5・幼馴染の月美
食卓に並ぶカレーライスとサラダの器を前にして龍一は、父の源治にこってりと絞られていた。
姉は弟に対して「変態!変態!変態!」と連呼しながら二階の自室に飛び込んでしまい、それっきり出て来ない。
こちらもかなり怒っていた。
姉の部屋に夕飯を運んだ母が、お盆を片手にリビングに戻って来る。
長い説教―――。
怒鳴った父が落ち着くまでに三十分近くの時間が掛かった。
流石に龍一もへこんだ。
父の源治は、かなり硬派な性格だ。
分かりやすく言えば、元ヤンである。
現在四五歳なる。
仕事は土木建築会社の事務職を務めているが、スーツを着た姿は身形を崩していないヤクザに見えるほどに凄みがある。
しかも右頬には刃物で切られたような派手な古傷があるのだ。
尚更、堅気には見えない。
頬の古傷に関しては、父に訊いても語らない。
母曰く、父は若いころから外見とは裏腹に真面目な性格だったと言う。
喧嘩もしない。
博打も打たない。
お酒は飲むが飲まれない。
ましてや弱い者を苛めるなんか有り得ないとのことらしい。
少なくとも母の目には、そう映っていたようだ。
しかし、父と若いころから知り合いだと言う人が、たまに家へと尋ねて来る。
だが、どの人も強面ばかりだ。
しかも殆どのお客が、吉本芸人でもないのに父のことを「兄さん」と呼ぶのである。
そのことから父の若かりし時代に、どれほどのやんちゃを仕出かしていたかが推測できた。
間違いなく元ヤンキーである。
しかも、かなり格上のヤンキーだ。
番長クラス、否、総番クラスだったのかもしれない。
だから父に怒られるのは、たまらなく怖い。
おそらく龍一は一生父に逆らえないだろうと感じていた。
龍一にとって父親は、身近でありながら最大の壁なのだろう。
しょんぼりと気を落とした龍一が食事を終えて自室に戻る。
階段を上る足が、とても重い。
まるで鉄球つきの足枷でもつけられた気分だった。
気分は凹みに凹みまくっている。
「はぁ~……、殺されるかと思った……」
呟きながらベッドに倒れこむ龍一は、うつ伏せの体制で枕に顔を押し付けた。
まだ思考回路が恐怖でちぢこまっている。
超能力について考える余裕が、精神力として残っていなかった。
「もう駄目だ……、今日はもう寝よう……」
パジャマに着替えようと龍一がベッドから起き上がった時である。
カーテンの閉められた窓が、外からノックされた。
「月美かな――」
龍一がカーテンを開けると、窓ガラスの向こうに見慣れた人物が立っていた。
月美とは、隣の家に住んでいる幼馴染みの女の子だ。
月美の部屋は龍一の部屋の向かいにある。
家と家がかなり接近しているために、屋根を伝って来られるのだ。
「やっぱり月美か……」
笑顔の月美が窓の外で手を振って居た。
髪はショートヘアーに、気立てのよさそうな顔立ち。
白いTシャツに水色のタンクトップを合わせている。
下はひらひらとしたミニスカートを穿いていた。
胸のサイズは程々だがスタイルは悪くない。
スレンダーで綺麗だと思う。
健康的な生脚が艶々していて魅力的だった。
間違いなく美少女である。
歳は龍一と同い年であるが、通う高校は違っていた。
彼女は隣町の女子高に通っている。
龍一が窓の鍵を開けると、彼女のほうから窓を開けて室内に上がり込んで来た。
「こんばんは、龍~ちゃん」
笑顔で挨拶をする月美は、屋根の上を渡ってくるさいに履いていたサンダルを脱いで窓の外に降ろした。
窓枠を間にくの字になってサンダルを置く月美の仕草に龍一が、「よう、月美」と挨拶しながら身を屈める。
パンツが見えそうで見えなかった。
月美は龍一が気さくに話せる数少ない女子の一人である。
「月美、どうした?」
「どうかしたは龍~ちゃんのほうでしょう。虎ね~ちゃんも叔父さんもかなり怒ってたじゃない」
「いや、まあ……」
どもる龍一。
バツの悪そうな顔をする。
おそらくは騒動と説教の大声が、隣の家まで届いていたのだろう。
