47・ダブルの解説(後編)
何となくだが、少し事情が分かってきた。
パンドラ爺さんは、超能力者を生み出すのが目的である。
しかし、パンドラ婆さんは、変態を生み出すのが目的であると――。
爺さんが、どのような超能力を探しているか不明だが、婆さんは色恋沙汰目的で同類を増やしている。
これが悪いことなのかどうかは判断がつき難い。
人によって捕らえかたは異なるだろう。
龍一にも、二人の行為が善か悪かは判断できなかった。
「まあ、龍一君。ここまでの話は理解できたね」
はい、と千田の問いに答えた。
「じゃあ、やっと本題かな――」
本題――。
そうだ、本題はダブルとは何かだ。
この話題の発端はダブルの意味である。
話が長すぎて本筋を忘れかけていた。
千田が自分専用としている事務机からノートパソコンを持って来る。
そのパソコンを龍一の前の長テーブルに置いた。
慣れた手つきでマウスを操作する千田。
画面に開かれたウィンドーには一枚のチラシをスキャンした画像が映し出された。
「これを見てくれたまえ」
手書きの文章が幾つか書いてあった。
墨汁の毛筆で書かれた物である。
今時にしてはかなり鍛錬された書道に窺えた。
「これは?」
「パンドラ爺さんが異能者に変えた人物に配っているチラシだよ」
「これを爺さんが、配っている……。豆ですね」
「おそらく爺さんが書いた物だ。これを爺さんは異能者にした人物に必ず手渡す。そしてダブルが目覚めるころに、また会いに来るらしい」
「また、会いに……」
龍一がパソコンの画面に目を落とした。
画面に映るチラシ。そこに書かれている内容は、お決まりの台詞だった。
※ 異能者になると、一人一つの超能力を得られる。
※ 異能者になると、新たな趣味が芽生える。それは世間から見て変態行為の可能性が高い。
※ 異能者は異能者しか恋しない。愛さない。
ここまでの三つは龍一も知っているものだった。
だが、更に四つ目の項目が書かれていた。
※ 異能者になった者は、十一ヶ月目から十二ヶ月間目に、二つ目の超能力を授かることがまれにある。それをダブル異能者と呼ぶ。
「ダブル異能者。この四つ目がダブルですか……?」
「そうなんだ。まれなんだが二つ目の超能力に目覚める者がいる」
「まれ……。どのくらいの確率なんですか?」
「なんとも正確な数値は述べられないが、かなりの低確率かな。ちなみに異能者会のメンバーで、この十一ヶ月目から十二ヶ月間目を過ぎている人物は、三日月堂さん、朝富士さん、十勝四姉妹、それと桜ちゃんの7名だけだ」
この7名は異能者になって一年過ぎていることになる。
千田と花巻の名前が無かった。
彼らも龍一同様に異能者一年生なのだろう。
千田の話が続く。
「この7人のうちで、ダブルに目覚めたのは桜ちゃんだけなんだ」
「桜ちゃんが、ダブル異能者――」
おかっぱ頭の巫女服少女を思い浮かべる龍一。
まだ中学一年生だと聞く。
そうであれば彼女が異能者になったのは小学生のころとなる。
「その他に、我々が把握している異能者たちの数は26人。そのうち一年を過ぎてダブルに目覚めたのは、26人中、僅か3名。そこにいる山国さんが、3人目だよ。この3人に桜ちゃんも含まれているが、26中23名は外れか未確認かだ」
久々に龍一が縛られているお坊さんを見た。
お坊さんは、まだ震えながら龍一を見開いた視線で見ている。
気まずい感じで目が合ったので逸らした。
淡々とした口調で三日月堂が言う。
「先の3人の中でも両方当たりと言えそうなのは、桜ちゃんだけかもしれない」
「桜ちゃんが?」
「桜ちゃんの一つ目の超能力は念写。二つ目の超能力は、異能者探知だからね」
「異能者探知ですか」
そう言われると普通に当たりっぽく聞こえる。
念写と異能者探知。
どちらとも普通に超能力らしい能力だ。
理想的に、普通に普通だ。
「特にだ。異能者探知能力は、我々の立場からして当たりとも思える能力だけど、この能力はコントロールが難しい。本人の意思では使いこなせないらしいんだ」
「と、いいますと?」
「殆ど虫の知らせ程度にしか使えないらしい。何処に異能者がいるかも、念写能力と複合しないと使いづらいらしいんだよ」
「あぁ、だから桜ちゃんが念写した写真をもとに皆で足を使って捜し回るのですね」
龍一にも経験があった。
桜ちゃんが念写した写真を手に、街中を歩き回って異能者を捜したことがある。
この活動中だけ日給が発生するのだ。
ただ本部で屯している間は日給が発生しない。
「そうなると桜ちゃんの二つ目の能力は、一つ目の念写がなかったら何も活用方法がなかったんですか?」
「そうなるかもね。せいぜい異能者が産まれた瞬間を感じ取るだけだったかもね」
「え、産まれた瞬間も分かるんですか?」
「そうらしいよ。流れ星とか、茶碗が割れたりとか、鼻緒が切れたりとか、黒猫が目の前をよぎるとかでね。あとは予知夢みたいに悪夢で魘されながら知ることがあるらしい」
「悪夢って……」
「そんな何気ない出来事から、異能者が産まれたってピーンとくるらしい」
何気なくない。
いま挙げた例の後半は、不幸な虫の知らせ感が強すぎる。
ただの不吉だ。
「まさに虫の知らせレベルですね……」
