三人目
「いらっしゃいませ」
戸を開けたのは、銀の車椅子に腰掛けた少女。さらりとした黒髪と、仕立てのよい洋服に身を包んだその少女は静かに車輪を回し、透き通る瞳で雑多な店内を一瞥する。店主はにこりと笑って煙管の火を落とすと、するりとその背後に回って車椅子の背を押し、車椅子からでも店内をおおよそ見渡せる位置でその足を止めた。
「あ、ありがとう」
「いえ。何かお求めですか?」
店主がそう尋ねると、少女はどこか悩ましげな表情を浮かべて言い淀む。店主が揉み手をしながらにこやかに首を傾げると、少女はため息混じりに店主を見上げた。
「そう、そうね。何か……えぇ、何か買いたいのだけれど。特に、これといって欲しいものはないの」
「左様でございますか。では、どうぞごゆっくり」
軽く頭を下げ、その場を離れようとする店主。少女は「待って」と呟いてその裾を掴んだ。
「はい、何でしょう」
「ごめんなさい。少し、言葉足らずだったわ。その、自分で使うためのものを買いに来たわけでは、無くて……」
「となると、贈り物でしょうか。どなたへ?」
「……」
少女は耳を赤く染め、車椅子のポケットに詰めた鞄からウサギのぬいぐるみを取り出して胸に抱く。ふわふわとした毛並みの、可愛らしいぬいぐるみ。店主はパッと微笑んで手を揉んだ。
「おや、そちらは当店で取り扱っているものですね。牛の月の三十六日目、数えて三人目のお客様が買われていったものでしょうか。ちょうど、お客様と同じくらいの男の子が、大切な友人へのプレゼントにと」
店主がさらりと言葉を紡ぐと、少女は目を丸くする。
「よ、よく覚えているのね……」
「店主として当然の心得でございます。いやはや、彼の言っていた友人というのはお客様のことでしたか」
「そうね。これは、私の幼馴染が誕生日のお祝いにくれたものなの。だから、私、今度の彼の誕生日に何かお返しがしたくて。でも、男の子が欲しがるようなものなんて、私……」
「なるほど。それでしたら、どうぞごゆっくりお選びください」
店主の言葉に、少女はむっとする。
「……私の話をちゃんと聞いていたのかしら」
「もちろんでございます。そちらのぬいぐるみをお買い上げになった彼も、『彼女へのプレゼントは何がいいだろう』と言いながら迷いに迷った挙句、そちらをお選びになられました。私は何もお手伝いしておりません。様々なアクセサリーや、香水なども候補にあがっていたのですよ」
「そ、そう……でも、私」
「思うに、贈り物とは「相手が何を欲しがっているか」ではなく、「自分が何を贈りたいか」という気持ちのほうが大切なのではないかと。もちろん、相手の好きなものを選ぶに越したことはありませんが……一生懸命悩んだ末に決めたものであれば、きっと喜んで頂けるはずですよ」
「…………」
少女はぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、ふいと顔をそらす。
そうして少女は、にこにこと微笑む店主を横目に、黙々と棚の物色を初めた。
◆
「お屋敷までお送りしましょうか?」
「平気よ。慣れているもの」
ラッピングされた包みを手に、遠ざかってゆく車椅子。
結局、日が暮れるまで悩んだ挙句に彼女が選んだのは、色違いのぬいぐるみ。
店主が理由を尋ねると、少女は照れくさそうに「嬉しかったから」と答えたという。
お題:「幼馴染へのプレゼント」を買いに来た「車椅子の少女」