十四人目
「いらっしゃいませ」
戸を開けたのは、黒ずくめのスーツに身を包んだ精悍な男。ゆらりと身を揺らして一歩、二歩と店内に踏み入るその姿に、店主はくすりと笑って煙管の火を落とす。男は鋭い眼で店主を一瞥し、その顔を覗き込むように背を曲げた。
「美しい」
男はそう呟いてにこりと笑う。店主は「恐れ入ります」と頭を下げ、音もなく振り抜かれたナイフを指で弾いた。
「……」
視線が絡み合い、空気が張り詰める。男はじっと店主を見つめたまま長い腕を伸ばし、弾かれたナイフを指先で拾い上げると、それを逆手に翻して腰の鞘に納めた。
「すまない。美しい顔を見るとつい手が出てしまうんだ」
「困ったものですね」
「全くだ」
店主が頬に手を添えてにこりと笑うと、男は周りを見渡して指を絡めた。
「ここは、いわゆる雑貨屋というものか?」
「はい」
「この店では、どんなものでも売ってくれるという話を聞いた。それは本当か」
「はい」
「で、あれば。売ってほしいものがある。外では中々手に入らない、いや、手に入れるのは簡単だが、色々と面倒な代物でね」
男は椅子に腰かけ、机に肘をついて深く息を吐く。
「子供を一人、用意してもらいたい」
その言葉に、店主は目を細める。
「子供、ですか」
「あぁ。僕は今まで多くの女性を愛してきたが、子供は一人もいなかった。一度、この胸に子供というものを抱いてみたくてね。子供を愛する親の気持ちというものを知りたいんだ」
「左様でございますか。髪や肌の色、性別などは如何なさいましょう」
「あぁ、そうだね。せっかくなら僕と同じ白い肌に金色の髪を持つ女の子がいいね。親子のように見えるだろう?」
「はい。かしこまりました。ではお連れ致しますね」
店主はそういうとぺこりと頭を下げ、店の奥へと消える。男は「まさか」と呟いて腕を組むが、すぐに戻ってきた店主が連れてきた『それ』を見て目を丸くした。
「お待たせ致しました」
店主が連れてきたのは、柔らかなクセ毛の金髪と陶器のような白い肌を持つ女の子。将来の美貌が約束されているかのごとく、美しくも愛らしく整った顔立ちの少女である。店主に手を引かれ、青く輝く無垢な瞳で男をじっと見つめるその様に、男は頬を掻いた。
「驚いたな。ここは奴隷商もやってるのか」
「いえ。当店はあくまで雑貨屋でございます。それにこの子は奴隷ではありませんよ」
「だったら何だ?まさか君の娘というわけではあるまい」
「今日からは、あなたの娘です」
男は面食らったように言葉を詰まらせ、歩み寄ってきた少女をぎこちなく抱き上げる。少女はその慣れない手つきにも表情を変えず、男の胸に身を寄せた。
「……温かいものだな。子供というものは」
「お買い上げになられますか?」
「あぁ、だが、本当に売ってくれるとは思ってなかったものでね。持ち合わせがないんだ。代わりと言っちゃ何だが、これでもいいかい?」
そう言って男が取り出したのは、真紅の宝石を輝かせる指輪。店主が目を細めた。
「……」
「今はそれくらいしか金になりそうなものがない。ダメならまた後日、改めて金を用意するが」
「いえ。構いませんよ。では、その子は今日この時よりあなたの娘となります。素敵な名前を付けて、どうか末永く可愛がってあげてくださいね」
「あぁ。ありがとう。この子はきっと美しい女になる……成長した姿が目に浮かぶようだ。なぁ、愛しい我が子よ」
抱いた少女の頬にキスをしながら、男は静かに店を後にする。店主は頬に手を添えてくすりと笑い、その後ろ姿に手を振りながら戸を閉めた。
お題:「子供」を買いに来た「男」