いいえ、違います
「今日はこれを使ってゲームをしよう」
「何? またあんたの思いつき?」
気怠い雨のいつもの午後。放課後の教室には二人以外の影はなく、ただ雨の音だけが小さく響いている。重たい雲が空を覆っていた。
光太が差し出したブレスレットは白いプラスチックで作られている。凛子がその端についたボタンを押せば、電子音とともに全体が一瞬だけ光った。
「何これ?」
「その名も真実の輪! 嘘をつけば、それを脈拍や体温や汗から判断して光るという優れものよ。まあ要は、動揺すれば光るってことなんだがな」
「はあ。で、これで何しようって?」
凛子は元々着けていたブレスレットを外し、真実の輪を身に付ける。ネイルで飾られたその指先に似合わぬ簡素な飾りは、しかしそれなりに似合っていた。
「簡単だ。俺とお前、交互に質問を出しあって、これが全部光ったら負け。どうよ?」
「また変な遊びを考えるもんだ……」
得意気に笑う光太に凛子は苦笑する。この親友の考える遊びはいつも唐突だ。
そして、それに付き合ってやるのもいつものことだ。
「じゃ、俺からいくぞ。ちなみに全部『いいえ』で答えろよ」
「はいはい、で?」
「凛子は珈琲が好き」
「いいえ」
瞬間、真実の輪が半分ほど赤く光る。それを見て、凜子は跳ねた。
「こういうことか!? あぶねー! せ、セーフだろこれ?」
「チッ……ああ、次、凛子な」
舌打ちを隠そうともせず、光太は凛子を促す。足を組むように座り直し、凛子は息を吐いた。
「つってもなぁ……ん-……」
キラリと凛子の目が光る。
「光太は猫が好き」
「……いいえ!」
光太の真実の輪が点滅を繰り返す。全て光ろうかと思うほどだが、それでも勝敗を決するまでは至らず、光太もため息も吐いた。
「くそ、急所を突きやがって……」
「アハハ! お前が始めたクセに弱っ!」
光太は顔を伏せる。その後頭部を見下ろしながら、凛子は勝ち誇り腕を組む。
勝負を持ちかけていつも負ける。光太のそういうところが凛子は嫌いではなかった。
弾けるように顔をあげ、光太は叫ぶように攻撃を口にする。
「凛子は女!」
「いいえー! 要領がわかれば楽勝だなこれ!」
だが光太の攻撃は成功せず、凛子の言葉通り真実の輪は真っ白なままだった。
「っていうかこれ、秘密を吐かすのに使えんじゃね?」
光太の表情が固まる。凛子がそこに気が付くとは思っていなかった。
凛子の脳内で、光太に装飾品を買わせる算段が浮かぶ。誕生日や記念日に光太から貰っていない物は?
もはや勝敗など問題ではなく、どんな弱味を握ろうかと考える。
舌舐めずりをした唇には、光太に贈られたグロスが塗られているというのに。
「じゃあ、ストレートに。光太は、朱美ちゃんが好き」
「いいえ」
男子に人気のある女子生徒。その名を出してみるが、光太の真実の輪は白いままだ。宛てが外れたか。小さく舌打ちをして、凛子は順番を譲る。親友の思考回路に、光太は安堵した。
「秘密=好きな人とか、小学生かよ」
「うるせー」
「じゃあ、俺もその線でいくか。凛子は好きな人がいる!」
「いいいえ!」
明らかな動揺。凛子の真実の輪が中程まで光る。その反応に、形勢が逆転とばかりに光太は唇を吊り上げた。では、ここから個人名で攻めていこうか。そんな算段をつけながら。
「くそう。……光太はえっちな本を部屋に隠している」
「……いいえ」
もう少しで全て光るのに! そのもどかしさで凛子の手が忙しなく動く。
だがこれはこれで重要なことだ。次に部屋に行ったときに捜してやろう。そう決意した凛子の目を見て光太は寒気を感じていた。
それでも気を取り直して、光太は笑みを返す。勝つ道筋はついている。確信とともに、凛子をまっすぐに見た。
「クク、次は俺だ」
「やな笑いだなー……」
「ククク、焦るがいい。……凛子が好きなのは、俺が知ってる奴だ!」
「………………いいえ」
長い溜めの後、ようやく凛子は答える。だが真実の輪はほぼ全て光っていた。
「よっしゃ、勝っ……てないか」
ぬか喜びだ。しかし勝利の確信と高揚感に、光太の口は緩んでいった。
「しかし誰だろうなー? 根岸? 朝倉?」
「カ、カマかけるのは反則だろ? あたしの番だし!」
「ふはは、そんなルールはない! あとはそうだな、実は俺だったり……」
言いかけて、光太の言葉が止まる。その視線の先では凛子の真実の輪が真っ赤に光っていた。
「……俺?」
「ち、ちげーし! そそそうだよ! 実はあたし根岸狙っててさぁ!」
光太には見えないが、言い繕う凛子の顔はそのブレスレットに負けないほど赤く染まっていた。
「お、お前こそ何!? 光太が好きとでも言ってほしいのか? さてはお前、あたしのこと好きだな!」
「は!? んなわけねーだろ自意識過剰すぎだよお前!」
光太は叫ぶ。だがそのブレスレットは凛子のものと同じように真っ赤に染まり……。
「……やめようぜ」
「……んだな」
合意のもと、ゲームは中止される。
お互いの顔も見えない薄闇の中で、赤い光だけがピカピカと光っていた。




