41・日曜日のビッグイベント
暫くは学校に行きたくないと龍一が思い始めて四日目に、休日の日曜日がやって来た。
外はカンカン照りの良い天気だが、政所家の朝は重たい空気が降り積もっていた。
リビングのテーブルで朝食を囲む四人の家族。
龍一がストレスを感じている理由は千葉寺カヲルの凶行が原因である。
しかし、父や母、それに姉の三人が重苦しい表情で朝食を口に運んでいる理由は別にあった。
その理由を龍一は聞かされていない。
本日、日曜日。
龍一が聞かされていない政所家のイベントが問題であった。
龍一以外の家族三人が重々しい空気を醸し出している理由は深刻なのだ。
食卓を囲む家族四人に会話がない。朝の挨拶を交わしたぐらいだ。
朝食を終えた姉の虎子が二階の自室に戻ると暫くしてスーツ姿で降りて来た。
同じく朝食を終えた龍一がリビングを出たところで鉢合わせする。
「あれ、ね~ちゃん。日曜日なのに仕事なの?」
疑問に感じたことを訊く弟に姉はクールな視線で言葉を返す。
「あら、龍~に言ってなかったっけ、今日のこと?」
「今日のこと?」
龍一は聞いていない。
もしくはドタバタした日々に追われて覚えていないだけかもと思った。
腕時計を見ながら虎子がドアノブを捻って玄関を開けると龍一のほうを見た。
「外に出かけないなら部屋でじっとしててね、あんたは……」
そう言って姉の虎子は外に出て行った。
閉められた玄関の扉を見ながら龍一は首を傾げる。
意味が分からない。
「なんなんだろう……?」
そうつぶやき龍一は階段を上る。
龍一が自室に戻って一時間ぐらい経つと、勝手に窓を開けて月美が入って来た。
股下五センチのホットパンツに青いTシャツを着ている。
今日の月美は露出度が高くエロイが健康的で爽やかだった。
「おはよう、龍~ちゃん」
「よぉ、月美」
月美が窓枠を跨ぐ瞬間ホットパンツの隙間からパンツが僅かに見えた。
はっきりと見えなかったが白だったと思う。
朝から良い物を見たと表情筋を緩める龍一。
「龍~ちゃん。朝さ、虎ね~ちゃん、やたらおめかしして出かけたけど、何処行ったの?」
勉強机の椅子に腰掛けた月美が生脚を組む。
「おめかし?」
龍一には毎朝のように仕事へ行くスーツと同じに見えた。
「そうよ、かなりおめかししてたよ」
「どのへんが?」
「服だっていつもより高そうなスーツだったし、ネックレスやピアスだって凄く良い物に見えたわ」
龍一はベッドの上で寝そべったまま聞いていた。
月美に言われて初めて龍一も考え込んだ。
「そうだったのか……?」
「化粧だって気合い入ってたよ」
「気がつかなかった……」
「龍~ちゃんって鈍感ね。これだから私も苦労するのよ」
「何に苦労するんだよ。月美がさ?」
月美は龍一の質問に答えない。口を尖らせながら無言で怒っている。
「あ、虎ね~ちゃんが帰ってきたよ」
玄関の方向を見ながら月美が言った。
姉の帰宅をどうやら透視能力で察したらしい。
龍一が時計を見ると姉が外出して一時間ちょっとだろう。
普段以上のおめかしをしたわりには帰宅が早いと思った。
「あれ……?」
月美が床を睨みながら眉を顰めた。
「どうした月美?」
「虎ね~ちゃんが、誰か連れてきたみたい……だけど……」
怪訝に眉を顰める月美。
姉が家に知人を連れてくるなんて珍しいことだ。
だが、何故に月美が客を連れてきた姉に眉を顰めるのか不思議だった。
「あの人……。千葉寺カヲル……じゃない?」
「なに!」
ストーカー変態少女の千葉寺カヲルが何故!
