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架空十字軍  作者: 明宏訊
12/61

太后アデライード3

 太后アデライードは機先を制されたかたちとなった。

マリーには少なくともそう見えた。何と言っても姉上さまから「母上」と呼ばれた、いや、呼ばれてしまったのだ。

いわば城下の盟を約束させられたと言っても過言ではなかろう。

いったい、何のためにナポレオン法典まで適用して姉上さまに主張しようとなさったのだろう。それがわからなくなっておられるにちがいない。

しかし母上さまは仰った。  

「ならば、完全に杖を置くという意味にとっていいのだな、ポーラ、私と同じように」

 私と同じようにという言い方が耳に引っかかる。確かに血筋から言っても強力な竜騎士か魔法の使い手に違いない。それ以前にあの姉上さまを産んだ人物が普通であることが信じられない。しかしマリーはそれを体験したこともないし、本人の口から聞かされたこともない。そのことはともかくそのほかのことは筋の通った主張と言わざるを得ない。

マリーはポーラと太后の間に割って入るべきだと考えている。しかし身動きが取れない。二人にしか侵入できない世界というものが確かにある。姉上さまの企図はまたよくわからない。ただし、その通りになってしまうことは二人にとって不幸そのもののように思われた。

ポーラは太后の言葉をまだ留保している。何としてもここで打ち止めにしなければならない。だが、天使さまのことを明らかにすることは許されないような気がする。公言を禁じられたわけではないが、それは主に対する契約不履行を意味する。

太后は詰め寄る。

「どうなのですか?約束は守られるのですか?」

 先制攻撃を許したとはいえ、丁寧な物言いがかえって威厳を感じさせる。

姉上さまは負けじと微笑してみせる。

「ですから、それは約束の通りだと、私は申しました」

奇妙な違和感だ。ちょうどエネルギー消却の魔法を使ったというのに、逆に注入されたしまったかのような感覚である。それは患者の生命の一大事に関わることに相違ない。エネルギーは多いからよいというものではない。個々個人に見合った量というものがある。適量を越えても、または少なくても病気になるのだ。

 マリーは意を決した。とにかく姉上さまの思う通りに事を展開させることだけはまかりならない。

「絶対に嘘です。そんなことはありえません、母上さま!」

 頬のあたりが急激に熱を帯びていく。ポーラとアニエスは驚いた顔でこちらを注視している。しかしここでめげてはならない。一気に押すしかない。

「姉上さま、みだりに嘘をつくことは主の教えに反することです・・」

 自分の口から何という言葉が出てくるのかと、思わず自分の舌をひねりたくなった。これはおそらく時間稼ぎなのだ。どうにかして姉上さまの考えていることを明らかにしなければならない。どうしてなのか、ナント王のことが脳裏に浮かんだ。彼ならば何を言うだろうか。彼の顔が浮かぶとポーラとは別の意味でマリーの機嫌が損なわれるが彼女はまだ無自覚だ。王のことが浮かんで、モンタニアール続きでルイのことが思い出された。ここが何かのとっかかりになるかもしれない。

「母上さま、姉上さまはルイ・ド・モンタニアールをこの城に連れてきているのです、そうですね、姉上さま」

 太后はマリーをチラ見してからポーラを睨みつけた。

「モンタニアールだと?ルイ?あのナント王の弟ですか?それはどういうことでしょう?ポーラ」

 一瞬、マリーを睨みつけたうえでポーラは言った。

「もちろん、陛下との永遠の和約のためです、その使者として殿下が同道なさったわけです」

 当意即妙だ。確かに筋が通っている。おそらく思い付きにすぎないだろうが、何ということだ。姉上さまに負けている。しかし母上さまに疑念を植え付けたことは確かだ。

「モンタニアールと和約?とうてい信じ難いが…それとはこれは別です。彼らにアラス城門を潜らせるとはどういうことか?ポーラ」

 口では戦争を忌避していながら、モンタニアールの名前が出てくると表情が変わる。このことをマリーですらおかしいと思わない。あからさまにはしないもものの、ただ単純に娘の生命を心配しているにすぎない。そういう彼女の両親が死亡した理由も元をただせばモンタニアール家が関係している可能性がある。が、まだはっきりとした根拠は見いだせないが、その蓋然性は高い。

「王家と公爵家は和しました、母上、正式ではありませんが、それは後に」

公爵家でもっともモンタニアール家を憎んでいると思しきポーラが言うのである。マリーは身体の何処かに軽い痺れを感じた。その正体はわからないが、何らかの反応を示していることは確かだろう。それを問うより前にマリーは言った。

「母上さま、ルイは姉上さまが誘拐してきたのです。王への人質のためです」

 おかしなことを自分が言っている。それにマリー本人が気づかないわけがない。ルイを連行するならば、普通に考えればそれを実行しようとするだけでどれほどのリスクを覚悟せねばならないのか、あまりにも明白だからだ。彼の戦闘能力を考慮に入れれば自発的にやってきたと考えるのが無理のない説明方法だ。あきらかに精神が常軌を逸している。

 それにあの王がそんなことを簡単に認めるだろうか。

 太后はやはりマリーの予想よりもはるかに世界を見ていた。

「ナント王がそんなことを認めるとは思えないが?」

 「私も期待すらしていませんでしたが、事実です」

 モンタニアール家を滅ぼすと公言した同じ口が言うのかと、母上さまとアニエスがいなければ嘴を突っ込んでいるところだ。

 が、ポーラの言っていることは一定の説得力がある。なんといっても事実が隠されているだけに人の心を動かす。アニエスの顔からそう解釈できる。パリでの宴会以来だが、マリーは自分の性質が揺らぐのを苦い思いで見つめている。

