61・バトルステージ桃垣根神社境内
目指すは桃垣根神社。
しばらく腕を組んだまま歩く龍一と偽茜。
会話は弾まない。
何を話していいか分からないうえに、偽茜は駅前から一言も発していない。
龍一が話しかけても偽茜はコクリコクリと小さく頷くだけである。
どうやら三国武氏自体が口下手のようだ。
それだけでなく偽茜は緊張しているのか怯えているのか分からないが、龍一の腕に抱き付くように身を寄せて震えていた。
もともと囮が務まるような、肝っ玉の持ち主ではないのだろう。
異能者会の特殊な任務には不向きな人材である。
三日月堂が正式メンバーとして勧誘しない理由も分かった。
超能力は素晴らしいのに人格が弱々しすぎて頼れないのだ。
「…………」
「…………」
あまりに会話が成立しないので、ついに龍一も諦めてしまう。
気まずい空気に溜め息すらでない。
二人の偽カップルは二つの怨念溢れる妬ましい視線を背中に浴びながら歩み続ける。
まるで悪鬼羅刹に鋭い爪で背中を引っかかれているような思いだった。
その龍一たちの10メートル程後方にストーカー今来栖勇作が鬼気迫る眼光を輝かせながら鼻息を荒くして付いてくる。
そのまた10メートル後方を月美と三日月堂たちが追跡していた。
背中に今来栖勇作と月美の殺気を感じながら歩く龍一が前を見れば、やっと桃垣根神社に続く石造りの階段が見えてきた。
桃垣根神社は杉林に囲まれた小高い丘の上にある。
古めかしい石造りの階段は有に百段を超える急斜面だ。
登るのはかなりきつい。
その為か日中でも参拝客の少ない静かな神社である。
しかし歴史は深い。
この辺一帯が、見渡すばかり杉林だったころから在る神社であった。
歴史は300年を遡れるほどにだ。
その歴史深い神社を代々経営しているのが神主である桃垣根一族であり、桜の血縁者であった。
杉林に囲まれた丘が周囲の民家から境内を隠し、立地の悪さから人気も少ない神社だ。
多少の揉め事が起きても誰も気づかないだろう。
ストーカー今来栖勇作が話し合いに応じずに乱闘騒ぎになっても異能者会だけで事を静められる環境化だと、三日月堂は策したのだ。
「さあ、階段を上がりましょう……」
石畳の階段前で一つ目の鳥居を潜った龍一が、自分の腕にしがみ付く偽茜に言った。
偽茜は黙ったまま一つ頷くだけである。
龍一は、そのまま無言を貫く偽恋人と共に階段をゆっくりとした足取りで確実に登って行く。
「ついてきてるな……」
龍一が階段の中腹ぐらいでチラリと後方を確認すると今来栖勇作が丁度鳥居を潜るところだった。
ドシドシと怒りのこもった足取りで階段を上ってくる。
一瞬だが目が合った。
血走る目と目が合った。
「怒っている! 怒っているよ!」
今来栖勇作の眼は血走り鬼の形相だ。
もう完全に隠れる気すらないらしい。
このまま階段を登り切ったところで襲い掛かって来そうな感じであった。
龍一の足が速くなる。
偽茜の腕を引っ張るかのように頂上を目指した。
「不味い、不味い、不味い。あれは完全に野獣の顔だ。襲われる。ストーキングを通り越して実力行使に打って出る顔だ!」
石造りの階段を登り切り二つ目の鳥居を潜り抜けた龍一たちが境内の中央まで駆け寄る。
先に来ているはずの十勝四姉妹の長女と次女、それに桜の姿を捜した。
龍一は、後方から迫る怨霊にビビって彼女たちに助けを求める積りなのだ。
「あれ、あれれ!?」
しかし境内のどこを見回しても彼女たちの姿は見当たらない。
救いの女神たちがいないのだ。
「どこですか、春菜さん、夏子さん!!」
境内中央で龍一がオロオロしていると階段を登り切って来た今来栖勇作が姿を現す。