幼馴染相手でも流石に恥ずかしい。
龍一がベッドに腰を下ろすと月美は勉強机の椅子に腰かけた。
「まあ、虎ね~ちゃんが怒るのもわかるわよ。可愛い弟がさ、まさか脱衣所で自分の下着を観賞してれば幻滅の一つもしちゃうよね」
「そ、そこまで聞こえてたのか……」
更に肩を落とす龍一。
椅子に座る月美が足を組むと膝の上に片肘をついて顎を置いた。
それから少し怒った顔で言う。
「龍~ちゃん、なんで虎ね~ちゃんのパンツなんか手に取ったのよ?」
怒るように言う月美から俯いて顔を逸らす龍一は、大きな溜め息を吐いた。
父にも同じことを問われたが、出来心としか答えを返せなかった。
昨日までは、室内に母や姉の下着が乾してあっても気にすらならなかった。
それが、あの婆さんに出会ってからだ。
急にパンツが気になりだしたのは。
今も足を組む月美のスカートの奥が気になっている。
正直、月美は可愛い。
今日は珍しく女性ぽい服装だが、普段は髪型も服装もボーイッシュなファッションを好む。
小さなころは殆ど男の子に見えたが、高校に入学したころから服装も徐々に女の子らしくなり、発育の遅れていたスタイルも女性らしく成ってきていた。
ボーイッシュキャラからお姉さんキャラに成長している節が見られた。
通う女子高でも一年のころは王子様キャラで通っていたらしいが、最近は月美お姉さまと後輩からは慕われているそうな。
そのぐらいに美形であることは間違いない。
「虎ね~ちゃんも、最近ますます美人に磨きがかかってきてるけどさ。龍~ちゃん、流石に身内のパンツを見て興奮てのはねぇ~。しかも洗濯機から取り出したところを見つかるとは最悪だよ」
そうだ、タイミングが悪かったのだ。
いつも通り姉の後にお風呂に入ろうとしたら、たまたま洗濯機に投げ込まれていた下着が目に入り、思わず手に取ってしまったのだ。
そこを姉に目撃されてしまった。
そうだ――。
たまたまが偶然の如く重なり合い、悪いタイミングを積み重ねるように続いてしまっただけだ。
言い訳だが、己で己を正当化しなければ、死んでしまいそうな気分であった。
「反省している……?」
「してる……」
俯き、項垂れて、力なく答える龍一。
なんとも寂しそうな顔を見せる龍一を心配したのか月美が眉を顰めた。
そして、椅子に座りながら組んでいた脚を解いて、今度は両膝を合わせると上に両掌を載せる。
恐縮した姿勢で月美が言った。
「そんなにパンツ……、見たい?」
「見たいと言いますか、なんと言いますか……」
「ちょっとなら、私が見せてあげようか……?」
「えッ!」
目を見開きながら瞬時に頭を上げる龍一とは裏腹に、月美は顔を赤らめながらそっぽを向いた。
照れている!?
だが、それが可愛い!!
「な、何を言ってるんだよ、月美……」
龍一の言葉が震えていた。
心も動揺している。
生唾を飲んで喉を鳴らした。
「だってほら、私ばかり見ているのも悪いし……」
「……はぁ?」
気恥ずかしそうに訳の分からない言葉を返した月美は、天井の隅っこを見詰めながら赤面していた。
沈黙―――。
硬直した龍一が、月見の顔を凝視する。
一方の月美は、沈黙に時折負けたのか龍一をチラ見するが、直ぐに視線を天井の隅に戻すを繰り返していた。
二つの疑問。
ボーイッシュな幼馴染みの乙女が、突然自分のパンツを見せてあげると言うのだ。
願ったりな申し出であるが、何故にそのようなことを言い出したのかが不明である。
そして、その後に言った言葉が更に疑問だった。
『私ばかり見ているのも悪いし……』
言葉の真意が検討も付かない。
だが、しかし!!
「パンツが……見たいです……」
消え去りそうな小声だったが、龍一の本意であった。
「誰の……、誰のパンツが見たいのよ?」
いまだ天井の隅を見詰める月美が、自分の名前を言わせようと振って来る。
誘われているのか?
それともおちょくられているのか?
罠か!?
