39・遅れて来た真実
昼休みに突如勃発したサプライズイベント。
持ち込んだのは情報屋気取りの鶴岡又吉。
クラスメイト全員、男子も女子も教室への出入り口を凝視していた。
又吉が連れてきた一年の女子生徒が入ってくるのを今か今かと待っている。
「おまたせぇ~、この子だ~」
昼休みの騒がしさが廊下から聴こえてくるなか、先ずは又吉が戻ってくる。その後ろに一人の少女がついて来た。
件の一年女子を見た瞬間、教室内がどよめいた。
「畜生……」
呟きながら一人の男子が膝から崩れ落ちる。そのまま両手両膝をついて項垂れた。
「可愛いぃじゃねぇか……」
男子の誰かが言ったとおりだった。又吉が連れてきた少女はかなり可愛い。
身長は百五十センチ半ばぐらいだろうか。
胸は小ぶりだったがスマートな体型であった。
髪型はポニーテールでヒップの辺りまである。
顔も小さく整っており、女子生徒の目から見てもかなりの美少女に窺えた。
一年生なのに堂々と臆すること無く二年の教室に入って来た少女の視線が教室内を探る。
どうやら龍一を捜している様子であった。
そして捜し人を発見すると、凛とした顔付きが瞬間的に笑顔に変わった。
その笑顔がとても可愛い。
龍一も卓己も、純粋に可愛いと思った。
横に立つ卓己が龍一の腕を肘でつっきながら言った。
「なかなかだな……」
「うん……」
卓己の意見に同意した龍一が、軽く頷く。
確かに少女は可愛かった。
小柄でスレンダーでキュートだ。
月美とは違った感じで可愛い印象を備えている。
「この子なんだが」
又吉が紹介すると彼女が龍一の前に立つ。
笑顔で軽やかな走並みに少女の清純さが窺えた。
「こんにちは、政所先輩。怪我はもう大丈夫ですか?」
透き通った可愛らしい声色だった。
しゃべりかたも明るく元気に溢れていた。
容姿だけでなく声も美しいことが龍一を戸惑わせる。
「え、うん、だ、大丈夫……」
どもりながらも答える龍一。この状況に混乱している。
少女は自分を知っているようだが龍一には記憶が無い。
このような美少女の知り合いはいないのだ。
「ごめんなさい、あの時は僕にも事情があって、本当に酷いことをしました」
彼女は自分を僕と言った。
どうやら僕っ子キャラのようだ。
男子生徒たちの中で彼女へのポイントが増す。
僕っ子はレアなのだ。ポイントが高いのだ。
「あの時って?」
彼女が言う「あの時」とはいつだろう。
龍一には覚えがなかった。
この少女に会うのも記憶の中では初めてだ。
否。記憶にある。
確か体育の時間に二階の窓から見ていた少女に似ている。
あれは彼女だったのかもしれない。
しかし、知り合いではない。
「あの時って、あの時ですよ」
少女が頬を赤らめる。
「政所先輩が」
「こいつが?」
少女の言葉の後に卓巳が龍一を指差す。
「僕に」
「キミに?」
今度は少女を指差す卓巳。
「好きだって、告白してくれた日ですよ」
「「「「「「えーーーーーー!!!」」」」」」
三度教室が揺れた。
かなりの震度である。
悪鬼羅刹の形相で男子生徒たちが龍一に迫り寄って責め立てた。
「お前って野朗は、あんな可愛い幼馴染が居るのに別の女の子に告白したのかよ!」
「恥を知れ、鬼畜野朗!」
「完全に二股狙いじゃねえかよ!」
「何故お前ばかりモテる。何かが間違っているぞ!」
「すげー、納得いかねー!」
「殺してー! 殺したいほどに殺してー!」
またもや龍一に向けて男子生徒たちの罵倒が飛ぶ。
女子生徒たちは白い目で龍一を見ながらコソコソと話していた。
教室の空気が嫉妬と軽蔑に濁りだす。
「ちょっと待ってくれ。僕がキミに告白したって!?」
龍一には、まったく覚えがない。
それどころか今まで女性に告白をしたことがないのだ。
幼馴染で恋い焦がれる月美にすらまだ告白していないというのにだ。
少女は赤くなった頬を両手で隠しながら言う。
「政所先輩が僕に好きだよって言ってくれた時、感激のあまり気絶しちゃったから」
