46・ダブルの解説(中編)
三日月堂ビル五階の会議室。
謎のお坊さんが拘束されるなか、ダブルという単語に疑問を覚えた龍一が質問すると、花巻が小馬鹿にするように言った。
「なんだ龍一。お前、ダブルを知らないのか?」
「知りません。花巻さん、ダブルってなんですか?」
「ダブルって言ったらダブルに決まってるだろ。いい学校に通ってても、そんなのも知らね~のかよ。バカだな~、お前」
この人に馬鹿と揶揄されると、非情に腹が立つのは何故だろうと表情を曇らせる龍一。
これは学校の偏差値とは関係ないと思う龍一が、視線だけで三日月堂に助けを求めた。
真っ当な学歴を有した人に訊こうと思う。
「そうか、龍一君は知らなかったか。月美ちゃんやカヲルちゃんと仲が良いから、とっくに聞いているものだと思っていたよ」
「月美とカヲルは知っているのですか?」
小説家の千田が、まったりとした口調で話に加わる。
「龍一君は、婆さんのほうなんですよ。だからダブルを聞かされていなくても可笑しくない訳です」
何故に婆さんのほうだと知らないのか?
疑問に思う龍一が一人で戸惑う。
「なるほど~。じゃあ千田さん、悪いが龍一君にダブルの説明を含めて、一通り解説してやってくれませんか。爺さんと婆さんの違いとかを」
「ええ、いいですよ」
三日月堂に頼まれた千田が席を立つ。
いつも会議に使われているホワイトボードの前に移動した。
徐に手にしたマジックペンのキャップを抜く。
「龍一君には、良い機会です。順を沿って一から教えましょう。我々が知っていることを――」
ほのぼのとした感じで千田の授業が始まる。
「まず素度夢町と隣町の後母等町に、パンドラ爺婆と呼ばれる怪人が出没するのは知っているね」
言いながら千田が、ホワイトボードの右に素度夢町と書き、左に後母等町と書く。
「はい。僕は、その婆さんと出合って超能力を貰いましたから」
「そのとおりだ。バンドラ爺婆に行き当たった人物は、異能者になる。超能力を授かると同時に二つのペナルティーを受けてね」
それは龍一も知っている。
「新たな趣味に目覚める。それと異能者は異能者としか恋しない。愛さない。――ですよね」
「正解、そのとおりです」
ここまでは知っていて当然の内容だ。初歩的知識である。
「ですが、爺さんと婆さんとでは、特徴的な違いが幾つかあります」
「違いですか?」
龍一も違いがあったとは知らなかった。
「超能力のバリエーションとかが変わってくるのですか?」
爺さんと婆さんとでは、貰える超能力のタイプが違ってくるのかと推測する龍一。
確かに可能性はあると思えた。
「いえ、違うよ」
不正解らしい。
「貰える超能力は二人ともランダムだ。花巻君がさっき言ったように当たり外れが存在する」
先程花巻は、若いお坊さんが当たりを引いたと言っていた。
それに龍一も自分の超能力を当たりだとは思っていない。
どちらかといえばハズレの部類だと思う。
「じゃあ、何が違うのですか?」
「先ずは、婆さんは、素度夢町にしか現れない。逆に爺さんは、後母等町にしか現れないんだ」
千田が言いながらホワイトボードに書き出していく。
素度夢町の下に婆さんと書き、後母等町の下に爺さんと書いた。
「それは、知っています。」
「他にも、まだまだあるんだよ」
「なんですか?」
「対象が違うんだ」
対象──。
何を対象にした言葉なのかが分からない。
「爺さんと婆さんが、対象にする人物が違うんだ」
「特定の人物を選んでいるってことですか?」
「そのとおりです。頭の回転がいいね、龍一君は」
パンドラ爺さんも婆さんも、何か目的を持って、特定の人間を選んで超能力をプレゼントしている。
千田が述べている意味は、そういう意味だろう。
「二人には、何か、目的でも?」
「そう、二人にはちゃんとした目的があって異能者を増やしている」
嫌な言い回しに聞こえた。
龍一の顔が曇る。
しかし、爺さんと婆さんの二人が、何を目論んでいるかは興味深い。
千田が水性ペンでホワイトボードに『異能者』と大きく書いた。
その右下に『超能力』と書き、左下には『ペナルティー』と書く。
「何故に我々やパンドラ爺婆が、我々の存在を超能力者と呼ばずに異能者と呼ぶか、それに大きな関係があるんだ」
確かに千田の述べたとおりだ。
超能力が使えるのだ、わざわざ異能者と呼ばずに超能力者と呼べば良い。
「この異能者と言う呼び方は、そもそもバンドラ爺さんが、言い始めた名称でね。おそらくのところ超能力とペナルティー要素が進化と見なされて、新人類と区別しているのだろうと推測されるわけだ」
「区別ですか?」
「旧人類と新人類と呼べば聞こえが良いが、種族として差別化したのだろう」
「種族として別物であると?」
