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不思議な雑貨屋さん  作者: ぷにこ
11/15

十一人目




「……」


 店主は読み終えた本を棚に戻し、別の一冊を取ろうとしたその手を止める。暇を持て余したその眼が見据える先は、ドアの向こう。店主は煙管の火を落としてお香を扇ぎ、手を組んで頭上に伸ばしながら店の外へ向かう。その肩が威勢のいい音を鳴らした。


「ふんふん、ふ~ん」


 店主がドアを開けると、柔らかな日差しを浴びながら鼻歌を口ずさむ少女が一人。

 閉じた傘を杖のようにして石畳の地面を擦り、伏し目がちな顔に緩やかな笑みを浮かべて歩く少女である。店主が目を細めて見守る中、少女は雑貨屋の前を通り過ぎたところでふと立ち止まると、スンと鼻を鳴らして振り返る。


「ふん、ふんふん……うん?いい匂い……ごめんくださ~い、あのう、ここは何屋さんですか?」


「はい、いらっしゃいませ。こちら雑貨屋でございます」


「あぁ~、雑貨屋さん。って、もしかして、あの噂の……何でも売ってくれるっていう、あの雑貨屋さんですか?」


「はい。当店の品ぞろえは王国一、いえ、世界一でございます」


「すごいすごい。私、噂の雑貨屋さんに一度行ってみたいなってずっと思ってたんです。どうしても欲しいものがあるんですよう」


「どうぞこちらへ」


 店主は少女の言葉に目を細め、その手を引いて店へと導く。そうして店主がさりげなく引いた椅子に座るよう促すと、少女は少しぎこちなく椅子に腰かけ、表情を輝かせて店内を見渡す。


「わぁ、いい匂い。これは、迷迭香のお香ですね」


「よく御存知で」


「えへへ。おうちでハーブをたくさん育てているので。匂いはすぐに分かるんですよう」


「左様でございますか。して、お客様。ご用件の方は」


 店主がそう尋ねると、少女はぽんと手を合わせる。


「あぁ、そうそう。実は私、眼鏡が欲しいんです」


「眼鏡、ですか」


「はい。私、ちょっぴり目が悪いので。眼鏡とかあれば、もう少し周りがよく見えるかなあって……眼鏡、売ってますかあ?」


「えぇ、もちろん。それでしたら、こちらなど如何でしょう」


 少女が刺繍入りの財布を取り出すと、店主はにこりと微笑み、引出しからいくつかの眼鏡を取り出して机に並べる。店主がそのうちの一つを少女に掛けると、少女は伏し目がちなその目を開いて「わあ」と声を上げる。少女の瞳は、水晶のように白く透き通っていた。


「すごいすごい。見えます、見えます。私にもよく見えますよ。これ、くださいっ」


 少女はおもむろに立ち上がって周りを見渡し、眩しいほどの笑顔を咲かせる。そうして机に手を滑らせ、自らの財布を掴むと、手のひらにコインを並べて店主に差し出した。店主はその手のひらから数枚のコインを摘み取ると、頬に手を添えてくすりと笑う。


「お買い上げありがとうございます」


「こちらこそ、ありがとうございますう。それじゃ、また。うわぁ、すごい。これが、これが眼鏡ですか。うふ、ふふふ」


「お気をつけて」


 少女は楽しげに声を漏らしながら、ふらりふらりと店を後にする。そうしてその姿が大通りに消えるまで見送った店主は、ふと『それ』に気づいた。



「……」


 ドアの傍らに立て掛けられたまま、忘れ去られてしまった傘。少女が杖代わりに使っていたそれを手に取り、店主は大通りの方を見やるも、時すでに遅し。少女の姿はどこにもない。店主はため息交じりに肩をすくめ、手にしたそれを店の傘立てに差して戸を閉めた。







――――その後、一人の少女が用水路に足を滑らせ、のちに死体となって発見されたという。


 

 

お題:「眼鏡」を買いに来た「盲目の少女」

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