十二人目
「邪魔するぜ」
勢いよくドアを開けたのは、見るからに薄汚れた身なりの男。マントのように羽織ったボロ布に何本もの錆びたナイフを携え、その手にはひしゃげた鉄棒を握り締めた男である。布を巻いた顔に鋭い眼を光らせるその様に、店主はにこりと笑って煙管の火を落とした。
「いらっしゃいませ」
「おう。何でも売ってくれる道具屋ってのァ、ここか?」
「はい。正しくは雑貨屋でございますが」
「あー、雑貨屋。雑貨屋ね。まぁ何でもいいや」
男は鼻を鳴らして鉄棒を肩に乗せ、辺りを見渡してから店主の方へと大きな歩幅で歩み寄る。店主より一回りも二回りも大きなその体は古傷だらけであったが、店主は顔色を変えることもなく微笑みを浮かべたまま頬に手を添える。
「何かお求めですか?」
「おうよ!なんもいらねーならそもそも道具屋に用はねぇ。俺の話を聞いてくれ」
男はそう言ってどっかりと椅子に腰掛けると、膝に手をついて深く息を吐く。
「……薬が必要なんだ」
その言葉に、店主は目を細めた。
「お薬、ですか」
「そうさ。俺ァ、生まれた時から路地裏で生きてきた。あそこにはな、金もねぇ、家もねぇ、力もねぇような、どうしようもねぇクズが山ほどいるんだ。俺は運よく今まで生きて来られたが、運の悪いやつも大勢いる。ガキだった俺を守ってくれた仲間は皆死んだ。どっかから名前も知らねぇ病気をもらってきて、ワケも分からぬまま死んでいったんだ」
「……」
「あのゴミ溜めには、薬なんかねぇ。医者なんかいねぇ。苦しむ仲間を助けようとするやつはいるが、助けられるやつはいねぇ。路地裏じゃ、まだ右も左もわからねぇようなチビが今も苦しんでる。ギャング共が居なくなって多少平和にはなったが、あそこは地獄に変わりねぇ。誰かが、変えなきゃいけねぇんだ。俺はもう、チビ共が呻く声を聞きたくねぇ」
「左様でございますか」
「薬がたけぇのは分かる。あいつら皆助けてやれるだけの薬なんて、金がいくらあっても足りねぇ。それは分かってる。けど、けど俺は、約束したんだ。きっと薬を買ってきて、楽にしてやるからって、よ。そんなことできっこねぇのに、あいつら笑って俺を見送ってくれたんだ」
男はそう言うと懐に手を突っ込み、取り出した何枚ものコインをじゃらじゃらと机に積み上げた。
「俺が今までかき集めてきた金、全部だ!これっぽっちじゃ足りねぇだろうが、頼む!薬を売ってくれ!!あいつらを楽にしてやりてぇんだ!」
顔を包む布を取っ払い、男は床に頭を叩きつける。その様を見つめる店主は静かに目を細めて微笑み、指に顎を乗せた。
「……かしこまりました。お売り致しましょう」
「ほ、本当かッ!?」
「えぇ、もちろん。丁度、とっておきのお薬を入荷したばかりでして。ただいまお持ち致します」
店主はそう言うと店の奥に消え、すぐに立派な鉢植えを抱えて戻ってくる。その鉢に植えられていたのは、絡み合う枝に桃のそれと似た可愛らしい花と細長い葉をつけた植物の苗木。店主はその滑らかな葉と美しい花弁に指を滑らせ、くすりと笑う。男が机に食いついた。
「な、なんだあ、こりゃあ。花の、苗木?」
「はい。こちら、開花を迎えたばかりの夾竹桃でございます。こちらの花や葉っぱを苦しむ方々に食べさせてあげてください。全てなくなったら、枝を煎じて飲むのが良いでしょう。多少、吐き気などを催すかもしれませんが、良薬は口に苦しということで。すぐ楽になれるはずです」
「お、おお!すげえじゃねえか!つまり、その、キョウチク?とかいうこいつは、どんな病気も治しちまう万能薬ってことか!?」
店主はにこりと笑う。男が嬉々として鉢植えを抱きかかえた。
「あ、ありがてぇ!これで、あいつら皆楽になれるんだな。あぁ、あんたには感謝してもしきれねぇ!ありがとう、本当に!!それじゃあな!こいつを早く皆に届けてやらねぇと」
鉢植えを抱えて店を飛び出してゆく男。店主は緩やかに手を振りながらその背を見送り、くすくすと笑いながら戸を閉めた。
――――その後、路地裏で子供を含めた十数名の浮浪者が死体となって発見されたという。
お題:「薬」を買いに来た「勇者」