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変態超能力をプレゼントDX  作者: ヒィッツカラルド
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8・お昼休みの噂話

昼休みのことである。


龍一が卓巳と机を向かい合わせにして弁当を食べていると、隣のクラスの男子生徒が教室に掛け込んで来て二人に話しかける。


「な~、な~、龍~」


彼の名前は鶴岡又吉つるおかまたよしである。


お調子者で、誰にでも賑やかな口調で話しかける軽い男であった。


髪を少し茶色く染めているが、本人は卓巳のように、もっと金髪に染めたいらしい。


しかし、その願いが叶わないことを、龍一と卓巳は知っていた。


又吉の家柄は古くから名門で有名な茶道の流派らしいのだ。


本来ならば茶髪すら許されないほどに厳しい家柄である。


だが、堅苦しい家に生まれ育ったわりには、又吉の性格はなんとも柔軟である。


人当たりは軽すぎるほどに馴れ馴れしい。


そんな又吉も家に帰れば、厳格な家族やセレブな客人に囲まれ、猫を被りながらお茶をたてている。


想像しただけで笑ってしまいそうな生活を過ごしているのだ。


「な~、な~、知っているか、ミスターオカルト~」


「なんだ、又吉?」


弁当を食べ終えた龍一が、片付けをしながら返事をした。


一緒に食事を取っていた卓巳も、もう少しで食べ終わりそうだった。


「ミスターオカルト、面白い噂話を仕入れたぜ。どうだい買わないか?」


龍一は又吉に、しばしばミスターオカルトと呼ばれることがあるが、あまり気にしていない。


又吉が、こう呼びながら近寄ってくるさいは、大概がオカルト話を交わしたい時である。


買わないかと振ってくるが、実際に売り買いを行ったことはない。


「どんな噂話だ? この前みたいなくだらない都市伝説はあきたからな」


この前の噂話とは、こうであった。


町に化け物じみた怪人が現れ悪さを働くと、バイクに乗った仮面の男が登場して退治する。


──と、いった噂話である。


この都市伝説は、昭和四七年ぐらいから噂されるようになった話で、最近では都市伝説の一つとしてインターネット上でも多く語られている。


怪人は、人型だが人間とは思えない外見をしており、人間の遺伝子に、まったく別の生き物を足したような化け物で、中には機械と融合した者もいると云われている。


そのような怪人が、何処からともなく表れて、人を浚ったり殺したりするらしい。


時には世界征服を目論み、秘密結社として影で暗躍しているとも噂されている。


オカルトに興味を持っている人物ならば一度くらいは聞いたことがある都市伝説だが、逸脱した内容のせいで信憑性は低い。


ツッコミどころが多すぎるのだ。


「いやいや、今回の話は、もっと身近な話だぜ」


又吉はオカルト話が好きなわけではない。


基本的に情報が好きなのだ。


いろいろな人と、いろいろな情報を交換して、更なる情報を手に入れる。


そうやって人間関係を広げていきながら知識を収集するのが好きなのだ。


生まれついての情報屋みたいな男である。


そして又吉が話をわざわざ龍一のところに持って来る理由は、自分が扱うオカルト話の信憑性を確かめ、そのうえでうんちくを学びたいからである。


ただの噂話も、それなりの知識がある人物の意見を取り入れれば、一段と面白い話になるからだ。


又吉が知る人物では政所龍一が一番のオカルト研究家なのだ。


龍一の意見を取り入れたオカルト話ならば、このあとに同じ話を聞かせる相手の反応が、大きく違ってくることを又吉は心得ていた。


良い情報で内容が詳細な物ならば相手の受けが良いのだ。


龍一も又吉が持ってくる噂話には感謝している。


自分は女の子と話すのが苦手である。


身内や月美以外の女の子と話すと、直ぐにどもってしまう。


だから女の子が好むような噂話や都市伝説の類いは、いつも又吉が運んで来るのが頼りの一つであった。


彼の持ち込むスピードは、時にネットよりも早いことがあるからだ。


「身近ってなんだ?」


又吉に訊いたのは、弁当の蓋を閉めたばかりの卓巳だった。


それに又吉が答える。


「パンドラ爺婆の噂だよ」


「パンドラ……じじぃ、ばばぁ……」


又吉の話に龍一は、先日自分が出会った老婆の顔を思い出す。


自分に超能力をプレゼントしてくれた老人だが、いまだどのような超能力が備わったかは不明である。


「ハンドラじじばば? パンドラって言ったら、百八の災いが入っていたって言うパンドラの箱の……あれだろ?」


卓巳の質問に、今度は龍一が答えた。


「ギリシャ神話だよ。プロメテウスが天界から火を盗み、人間に与えてしまったことを怒ったゼウスが、他の神々に命じてプロメテウスを貶めるための『女性』を作らせた。肉体は泥から作られ、男性を苦悩に追い込む我が儘な魅力と、獣のような恥知らずな心を与えられた女性だ。それがパンドラだよ」


