント王が、自分にとってどのような存在なのか。まさか、男という、あるいは王という言葉を端的に表現する代表者なのか。それならば前公爵、すなわち今は亡き父はどうなるのか。時の流れというものは残酷なもので、すぐには父親の顔を思い出せない。墓所に赴けば生前の要望を象った彫刻がポーラを待っている。しかしながらそれが幼いころに優しく抱いてくれた父公爵、オーギュスト五世なのか、いまいち自信が持てない。不思議なことに生身のナポレオン・ポナパルドに出会ったことはないのに、その彫像を見ただけでリアルにであったような気がする。父公爵よりもはるかに鮮明なのはどうしたわけか。

 ルバイヤートに渡る前に墓所には参拝しておかねばならない。

 そう決心すると、少女は母親に向き直った。

「太后さまは、ドリアーヌをどう思っておいでなのですか?」

 そっけなく太后は即答した。

「私の姪、です」

 殿様という呼称を付け足さなかっただけ、ポーラは進歩だと認めた。

「で、その姪の生命を預かってもらえますか?その自信のほどを聴かせてもらいましょうか」

 つい、母上と口走りそうになった。

 それはナント王を認めることと同義だ。絶対に容認できない。

 太后は即答した、今度はやや情を交えて。

「当然のこと」

 そう言って両手を広げた。それがどんな意味を持つのか、その場にいる誰しも理解した。

 光と光が衝突しあって最初は激しく互いに抵抗しあっていたが、やがては和した。

 これほどまでに、魂というものは肉体を変え得るのか。

 ポーラは、ドリアーヌおばあさんの件ですでに体験済みだったが、実母でそれをやられると別の感慨があるものだ。

 明らかに別人だ。

 元太后はマリーの足元に跪いた。

「伯爵閣下・・・初めて御意を得ます・・・」

 今にも泣きだしそうなマリーは、妹にみなまで言わせなかった。

「愚かな、そなたは私の家臣ではない、妹だ・・・そうだな、そなたがそれを知ったのはそれほど遠からぬない過去だろう。私とて同様だ」

 ドリアーヌは常人ではない生まれゆえに、タンヴィルなどという姓を与えられて伯爵家の家臣に落とされたのだ。だが、魂は予想外に健全に育ってしまった。利用できると見なした誰かは大切にし始めたにちがいない。本当にひどい話だ。

 ポーラは我が身を思う。

 自分にしても意味合いは違うが常人ではない生まれつきではないか。 

 ドリアーヌについて何を思うのか?魔法の使い手として、十分に戦力となりうる、いまは無理だが、やがては自在に憑依する相手を見つけられその場で戦果を期待できるとすれば、それは重宝ずべきだ。ポーラは、自分が知らず知らずのうちにそんなことをそ考えていることに気づいていない。彼女がタンヴィルという姓を賜った経緯について、ただ憤慨するだけだった。しかしそれは彼女が若すぎるからだろう。

 マリーは、母上さまの容貌でドリアーヌに語られることがたまらないようだ。こんな彼女の顔を見たことがない。

 妹本人が言う通りにパリ宴会以来、調子は狂いっぱなしだがこれで本調子を取り戻してもらえるだろう。迫りくる戦いには彼女が欠かせない。それだけでなくもはやポーラという人格には存在しないことが考えられないのだ。

 彼女の危機は共有できる。

 今までその冷静な判断力によって、平時、戦時に関係なく何度救われたのかわからない。パリ以降はそれが逆転している。

 しかしながら母親の態度にポーラは驚いている。本当ならばこのような態度に出ないはずだ。単に恰好をつけているだけか。ドリアーヌが自分に憑依することをどうして許したのか、それだけにのみならず彼女の身柄の保証をしたのはどうしたわけか。確かに母に任せておけば、間違いというものがない。あの冷たい人間がよくも受け入れたと少女は感慨していた。何か裏があるのではないかと勘ぐるのは当然のことだろう。ドリアーヌがタンヴィルとなった経緯について何か関係していると考えてもおかしくない。

伯爵家に名前を戻すことは同然のことだ。彼女は当たり前の権利を、出自に相応しい饗応を受ける権利がある。それはポーラがポーラであることとほぼ同義にちがいない。だが、彼女は、我が身を恥じるドリアーヌはどんな風に思うだろう。もしもポーラが彼女の境遇ならば一生影に隠れて生きたいと思うだろう。少女はこんな風にものを考えたことがなかった。

 ミサまで間がない。それ以前にポーラにすべきことがあることを思い出した。この城に諸侯が終結しつつあるのだ。彼ら、彼女らは自分たちの身の上に何が起きているのかわかっていない。互いの瘴気にイラつく連中もいるだろう。つい最近まで互いに干戈を交えていた可能性も稀ではない。