「気絶って……」
訳が分からない。
クラスメイトの男子が怖いオーラを放っていた。
青臭い男子生徒の憤怒が殺気となって漂い教室を魔界に変えるなか龍一が弁解に全力を尽くす。
「僕には記憶がない。そんな告白した覚えはないぞ。何かの勘違いじゃないのか!」
「いいんですよ、政所先輩。僕は知ってますから」
「何を……?」
何を知っているか怖くなる龍一。
冷たい汗が額から頬に流れて行く。
「政所先輩に幼馴染の恋人が居ることも」
まだ恋人ではないが、告白する積もりである。
それよりも何故に彼女が月美の存在を知っているのかと寒気が走った。
目の前の美少女がモンスターに見え始める。
「政所先輩にとって僕が浮気相手で、二股なのも分かっています。それでも僕はOKです。未来的に僕が絶対一番に成れると思っていますから。幼馴染の女の子程度のキャラ設定女子になんか負けませんから」
「はあ……?」
全員が何を言っているのかという目で少女を見ていた。
彼女の中では龍一とお付き合いが始まっているような言いようだったからだ。
完全に妄想が先走っているのが悟れた。
「僕の愛情で、あんな不細工な幼馴染を忘れさせてあげますから。僕が政所先輩を一番愛していることを証明してみせます。スリリングな略奪愛程度なんて簡単に勝利して見せますから!」
少女は鼻息を荒くして双眸も血走らせていた。
最初は羨ましがりながらも嫉妬していた男子生徒たちも引き始めている。
鼻息を荒くする少女の表情は、それだけ危なくなっているのだ。
クラスメイト全員の本能が感じ取ったらしい。
この子は危険だと――。
サイコパスだと――。
「キ、キミは誰だ……」
暴走気味な少女に龍一が問う。
初期からの疑問だ。本当に誰だか分からない。
「いやだな~、政所先輩。僕ですよ、僕。千葉寺カヲルですよ」
「え…………?」
千葉寺カヲル?
まさか――?
「えええええええええええーーーーーーーーー!!!!!!!!」
龍一の絶叫が響いた。
他のクラスメイトは知らない。
いきなり登場したサイコな美少女が、悪名高い不良グループ、ジャイアントスパイダーズの二代目リーダーであることを――。
美少女の正体は超能力の骨格肉体変化を解除した、あの巨漢のマッチョマンであった。
「政所先輩。僕の恋を、愛を、受け入れてください。僕の身も心も受け入れてください」
正体を明かした千葉寺カヲルの語尾にはハートマークが花咲いていた。
「よろしくお願いします!」
恥らうこと無く笑顔で愛の告白をする千葉寺カヲル美少女バージョン。
美少女に告白されたのに、何故かとても嬉しくない。
愛の告白というよりも、一方的な願望をぶつけて来ているからだ。
「あは、あは、あははは……」
困った笑いを力なく溢す龍一。
先程まで嫉妬に狂っていたクラスメイトたちが同情の眼差しで見守っていた。
空気を読まず楽しそうに笑っているのは千葉寺カヲルだけである。
ここで昼休みの終了チャイムが鳴った。
黒板の上に設置されたスピーカーから鐘の音が鳴り響く。
その鐘が、龍一には救いの音色に聴こえた。
「じゃあ政所先輩。返事はまた今度聞かせて下さいね~。そうだ、放課後に下駄箱の前で待ってますから一緒に帰りましょうね。その時に返事を聞かせて下さい。絶対ですよ。約束ですからね」
一方的だった。
そう言いながら千葉寺カヲルがスキップで教室を出て行く。
告白を断れるとは思ってもいない様子である。
教室が静まり返っていた。
「あの子さ、ふられたらストーカーに変貌するタイプよね……」
女子生徒が小声で言った。
その言葉が冷たく教室内に残留した。
なんとも不吉な発言に多くのクラスメイトたちが頷いている。
「じゃあ、俺も失礼するわ……」
千葉寺カヲルを連れてきた又吉が、とんでもないことになったと悟ったのか、気まずそうに去って行く。
龍一は寒気に身を震わせていた。
放課後が怖い……。
逃げようと思う。