息を荒くして肩を揺らしているが、急斜面の階段を上って来た披露からではないだろう。
偽茜とカップルを装う龍一に嫉妬して、とんでもないことを想像しながら勝手に息を荒くしているに違いない。
「あわわわ……」
「ぐぅぐぅぐぅ!!」
龍一を睨みつける今来栖勇作。
文科系の彼が嫉妬から似合わない程の野性を呼び覚ましつつある。
彼が本物の獣と化して龍一に襲い掛かるのも、あと一歩に思えた。
まだ最後の理性が保たれている。
「春菜さん、夏子さん、早く彼を説得してください。話し合いで丸く事をおさめましょう!」
人気のない境内に龍一が叫んだ。
しかし、返事は無い。
誰も姿を現さない。
緩い風が周囲の木々を軽く揺らす音だけが虚しく聴こえてくるばかりだった。
後方から追っていたはずの三日月堂たちすら姿を現さない。
その時である。
メールの着信音が鳴り響いた。
殺伐とした緊張感を保っていた三人がキョトンとした顔で固まった。
「メール……」
メールを着信したのは偽茜のスマートフォンである。
彼女が制服のポケットからスマホを取り出してメールを確認した。
それから一度龍一の顔を見る。
「だれからですか……?」
龍一が問うが偽茜は答えない。
代わりに偽茜は大きく胸を膨らませながら深呼吸をした。
そして偽茜は――
「誰か助けてください。変態に脅迫されて人気のないところに連れ込まれました。やらしいことをされてしまいます。パンツを脱げと脅されています。たーすーけーてーくーだーさーいー!!」
――と、叫んだ。
「なっ!!!」
「!!!!!」
瞬時に動いたのは今来栖勇作だった。
10メートルの距離を一秒も無い刹那に詰め寄り龍一に殴りかかってきた。
保っていた最後の理性がプッツンと音を鳴らして途切れたようだ。
「がぁぉぉおおお!!」
「ちょっ!!」
目を剥いて驚く龍一。
有り得ない今来栖勇作の俊足。
10メートルを半秒で移動。
その速度は疾風が如し。
龍一の脳裏にすぐさま閃くは回答。
「これがあなたの超能力かッ!」
「ふがぁ!!」
超俊足からのフック。
移動速度とは異なりパンチの速度は遅い。
しかも予備動作がはっきりと分る素人のパンチ。
狙うは顔面。
龍一は驚きながらも背を反らし僅かな動きで拳を躱した。
自動戦闘能力が作動したのだ。
「ちょっと!」
龍一は突然の攻撃に戸惑いながらも腕にしがみ付いていた偽茜を振りほどく。
すると左半身が防衛体勢を築きながら距離を取った。
偽茜は本堂のほうにヘップリ腰で逃げて行く。
龍一の戦闘スタイル。
左肩と右足を前に斜めの体勢。
左腕は肩の高さまで上げて掌は天を向いていた。
なんらかのカンフーの構えは、半身だけとはいえさまになっていた。
「いきなり何をするんだ!」
「だまれ、この変態野郎。彼女に猥褻なことなんてさせないぞ。僕が彼女を守るんだ!」
「ぁぁぁ……。完全にこっちが悪者だ……」
偽茜はメールの内容を叫んだだけだ。
おそらくは三日月堂の指示だろう。
この展開は仕組まれたものだ。少し考えて良く分かった。
「僕の超能力の解明……。実戦で理解すべきか……」
右脳の自動戦闘能力(左半身のみ)と、左脳の闇心の具現化能力。
半身と半身に宿りしパンドラのギフト。
このプレゼントが秘めた力を解き明かすには、チマチマとした日常での観察よりも、危険に身を晒した状態での実験のほうが時間を短縮できる。
それが三日月堂の考えであり作戦なのだろう。
龍一は、納得した訳ではないが、状況を受け入れる。
「やるしかないのか……」
頼るはプレゼントされた超能力のみ。
右面に釣られて左面も凛々しく引き締まる。
龍一の表情は、闘争を覚悟した顔であった。




