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変態超能力をプレゼントDX  作者: ヒィッツカラルド
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4・家庭の危機

龍一が部屋を出た直後、階段を駆け上がって来るように、一階のキッチンからスパイシーな良い香りが鼻に届く。


一気に食欲が煽られた。


「今日はカレーライスか」


龍一の母が作るカレーは実に美味い。


商店などで売られている出来合いの固形ルーを使わずに、幾つものスパイスを混ぜ合わせた本格的なカレーを作るのだ。


作り方は料理本で習ったものに、更なるアレンジを加えたオリジナルの一品らしい。


龍一の母は、基本的に何を料理しても美味く作る。


結婚する前の夢が料理師になることだったからだ。


「かあさん、ご飯まだぁ」


階段を駆け下りた龍一が、そう言いながらリビングに入ると、テレビ前のソファーには、雑誌を片手に持った姉の虎子が座って居た。


姉は弟がリビングに入って来ても顔すら上げない。


GパンにTシャツ。黒髪を腰まで伸ばしている。


家にいる時は随分とラフな格好をしているが、出社時は堅苦しいレディーススーツに身を固めたガチガチの公務員だ。


短大を卒業後、市役所に勤めている。


目付きもキツイが性格もかなりキツイ。


「龍~く~ん。お父さんがまだだから、先にお風呂に入ってきなさい」


台所に立っていた母が振り返ると我が子に微笑みながら言った。


地味な服装にエプロン姿の母は、今年で三十九歳である。


十九歳の時に姉の虎子を出産した。


今の姉と同い年である。


その四年後に龍一を儲けた。


しかし二児の母とは思えないほどに容姿は若々しい。


見た目には、二十代後半にしか見えない。


近所の人には、奇跡の三十九歳と呼ばれている。


性格はおっとりで、時折じれったくもなるぐらいの天然ゆるふわキャラだ。


母のつかさと姉の虎子は、歳にして二十歳近くも離れているが、並んで歩けば姉妹にしか見えないのだ。


美形なのか化粧が上手いのかは龍一に判断できないが、顔もスタイルも綺麗で良く似ている。


だが、性格だけは似ても似つかない。


「ねえちゃんは、風呂入ったの?」


「入った……」


ファッション雑誌を読む姉が、素っ気なく答える。


龍一は、なんだかしらけてリビングを出た。


姉との会話は、ここ最近いつもこんな感じである。


昔は弟思いで龍一を可愛がり過ぎて苛めになるぐらいかまってくれていたのに、いつの間にか冷め切った兄弟関係に成ってしまっていた。


龍一は、バスルームの脱衣所で衣類を脱ぎながら、洗面所の鏡で顔や背中を確認するように眺めた。


「これといって変化はないか……」


肉体の変化──。


まさかと思うが念のためである。


アメコミのミュータントみたいに、容姿が変貌しては堪らない。


超能力者に幼いころから憧れていたが、モンスターにはなりたくない。


しかし鏡で見るからには、それはないようだった。


全裸に成って今一度全身を見回し確認する。


「異変はないな……」


安堵した龍一は、洗濯機に手をかけて足の裏も確認する。


確認が終わってから龍一は、自分がここまで心配性だったかと苦笑った。


ちょっと過敏になりすぎていると反省する。


「それにしても俺の超能力って……。とりあえず風呂に浸かりながら考えるか」


そう呟いた龍一の視線が、手をかけていた洗濯機の中に落ちた。


「ん……」


龍一の視線の先には、前に風呂に入った姉の物だろうか、それとも母の物だろうか、どちらの物か分からなかったが、女性用の下着が入っていた。


白いパンツである。


「…………」


静かに固まる龍一。


洗濯機の中の下着を凝視する。


不思議なぐらい冷静だった。


まるで花瓶に活けられた花を観賞しているような気分である。


頭の中から先程まで考えていた超能力の悩みが消え去っていた。


代わりに到来した思考は、止まらないほどの好奇心であった。


「うむむ……」


自然と龍一の手は、洗濯機の中へと伸びて行った。


温もりを失った白いパンツ。


それをしっかりと掴んで拾い出す。


「使用後だよな……」


洗濯機の中に入っていたのだからそうだろう。


「これは……、この感情はなんだろう……」


自分でも戸惑いを感じていたが、好奇心がそれを上回る。


動きは止まらない。


洗濯機の中から取り出した白いパンツを両手で持つと、眼前で広げた。


これが、いけないことだとは理解できていた。


これが、母か姉の物だとも分かっていた。


これが、変態行為だとも……。


「へ、変態行為……」


その言葉を思い描いた瞬間、老婆の言葉を思い出す。


超能力と共に芽生えるもう一つの感情。新たなる趣味。


今何が自分に起きているかが理解できた。


自分に芽生えた新たなる趣味は、おそらくこれだろう。


思い当たる節もある。


今日の帰り道。女性とすれ違うたびに、下着のことを考えていた。


間違いないだろう。


だからこそ、目が離せなかった。


パンツから――。


刹那、扉が開く。


「龍~。シャンプー切れてたから新しいの持ってきてやったわよ」


姉の虎子である。


新しいシャンプーを持った姉と、パンツを持った弟の視線が合う。


しかも、龍一は全裸であった。


硬直する二人。


空気も凍り付いていた。


「あ……、あんた……」


龍一の視線が、姉からパンツに戻る。


更に、自分が全裸であることも肉眼で股間を見て確認した。


「ねえちゃん、これには深いわけが……」


言い訳のしようがなかったが、やっぱり言い訳がしたい。


「それ……、私の……下着……」


「わざとじゃないんだ……」


当然ながら龍一の言い訳は、姉の耳には届かなかった。


姉の虎子が、弟のために持って来た新しいシャンプーを床に落とす。


ゴトンと音が床で鳴る。


一方、弟の龍一は、新しく芽生えた趣味に力がこもり姉のパンツを落としもしなかった。


しっかりと持っている。


「おかーーさーーーん!」


姉が叫びながら走り出した。


まずい!!


「違うんだ、ねーちゃん。話を聞いてくれ!」


龍一も走り出す。


全裸のままパスルームを飛びだす龍一が、姉の後を追って廊下を走った。


自分が全裸であることを、再び忘れている様子だった。


その時である。


「ただいま」


玄関の扉が開いて父の源治が帰宅してきた。


「きゃあああぁぁぁぁぁ、変態―――!」


「ねーちゃん、誤解だってばーー!」


「……」


玄関で驚愕する父、源治。


家族のために今日も厳しい労働にせいを出し、残業を終えて帰宅してみれば、全裸の息子が両手で白いパンツを持ったまま姉を追いかけている光景を目撃する。


家庭崩壊―――。


源治の脳裏に、その言葉が過ぎると片手から鞄が落ちた。


娘の悲鳴が、またリビングから聴こえて来る。


「終わったな……」


政所家にはカレーの良い匂いだけが平和そうに広がっていた。




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