五人目
「おっじゃましまーすっ!」
元気な声と共に勢い良くドアを開けたのは、透き通る翅を持つ手のひらほどの小人。古い屋敷に住み着く家憑き妖精である。身の丈ほどの布袋を担ぎ、きらきらとした光を振りまきながら宙を舞うその姿に、店主は静かに煙を吹いて煙管の火を落とす。
「いらっしゃいませ」
「どーもどーも、こんちあ!ここにあたしでも「おかいもの」が出来るお店があるって聞いたんだけど、出来る?出来るよね?出来るって聞いたんだけど!」
「えぇ、もちろん。何かお求めですか?」
「わぁお!あなた本当にあたしの声が聞こえるの?噂は本当だったんだぁ!すごいすごーい!握手してもいーい?いいよね?うわぁ綺麗な指」
「恐れ入ります」
担いだ袋をぽいと投げ捨てて店主の指を握る妖精。店主はその小さな体を抱くように指でそっと包み込み、その手のひらに座らせる。妖精が黄色い声を上げた。
「して、お客様。本日はどのようなご用件で?」
「あぁーそうそう!いけないいけない忘れてたわ。今日はね、「おかいもの」をしにきたの!えっとね、なんて言ったかしら。あの、ちょうちょみたいなやつ。そうそうこれこれ。これが欲しいの」
妖精は弾丸のごとく飛び立ち、光の尾を引いて入り口のドアのすぐ横にひっつく。その小さな手が指し示すそれは、ドアを開閉するのに欠かせない縁の下の力持ち。普段の生活の中ではいまいち影の薄い鉄のちょうちょ。
「ちょうつがい、ですか」
「それだ!ちょうつがい!これが欲しいのよう。うちってば結構なボロ家でね、あちこちで扉の開きが悪くなっちゃってるみたいなの!特に旦那さんの書斎と倉庫の扉がひどくてね。旦那さんも使用人さんも皆困ってるみたいだったから、私なりに調べてみたんだけど、そしたらね。どうやらこのちょうつがいとやらがほんの少し歪んでるみたいなの。皆うちは古いから仕方ないって言ってたけど、おうちのせいじゃなかったんだよ」
「なるほど。それで旦那様に内緒で買いに来たと」
「そゆこと!だから、あたしがこっそり直してあげるの。そうすれば旦那さんも使用人さんも皆大助かりで万々歳!やっぱりね、おうちの役に立ってこその妖精じゃない?ね?そう思うでしょ?」
「えぇ、とても素晴らしい心がけだと思います。して、ちょうつがいを取り替える扉の大きさは分かりますか?」
「もっちろん!えぇと、そうね。ちょうどこのドアと同じやつと、これより一回り小さいやつを三組ずつ。で、足りるかな?ちょっと待ってね今思い出すから。うん足りるわ。そうそうオカネもちゃーんと持ってきたのよ。「おかいもの」するにはオカネってのが必要なんでしょ?」
そう言って妖精は床に降り立ち、投げ捨てた布袋を掴んでひっくり返す。大量のコインに紛れて指輪や宝石がじゃらじゃらと散らばった。
「これだけあれば足りるでしょ?足りない?あ、もしかしてこれオカネじゃなかった?」
「いえ、十分でございます。ちなみにこちらのお金は、どこからお持ちに?」
店主が散らばったコインを拾いながらそう尋ねると、妖精はきょとんとした様子で首をかしげた。
「どこって、おうちから持ってきたに決まってるでしょ?机の中にいっぱいあったから貰ってきたの。オカネのことはよくわからないから全部あげるわ。地下室にも同じものがいっぱいあるから気にしなくていいわよ」
「左様でございますか。では、こちらお品物になります」
店主はため息混じりに微笑み、棚の引き出しからちょうつがいを取り出して並べる。妖精は喜々としてそれを布袋に詰め込むと、再び光を振りまきながら舞い上がる。
「えへへっありがと!これで皆喜んでくれるわ!それじゃあね!」
「はい、お元気で」
店主が戸を開けると同時に、光の尾を引いて飛び去る妖精。店主は肩をすくめ、静かに戸を閉めた。
その後、とある貴族の屋敷から金品が盗まれていたことが発覚した。
それが妖精の仕業であることを突き止めた家主は「いたずら好きな妖精」に大層怒り、扉にいたずらをしていた妖精を捕まえてこらしめたという。
お題:「ちょうつがい」を買いに来た「妖精」