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変態超能力をプレゼントDX  作者: ヒィッツカラルド
45/61

45・ダブルの解説(前編)

裏路地の一角でカヲルに悪戯された龍一が、泣きながら走って三日月堂ビルに飛び込んだ。


本屋の入り口でなく、別の階に進む入り口にである。


この入り口から三階に店を構える喫茶店キャッツアイや美容院に来店できるほかに、四階や五階のテナントにも階段やエレベーターで行ける。


ビルに飛び込んだ龍一は、勢いそのままに一階トイレへ駆け込むと、洗面器の前に立った。


すぐさま蛇口を全開まで捻り水を出すと、やけくそに涙をばしゃばしゃと水で洗った。


「いい歳して、泣いてしまった……。情けない……」


鏡に映る自分を見ながら呼吸を整えると全開まで開いていた水道の蛇口をキュッキュッと閉めた。


冷静を取り戻すのに、更に三分かかってしまう。


「ふっ~、カヲルにも困るよな……。冗談にも限度ってもんがあるだろう……」


ハンカチで顔を拭くとトイレを出た龍一は、エレベーターに乗らず階段で五階を目指した。


コンクリートの階段を、コツンコツンと踵を鳴らしながら登って行く。


「そういえば、このビルの階段を使うのは初めてだな」


それに、独りで五階を目指すのも初めてだった。


いつもなら隣に月美やカヲルが居るのが、最近では普通になっていた。


階段を上る自分の足音だけが小さく響く。


コンクリートの壁や階段に反響して聴こえる足音が寂しく感じられた。


「そうか、月美も居ないのか……」


珍しく独りなのだ。


この二週間ぐらい自分がどれほどモテモテだったかを自覚する。


傍らには常に月美が居る時間が長く、学校ではカヲルに言い寄られ続けていた。


二人とも美少女だ。


片方は人格に問題が発生しているが、間違いなく美少女だ。


その二人の美少女を両脇にはべらかす日々が続いていたのだ。


他人から見ればリア充であろう。


完璧なモテ期到来中である。


それが今日は独りであった。


記憶を探ってみれば異能者会の本部に顔を出すさいに一人なのは初めてであろう。


何か両サイドの空間が物足りなく感じて心細かった。


やがて階段を上がりきる。


五階の扉を開き、いつもの見慣れた廊下に進んだ。


やはり静けさが寂しく感じる。


エレベーターの前を横切り異能者会の本部がある扉の前に立った。


龍一は知っていた。


ここに入れば詰まらない寂しさも掻き消される筈だと──。


いつも誰か居る文科系の部室のような場所だ。


殆ど毎日といっていいぐらい小説家の千田が居るし、女性陣の出席率も非常に高い。


巫女服で通っている中学生少女の桜や、下の階で喫茶店を経営している巨乳の十勝春菜は、ほぼ毎日と言っていいほど顔を出す。


どちらかが、かならず居ることが多い。


今日は両脇に賑やかな花が居ないかわりに、中学生少女の可愛い巫女服姿か、大人の豊満な胸をじっくり観察して堪能しようかと如何わしい計画を考えていた。


桜は袴だし、春菜は長いスカートが多いため、彼女たちのおパンツ様を拝める隙はないに等しい。


だから今日はパンツを暫し諦め、別の世界を学習しようと思う。


巨乳万歳。


巫女服万歳。


一日ぐらいパンツから離れても理性は保てるだろうと考えていた。


「こんにちは~」


元気良い挨拶と共に扉を開けた龍一の全身に、緊張感でピリピリとした空気が叩きつけられた。


部屋の中の重々しい空気が痛いほどに緊迫して伝わってきた。


「ぇ……」


「龍一か、おっス」


室内から挨拶を返したのは花巻だった。


龍一は室内の状況を見て愕然とする。


持っていたカバンを床に落とした。


「やあ、龍一君。ぼぉ~としてないで中に入りなさい」


入り口前で驚愕に硬直している龍一に声を掛けて招き入れるは、このビルの持ち主である三日月堂であった。


正確には、彼の親のビルである。


「は、はい……」


落としたカバンを拾い上げてから、ゆっくりと足を進ませる龍一は、部屋に入ると音が鳴らないように扉を閉めた。


何故に龍一が驚愕に足を止めたか。


それは、今日に限って異能者会本部にいる面子に問題があったからだ。


室内にいるのは三日月堂に花巻、それに殆ど個人の私物とかしている事務用机でノートパソコンを叩いている千田と、いつものように下半身を露出している中年男性の朝富士であった。