 とにかく姉上さまと二人で話をしたい。そうしないと何ともこの停滞した空気を動かしようがない。太后はもちろん意図したわけではないが、マリーを助けるようなことを言った。

「とにかく、殿下をいつまで待たせているの?貴人に対する礼を失する、たとえモンタニアールでも」

「貴人に対して侍女では失礼にあたります、私、ロベスピエール公爵が自ら参りましょう」

 マリーはここだと思った。太后の話に乗らない手はない。

「王家の使いに、姉上、おひとりでは失礼にあたりましょう、私も同道いたします・・・」

「マリー、そなたまで行く必要はなかろう」

 どうしてか、姉上さまが助け舟を出した。

「いいでしょう、私もマリーに話があります」

 しょうがないという言い方で太后は納得したようだった。

「お前はマリーを巻き込みすぎる。それを忘れないことだ」


 太后から「お前」と呼ばれる姉上さまにマリーは嫉視を向ける。ポーラはそんなことは素知らぬと言った顔で動きにくい服装に嫌がっている。部屋を出て母親の視線がなくなってすぐにこれだ。

しかしながら、改めてみても、やはり、姉上さまの女性趣味姿は違和感を禁じ得ない。

 パリ宴会における正装とは全くちがう。マリーはそんな言い方は決してしたくないが、高級売春婦という呼称がまさにマッチしている。白亜の生地の至るところに宝石がちりばめられている。もともと、質素な太后がこのようなものを好くはずもないのだが。

思わず漏らすようにつぶやく。 

「姉上らしくありません」

「当たり前だ。こんな動きにくい衣装からは早く解放されたいものだ。すぐに脱衣して剣を握りたい。ジョフロアのやつを鍛えてやらねばならない」

「私が言いたいのは、そんなことではありません。また、母上さまに当てつけるようなことを仰って」

 きっとジョフロアは逃亡していることだろう。アラスに帰還する度に弟を追いかけまわす。

 彼の瘴気は検出できない。まさかそれを抑える術を学んだとは思われない。従妹としてはせめて自分を守る術くらいは身に着けてほしいものだと思う。

 姉上さまは、あくまでも外見は平静を保っている。瘴気はどうか。制御している様子はないので感情の方を抑えきっているに違いない。それによって変なリキみが出ているのだ。マリーは自分の見立てが思い込みにすぎないことを願った。そうでないとこれまで自分が正解だと思っていた何かが音もなく崩れてしまいそうに思えたからだ。

 かなり早い速度で移動している。あの動きにくい服装ですら彼女の足を止められない。が、痛みやすそうなレース生地が全く損傷を得ていない。着慣れていないはずなのに、動きの機敏さは眼を見張る。

それにしても廊下を埋め尽くすようなレリーフは生きていて、今にも足に絡みついてきそうに見えてくる。

 姉上さまは自らの口で虚偽だと認めたわけだ。あえて確かめるまでもなかったが、こう簡単に認められてしまえば返す言葉に窮する。

「いったい、何を企んでいらっしゃるのです?」

「悪意が丸出しの質問だな。そなたがわからないはずがないと思ったが?」

「わからないから訊いているのです」

「例の法典は今回の件に適用できるか、否か?」

「母上さまは本気です。状況を一見すれば可に向かいつつありましょう」

 わざとらしく、ポーラは乾いた笑いを見せた。

「不可というわけか、さすがはマリーだ。リケルさまが直々に仰っているのだ。今宵のミサは何だっけ?」

「天使さまのお名前を仰るなどと増長もきわまれりですね・・そうか、姉上さまもお人が悪い・・・いえ、そんなことは絶対にダメです!!」

 マリーはポーラの眼前に立ち尽くした。

「姉上さま!!」

 天使さまのご威光を利用なさると?

 そんなことをしたら、太后のメンツは完全に潰されてしまう。同時に、法典の価値も下がるだろう。天使さまを持ち出すなどと・・・何とも見下げ果てたやり方だ。

「姉上さまらしくありません、逆にその衣装に似つかわしいやり方です。本当に呆れました!」

 今宵、ブリュメールのミサは天使さまが自ら差配なされる。そこでエイラート奪還を命令なさるのだろう。

「だめです、そんなことをしたら、二度と母上さまは、あなたをポーラとはお呼びしないでしょう」

 ポーラはようやく仮面を脱いだ。しかし太后が近くにいる都合上、それでも瘴気は抑制しているものの、今すぐにでもこの廊下を丸焼きにしてしまいかねない勢いだ。

「望むところだ、娘の不幸を望む誰にに母親を名乗る資格などあるものか・・・・」

 吐き捨てるような言い方がわからないわけでもない。

 ポーラは何かを覚ったのか、マリーに横顔をみせた。

「私にどうしろと?」

「ブリュメールのミサより前に真実を母上さまに明かすのです。その結果は姉上さまには関係ないことです」

「その結果、可愛い従兄弟が死ぬ思いをしてもよいと?」

「弟殺しの罪を着たいのならば、ご自由にどうぞ」

 格子窓から外を見つめる瞳からはいつもの精彩を感じない。少なくとも獲物を追いかける目ではない。

「もしもそれを実行しないとあれば、私は大事なものを失うわけだな」

 マリーはポーラが言い終えるのを待っていなかった。

「それも二つも、です」

「片方はすでに失ったと思っていたが、そなたはそうでないと言い張るらしい、ならば二つだ。これからモンスターを相手に命を張るというのに、大事な相棒を失うわけにはいかない」


「愚かな姉上さま、いつ私がサンジュスト伯としての責務を果たさないと申し上げました?え・・・・?!」

 今度はマリーが言葉を奪い取られた。突如としてポーラの唇が迫ってきたのだ。侵入してくる唇を戸惑いながらも受け入れる。しかしこれで和解したつもりは絶対にないと自分に言い聞かせる。


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