慌てる龍一。
まさか自宅まで千葉寺カヲルが押しかけて来るとは思っていなかった。
そもそも家がばれていたとは思わなかったのだ。
「何であいつが!」
部屋を飛び出し階段を駆け下りる龍一。
その顔は怒りに濁っていた。
いくら美少女ストーカーでも家族に迷惑をかけるのは許せない。
「千葉寺、貴様!」
怒鳴った龍一が玄関に到着する。
血相を変えて二階から下りてきた弟に姉の虎子が目を丸くしていた。
その後ろにスーツ姿の千葉寺カヲルのマッチョマンバージョンが立っていた。
骨格肉体変化を使用して変身している様子だった。
「ちょっと龍~、どうしたのよ。慌てちゃって?」
「ね~ちゃんは、黙っていて!」
牙を剥いて威嚇する龍一に対してスーツ姿の千葉寺カヲルは堂々と振る舞う。
顔色一つ変えない。
ネクタイまできっちり締めていた。
正装した千葉寺カヲルが口を開いた。
「確か龍一君だったよね。久しぶりだね」
紳士な言葉使いである。
「えぇ……」
「千葉寺……、カヲル、じゃない……」
声が太い。
明らかに男性の物だった。
千葉寺カヲルは骨格肉体変化を使っていても声までは変えられていなかった。
眼前のマッチョマンは千葉寺カヲルでない。
別人である。
「カヲルは、俺の妹だが――。キミが知り合いだったとは驚いたよ」
「妹……!?」
「そう、妹だが?」
「兄!?」
「そうだ。兄だが?」
巨躯男性の言葉に驚愕する龍一が同時に疑問を抱いた。
龍一が問う。
「てか、なんで貴方が僕を知っている!?」
初対面の筈だ。
姉が連れてきた男は龍一を以前から知っている様子だった。
「小学生の頃だったよな。あの時はすまないと思っているよ。今一度謝罪しよう」
そう言い男は頭を下げた。
頭の後ろで縛られた長髪が背中で揺れる。
「誰だ……。あんたは……」
「姉さんから聞いてないのか?」
聞いてないと首を縦に振る龍一。
男はフレンドリーに答える。
「じゃあ、改めて自己紹介をさせてもらうよ。千葉寺シンジだ」
「千葉寺……シンジ……」
「カヲルの兄だ」
「あいつの兄!」
ごっつい顔で笑顔を保つ千葉寺シンジの横で虎子が悪党気味に真実を語る。
「そして龍~のファーストキスの相手でもあるのよ。忘れてたでしょう」
「なに!?」
龍一の脳裏に惨たらしい思い出が蘇って来る。
昔の記憶――。
龍一がファーストキスを奪われた日のことを――。
「あんたは……」
姉の虎子に後ろから羽交い絞めにされ近付いて来る男子の顔。
両瞼を閉じて近づいて来る唇。
その男子にファーストキスを無理矢理奪われたのだ。
「あの時の男か!」
「まあ、怒らない、我が弟よ。シンジもこうして謝ってるんだからさ」
ほぼ棒読みの虎子。
「ね~ちゃん、あんたも俺に謝れ!」
姉に怒鳴りつける弟。
だが姉には利いていない。
謝る気は欠片も無い。
「どうでもいいけど、龍~。今日は私たち忙しいって言っといたでしょう。邪魔しないで上に行ってなさいよ」
階段の最上段に腰掛けながら月美が覗き見ていた。
「邪魔って、なんでだよ?」
まだ龍一の気が荒れている。
「だって今日は、こいつをお父さんに紹介する日なんだぞ」
「へぇ?」
姉の言葉に首を傾げる弟。
姉の言葉の意味を理解しきれていない。
今度は千葉寺シンジが言った。
「今日はキミの両親に、挨拶しに来たんだ」
「挨拶?」
まだ分からない龍一を見ながら虎子が眉間を押さえた。
唸るように言う。
「我が弟ながら、鈍すぎる……」
月美は気付いたようだ。
「龍~ちゃん!」
月美が物凄い勢いで階段を駆け下りてくると龍一の腕を掴んで二階に引っ張って行った。
「何するんだよ、月美!?」
「龍~ちゃん、いいからこっち来て!」
龍一は訳の分からないまま自室に連れ込まれた。
時が流れる――。
暫くして一階から気合いの籠った大きな声が響き渡る。
それは千葉寺シンジの大声だった。
「お父様、お母様、虎子さんを僕にください。僕たちの結婚を許してください!」
驚きのあまり叫びそうになった龍一の口を後ろから月美が押さえこむ。
本日のビッグイベントとは、虎子とシンジの結婚報告であった。