「ペナルティーのせいで我々は、普通の人間と恋に落ちない。愛さない。それ即ち、旧人類と新人類とでは結ばれないってことだ。結ばれなければ結婚もしないし、子供も設けないだろう。一部例外を除いてね」
「旧人類と新人類との間では、子孫繁栄がないと……。だから種族が異なる……て、ことですか……?」
ちょっと寂しい言い回しに聞こえた。僅かに切なさを感じる。
万が一にも龍一の前に、理想的絶世100%の美少女が現れて「貴方のことが大好きです。貴方にならメチャクチャにされても構いません!」と、大胆過ぎて先っぽがヌルヌルしてきそうな愛情溢れる告白をされても、それが旧人類ならば、龍一には、これっぽっちも嬉しく感じないのかもしれないことになる。
それは雄として、あまりにも甲斐性がなさ過ぎる大罪だ。
「そして我々異能者は、どんなに優れた超能力を持っても少数派。新人類と気取っても、旧人類のほうが圧倒的に多い。我々は、この人間社会では異物的人種なんだよ」
「異物……」
自分は超能力を得たことで社会の異物と化した。
そう言うことに成る。
「だからね。異物で、能力者で、合わせて異能者なんだよ」
異物の『異』に、能力の『能』を合わせた者。
イコール。それが、異能者。
「それは、パンドラ爺婆が言ってたんですか?」
「正確には、爺さんのほうが言い始めたとされている」
「爺さんのほう?」
龍一はパンドラ爺さんに会ったことがない。
龍一が行き当たったのは婆さんのほうだけだ。
素度夢町駅前である。
たまたま出会った老婆。
温和でほのぼのとした印象。
矮躯で白髪。顔も手も皺だらけであったが、とても人の良さそうな老婆だった。
僅かにも悪人には見えなかった。
よくよく考えてみれば、パンドラ爺さんはどんな人物なのだろう。
龍一は会ったことも見たこともない。
他の人にも訊いたことがなかった。
「ところでパンドラ爺さんの人相って、どんななんですか?」
「僕も会ったことがないんだ。今いる面子で、爺さんに会ったことがあるのは、三日月堂さんと朝富士さんだけかな」
三日月堂がパンドラ爺さんの特徴を語り出す。
「矮躯で和服姿でした。いかつい顔に禿頭が特徴的だったね。なんていうか、一本筋の通った頑固そうな爺さんだった。上から目線で、とっつきにくく感じたかな」
婆さんとは随分と印象が違うようだ。
千田が述べる。
「あとは女性たち全員が爺さんと行き当たっている」
「女性全員ですか?」
「逆に爺さんに行き当たったメンバーは、婆さんに会ったことがないんだ」
「どちらかにしか、会えない?」
不思議な話だ。
そもそもパンドラ爺婆とは、何者なのかと大きな疑問が沸き上がる。
「じゃあ、ここで話を戻すよ。爺さんと婆さんの違いについてだ」
龍一が千田に「はい」と答えて頷いた。
「爺さんが異能者に選ぶ対象は、才能を狙って選ぶんだ。要するに授かる超能力に興味があるようすでね」
そう言いながらホワイトボードに書かれた『超能力』の文字の下に『爺さん』と書いた。
「だから爺さんは超能力をプレゼントする前に手相占いで、才能を確認するんだ」
「占い師なのですか?」
龍一が行き当たった老婆は、水晶玉を小さなテーブルに置いた洋風の占い師だった。
「お前は、そんなことも知らねぇ~のか?」
花巻が龍一を嘲る。度々だが気分を害する。
「し、知りません……」
「ジジィもババァも、占い師なんだぜぇ、普段はな~」
「まあ、そんなわけで爺さんは、手相から運命を予想して、優れた超能力を探している節が見られるんだ」
「何か特定の超能力を探しているのですか。どんな能力を求めているのですか?」
「さあ、爺さんがどのような超能力を何の目的で探しているかは不明なんだ。我々もよく分からない」
「そうなんですか……」
「だから爺さんは、才能さえあると判断すれば年齢性別関係なしに異能者にしてしまう」
「年齢性別関係なくって……。婆さんのほうは違うのですか?」
「それが違うんだよ。婆さんのほうは男性しか異能者にしない」
女性には超能力をプレゼントしないのかと疑問に思う龍一。
更に千田が説明を続ける。
「しかも婆さんは、若い男性を選んで異能者にするんだ」
「若い男性、限定?」
千田と花巻、それに龍一は婆さんに超能力を貰っている。
龍一は勿論だが花巻も若い。
花巻の年齢は二十歳そこそこに見える。
千田は二十代後半だろう。
もしかしたら三十歳を越えているかもしれない。
「あの婆さんは、決して女性を異能者にしないんだ」
「何故です?」
随分と偏った選別だと思う。
千田がホワイトボードに書かれた『ペナルティー』の文字の下に『婆さん』と書いた。
「これも推測なんだけどね。婆さんは、爺さんとは違って、超能力には興味がないんだと思うんだ」
「興味がない?」
では、何故に異能者を生み出すのか?
