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変態超能力をプレゼントDX  作者: ヒィッツカラルド
52/61

52・新種

パイプ椅子にガムテープで拘束されている龍一が不安を視線だけで訴えていた。


手も足も縛られているために動けない。


更には口もガムテープで塞がれていた。


右の耳たぶの下辺りから頬を通って唇を塞ぎ逆の頬を通って左の耳たぶの下までガムテープが張られている。


口裂け女の口を塞いでいる訳じゃないんだから、ここまで念入りにガムテープを貼らなくてもいいと思う。


そのような状況の龍一の前に、三日月堂が立った。


「とりあえず、もう少しだけ我慢してもらいたい。もう少しの間、口のガムテープも外せないから、質問には頷くなり首を振るなりで答えてもらえないかな」


――質問?


この状況からして……。


――拷問!?


龍一の全身から、どっと汗が噴出した。


不安のせいか不可解な恐怖心が沸き上がる。


「では、質問を始めるよ、龍一君」


必死に頷く龍一に、三日月堂が最初の質問を投げ掛ける。


「君が異能者になって二週間が過ぎた――」


早いもんだ。確かに二週間ぐらい過ぎている。


「その間、君の超能力が――、心の闇の具現化能力が発動したのは、カヲル君との一戦以来あったかな。なかったら、頷いてくれ」


ない……。


あれっきり一度もない。


一つ頷く。


「では、あれ以来、誰かと喧嘩をしたかい。殴り合いの喧嘩をだよ」


とんでもないと、激しく首を横に振る。


そもそも、普段は暴力沙汰とは無縁で平凡な高校生である。


あの日、あのように、ジャイアントスパイダーズといざこざが起きたことが異例中の異例なのだ。


「じゃあ、普通に生活していて、何らかの痛みを受けるような出来事はなかったかな。痛みとは肉体的にね。体育の授業中でも構わないよ」


ない──。


そもそも喧嘩後の体育の授業は、三日程見学していた。


その後、サッカーなどに参加したが、これといってハードなラフプレイもなかった。


穏便に体育の授業を終えている。


私生活でも記憶に残るようなハプニングもなかったと思う。


「ぅ……」


否。ある。思い出した。


さっき月美に殴られ気絶するほどのダメージを受けた。


まだ右頬と首がズキズキする。


そのことを思い出し龍一が月美のほうを見ると、三日月堂が返事の内容を察してくれたようだ。


チラリと月美のほうを見た三日月堂が小さな溜め息を吐く。


「なるほどね。やはりあれ以来、肉体に大きな痛みを受けたのは、先程の月美ちゃんのジェラシーパンチだけのようですね……」


俯き上目遣いで龍一を見る月美が消え去りそうな声で「ごめんなさい……」と呟いていた。


「では、龍一君。質問はここまでです……。これからこの二週間、僕が君を観察しながら考えた推論を話すね」


推論?


何を考え、何を推測したのか?


「君の超能力に付いて考えたんだ。君の心の闇の具現化――」


思い出すカヲルとの決戦最中に突如発動した僕の超能力だ。


他人の闇の部分を具現化する。


悍ましい怪物を呼び出す超能力だ。


「あの能力を私なりに分析したんだ。まず分かっていることは龍一君の体の一部に出来た黒い穴から黒い霧が吹き出し、それで出来た黒い水溜りの中から怪物が出てくる。怪物は君と対決していた人物の分身だと思われ、その人物の心の闇の部分を連呼する。カヲルちゃんの場合は……」


そこで三日月堂が言葉を切った。


それ以上は『カヲルの闇』について語らない。


話を龍一の超能力に戻す。


「君の心の闇の具現化能力は、他人から受けたダメージがトリガーだと思う。肉体的に極度のダメージを受けたことで黒い穴を生み出す」


ここまで話して三日月堂の顔から慇懃な笑みが消えた。


真顔に変わる。


「僕は、もう一つ推測しているんだ。君はダブルだってね。しかし、パンドラ爺が言うダブルではなく、特殊で新種なダブルだと」


新種のダブル――。


二つの超能力を有する異能者だと───。


しかし、ダブルとは異能者になって一年後に能力が発動するはずだ。


まだ龍一は一年経っていない。


異能者になって二週間程度だ。


だから特殊な新種だと述べているのだろう。


「心の闇の具現化と、半身自動戦闘能力」


半身自動戦闘能力とは、脳梁離断術の副作用で生じる現象のはずだ。


超能力ではないと思う。


しかし、三日月堂が否定する。


「あれは脳梁離断術が原因じゃないと思うんだ。否、否、脳梁離断術が原因とも言えよう」


三日月堂が何を言いたいのか分からない。


「君は右半身に心闇の具現化と、左半身に自動防衛能力を有していると思うんだ。半身半々で別々の超能力を半分ずつ有していると思われる。そもそも脳梁離断術が原因の現象にしては自動戦闘能力は凄すぎる。超能力の一端だと考えるのが筋だろう」


両眼を見開いて驚く龍一を余所に、三日月堂が話を続ける。


「まあ、半分半分だが二つの超能力を持ったダブルってわけだ。今までにない特殊な例だが、その原因は、おそらく脳梁離断術だろう。半分の脳が、別々の超能力を得た。半分ずつね。だが、そんなことは問題じゃない。もちろん半身自動戦闘能力も問題ない。問題なのは心の闇の具現化能力だよ。その発動条件と能力が齎す効能だ。謎が多すぎる」


三日月堂がゆっくりと龍一に近付いて来た。


「これから口のガムテープを剥がしますが、落ち着いて態様してもらいたい。いいですね」


頷く龍一。


何事だろうと緊張感を引き締める。


「ちょっと痛いですが、我慢してください。ガムテープを剥がします」


三日月堂の手が龍一の口元に近付くと、ガムテープの端を摘まんだ。


「じわじわ剥がすほうがいいですか。それとも一気に剥がすほうがいいですか?」


本人の意思を配慮してくれた二択の質問だった。


龍一は優しく剥がしてもらいたいと、潤んだ眼差しで訴える。


「分かりました。ご希望どおり一気に剥がします」


希望していない!?