「当たりだか、外れだか、難しいところだわなぁ」
パイプ椅子に逆さに座った花巻が、背もたれに頬杖を突いたままぼやくように言った。
「当たり外れ……。そう言えば、お坊さんはダブルで当たりを引いたとか言ってましたよね」
「おうよ、このハゲ、当たりを引きやがってよぉ」
花巻が言いながら坊さんにガンを飛ばす。
どうやら嫉妬している様子だった。
自分も当たりのダブルを引きたいのだろう。
「どんな使える能力を引いたんですか?」
パイロキネシスを使える花巻が嫉妬するレベルの超能力だ。
さぞかし使える能力なのだろう。
「このハゲの一つ目の能力は、虫の言葉が分かるとかいうちんけな能力だったんだけどよぉ」
「虫とコミュニケーションが取れるって凄いじゃないですか」
龍一は素直にそう思った。
そこに三日月堂が異論を挟む。
「それがね、虫の言葉が分かるっていっても、虫の知能なんてないに等しい。言葉が分かっても会話は成り立たないんだ。しかも虫の話す言葉はただの行動目的みたいなもんらしいんだ」
よく分からず首を傾げる龍一。
それを見て三日月堂が噛み砕いた説明を始める。
「例えばハエの言葉を聞けば、こうなるらしい。う○こ、う○こ、着地、食事、食事、うまうま、危機、逃げろ!」
「あぁ……、行動そのものが言葉になっているのですね」
心の声が聞こえているだけなのだろう。
そうなれば使える瞬間は少ない。
外れと言えば外れである。
龍一のテンションが一気に下がってしまう。
特に三日月堂が「う○こ、う○こ」とハエの言葉を代弁しているシーンが切なく思えた。
気を取り直して――。
「では、ダブルとして目覚めてからの二つ目の超能力とは?」
使える二つ目の能力とは何だろう。
少し期待して訊く龍一。
わくわくする。
三日月堂が答えた。
「摸倣女体化だよ」
「摸倣女体化……?」
少し間を置いて――。
「にょたいか!!!???」
龍一が叫んだ。
女体化とは女体化だろう。
男の子が女の子に変身するアレだろう。
しかも模倣といえば模倣だ。
簡単に述べれば真似だ。コピーだ。
「摸倣って、真似するですよね。女体化って、女性になるってことですよね!」
鼻息が荒くなる龍一に三日月堂が頷いた。
龍一のテンションが急に上がり始める。
「そうだよ。このお坊さんは、女性の姿を真似て、変身できるんだ」
「すげ~よな。当たりの能力だろ~」
花巻がスケベそうな顔で言った。
龍一にも花巻の気持ちが理解できた。
男なら一度ぐらいは夢見る能力だ。
当たりだ。
当たりである。
当たりすぎだと思う。
「このお坊さんが、女性に変身するのか……」
いつの間にか椅子から立ち上がっていた龍一が、顔面を驚愕に染めながらガムテープで拘束されているお坊さんを見下ろしていた。
興奮のあまり、テンションも上がり、腰も上がっていた。
なんだか話の続きに心が騒ぐ。
「カヲル君の骨格肉体変化に近い能力だ。部類は肉体変化系。彼の場合は、女性の姿限定の肉体変化だけどね」
「これはよ、ある意味、男のロマンみたいな能力だよなぁ」
ポロリと口走る花巻の本音。
この本音が男のロマンかは不明であるが、確かに悪用できる能力であると思えた。
悪用したら、さぞかしエロイことになるのだろう。
ドキドキする事件が勃発しそうだ。
お坊さんを見下ろす龍一。
お坊さんも怯える双眸で龍一を見上げていた。
何故に自分ばかり見開いた眼で見るのかと思いながら視線を逸らす龍一。
「ところで……。女体化を使用して、どのような悪さを働いたのですか?」
悪さとは何か?
高校二年生で健康体な青少年の龍一には、実に興味深い内容だった。
女体化――。
様々な悪用方法が思い描ける。
舌打ちをもらしてから花巻が言う。
「このハゲ野朗。女体化した姿で、銭湯に通ってやがってよ」
「銭湯……。それはどちらの暖簾をくぐったのですか?」
当然だろうが、確認である。
「そりゃ~もちろん、悪さを働くんだ。俺たちが入ったことがないほうだ」
「女湯のほうに入ったと……」
「おうよ!」
答えながら花巻が坊さんの頭をひっぱたいた。
花巻と同様の感情が龍一の中で沸き上がる。
龍一の魂が憤怒に燃え上がって行く。
怒りを耐えるために力強く両拳を握り締めた。
「それは、けしからんですな! 立派な生臭坊主ですね!」
どうやらお坊さんが働いた悪事とは、覗きの類いらしい。
しかも、誰にも疑われず。
誰にも咎められず。
自由のままに観覧して回ったのだろう。
堂々と秘密の聖地を闊歩して来たのだろう。
許せない!
「こいつの言い訳だとよ。なんでも女性を真似するためのデータ収集だったらしいが、どう考えてもただの覗きだよな!」
声を荒立てる花巻は、たちの悪いチンピラその物だった。
「データの収集!」
どのようなデータを収集したのか。
そんな調査を男性が行なって良いのだろうか。
桃色な疑念である。
「もっともらしい言い訳ですが、許せませんね。男の敵です。否、女の敵だ。どちらにしても万死に値すると思います!」
今こうしてお坊さんがガムテープで拘束されている理由が、龍一にも十分過ぎる程に理解できた。
このお坊さんは、多くの怒りを買っている。
男も女も敵に回している。
正義すら敵に回しているのだ。