「龍一君、キミは、婆さんに超能力をプレゼントされたあと、何か尋ねられなかったか?」
腕を組みながら呻る龍一。
何か訊かれただろうか?
記憶を巻き戻すが、いまいち思い出せない。
考え込む龍一を見て千田が話を明確に進める。
そして、いきなりパンドラ婆さんのモノマネを始めたのだ。
「異能者になってどう? 私を見てドキドキしないかしら? ときめかないかしら?」
若干だが似ていた。
そして、記憶が蘇る。
「あ――!?」
思い出した。確かにそのような質問をされた。
その時の婆さんは、純粋無垢な乙女のように瞳を潤ませていたのを思い出す。
何か龍一の回答に期待している様子だった。
「言われましたよ、そんな感じの台詞を!」
「だろう」
「あ~、俺も言われたわ~」
花巻も同じことを言い出す。
「あんときは気持ち悪かったぜ。ババァのやつ、ほっぺたを赤くしてやがったからな」
「このような質問をパンドラ婆さんは、必ずするんだ。超能力をプレゼントしたあとにね。これは、今まで我々異能者会が見つけ出した異能者たちに訊いて、ほぼ確認が取れている」
「僕がその質問をされて答えを返した後に婆さんは、かなりガッカリした感じになっていましたが……」
「皆が返した答えは、決まっているからね。ドキドキしませんとか、何も感じないとかだから」
龍一も、そんな感じの答えを返した覚えがある。
「でも、それが、なんの関係があるんですか?」
千田がホワイトボードを指差す。
そこには『ペナルティー』と『婆さん』の文字が書かれていた。
「婆さんは、爺さんと異なり、ペナルティーを目的に異能者を増やしているんだと思うんだ」
久々に三日月堂が口を出す。
爺さんは超能力を求め、婆さんはペナルティーを求めていると言いたいようだった。
「まだ仮説の段階だがね」
「どんな仮説を立てたのですか?」
龍一の質問に千田が答えた。
「何度も言うけど、ペナルティーの内容は二つだ」
「新しい趣味と異能者同士でしか恋しない。ですよね」
「そう、即ち婆さんは、恋がしたいんだよ」
「はぁ~~!?」
龍一が顔を顰めて声を裏返すと千田は苦笑いながら言った。
「しかもあの婆さんは、若い男性と恋仲になりたいと目論んでいるんだよ」
「なにそれ……。僕たちの年齢で、あんな婆さんと恋に落ちたら、それこそ本物の変態じゃないですか……」
「だろう」
「……あ!」
言ってから龍一も気付いた。
そうだ変態なんだ、と。
「もしかしてパンドラ婆さんは、変態を生み出すのが目的……」
千田が親指を立てて微笑む。
「自分と恋に落ちれる若い男性……。年増好きの若者を生み出すのが目的なのでしょうか……」
「年増好きって言うより、ババァ好きの変態だわな」
ちゃかす花巻。
だが彼の言葉が正しいと思えた。
「おそらく正解だと思うんだよね。この推論」
「そんな理由のために異能者を生み出しているとは……、考えたくないですね……」
「「「うん……」」」
龍一の言葉に他の三人も頷いた。
今日は、異能者会男性メンバー全員の意見が始めて一致した記念すべき日となった。