釣られるままに月美の名前を口に出したら「嘘に決まってるじゃない、龍~ちゃんキモイ~。あははははははぁはぁ~ん」とか言われて馬鹿にされるのでは――。
そのような疑いも想像できたが、すくすくと育った健康美あふれ出る幼馴染みの新鮮なパンツも凄く見たかった。
それに月美は天然だが、人をおちょくるようなギャル系キャラではない。
「ちょっとって……、今ここで?」
とりあえず質問で探りを入れる。
月美は細い首で、一度だけ頷いた。
「マジですかぁ……」
思わず出た言葉に月美が「マジですよ……」と小声で返してくれた。
月美は幼馴染だ。
小さいころに幾度となくパンツを見たし、何度も一緒にお風呂にも入った。
そのような仲だ。
だが、それは子供のころの話だ。
過去の想い出に等しいし、そのころの月美を龍一は、男の子と思っていた。
彼女を女の子だと意識するようになってからは、裸どころかパンツすら見たことがない。
そして、別に見たいとも思っていなかった。
しかしながら今は、見たい。
力一杯、見たいのだ。
兎に角、見たいのだ。
パンツを見たいと懇願している。
ここは賭けに出るべきだろう。
例え賭けに負けても、ただ馬鹿にされるだけだ。
しかし賭けに勝てば、現役女子高生が身に付けたままの、生のおパンツ様を拝めるのだ。
勝負に出ない理由がないだろう。
「龍~ちゃん、見る?」
龍一が打算的な思慮に励んでいると、月美が無垢に問う。
隙を突かれたような表情を見せる龍一が「うん」とハッキリとした抑揚で答えた。
視線を決して合わせようとしない月美。
視線を月美の顔からはずそうとしない龍一。
最近大人びて来たと感じていた幼馴染の表情が、随分と幼く見えた。
室内の温度が、少しばかり上がったような気がする。
二人の顔が、一段と赤くほてる。
黙ったまま椅子から立ち上がった月美が、ベッドに腰を下ろしている龍一の前にゆっくりとした足取りで歩み寄った。
龍一の眼前で、月美のミニスカートが揺れていた。
細い体をモジモジさせている。
月美は控えめな膨らみを見せる胸の前で、両手の指を落ち着きなく絡ませていた。
月美の全身の肌が、桜色に染まっている。
「ちょっとだけなんだからね……」
構わない、ちょっとでいいから見たかった。
龍一の目が血走る。
期待に心が膨らみ、若さで別の場所も膨らむ。
しかし、モジモジタイムがじれったく続いた。
待ちきれなくなった龍一が、幼馴染の表情を窺おうと上を向く。
一瞬だけ二人の視線が合ったが、素早く月美が視線を逸らす。
月美の顔は真っ赤だった。
とても龍一を騙そうとしている様子ではないし、演技とも思えなかった。
それを察した龍一の期待が、更に膨らんだ。
罠じゃない。
これは罠じゃない。
自信を持って確信できた。
ならば待とうと決心する龍一。
見せぬなら、見せるまで待とう、おパンツを──。
そう決意する。
決心がつかないのは月美のほうに窺えた。
言ったはいいが、なかなかパンツを見せようと動けない様子だった。
だが、その恥じらいが甘美なまでに蕩けるような空気を漂わせる。
黙り込む幼馴染の二人。
静かな部屋に、時計の秒針が刻む音だけが僅かに響いた。
月美は下唇を噛んでいた。
龍一が幼馴染の顔を見つめていると、月美の両手がついにゆっくりと動き出した。
その動きに龍一の視線が下に戻る。
待っていましたと心が躍る。
月美が両手の細い指で、自分のミニスカートの裾を摘まんだ。
龍一の鼻息が荒くなり、時計の微音を掻き消す。
心臓の弾む音が、直接鼓膜に届いて邪魔くさい。
「と、特別なんだからね……」
言葉と共に月美のミニスカートが、少しずつ上昇して行く。
綺麗な生足が、少しずつ見える量を増やして行く。
秘密の花園を隠すカーテンが徐々に幕を上げる。
目が離せない。
逸らせない。
瞬きすら忘れてしまう。
龍一の双眸が、異常なほどに赤く成っていた。
鼻血も出そうである。
刹那。
「おおっ!」
見えた。
少し見えた。
よく分からないが、僅かに見えた。
更に露出は増えていく。
白!
否。
青い横シマ!
シマパン!
ナイス、ボーイッシュ!
全部ではないが、間違いなく見えた。
「ここまで!」
静かだった部屋に張りのある月美の声が響くと同時にミニスカートの裾が下ろされた。
「もうちょっと!」
いきなりボリュームを上げた月美の声に釣られて龍一も大きな声を上げてしまった。
「だーめ!」
そう言って、あっかんべーと舌を出した月美が、踵を返して入って来た窓へと素早く動く。
ベッドから腰を浮かせた龍一が、片手を伸ばすが届かない。
敏捷に窓の外へ出た月美が、上半身だけを反して手を振った。
月美は、いつものように微笑んでいた。
明るく。元気良く。そして、優しく。
「おやすみ、龍~ちゃん」
その言葉を最後に月美は、自分の部屋に窓から入りカーテンを閉めてしまう。
その間一度も月美は、振り返らなかった。
おやすみの言葉すら返せなかった龍一は、ただ呆けながら幼馴染が消えた部屋の明かりを眺めていた。
その光も直ぐに消える。
龍一の部屋に、静けさだけが残った。
「俺も寝ようかな……」
そう言い部屋の電気を消すと、ベッドに潜り込む。
幼馴染がプレゼントしてくれた青春の記憶が、龍一の脳裏に鮮明に焼きついていた。
ベッドの中で瞼を閉じても消えることなく浮かんで来る。
今晩の宝だ。良い夢が見れそうだった。
「久々に、自家発電しようかな……」
こうして少年が歩む新たなる人生の一日目が終了した。