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変態超能力をプレゼントDX  作者: ヒィッツカラルド
37/61

37・変態に成っても学生生活はリピートする

次の日、龍一が目覚めると全身が痛くて起き上がれなかった。


朝日が燦々と降り注ぎ部屋の中を照らし出しているなか、勉強机の上では目覚まし時計が五月蝿く暴れ回っている。


いつもなら指一本で宥められる筈の目覚まし時計が、今日は悲しくも止めることすらできない。


勉強机まで歩み寄るどころかベッドからも出られない程に全身が痛いのだ。


布団すら剥がせない。


喧嘩による激しい運動が齎す後遺症と疲労。


激しい運動と全身鞭打ち症のダメージが、今頃に成って表れたことに龍一も困惑していた。


筋肉痛が次の日に襲い掛かり上乗せで鞭打ち症が重なったのだ。


この手のダメージは時間差で症状を現す物だ。


自動格闘能力の副作用。


普段たいした運動もしてない少年が、突然格闘技の達人並みの運動を行ったのだ。


自分の身体能力を超えた運動量がもたらすペナルティー。体が悲鳴を上げていても可笑しくないだろう。


「ぅぅぅ……」


ベッドの上で呻く龍一。


筋肉という筋肉が、関節という関節が、一つ一つ個別に悲鳴を上げていた。


全身が熱くて汗だくに成っている。


なのに指一本動かせない。


龍一が動かない体と五月蝿い目覚まし時計にジレンマを感じていると、一階から誰かが駆け上がって来る足音が聴こえて来た。


やがてドアがノックも無しに物々しく開かれると姉の虎子が怒鳴り込んで来る。


「バカ龍~、いつまで寝てんのよ。さっさと起きなさいよ、バカ!」


バカで始まりバカで終わる怒鳴り声は、目覚まし時計の音より大きかった。


朝からヒステリックな姉である。


「ん?」


既にレディーススーツで出社準備を終えている虎子と、パジャマのままベッドで横になっている龍一との視線が合う。


助けを懇願する子犬のように龍一が切なそうな目で姉を見上げた。


すると虎子は机の上の目覚まし時計を止めながら訊いて来る。


「どうしたのよ、あんた……」


直ぐに弟の異変に気付いたようだ。少し驚いたような顔をする。


「と、虎ね~ちゃん……。か、から、だが、動かない。全身が……、痛くて……」


虎子が真剣な表情に変わる。少し怒っているようにも見えた。


「あんた、昨日の夕飯の時から体が痛そうな動きをしてたけど……」


言いながら虎子は弟の布団を荒々しく剥ぎ取ると、パジャマのボタンを次々と外して行く。


抵抗すらできないまま露になる龍一の上半身。


何かいやらしい悪戯でもされるのではと龍一が頬を赤らめる。


「あんた、どうしたのよ、この痣は!?」


腕や胸にできた複数の痣を見て虎子が驚きながらも問う。


千葉寺カヲルとの喧嘩で出来た喧嘩傷だ。


だが、龍一は真実を語らなかった。


学校の階段から転げ落ちたと嘘を語る。


目を細めて龍一を見下ろす虎子は完全に疑っていた。


階段から落ちた。


この台詞の意味合いを虎子は龍一以上に理解している。


虎子も学生時代に利用したことがある台詞だったからだ。


自分の喧嘩傷を隠す為に、時には他人の怪我を隠す為にだ。


真剣な顔で虎子が訊いて来た。


こんな真剣な姉を見るのは久しぶりだった。


「骨までいってない?」


「うん、多分……」


「ちょっと見せて――」


言いながら虎子は龍一の全身を触りだした。


腕や脚、指先まで一本一本触って回ると、最後に胸や脇腹も触る。


姉の細くて綺麗な指が、時に優しく滑るように、時には情熱的に荒々しく龍一の全身を嘗め回した。


思わず龍一が「あんっ」と女の子のような声をあげる。


なんだか凄く恥ずかしくなった。


「大丈夫みたいね。多分、骨が折れてるところは無さそうだわ……」


