十三人目
「いらっしゃいませ」
戸を開けたのは、店主の腹ほどしかない小柄な少女。見るからに身なりの良い、美しく整った顔つきの少女である。床に着くほど長い髪をきらきらと光らせ、宝石のような瞳を輝かせるその様に、店主はくすりと笑って煙管の火を落とす。少女のヒールがコツと音を立てた。
「ごきげんよう。雑貨屋さん」
「ごきげんよう。■■■様。どうぞこちらへ」
「あら、気が利くのね」
店主が椅子を引くと、少女はひょこりと椅子に乗って足をパタつかせる。店主は片膝をついてその手を取り、目を細めてにこりと笑った。
「何か、お求めですか?」
「えぇ。私、おばあちゃまからこちらのお店でドレスを見繕ってもらうように言われてきたの。今度、結婚式を開くのよ」
「まぁ、まぁまぁ。それはそれは。おめでとうございます。では、こちらを」
そう言って店主が取り出したのは、分厚いアルバム。机の上でそれを開くと、店で取り扱っているであろう様々なドレスの写真がずらりと並ぶ。少女はそれを覗き込み、パラパラとめくりながらしばし悩んだのち、そのうちの一枚をぴっと指差した。
「これ。これがいいわ」
「はい。ご試着なさいますか?」
「えぇ、もちろん」
「かしこまりました。では、ただ今お持ち致します」
店主はぺこりと頭を下げて店の奥に消え、すぐに純白のウェディングドレスと小物を携えて戻ってくる。少女は目を輝かせて椅子から降り立ち、駆け寄る。店主が手にしたそれは、小柄な少女にぴったりなサイズであった。
「うん。うんうん。いいじゃない!写真で見るよりずっと素敵だわ」
「では、お着替えの方を」
店主は窓のカーテンを閉め、入口のドアにはクローズの札を掛けた。
◆
「どうぞ」
店主が用意した姿見を覗き込み、少女はほうと息を漏らす。大きく広がるスカートに、きゅっと締まる細いウエスト。煌めく髪に輝くティアラ。埋もれるほどのフリルとリボンに彩られ、可愛らしくも美しく整ったその姿に子供っぽさはどこにもない。小さな花嫁はその場で身を翻し、ささやかな胸を張った。
「ふふ」
「えぇ、とてもよくお似合いですよ」
嬉しそうなその様子に、店主は目を細めて微笑む。
「これを頂くわ。包んでくださる?」
「はい。かしこまりました」
店主に背中のホックやリボンを外してもらいながら、少女は頭に乗せたティアラを手に取って少し寂しげに微笑む。宝石の瞳がきらりと光った。
「私、ようやくお姫様になれるのね」
「えぇ」
「ずっと、ずっと、夢見てたわ。青い空、優しい風、いい匂い。素敵な王子様に抱っこしてもらって、キスをしてもらうの。ふふ。私はもう、透明なベッドで眠らなくていいのね」
「えぇ」
店主は頷き、少女の冷たい体に仕立ての良い上着を羽織らせる。そのままシャツのボタンを閉じ、ドレスを畳んでラッピングすると、店主は少女が手にしたティアラをもう一度その頭に乗せて微笑んだ。
「よくお似合いですよ」
「……だと、いいけど。私、ちゃんと出来るかしら」
「えぇ。きっと」
ラッピングされた包みを胸に抱き、少女は椅子から降り立って踵を返す。振り向きざまに「ありがとう」と呟いて店を後にするその足取りは軽く、最後に見せたその表情は晴れやかであった。
「いってらっしゃいませ」
深々と頭を下げ、その背を見送った店主はふうと息を吐き、静かに戸を閉めた。
――――数日後、街の大広場で■■■姫の結婚式が開かれた。心優しく誠実な隣国の王子に抱かれ、幸せそうに微笑む姫君。国中から集まった住民たちによる盛大な祝福の中、誓いの口づけが行われようとしたその瞬間、姫君は何者かによって頭を撃ち抜かれたという。
お題:「花嫁衣装」を買いに来た「人形」