今日に限って居ないのだ。


一人も――。


女性が――。


巫女服少女も巨乳のお姉さんがたも――。


誰もいないのだ――。


男しかいないカオスな空間。


それも全員変態だ。


何故かいつも花巻と一緒にいる秋穂すらいない。


そして、このカオスを更に引き立てている存在が居た。


下半身を露出している朝富士ではない。


それ以上の存在である。


これが一番の問題だと、見れば誰でも分かるだろう。


それは見慣れない人物。その人も男だった。


いいや、今は性別とかは関係ない。


その人物が首を緩く曲げて、見開いた瞳をギョロリと右に向けながら龍一を見ていた。


震えている。


瞳孔が細かく揺れている。


ガムテープで両腕を後ろに縛られパイプ椅子に座らされている男性は、両脚もガムテープで縛られ、体も椅子にグルグルと縛られていた。


拘束されているのだ。


しかもガムテープで口をふさがれている。


状況を整理する龍一。


男が四人で秘密のアジトに男性を拉致監禁している。


どんなに頑張っても、そうにしか見えない。


途轍もなく犯罪遂行中の香りしか漂ってこない。


「ん~……」


うなってみた龍一だったが、他の回答は出てこない。


男は口もガムテープで塞がれており、全身汗だくになっていた。


兎に角、怯えている。


その男の前に花巻が、パイプ椅子を逆に座りながら向かい合って居た。


椅子の背もたれに両腕を置いて頬杖を付いている。


チンピラの眼光が男を威嚇しているのだ。


パイプ椅子に縛りつけられた男性の職業は、風貌から一目で予想できた。


痩せすぎた男性であった。


歳は二十歳ぐらいだろう。


坊主頭だ。


頭がつるつるである。


そして、黒い法衣に肩から掛けられた袈裟。


どの角度から見ても僧侶の物に見えた。


若いお坊さんだ。


そのお坊さんが、何故か異能者会の本部でパイプ椅子にガムテープで拘束されている。


冷静を演じる龍一は、とりあえずいつもの席に座ってから三日月堂に訊いてみた。


「あの、こちらのかたはどなたですか……」


「こちらのかたとは、この坊さんのことですか?」


平然としたスマイルで述べる三日月堂は、会議用の長テーブルに両肘を突きながら惚けてみせた。


微笑む三日月堂。


この異常な状況を正当化しようとしている笑みだった。


眼の奥に悪人の陰りが潜んで見えるが、そこには龍一もツッコミを入れなかった。


いまは触れるべきことではないだろう。


「この坊さんの名前は、山国武さん。後母等町の陰徳寺に勤めているお坊さんだよ」


お坊さんなのは風貌で分かる。


龍一が訊きたいのは、そんなことではない。


珍しい人が積極的に話し出す。


「住職の息子で、跡取りだ。住職とは馴染みでな。酒の席で飲みすぎて、奥さんには面倒をかけたことがしばしばだ。若気の至りと言うやつだな」


述べたのは腕を組みながら堂々と下半身を露出させている朝富士であった。


上はダブルのスーツで正装して居るのだが、下半身はパンツすら穿かずに蟹股で椅子に座って居た。


恥じることなく股間を晒している。


「ご両親と馴染みなのですか……」


ならば、何故!


何故に息子さんを拉致監禁しているのか!?


質問の内容を改める龍一。


「その陰徳寺の跡取りさんが、何故ここに?」


具体的に質問ができない。


露骨に何故、跡取り息子さんが口を塞がれ椅子に拘束されているのかなんて、真実が怖くてストレートに訊けなかった。


出来るだけ柔らかくオブラートに包んでやんわりと訊く。


龍一の質問に花巻が答える。


「ああ、こいつな、超能力を使って悪さを働きやがってよ」


秘密結社異能者会は、自分たちの平和を守るために、異能者の存在を世間から隠す目的で設立されている。


その目的範囲には、異能者が犯罪に手を染めるのを防ぐのも活動内容に含まれていた。


「悪さ、ですか?」


「そうだ。まあ、悪さって言ってもよ、可愛らしいレベルだがな~」


「何を仕出かしたんですか?」


「まあ、超能力を利用した犯罪って言えば、犯罪だわな」


大概の異能者が持つ超能力は、悪事にすら使えない能力が多い。


そんな中でも、悪事に利用できるだけの超能力を持った異能者は、殆どが異能者会のメンバーとしてスカウトされるのが、ここの決まりだ。


月美やカヲルがそうだったように――。


もしもスカウトを断ったとしても黙示録と呼ばれる異能者の名簿に名前や連絡先が記入される。


この黙示録への記入は半強制的である。


断っても勝手に調べ上げて記入するのだ。


これもすべて異能者たち全員の安全を守るための処置として言い訳を付けている。


龍一の場合は微妙な超能力だったが、骨格肉体変化を有するカヲルを撃破した功績が高く評価されての勧誘だったらしい。


そう聞かされている。


本当は三日月堂が龍一を是非に欲しいと述べたのが大きな理由であったらしいが、これについて三日月堂が抱く真意は誰も知らない。


龍一が縛られているお坊さんを見た。


「じゃあ、このお坊さんは、凄い超能力を持っているのですか?」


「そうなんだ。この野朗は、ダブルを引いたんだよ。しかも使える当たりを引きやがった」


なんとも羨ましそうに言う花巻。


手振り素振りがいつも以上にオーバーアクションを見せている。


「ダブル?」


聞き慣れない単語に首を傾げる龍一。


異能者について、まだまだ龍一が知らないことは多いようだ。




【中編に続く】

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