60・挑発的偽カップル
月美と偽茜が素度夢町駅前に到着したと三日月堂のスマートフォンにメールが入った。
メールの主は尾行していた朝富士からだった。
「では、皆さん、出動です」
席を立った三日月堂が全員を会議室の出口に促すと、異能者会メンバーが次々と部屋を出て行った。
最後に一番年下の桜が会議室を出ると、それを見送った三日月堂も部屋を出る。
三日月堂ビルと素度夢町駅は目と鼻の先であった。
50メートル程先に駅前広場が見える。
その道中で三日月堂が、異能者会のメンバーたちに指示を出した。
「まず桜ちゃんは駅前に到着しだい、遠目でいいから今来栖勇作が異能者かどうかを確認してもらいたい。結果はどうあれ、その後は春菜さんと夏子さんと一緒に桃垣根神社に向かってくれ。三人で神社内の人払いを頼みます。一般人に見られたら困るからね」
「はい――」
巫女服の少女が返事を返すと、十勝四姉妹の長女と次女も頷いた。
更に続く三日月堂の指示は花巻と秋穂にだった。
二人は朝富士と交代して尾行と警護役に付いてもらいたいとのことであったので、先に駅前方向に急いで移動して行く。
千田は三日月堂と共に行動するらしい。
「僕は……?」
成り行きを心配する龍一が訊くと、慇懃な笑みのまま三日月堂が答えた。
「龍一君は駅前に到着しだい月美ちゃんと三国さんに合流してもらいます。そこで月美ちゃんには引き上げてもらい、龍一君は三国さんと恋人の真似事をしてもらいます」
「こ……恋人の真似事ですか……」
ちょっと戸惑う龍一。
恋人の真似事なんて想像が出来ない。
何せ恋人が居ない歴と生きていた年数が同じなのだからだ。
「真似って言われましても、どうしたらいいのか、分かりません……」
「そうだね、腕を組んで歩くとか、手を繋ぐ程度で構いませんよ。ストーカーを挑発して、確実に桃垣根神社まで誘導させるためです」
「は……、はい……」
女の子に化けているとはいえ相手はお坊さんだ。
禿げ上がった、やせっぽちの男性である。
現役JKではない。
その偽物と腕を組んだり手を握り合ったりするのは、かなりの抵抗を感じる。
出来る事なら本物の女の子と腕を組んで歩きたいものである。
龍一が些細な希望を抱いていると、直ぐに駅前に到着した。
駅前広場に設置されたベンチの一つに月美と偽茜の姿を見つけると異能者会のメンバーはビルの陰に隠れた。
件のストーカー犯である今来栖勇作は駅内の改札口側で乙女二人を見守っている。
本人は駅の柱に隠れている積りだろうが全身が丸見えであった。
黒い野球帽にサングラス。そして口元を隠す白いマスクが不審者そのままである。
近くを通り掛かった通行人たちが怪訝な眼差しで見ているが、その視線に今来栖勇作が気付くことはない。
鈍感なのか、無神経なのか、それとも茜に夢中で周囲が見えていないのかは不明であった。
「さあ、桜ちゃん。確認してくれ」
「はい」
三日月堂に背中を押されて前に出た桜が目を凝らす。
今来栖勇作が異能者かどうかを肉眼で確認した。
そして、桜が自信を持って述べる。
「間違いありません。あの人は異能者です」
予想していた通りであった。
桜の異能者探知に今来栖勇作は引っかかった。
彼は異能者である。
「では、皆さん手筈どおりに――」
三日月堂の言葉に異能者会の面々が頷いた。
春菜、夏子、それに桜の三人が桃垣根神社に向かうと、それを見送った三日月堂が龍一の肩に手を置いた。
「龍一君、出来るだけ恋人らしく振舞ってくれたまえよ」
「ですが……」
「ほら、行った行った」
半強制的に龍一を送り出す三日月堂。
背中を押されて進みだした龍一が振り返ると三日月堂が笑顔で片手を振っていた。
龍一は仕方ないと思いながらも月美たちの元へ歩み寄る。
「やあ、二人とも……」
月美と偽茜の前に立った龍一が固い笑みで挨拶をすると、ベンチに座ったままの月美が眉間に皺を寄せながら睨みつけて来た。
月美の目が怖い。
どうやら龍一が偽茜と恋人役を演じることは聞かされている様子だった。
おそらくメールで連絡済みなのだろう。
だが、この鋭い眼光は嫉妬だと思われた。
月美は作戦内容に納得していないのだろう。
「龍~ちゃん、演技だからってエロイことしたら承知しないわよ。変なところを触ったりしたらダメなんだからね!」
「触るわけないじゃないか……」
そうである。相手は男なのだから。
「本当に変なことしちゃダメだからね!」
「は……はい……」
釘を刺された。
男相手にエロイことなんてするわけないのに釘を刺された。
「ふんっだ!」
「…………」
ベンチから立ち上がった月美はプイっと顔を反らすと三日月堂の元へ歩いて行った。
その背中からは怒りのオーラが陽炎と化して揺らいでいるのが感じ取れた。
後が怖い。
「じゃぁ、生きますか……、三国さん。いいや、茜さん……」
いまだベンチに腰掛けている偽茜に龍一が声を掛けると偽茜は苦笑いながら立ち上がる。
そして恐る恐る偽茜は龍一のほうに腕を伸ばしてきた。
腕を組もうとしている様子だった。
これは仕事だと自分を納得させた龍一が脇の下を空ける。
そこに偽茜が腕を入れて組み合った。
二人はラブラブでイチャイチャのアツアツカップルを装い歩き出す。
目指すは誘導先の桃垣根神社境内だ。
そこまでの我慢である。
「よしよし、いい感じだ」
カップルを装い歩く龍一と偽茜の後方であたふたする今来栖勇作を見て三日月堂が呟いた。
今来栖勇作は、想像した以上に同様している。
気になって気になってしょうがなくストーキングしている女子が男子と腕を組んで歩いているのだ。
心中穏やかでないだろう。
何せストーキングを始めて、初の出来事だ。
彼女に彼氏が居るとは知らなかったのだから。
今来栖勇作はサングラスとマスクを乱暴に外して二人を凝視していた。
遠目でも分かるぐらいに息を荒くしている。
もしも人目が無ければ、今にでも龍一に飛び掛かりそうなほどに眼を血走らせていた。
なんとか怒りと興奮を押さえている様子である。
「これならば確実に桃垣根神社まで誘導できるな」
三日月堂が作戦の安泰を確信している横で、もう一人心中穏やかじゃない人物が居た。
月美である。
「あぁぁぁ、なにデレデレしてるのよ龍~ちゃんは、私以外の女子と腕を組んで、もう!」
恋人を寝取られたかのような形相で怒る月美は、眼を血走らせ、顔を嫉妬の炎で赤く染め上げていた。
こちらもまた、人目が無ければ龍一に飛び掛かりそうなぐらい熱くなっている。
「うぐぅぅぅ……嫉妬の視線が……」
背中に感じる二つの視線。
その視線に含まれる嫉妬の熱が龍一の罪悪感を刺激する。
まさか今来栖勇作を挑発する積りが、味方の月美まで挑発する結果になろうとは思ってもいなかった。
考えが甘かった。
乙女心を甘く見ていた。
「痛い……。痛いし、怖い……」
このような役割を引き受けるべきではなかったと後悔する龍一であった。
本当に後が怖い───。