しかし、言い終わるなり三日月堂は、ガムテープを躊躇いもなく一気に剥がした。


ビリビリッと痛々しい音が響いた。


「ぎぃぁぁぁぁああああああ!!!」


ガムテープを剥がされた瞬間、口を解放された龍一が悲鳴を上げる。


その悲鳴を聴いて、女子たちが顔を顰めて目を背けた。


「酷いですよ、三日月堂さん!」


ヒリヒリする口で怒鳴る龍一が三日月堂に抗議を述べた。


「龍一君、痛かったかい。それよりもパソコンの画面を見てもらえるかな」


「なぜですか!」


怒り治まらない口調で答えた龍一が、パソコン画面に映る自分を見た。


口元が赤くなっているが、普段から鏡の中で見慣れた少年が映っている。


それに――。


「これは……」


しかし、異変があった。


パソコン画面に映る龍一の顔に異変があったのだ。


口元が腫れているよりも大きな異変だった。


「黒丸……!?」


右頬に黒い丸が――。


まるで大きなホクロかどす黒い痣のようだった。


否。良く見てみれば穴だ。


黒い穴である。


「穴がぁ……」


「そうです。穴ですよ。あの時と同じ穴です」


黒い穴――。


龍一がジャイアントスパイダーズのアジトで千葉寺カヲルと対決したさいに、初めて発動した超能力。


他人の心を具現化する能力。


カヲルの巨漢から繰り出された強烈なタックルを喰らい胸にできた穴のサイズは野球ボールが入るぐらいの大きさだった。


だが今回は、龍一の頬に開いた穴のサイズはピンポン玉程度の大きさである。


先回より少し小さい。


新たな穴が開いたポイントは、ついさっき月美に殴られた場所だ。


右頬である。


「これが二回目の発動になるんだね、龍一君」


「は、はい……」


答える龍一の額から汗が流れ落ちると、頬の穴の中に消えて行く。


龍一がパソコン画面を通じて穴を観察した。


黒い穴の奥は闇だった。


頬肉一枚に穴が開いたのなら口の中が露出して見えるだろうが、歯茎どころか白い歯の一本すら見えない。


舌で口の中から右頬を触ってみるが、穴の開いている感触はなかった。


内側には、貫通していない。


「この穴……。口の中に通じていませんよ……」


「そのようだね……」


頬の穴を覗きこみながら三日月堂が人差し指だけを伸ばす。


「ちょっと、三日月堂さん!?」


「動かないでくれたまえ――」


三日月堂の指が頬の中を進むが、指先には何も手応えはない。


本来なら龍一の口の中に届いているはずの指が無空をかき回す。


「まるで別空間に通じているようですね……。若干の冷たさを感じます。ブラックホールのように不思議だ」


「こ、この穴は……、いったいなんでしょう……」


「分かっていることは、これが君の超能力であるってことぐらいだ」


踵を返した三日月堂が、元居たカメラの横に戻って行く。


「これは良い機会だと思うんだよね、龍一君」


振り返った三日月堂の顔は微笑んでいたが、龍一の顔は引きつったままである。


「先程も話した通り、君の超能力には、不明な点が多い。だからこれを機会に龍一君の超能力を徹底解明しようと思うんだが、どうだね?」


どうだねもこうだねもない。


それはいずれなさねばならない課題だった。


このまま不明の能力として放置もしていられないだろう。


だが、この状況化での徹底解明は怖い。


せめて手足の拘束は解いてもらいたかった。


「三日月堂さん、せめてガムテープを外してもらえませんか!?」


いくらもがいてもガムテープの拘束は緩みもしない。案外と丈夫である。


龍一の懇願を聞きながら三日月堂が一歩後退した。


三日月堂だけじゃなかった。


月美と茜が寄り添いながら部屋の隅に逃げて行く。


千田や花巻、それに朝富士までもが龍一から距離を置く。


皆の顔が強張っていた。


茜に関しては泣きそうである。


「ど、どうしたんですか、皆さん……」


「龍一君、落ち着いて聞いてくれたまえ……」


「は、はい……」


三日月堂の声に真剣な重さを感じた龍一が、喉を鳴らして唾を飲んだ。


椅子の上のパソコンを指差す三日月堂が、緊張している。


確実に普通じゃない反応だ。


三日月堂の声や動きが硬い。


「ゆっくりだよ……。ゆっくりパソコン画面を見るんだ……」


忠告を無視した龍一が、敏捷にパソコン画面を見た。


画面に映る龍一の頬から黒い煙が流れ落ちている。


「これは、あの時と同じ……」


流れ出る黒い煙は、ドライアイスの煙のように床に落ちて行く。


空気よりも重い気体なのだろう。


この現象は、カヲルの時と同じだ。


黒霧の滝が流れ落ちて龍一の膝の上で二つに割れてから床に広がって行く。


それは、漆黒の水溜まりを作り始めていた。





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