安堵したのか虎子の全身から力みが緩む。表情も柔らかくなる。


「それにしても――」


虎子が龍一から離れると、両手を腰に当てながら偉そうに問いただしてくる。


「相手は誰よ。その傷は喧嘩で受けたというよりさ、大勢にリンチに遭ったような痣じゃない」


叱りつけるような声色であった。


しかし勘違いしている。


「ち、違うよ、ね~ちゃん。これは……」


困った顔で言い訳を続ける龍一の顔には痣こそあるが、苛められている子供のような苦悩が見られなかった。


爽やかに言い訳を述べている。


「なるほどね。決着は付いている訳だ」


そう言って虎子は溜め息を吐くと、前屈みで弟の顔を覗きこむ。


「お母さんを呼んでくるから、痛いところに湿布でも貼って貰いなさい。お父さんには私から言っとくから安心しな」


姉の手がすぅ~と眼前に伸びて来る。


「てい!」


「いてっ!」


額にデコピンを打たれた。


「じゃあ、私は仕事に行くからね」


姉は笑顔で部屋を出て行った。


龍一が呆然としてしまう。


すべてを見透かされているのだと気付くのに一分程掛かった。


喧嘩を行い、決着も付いている。


そのことを姉は理解している様子だった。


流石は元スケ番である。


姉の虎子が部屋を出て行ってから暫くすると、母が落ち着いた笑顔で部屋に入って来る。


手にはタオルやら湿布やらを持っていた。


母もなんだか慣れている様子だった。


ただ「大丈夫、何処が痛いの?」と訊くだけで、怪我の理由を一度も訊かなかった。


結局今日は学校を休むことに成った。


母が学校に電話で連絡を入れてくれたので何も問題なく休むことができた。


家の前で心配そうに龍一を待っていた月美には「今日は独りで登校してね。たいした怪我じゃないから心配しなくてもいいわよ」と言ってくれたらしい。


駅で待って居るだろう卓己にも電話してくれた。


母の気配りにはいつも感謝させられる。


その日は一日中ベッドの中で過ごすことに成った。


独りでトイレに行けるようになったのは昼過ぎである。


二階にもトイレが在ったのが幸いであった。


階段は一人で上り下りは無理そうだ。


もしも二階にトイレが無ければ尿瓶なのかと考えてしまう。


それは流石に恥ずかしい。


結局、次の日には独りで着替えもできたし階段も下るぐらいには回復した。


自分の体だが人間の回復力は凄いんだなと実感してしまう。


母は無理しないでもう一日学校を休むようにと勧めてくれたが、月美が心配しそうなので多少の無理を承知で登校を決めた。


いつものように両親や姉と朝食を共にしたが、やはり怪我の理由は訊かれなかった。


それどころかパンツ事件で機嫌を斜めにしていた姉の態度が普通に戻っていたのに驚いた。


やはり姉の口数は少なかったが、それでも顔を見れば分かった。


姉のほうから無言の許しを出しているように感じられたのだ。


朝食が終わると姉が行ってくるわと、ぶっきら棒に言って家を出て行った。


龍一は姉との関係が元に戻ったと思えて安堵した。


一つ問題が片付いて気分が良い。


この勢いで学校にも行けると思えた。


龍一は朝食を終えると家を出る。


家の前には、いつも通り幼馴染の女の子が健康的な笑みで待っていてくれた。


何故かホッとする。


「おはよう、龍~ちゃん」


「おはよう、月美」


幼馴染の爽やかで満面な笑みに釣られて龍一も清々しい満面の笑みで挨拶を返した。


二人でゆっくりと歩きながら駅前を目指す。


月美が龍一の傷を気遣い足並みを揃えてくれている。


そういえば買い物の約束が果たせなかったことを思い出した龍一が、そのことについて月美に訊いてみると悲しい答えが返って来た。


なんでも学校の友達に龍一と下着を買いに行く約束をしたが駄目になったと口を滑らせたらしく、友達に買い物の約束自体を猛反対されて、その友達と一緒に買い物に行ったということらしい。