 公爵が代替わりしてはじめて登城する諸侯もいるだろう。ここは強く自己の権威を示さねばならない。

ナント王との抗争にとどまらず綺羅星のように目立つ戦績だけでも、諸侯の評価は軍事面だけでもうなぎ登りである。政治経済に関してはとりあえずは認められている。むしろ好戦的な性格が危ぶまれているだけだ。ナント王が幼女と呼んだことが関係しているにちがいないのだが、人格的に問題があるという風評は許せない。配下の諸侯たちの中で幾人かがそれまでの知行を保全するだけに留まらず、加増することができたのか、あいにくとその恩を忘却の川に流れ去った愚者がおるようだ。

しかし自分を裏切ったバブーフ男爵に比較すれば可愛いものだ。

彼には先兵という名誉によって報いるつもりだ。天使さまの許可は得ていないが、受け入れられる自信がある。まさかこの会合を訪問するとは、ポーラは想像すらしていなかった。だが、彼の瘴気を感知したのだ。度を超えた怒りというものは、得てして妄想を呼ぶという。今回もそれにちがいない。少女は平静を取り戻そうとした。

しかしそれを妨害したのは妹だった。

「姉上さま、瘴気をかんじます。彼奴です。虫けらですね、よくもここに顔を見せられたものですね」

皮肉なことに虫けらの正気がマリーを現実に戻した。すでに涙目の妹はいない。ポーラですら凍りつくサンジュスト伯がいるだけだ。

 マリーの方が自分よりもはるかに感情的になっている。そのことにかえってポーラは毒毛を抜かれてしまった。

「どの面を下げて、この場に足を踏み入れられるのだ?もしかしたら、ただの虫けらではないかもしれない」

ドリアーヌの声が聴こえる。

「あの瘴気の持ち主が例の男爵ですか?なるほど、いい身体ですね」

ポーラは思わず肩を脱臼しそうになった。マリーの言葉など明後日の方向に翼を生やして飛び去ってしまう。

 いったい、何を言うのか?

「我が妹、姉を揶揄うものではない」

はじめて妹と呼ばれて顔を赤らめるドリアーヌがみえるようだ。じっさいに光る少女が見えた。

彼女の言葉の意味がわからないはずがない。

「あの男爵についてそなたは何を知っている?」

「閣下の切実な思いを踏みにじったとんでもない裏切り者です。彼さえいなければナント王は最後の審判を待つ身となられていたことでしょう」

「こんど、私を閣下と呼んだらルバイヤートに連れて行かないから、そう思え。そのことはいい、わかったな。あー、確認したいがあの男の身体に入れそうだと?それは本当なのか?」

「何とお呼びしたらいいのか弁えませんが・・・・・」

「姉上さまだ、それ以外は許さない。主の教えに反するなどという反論はいっさい許さない。ルバイヤートに同道したかったら、姉上さまと呼ぶことだ」

「ならば、あ、姉上さま、入れそうではなく、入れるのです。いくら人格に問題があろうとも、主が許可なさった男爵であられます。付け加えると、不忠者ではありません、なんとなれば、か…姉上さまの家臣ではないでしょう。契約を結んだだわけでもなく、そして、なによりも傍系ですが、遠く伝説のモンタニアール家の血を引いています。カペー家ではないということです」

「モンタニアール家などあくまでも伝説だろう?本当に存在するのか?」

五百年前の王位戦争時に、カペー家は伝説の王家を僭称したのだ。

「姉上さま方は、怒りに我を忘れて心眼を閉じて入られます」

マリーが呻くように言った。

「ドリアーヌ、我を姉と呼んでくれるのか」

彼女にとっても考えは同じらしい。おそらくは城で育ったのだろう。そうでなければあの娘が生きられる環境は提供できないに決まっている。それにもかかわらず姉妹の名乗りを上げられなかたとは何とも=不幸なことだ。秘密をつくられていたと、ポーラにしても嘆いてばかりはいられない。

しかも、今はそれどころではない。

それにしてもドリアーヌの冷徹さは群をぬいている。ある意味合いにおいてはマリー以上かもしれない。最初に出会ったときにたいしたものだと思ったが、これ程とは思わなんだ。


まさかナント王のように幼女呼ばわりする連中はいないだろうが、ここは配下の諸侯たちを引き締めねばならない。

 天使さまが彼らを相手に宣言をするわけがない。天使さまの光を利用するわけにはいかないのだ。

 ドリアーヌが太后から去ったことは、彼女自身の発言によって示された。

「今年のブリュメールのミサは盛大なものになりそうだわ・・・」

 マリーがそれを気づかないはずがないとポーラは思ったが、気まずい顔を太后に向けたた。

 魂となったドリアーヌはポーラの横にあって、主君というか姉を気遣う。事実を知らされたのか、相当に後のことなのかそれとも自分に強いて家臣としての態度を貫いているののか。それは詮索しないことにした。ポーラか、あるいは本人かが説明してくれるだろう。

ただしドリアーヌに言っておくことがある。

「もう、マリーを主君と呼ばないことだ。約束せよ」


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