「ほうほう」


「パンドラって泥で出来た人間なんかい……」


卓巳と又吉が、淡々と語る龍一のうんちくに耳を傾ける。


「そしてゼウスはパンドラに一つの壷を持たせると、プロメテウスに彼女を贈り物だとしてプレゼントするんだ」


「壷? 箱じゃないのかよ」


又吉が訊くが、龍一は首を横に振ってから答える。


「今ではパンドラの箱として有名だけど、この話が一般に広まる前の古い書物では、壷と書かれていることのほうが多かったんだ。それが世間に広まる途中で、箱としてのほうが有名なほどに広まったんだよ。実際は、箱なのか壷なのか、どっちが正しいかは僕にも分からないけどね」


今度は卓巳が言う。


「で、確か、その道中でパンドラちゃんが、好奇心に負けて箱か壷だかの蓋を開けて、世界に百八種類の災いが広まるんだよな」


「おおまかには、そうだけどね。もっと細かく言うならば、プロメテウスはゼウスの贈り物を拒んだんだけど、弟のエピメテウスがパンドラの美しさに惹かれて結婚してしまうんだ。そのあとパンドラが蓋を開けてしまう。彼女は、災いを世界にばらまくためだけに産み出された女性なんだ」


「パンドラちゃんって、既婚者だったのか……」


そこまで説明したあとに龍一が「それでパンドラ爺婆ってなんだよ」と、問う。


「なんでも一年前ぐらいから急速に浮上し始めた噂話で、まだネット上にも広がっていない話なんだけどな」


又吉の顔は、無邪気に笑っていた。


噂話をおどろおどろしく語りだす。


「この素度夢町と、隣の後母等町に出没する怪人らしいんだ」


「怪人……」


怪人と言われて龍一が、眉間に皺を寄せた。


確かに超能力をプレゼントしてくれるという点では、怪人かもしれないが、自分が行き当たった老婆は、水晶を前にした占い師風だった。


怪人と呼ぶほどに奇怪でもなかったと思う。


それに爺婆ってことは、爺さんと婆さんの二人と言うことだろう。


それも龍一の体験と異なる。


自分の場合は老婆しかいなかった。


「なんでもよ、そのパンドラ爺婆ってのに出会うと、超能力が貰えるらしい」


そこは、龍一の体験と類似している。


ただ本当に自分に超能力が備わったかは、まだ不明だが……。


「それで、そのパンドラ爺婆ってのは、二人居るのか?」


卓巳が問う。


龍一は、ナイスと思う。


そこも知りたい疑問の一つだった。


「ああ、二人いるらしい。爺さんのほうが、隣町の後母等町に出没するらしい。婆さんは、この素度夢町に現れるらしいんだ」


素度夢町市と後母等町市は隣り合わせの町である。


「じゃあ、婆さんは、この町にいるんだな。何処に行けば会えるんだ?」


卓巳のストレートな質問に又吉が「それは分からない」と、首を振る。


俯いて考え込む龍一。


やはり龍一の出会った老婆は、その婆さんのほうだ。


この噂は、本物だ。


「龍~、聞いたか。超能力が貰えるんだってよ。本当ならスゲーな。俺らも貰いに行くか?」


冗談交じりに言う卓巳は、話の本筋から信じていない様子だった。


面白おかしく茶化しているだけだろう。


もともと卓巳は、超能力や幽霊などの類いは信じていない。


しかし、否定もしていない。


オカルト現象が存在しようがしまいが関係ないと考えていた。


だからオカルト好きの龍一とも親友関係が築けている。


「でも、この話には、まだ後があるんだよ」


語る又吉の顔に、怪しげな影が掛かり不気味な口調に変わる。


少し真剣さを帯びていた。


「なんでもよ、パンドラ爺婆に出会うと超能力が貰えるけど、その代わり人格まで変貌するらしいぜ……」


「人格が変わるってなんだよ?」


質問を反芻する卓巳の横で、龍一の顔が曇る。


龍一の脳裏に新しい趣味と述べた老婆の台詞が流れた。


その後にドラゴンが運んで来たパンツのシャワーが思い浮かんだ。


そして更に又吉が怪しさを深めながら語る。


「パンドラ爺婆に、超能力を貰った人間は、その後、殺人鬼に変貌するらしいぜ!」


殺人鬼!