男性と下着を買いに行くなんてふしだらだと叱られても仕方ないだろう。


悔しいが、その友達が正しい。


その話を聞きながら龍一は心の底で血の涙を流していた。


だが、その買い物で選ばれた品物は、いずれ龍一にも鑑賞するチャンスがあるかもしれない一品だと気付く。


渋々だが、希望に胸膨らませて待つことに決めた。


希望はきっと未来に繋がると思う。


パンツは常に輝いているのだ。


今回の事件を通して月美の存在が自分に取ってどのような物か良く分かった気がした。


近いうちに告白する積りだ。


彼女とは、ちゃんとした恋人に成りたい。


幼馴染としてじゃなく、恋人としてパンツを見せてくれと告白する積りだ。


決意は固まったが、まだ覚悟が固まらない。


もう少し時間が掛かりそうである。


住宅街を抜けて暫く歩くと素度夢駅が見えて来た。


告白については当人の心の準備もあるだろうからまた今度にしようと考える。


何より登校中でもうじき別れだ。


このタイミングで無いだろう。


もっと落ち着いた場所でロマンチックに告白したい。


そのほうが月美も喜ぶかも知れない。


やはり学生らしくラブレターだろうか、それとも花束を贈るべきか、指輪……。


それは気が早すぎると思いとどまる。


「じゃあね、龍~ちゃん」


手を振る月美と別れた。


月美が駅の中へと消えると入れ替わりで卓巳の姿が現れた。


他の人々より頭一個分高い身長は金髪じゃなくても良く目立つ。


いつも思うがバスケやバレーをやっていたらエースぐらいなれただろう。


身長百九十センチが勿体無い気がする。


「よぉ、龍~。もう具合大丈夫なのか。心配したぜ」


「ああ、まあ、なんとかな……」


照れくさそうに頬を掻く龍一の肩を卓巳が叩くと全身に激痛が共鳴するように広がった。


龍一が顔を顰める。


「まだ痛いから、優しくしてくれよ……」


「すまんすまん。そんなに痛いのか?」


表情を曇らす龍一に卓巳も若干驚いていた。


これ程までとは思っていなかったのだろう。


「かなりね。母さんはもう一日休んだほうがいいって言ってくれたけど、家族や月美に心配かけたくなくってさ」


「周りに気を使いすぎじゃね?」


「周りに気を使わすよりましだ……」


飽きれる卓巳。


「でも、家の階段から転げ落ちるとは間抜けだな」


「あはは……」


母は学校にそう理由付けて休みを取ったらしい。


昨日、卓巳には、いつものように駅前で待っていると悪いからといって龍一の携帯電話で連絡を入れてくれた。


卓巳は母の言葉を疑っていない様子だった。


今ここで龍一が「本当はジャイアントスパイダーズと喧嘩で怪我をした」と言っても信じないだろう。


親友のことを暴力とは無縁だと思っている筈だ。


二人は並んで歩いて学校を目指す。


いつも通りの日常だった。


道中、何人かのクラスメイトと出会って挨拶を交わす。


龍一の歩みが遅い為に次々と追い越されて行く。


龍一が密かに思いを寄せている鹿沼翡翠とも出会った。


長い黒髪を軽く揺らしながら笑顔で「おはよう」と言い二人を追い抜いて行く。


やはり彼女は可憐であった。


背中まである黒髪。


前髪は眉毛を隠したところで綺麗に切り揃えられている。


腰はきゅっと細いのに胸は程々のボリュームが有る。


男には悩ましく見える。


魅力的にスタイルが良いのだ。


人柄は随分と天然系だが性格は可愛い。


龍一たちを追い越し歩いて行く鹿沼翡翠の後ろ姿を見ながら卓巳がポロリと言った。


「相変わらずいいスタイルしてるな。ボッ、キュ、ボンだしよ……」


「うん、どんなパンツを穿いてるのかな……」


「清楚な純白じゃね?」


「あんな彼女欲しいよな」


「うんうん」


近いうちに幼馴染に告白しようと考えている男の発言ではないだろう。


ふしだらである。


それに卓巳にも現在付き合っている彼女がいる。他校の生徒である。


二人が学校に到着すると、まなみ先生と廊下で出会う。


龍一と卓巳が挨拶すると短めのポニーテールにジャージ姿の若い女教師がさっぱりとした挨拶と共に龍一の肩を平手で連打してきた。


「おはよう、政所。もう体の調子は良いのか?」


バシ、バシ、バシ。


「先生心配したんだぞ。お前が階段から転げ落ちるとは」


バシ、バシ、バシ。


「ははぁ……。ご心配かけました……」


バシ、バシ、バシ。


「それにしても間抜けだな。もともとお前は運動神経が良くないのだから無理するなよ」


バシ、バシ、バシ。


「は、はい……」


バシ、バシ、バシ。


「そうだ小笠原」


バシ、バシ、バシ。


「なんスか、まなみ先生?」


バシ、バシ、バシ。


「昨日出た宿題の内容、政所に教えておいてやれ。提出は明後日だからな」


バシ、バシ、バシ。


「分りました。あとで教えておきますよ」


バシ、バシ、バシ。


バシ、バシ、バシ。


バシ、バシ、バシ。


バシ、バシ、バシ。


バシ、バシ、バシ。


「いい加減に叩くの止めてください。まなみ先生!」


「いやいや、なかなかツッコミが来ないから、止めるタイミングを見失ってな」


「そんな芸人崩れのような教師が居ますか!?」


「そう怒るな、政所。病み上がりなんだから怒鳴ると体に悪いぞ」


「その病み上がりを殴打し続けていたのは誰ですか!?」


「私だよ~ん」


トヤ顔をするまなみ先生。


なんなんだろうと龍一が頭を抱える。


「さあ、二人とも、そろそろチャイムがなるぞ。教室に急ぎなさい」


そう言い残すとまなみ先生は、逃げるような早足で去って行く。


こうして再び龍一の平和で青春的な学校生活がリピートを始めた。





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