龍一の背筋が一瞬伸びた。


「殺人鬼になるって、どういうことだよ?」


ちょっと強めの口調で問う龍一。


その様子を卓己がチラ見した。


「ほら、三ヶ月ぐらい前に、C組みの江田島って奴が、暴力事件で退学させられただろ」


覚えている。


確か自分の父親をバットで殴りつけて病院送りにした事件だ。


テレビでもニュースになっていた。


バットで殴られた父親は、一命を取り留めたらしいが、死んでても可笑しくない重症だったらしい。


自分たちが通う高校の生徒が起こした事件だけあってクラスでもかなり話題になった。


「あいつが事件を起こす数日前に、変な婆さんに出会ったとか言ってたらしい。その話の裏はクラスメイトから俺自身が取ってるから間違いない」


「マジか!?」


龍一が又吉の行動力に驚く。


「それだけじゃないぜ。一年の女の子が、一ヶ月前から失踪しているんだ。その彼女も後母等町で変な爺に出会ったって、周辺に語っていたらしい。確認こそ取れていないが別の学校でも、似たような話が上がっているとか……」


最後に間を置いた又吉が、神妙な顔を作りながら考え込んでいる龍一に「どう思う、ミスターオカルト?」と訊いた。


少し考えてから龍一が答える。


「今のところ情報が少なすぎるし、良くある厨二臭い話だ。C組の男子生徒の暴力事件や一年の女の子が失踪した事件とも、因果関係がなさすぎる。失踪と暴力事件では一緒に出来ないし、まだ誰も死んでないんだろう。殺人鬼って言っても殺人事件は起きていないし……」


自分が殺人鬼になってしまうのかと、不安が過ぎった。


だから否定気味の意見になってしまう。


「現段階では詳細の意見は述べられないけれど……」


「けど?」


「身近で――、この町と隣町で起きている事件ならば、まだ調べようがあるかもしれないね。手の届く範囲内の事件、そこに興味が持てるよ」


興味どころの話ではない。


真相を見極めたい。


超調べたい。


「なるほど~……」


今度は又吉が考え込む。


龍一の意見は、遠回しだが又吉に調査しろと言っているようなものだったからだ。


「分かったぜ。もうちょっと情報が集まったら出直すよ」


そう言って踵を返そうとした又吉を龍一が「ちょっと待った」と呼び止める。


「調べる気があるなら、調査内容をリクエストしていいかな?」


カッと、又吉の顔が明るくなる。


乗り気の龍一を見ながら「そうこなくっちゃ!」と言いたげな笑みだった。


「なんだい?」


「パンドラ爺婆も気になるが、その老人たちと出会った生き証人を探してくれ。あと本当に超能力を貰えるなら、どんな超能力を貰えたかだ」


「龍~、否、ミスターオカルト。僕を舐めているのかい。そんなのキミに言われなくても心得ているよ。僕の夢は茶道の家元を継ぐことじゃない。探偵小説などに出てくる情報屋になることだ。夢はハードボイルドの脇役だぜ。任せておきな」


「もっといい夢を持とうぜ……、又吉……」


ミュージシャンを夢見る卓巳が心配そうに又吉を見た。


だが、ご機嫌の又吉は踵を返すと教室をスキップで出て行った。


新たな情報を求めにだ。


しかし、誰も気付いていなかった。


クラスメイトもだ。


龍一たち三人がオカルトチックな会話を繰り広げている間、龍一の席の隣の列、四つ前の席で昼食を終えたクラス一番の美少女である鹿沼翡翠が、読書をするふりをして、三人の会話を熱心に盗み聞きしていたことを――。


「あら、翡翠。読んでる本が逆だよ……。あんたそれで本が読めるの?」


逆さまに持った本を読んでいる鹿沼翡翠に気付いたクラスメイトの女子が訊くと、彼女は「あ、本当だ!」と惚けてみせる。


天然を装いながら慌てて言い訳を述べる翡翠。


「宇宙から電波が届いたから、ついつい受信しちゃったの。てへ」


可愛く舌を出しながら身を竦める翡翠は、自分の頭を軽くこずく。


「翡翠、天然を隠す積もりにしては酷いボケっぷりよ。そんなボケかたしていると、政所君と同じ扱いうけるわよ……。友達として本当に心配だわ」


彼女の台詞は、見事なぐらい龍一たちの耳にも届いていた。


龍一が肩を落とす。


「ひでー……」


言ったのは卓巳のほうであった。


ただ翡翠は苦笑いを浮かべるだけであった。


ショックを受ける龍一に卓巳が慰めの言葉を掛ける。


「大丈夫だ。クラス全部の女子にキモイと呼ばれても、お前には幼馴染が居る。お前は月美ちゃん一本に絞って、彼女のハートを射ぬくよう全力を尽くせばいいんだ。もしも月美ちゃんを逃したら死ね。一生独身童貞人生を送るぐらいなら死ね。それか二次元を愛せ。曲がった愛でも、愛さえあればどうにかなる。いいな!」


「慰めになってね~よ……」


そこで昼休みが終わるチャイムが鳴った。


しばらくすると教科書を抱えたまなみ先生が教室に入って来る。


龍一は、窓の外を眺めながら放課後の予定を考えていた。


とりあえずもう一度、あの婆さんを捜してみようと思う。


「駅前を捜してみるか……」


龍一が呟くと、授業を始める起立の号令が掛かった。


一礼の後に授業が始まる。


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